2015-02-06 11:15 | カテゴリ:未分類

     
 
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(図1)苔の生えた軍手

 
 
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(図2)図1の軍手のオートラジオグラフ。 放射能でまぶされている。
  
2014年秋に浪江町(津島地区手七郎)では工場主が避難して以来乱雑に荒らされている南面が開放系の納屋があった。その倉庫の棚に片手の軍手が放置されていた。すでに表面には親指、人差し指、中指にかけてコケが生えていた。調査当日は小雨が降っていた。よく見ると腐食した雨どいからぽとぽととしずくが漏れており、それがこの手袋に当たっていた。その水分とわずかに雨水に含まれるミネラルでこの手袋にはコケが生えていたわけである(図1)。拾ってきて研究室でガイガーカウンターで測った手袋の表面の放射能は3000cpmもあった。このコケにも放射能が濃縮されているかどうか興味があったので、オートラジオグラフを撮ってみた。

 

軍手は猛烈に感光していたが、意外にも、コケの部分は軍手の部分よりも少し薄く感光していた(図2)。2011年3月15日以降、倉庫の屋根や軍手に直接降り注いだ放射性降下物(フォールアウト)は直ちに軍手の木綿(セルローズ)に固着したのであろう(黒い無数のぽつぽつの斑点がそれである)。その後トタン屋根から降雨のたびに雨樋に流れ込んだフォールアウトの水溶性成分が徐々に腐食した樋の穴からぽつぽつと漏水して、軍手に浸みこみ、その後、年月がたって、どこかから軍手に飛んできたコケの胞子からコケが生えてきたのだろう。しかしいったん軍手に浸みこんだ放射能はコケにはあまり強くは吸収されていないようである。軍手のセシウムがかなり強くセルローズと結合しているためと思われる。

 

単純にコケと手袋の放射能の絶対値を別別に測れば放射性セシウムの手袋からコケへのいわゆる「移行係数」がわかるわけであるが、われわれに与えられている週一回のゲルマニウム半導体測定器のマシンタイムを研究用のサンプル(生物や土壌)以外に使うのは少し気が引けるので、いまだに測定していない。

 

原発事故以後3年半たっても3000cpm以上の表面放射能を示す生活用品はわれわれが調査に入れた地域の範囲ではそれほど多くない(事故当初はI-131のせいですべての物品の表面放射能濃度はべらぼーに高かったのだがそれはすぐに物理的に減衰していったので、現在は放射性セシウムしか残存していない)。しかし現在でも、まだ原発から数キロ以内の民家に入ればこれ以上の値の放射能汚染生活用品はざらにあるのではないだろうか。放射能の物理的減衰率から考えてもセシウムは原発事故当初の60%以上は残存しているはずだから。
  

   
(森敏)

秘密

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