2014-08-23 10:38 | カテゴリ:未分類

       若者の基礎学力の成績低下とインターネット消費時間量との相関が顕著にしめされた」という内容の記事をいくつか読んだ。このような調査に対してさまざまな反論をしている人もいるようだが、そのぐちゃぐちゃと反論している人こそネット中毒か、情報産業の利益集団であろうと思う。

 

世界の大手情報産業は一社で年間数兆円の収益と引き換えに、多くの子供たちにネット依存症を誘発している。極論すれば子供たちの無能化を促進している。未来を背負って立つ大量の人材を劣化している。無気力人材の創出に貢献している。これは日本ばかりでなく世界中の若者の共通の傾向のようだ。科学の発展が次世代を無能化するという実に皮肉な現象だ。

 

ネットでのゲーム依存症は、「やめられない」という、これまでのアルコール、タバコ、パチンコ、ルーレットなどの人間の「依存症」に関わるどこかの脳神経をたえず刺激し続けてフィードバックが効かない状態に追い込むのだろう。人としてのフィードバック神経の進化が追いつかないで、技術が暴走しているのである。この神経の構造は原発の暴走を止められない人の脳神経の構造を連想させる。

 

改めて眺めてみるとJRや地下鉄の中では乗客(大人)の60%以上の客が携帯を操作しているのは本当に驚きである。これは名古屋でも関西でも全く同じ状況だ。おそらく札幌や福岡でも同じ傾向ではないだろうか。日本中の大人がこういうネット中毒症だから子供にネットをやめさせることはおよそ不可能だろう。

 

小生の後輩が勤務するさる私立高では、生徒が登校して学校にいる間は生徒の携帯機器を担任があずかって、下校時に返却するのだそうである。外界の雑音から完全に隔離して授業や実技の基礎的学習に集中させるためとか。実に賢明な処置だ。

 

ネット常用者は検索能力とコピペ能力が異常に高い。これは例えが悪いかもしれないが「人のふんどしで相撲を取る」能力である。しかしネットのもっとも悪い点は体を動かして痛い目に遭いながら失敗と成功を繰り返して、自分なりの課題解決策を体で身に浸みるように体験することを避ける若者を大量生産していることである。これは青少年教育に関わる人たちの当節当たり前の実感だろう。研究者にもそういう人種が増えているように思う。

 

全く新しい課題に対する解決能力は自分自身が傷つき挫折を繰り返しながら生み出すもので、それが「独創性」というものを高める基礎である。よほどの天才を除けば、ネットからは決して独創性を身につけることは出来ない。

 

福島第一原発の放射能汚染の問題も、ネットでいくら映像情報を得て「放射能」を頭で解釈しても、本当に体で理解したとは決して言えないだろう。自分自身が放射能を浴びなければ、その不気味さはわからないだろう。現地住民の苦悩も全く理解できていないだろう。さる原発再開の旗を振る物理学者は、福島第一原発に向かう車の中で、γ線量計の音が次第に高まるのを体験してさすがに黙り込んでしまったということだ。小生がこれまで案内してきた教授達もおしなべてしかりであった。

 

若者よこの夏もネットをやめて、放射能汚染地や豪雨被災地にいこう。現地で「矛盾」を体験しよう。その体験があとになってかならず意味を持って来るだろう。

 

 

(森敏)

追記: 最近知ったのだが、孫が通う小学校では携帯機器の持ち込みは禁止しているということである。この教育方針は6年間貫徹してほしいと思う。(2014.09.26)



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