2014-01-13 16:51 | カテゴリ:未分類

頭がセシウムでがちがちになって働かなくなったので、映画館にアニメを見に行った。年を取るとすぐに印象が頭から拡散してしまうので、以下は、今、映画館から帰ってきたところでの「かぐや姫の物語」(高畑勲監督)の勝手なメモ風の印象記です。
   
 
      この映画のシナリオの土台になっている「竹取物語」は小学校の時になにかの本で読んだ記憶がある。しかし、全体のストーリーをほとんど忘れており、「かぐや姫は竹から生まれて最後は月に帰って行った」という、最初と最後しか記憶に残っていなかった。しかしこの映画を見るうちに、次第に筋書きを思い出した。この漫画は割合古典の竹取物語に忠実に話が展開されているのではないかと思った。 
  昔読んだ竹取物語のモチーフが何であったのか全く思い出せない。だから今回の映画の「かぐや姫の物語」のモチーフが古典のそれと一致するのかどうかはわからないが、高畑監督は明らかに現代的な解釈を付与しているように小生には思われた。 小生が受け取ったこの映画のメッセージは『生物多様性讃歌』と『人間礼賛』の二つである。

  

日本の野山の原風景に日本画風に様々な四季折々の木樹(三春の桜そっくりも!)や草花や小動物を登場させるが、その動態のアニメーション(特に、小鳥やカエル)が実にすばらしい。また、一方では、欲望や喜怒哀楽こそが「地上の人間の愛すべき特性」だと謳っている様に思えた。かぐや姫は生長するうちについにそのことがわかりかけた。地球上の自然や人間を愛しかけたのだ。これ以上地球に止まると正真正銘の「人間の女」になるので、元来が仏であるべき彼女は、これ以上地球に止ることを許されずに、釈迦如来の「来迎」を受けて、月に強引に引き取られることになったのだ、と、勝手な解釈をしてみた。  


          それにしても阿弥陀如来の『来迎の図』はこれまでもいろいろの曼陀羅に書かれているが、それを動画にするとはすばらしいと思いました。月から地球に迎えに来るときは楽器を鳴らしてどんちゃんと楽しいし、かぐや姫が羽衣を着せられ来世に転生するときは厳粛だし、月に帰るときは無限に悲しいし。思わず涙が出ました。

  

    

(森敏)  
付記1: シャガールの絵並みの「抱き合って空飛ぶ男女」のイメージや、横山大観の「童(わらべ)」のイメージなどの愛くるしい子ども達など、日本画的画材があちこちにはめられているのも楽しい。できればもっと繰り返し何回も見て絵自体をじっくりと鑑賞したいと思った。       
付記2:この映画は「古典アニメ」になるのではないだろうか。映画館内の子ども達もそれなりに感じて声を上げて楽しんでいた。
追記:なんと!昨日テレビで高畑勲特集が組まれていた。以下の2枚の映像はそのときのパクリです。 (1月15日夜)

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秘密

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