2015-04-14 06:24 | カテゴリ:未分類

        宇治の平等院には小学校の時に来て以来縁がなかった。そのあと学会などで何回か付近に来たのだが、強い記憶がない。近年はここが長い間修復中であったこともある。さすがにサクラと池を手前にした屋根の両側に鳳凰の飛ぶ平等院の建物はなかなか優美であった。なぜか夕日を背景の平山郁夫の平等院の絵を思い出した。展示室は修学旅行生の人いきれで蒸し返して息苦しくてとても落ち着いて眺める余裕がなかった。一つだけおもしろかったのは、釈迦来迎図の一人一人の天女が楽器を持って演奏しながら雲に乗っている姿が壁面にちりばめているのが、先日観たアニメ映画の「かぐや姫」の終盤のシーンとそっくりであったことである。死ぬときはこういう天女が迎えに来てくれて来世に渡れるのだと思うと少し気が楽になった。

 

平等院を出て宇治川の中洲に橋を渡って、ベンチに座ってサンドイッチをたべながら、激流を眺めていると、「これからダムを放流します、川が増水するので、ご注意ください」という警告が女性の大音声(だいおんじょう)で上流から下流に向けてゆっくりと次々とスピーカーで放送されていった。そういわれても、どの程度のスピードで水かさが増すのかさっぱりわからないし、地形がわからないので、観光客には注意のしようがないだろうと思ったことである。一昨年、集中豪雨でこの宇治川の上流の桂川が渡月橋付近で逸水して実際に土産物屋が床上浸水したのであった。小生はその爪跡を見聞した。なので、時々この川の上流のダムの放流は必須なのだろうと理解した。

 

宇治川の激流を見ながら、そういえばこの付近は源氏物語の紫式部の銅像が建っているのだが、戦国昔話の梶原源太景季と佐々木四郎高綱による「宇治川の先陣争い」の話がどこにも展示されていなかったなーと気が付いた(ネットで検索すると中洲の説明文が建てられていたようだが見逃してしまったようだ)。吉川英治の新・平家物語では、源義経が木曽義仲を討伐するために都に上洛するときのこの話が躍動する場面であったと記憶する。この目の前の激流を二人が白い「いけずき」 と黒い「するすみ」という馬でそれぞれ先陣を争って渡る場面が幻覚のなかに彷彿として来た。それともこの場面は小学生版の偉人伝「源義経」で読んだのだったか?

 

ちょうど平等院の庭や、宇治川の中洲や、民家の庭などにタンポポが開花期を迎えていたので、数百株のタンポポの奇形調査をしたのだが。一株も奇形がなかった。
   
(森敏)
追記:この宇治川の上流は桂川ではなく、上流のダムは天ヶ瀬ダム(通称鳳凰ダム?)ということです。(2015.4.17.)

秘密

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