2014-10-14 18:24 | カテゴリ:未分類

これまで立ち入り禁止で入れなかった浪江の「帰還困難区域」に調査に入ってみた。

 

東電福島原発爆発当時、原発から20㎞圏外であるにもかかわらず浪江町の赤宇木(あこうぎ)地区は毎時150マイクロシーベルトの空間線量であったと、文科省から報告されている高線量地域として有名である。その後、I-131などの短半減期の核種が急速に消滅して現在では、Cs-134 と Cs-137が空間線量の主成分である。

 

今回その地点で道路脇に面して設置されている金属フレームの片面が葛(くず)の葉に覆われた線量計は毎時6.120マイクロシーベルトを示していた。
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毎時6.12マイクロシーベルト!
  

そこから東に進んで交差点の川房字大柿(大柿簡易郵便局前)では毎時9.089マイクロシーベルト(写真に示す小生の線量計では毎時10.51マイクロシーベルト)を示していた。

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 毎時9.089マイクロシーベルト!
  

この後ろのコンクリートの路面は毎時13.07マイクロシーベルトを示していた。

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毎時13.07マイクロシーベルト!
 

途中で見た道端のスギや民家のスギが激しく枯れはじめていた。

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 杉が枯れ始めている!
  

田畑は荒れ放題で原発爆発後3年半の人の手が入っていない現在では種々の草木が繁茂して原野と化しておりとても耕作地であったとは判別できない。

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水田が原野と化している!
 
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元の田畑に各種の草木が侵入している(植物層の遷移が起こっている)。
   
  小生はジョロウグモなどの採取をしたのだが、空間線量が毎時数マイクロシーベルト以上の高度放射能汚染地区では、このジョロウグモの生息数が非常に少ないように感じられた。彼らが好んで網を張るサクラの木の枯死が進行していると思われた。
      
 

  さらに東の通行禁止の北沢橋ゲートでは空間線量毎時7.23マイクロシーベルトを示していた。これから先はもっと空間線量が高いために通行禁止になっているのだろう。DSC04383--.jpg

       

  浪江町は東西に長いので、時間の関係で広範囲に汚染している全行程をとても走破できなかった。再度訪れるつもりである。用心したつもりであるが、丸一日の調査で小生は23マイクロシーベルトも被曝した。

           

前述したように、現時点では多くの短半減期のγ-線放出核種はすでに消滅しており、単純に計算すると、原子炉暴発後約1300日経過した20141013日現在で、陸域にはγ-線放出核種としてはCs-134が爆発当初の30%が残っており、Cs-137が爆発当初の93%残っていることになる。爆発時にはCs-134Cs-137が原子炉から等量放出されたと考えられているので、現在残存している陸域の総放射性セシウム量は当初の(30%+93%)/2=61.5%となっているはずである。
      

     

(森敏)

付記。
今後はこれまでの一見急激な減衰をしてきた短半減期のCs-134の総放射線量への減衰への寄与率が急激に少なくなり、半減期が30年と長いCs-137の減衰への寄与率が主になるので、遅々として総放射線量の減衰が進行しないことになる。単純な半減期計算で、これから10年経っても総放射線量は主としてCs-137として現在の60.3% がまだ残ることになることを忘れるべきでない。いわゆる風雨による風化(土壌からの縦横への流亡、土壌固着、生物濃縮によるリサイクル)などによる因子を考慮に入れても、これが現在の50%以下になることは難しいだろう。

秘密

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