2015-05-11 21:28 | カテゴリ:未分類

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 図1.葉がクロロシス(黄白化症)を示す2本のイタドリの茎 (すみません、写真が横になっています)
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図2.正常なイタドリ。(すみません、写真が横になっています)

 浪江町で植生調査をしていたら、偶然、葉がクロロシス(黄白化症)のイタドリ(すかんぽ:Fallopia japonica)の株を発見した(図1)。あきらかに突然変異と思われる。通常は、このすぐ近く40センチ離れたところに生えていた図2に見られる株のように葉がみずみずしい緑色を示すはずであるのに、この株は薄い黄色である。おまけに茎の紫色も心なしか薄い色になっている。これもアントシアニン+クロロフィルで濃い紫色になるべきところが、クロロフィルがないためアントシアニンだけの紫色になっているからだと思われる。

   

  ここの土壌表層の放射線は毎時15マイクロシーベルトという高い値を示していたので、土を、掘るのはやめたが、このクロロシス株と正常株は地下茎でつながっていると思われる。

    

  地下茎の生長点が土壌の放射線でヒットされ続けてクロロフィル(葉緑素)の生合成行程に関わる多くの遺伝子のDNAのどれかに突然変異が起こり、クロロフィルが合成されなくなった細胞が増殖して茎や葉になっているものと想像した。クロロフィルができないので葉っぱが光合成(独立栄養)が出来なくても、土から頭を出して株が生長し続けているのは、昨年度に地下茎にストックされた栄養源を補給され続けているからだと思われる(従属栄養組織になっている)。あるいは隣の正常株からの栄養源を根系を通じてもらっているのかもしれない。しかしこの株はいずれ枯死するだろう。

    

  以前に飯舘村のギシギシのクロロシスを紹介したことがある。このときも新生白色の葉は結局活性酸素を消去できないためかネクロシス(褐色化)を起こして枯死した。(以下の一文です)
     

ギシギシの変異株発見
   
 
  同行した若い諸氏はこの植物が何かが分からないようだった。しかし小生はこのイタドリには幼少のころの強い思い出がある。太平洋戦争開戦直後(1942年)に今の北朝鮮から帰国して、高知県旭駅前町に住んでいたときは、終戦後は極貧の食糧難の生活であった。母親はタンスの反物を「下肥え」を汲みに来ていた農家の芋類と物々交換していた。父親は「朝鮮電力」の技術者であったのだが敗戦で当然ながら失職して帰国して、どこに出かけているのかほとんど家にいなかった。幼稚園や小学校から家に帰っても何も食べるものがないので、小生はランドセルを放り出して、近くの山や川で食べ物をあさっていた。そんなとき柔らかい地中から出てきたばかりのジューシーなイタドリは蓚酸を含んでおり、がりりと噛むと酸っぱいこと甚だしかったのだが、塩をかけるとおいしく空き腹を充たしてくれたのである。今回も、懐かしいその感触を味わおうとしたのだが、さすがに強度放射能汚染地の野生植物なので、噛むのがはばかられた。
 
(森敏)      

追記:驚いたのだが、ネット検索すると、イタドリに郷愁を覚えている戦中戦後の餓えた世代がけっこういるようだ。わが郷里の高知県ではいまでも朝市などでイタドリを売っているとか。


 


秘密

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