2015-01-11 10:37 | カテゴリ:未分類

知人の某氏は最近は2日に一度は映画館に通う事だけが人生の楽しみという映画通である。もう50年以上も日本映画を繰り返し見続けているという。「高倉健の若いころは大根役者で観られたものではなかった。周りの名優に支えられていたんだ。よく今日まで成長したものだ」というのが彼の最近の感想であった。小生はなぜかあまり映画を積極的に見ない。だからこれまで高倉健の映画は1本も見たことが無い。第一若い時はそんなお金がなかった。高倉健の任侠物がはやっていたことはずっと後になって知ったぐらい、映画とは没交渉であった。1970年代は公害問題に熱中していたからだと思う。映画よりも現実のほうがはるかにリアルなのであった。それでも一時は無い金をはたいて「劇団民芸友の会」に入って新劇は見ていたがいたが、いつかやめてしまった。なんとなく観念的で「芝居臭い」俳優たちの演技に次第に嫌気がさしてきたのだろうと思う。今でもテレビの「マッサン」役がいつまでたってもオーバーアクションから抜け出られていないので、少し脱落しかけている。「エリー」役は自然でいい。

 

昨晩、時間ができたので『あなたへ』という高倉健主役の映画をテレビでみた。まず、2時間の間に計5回ぐらい入った常軌を逸する2-3分のコマーシャルが非常に不快で、ストーリーに没入できなかったのが非常に残念だった。亡くなった高倉健に対して実に失礼なことだと腹が立った。それだけ入れ込んで観ていたのだろう。

 

観終わった直後は強烈な印象というものがあまり感じられなかった。「高倉健もこんな程度のもんなんだ」という印象だった。あまりにも主人公(高倉健)の立ち居ふるまいが自然な流れなので、映画全体がドラマテイックに感じられなかったのだ。どの映画でもあるように、主人公が “激する” 場面が一度もなかったからなのかもしれない。しかし、ベッドに横になってから、次々と頭の中にピンポイント残像が浮かび上がってきて、なかなか眠れなかった。次第によくできた映画だという印象になってきた。隋所の美しい映像の撮影には、その舞台装置にかなりの力がそそがれたであろうことが次第に見えてきた。特に、外海に出た漁船の上で亡くなった奥さんの遺言に従って、左手で抱えた骨壺から奥さんの粉骨を右手でつかみ出して次々と海に散骨し、そのリン酸カルシウムの結晶が海水中で太陽の光を浴びてキラキラと輝きながら拡散沈降していくショットは秀逸だと思った。水中カメラなど凝りに凝った技法が感じられた。

 

野球帽を深めに被って海岸ですっくと姿勢よく立って遠くを眺める斜め後ろからの高倉健の映像が、一番印象的だ。孤独で寡黙に人の意見を聞くが、相手の目を見ながら、自分の意見を言わないでただうなずいている。いまさらながらこういう対人関係の技法は学ぶべきかもしれない。もう遅すぎるかもしれないが。

 

コマーシャルなしで、高倉健なりに凝りに凝ったとおもわれる<役作り>をもういちどきちんと映画館に足をはこんでじっくりと賞味してみたい。時間があれば。

 

(森敏)




秘密

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