2015-10-12 07:43 | カテゴリ:未分類
DSC02473--.jpg 
空間線量は毎時13マイクロシーベルト! 


  
     

      浪江町の原発から10キロ付近の某牧場は毎時13マイクロシーベルトの空間放射線量のもとで30頭ばかりを黒毛和牛を放牧飼育していた。単純に計算するとこの牛たちは原発爆発直後からずっとそこに居たとすると半減期30年の Cs-137 と 半減期2年の Cs-134 だけでも両者の積算で600ミリシーベルトを今日までに被曝している。爆発初期には半減期8日の  I-131 も減衰するまでにこれと同じぐらい大量に浴びただろう。目の前では、除染していない土壌に生えている牧草を食んでいるのがあきらかなので、これまでに「吸収」・「蓄積」・「排泄」と準平衡的に体内代謝されてきたセシウムによる内部被ばくも相当なものであっただろうと思われる。
   
  2011年3月の原発暴発時には多くの牛の飼い主が、避難するときに家畜を畜舎から野に放ったり、飼い主が余裕がなくて畜舎につなぎ止められたまま飼い主が去った牛は栄養失調で全頭が斃死したりした。野に放たれたものは、その後獣医師たちにより疫病による病原菌の蔓延をおそれて屠殺されたりした、などと報道されている。しかし、本人が避難するときに牛を見捨てるに忍びないと考えた牧場主たちの「預かってくれないか?」という頼みを、ここの牧場主は引き受けて、手放された牛を放牧で飼育している。岩手大学などがこの牧場と類似の牧場4カ所で連携で大動物への放射線被曝影響の研究をやっているのだそうである。畜産学会か獣医師学会がプロジェクト研究を立ち上げている。、飼料代などが少しは研究費から支援されていることになっているのかもしれない。汚染していない飼料の毎日の供給は大変だろう。白色の白いビニール袋入りの牧草が100袋ばかり道路わきに積み上げられていた。
          

我々は牧場の端で車を止めて運転手が運転で疲れていたので、皆で昼寝をしたのだが、車の中でも毎時数マイクロシーベルトはあった。遠くに1人で黙々と作業をされている人がいた。いろいろな疑問がわいたのだが、以前に浪江町で森林火災を失火で起こした人物が歩いていたので、近寄って車の中から話しかけると「ヒトに質問するときはそちらからまず名乗れよ!」と大声でどやされたことがある。かなり神経が高ぶっていらいらした様子だった。元来、われわれは放射能汚染地域で「信念」で「住んだり」「作業している」ヒト達には、向こうから話しかけられない限りは、こちらからは話かけないことにしている。われわれは放射能汚染現地では地形や川の流れを観察しながらひたすら平滑に平滑に「動物」や「植物」や「微生物」と「この場では放射能がどのように循環しているだろうか」と空想的な対話劇を演じている。
     
          
(森敏)


秘密

トラックバックURL
→http://moribin.blog114.fc2.com/tb.php/1998-93156865