2007-11-05 14:05 | カテゴリ:未分類

日展の鑑賞の仕方

 

 

奈良の親類から「久しぶりに日展に入選したから見に行ってくれ」ということで、招待状が送られてきた。今年の日展はこれまでの上野の都美術館から、先日亡くなった黒川紀章氏の作品である六本木の国立新美術館に開催場所が変更になった。その建築物の鑑賞もかねて日曜日に出かけてみた。これまでもう20年以上毎年日展は見ている。全くの素人の不遜な言い方で申し訳ないがそろそろ飽きてきた。そこでさて今年はどういう角度から鑑賞しようかと考えた末、筆者の専門に関係して「鉄」をモチーフに見ることにした。その結果「夏の日」(古根益雄)、「捨てられた貨車」(武藤初雄)、「古ドラム缶のある風景」(合田定子)などが、鉄板や鉄釘のさびの色の変化を克明に描写して「人工物の風化してゆく姿」を表現して印象的であった。

 

これとは別に「儚」(西崎節子)の絵に惹かれた。ただコンクリートの道が風化してあちこちに穴が開いたり亀裂が入ったりしている、その穴や亀裂からはイネ科の植物(たぶん“ネコじゃらし”や“てんつき”や“めひしば”)のみが生えている。ペンペン草やアキノキリンソウはどぶのメッシュふたから貫いて生えている。すべての草が種子をつけていままさに枯れんとしている。そういうわずか3メートル四方の晩秋のコンクリートの地面を斜めに目の高さから克明に描いたものである。

 

この絵の植生の意味するところは筆者には明瞭である。風化したコンクリートの裂け目の下の土壌のpHは雨水でコンクリートのカルシウムが溶けていつも弱アルカリ性である。従って、土壌中の鉄は溶けにくい状態である。しかし、“ネコじゃらし”や“てんつき”や“めひしば”等イネ科の植物は根からムギネ酸類を分泌しているので、この鉄キレーターで土壌中の溶けにくい鉄をキレート(錯体)化して水に溶かした後、根から吸収することが出来る。従って鉄欠乏にならずにある程度生育することが出来る。ぺんぺん草やアキノキリンソウは栄養が豊富などぶに直接生えているので鉄欠乏にならずに生育したが、これらはコンクリートの割れ目には決して生えることが出来なかったと思われる。なぜならイネ科以外の植物はコンクリート下の土壌のpHが高く、遺伝的にイネ科のような鉄吸収機能を持たないからである(これらのメカニズムに関してはどうぞホームページのStrategy-IStrategy-IIの説明文をお読みください)。

 

それにしてもこの作者は何故にこのような寂(さび)れた路傍のコーナーに興趣を持ったのであろう。画家とは不思議な人種である。

 

普段は日展の書道の展示室には足を向けないのだが、今回は時間があったので少しのぞいてみた。あまり人がいなかったのでゆっくりと見ることが出来るはずであったが、膨大な作品群になにをどう見ればいいのか途方に暮れた。そこで素人にもわかりやすい2文字から4文字ぐらいしか書かれていない額だけを読んでいくことにした。いずれも個性ある書体だなあと素人ながら感服した。そのうちの一つに右から読んで「鐵馬」(大橋洋之)(下図)というのがあった。この旧い鉄の字(鐵)と象形文字的な馬の字が気に入ったので、会場の出口でこの絵はがきを買った。家に帰って鐵馬の漢文的な意味を検索したが、どうやらこれは現代用語で「モーターバイク」のことのようである。書道の世界もモダーンな雰囲気があるのだとわずかに納得した。

 

あとでこの絵はがきのコーナーで初めて知ったのであるが、上記の「捨てられた貨車」(下図)は日展特選の栄誉に輝いたものであった。そこでこの絵はがきも買った。最初に述べた親類の作品は画風が筆者の頭にin putされていたので、すぐに見つけられた。今年の彼の絵「城跡」は一段と小生には魅力的に感じられた。もちろん外から見上げた黒川紀章氏作の国立新美術館は夕日に映えてとても優美な曲線を描いていた。文句なしに世界に誇れるものだと思った。20-30年後に鉄さびがでて、どのように風化していくかが心配であるが、そうなってもこの優美な偉容を誇っていてほしいものだ。

 

(森敏)

 

 


 

 

秘密

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