2013-03-26 08:05 | カテゴリ:未分類

桜情報にあわてて、皇居の北の丸の千鳥ヶ淵の桜を見に行った。学部学生の頃、北の丸公園側にあった東京学生会館という、敗戦で近衛連隊が逃げて行った兵舎あと(現在は観光バス駐車場)に住んでいたので、桜の季節になると、千鳥ヶ淵と、近くの靖国神社の桜が懐かしい。

 

JR飯田橋で降りて、お濠を渡るときに、市ヶ谷の満開の掘割桜並木を右手に見て、だらだら坂を上って靖国神社に至る。すでに靖国神社は桜が満開で毎年恒例の屋台がでて参拝客で大賑わいであった。見上げるばかりの高さの大村益次郎の銅像の建っている横門をでて、靖国通りを向こう側に渡って400メートルにわたる「千鳥ヶ淵」に人々の雑踏にもまれて桜並木や、対岸のお濠にしだれる桜を堪能した。今回は時間があったので、右手にある「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」に入ってみた。ここは過去10年間ぐらい入ったことがなかったので、改めて新鮮であった。あまり、人が参拝していなかったが、献花台の横で1本100円の白と黄の菊が売っていて、人々がそれを買って献花したのがうず高く積まれていた。小生も献花した。

 

久しく来ていなかったので、全く知らなかったのだが、献花台に向かって右側には大きな今上天皇の御製の碑が新しく建てられていた。
 

DSC00883-.jpg 

碑には

 


 

戦なき世を

   歩み来て思ひ出つ

 かの難き日を

    生きし人々

 

 

と書かれ、ほかの右下の説明文の碑には

Poem by His Majesty the Emperor.

Having walked through times when there was no such great war,

my thought go out to the people who had lived through

those days of cruel hardship

 

この碑は終戦60周年を迎えるにあたり、新春歌会始の儀で読まれた今上陛下の御製を常陸宮紀殿下が謹書され、平成17年(2005年)9月27日竣工したものです。

 

とあった。
 

  

      そのあと竹橋通りに出て、右手に英国大使館の前の満開の桜並木を彼方に眺めてから、近衛師団本部跡の再装飾したきれいなレンガつくりの建物内部に入って200円払って工芸品の展示物を見学し、左のお濠の中に入り千鳥ヶ淵内の公園の上からお濠側を見下ろすかたちで桜やボートを鑑賞した。余計な心配かもしれないが最近この千鳥ヶ淵回遊ルートが知られて、人が増えてこの公園の樹の根が踏まれてずいぶん痛んでいる様に思った。枯れ枝が増えて切り落とされている。そろそろ根の周辺を踏圧から隔離しなければ、根が窒息して多くの樹が枯れるだろう。
 

   

      眼下に更地でバス駐留場になってしまった懐かしの東京学生会館跡があり、その向こうの田安門わきには武道館があり、法政大学の卒業式が行われていた。そこらへんは昔は東京学生会館の運動場であり、なおかつ1960年の安保闘争の時には第一機動隊がデモ隊鎮圧訓練をしていたところでもある。つわものどもが夢のあとである。
 

 

 

(森敏)
付記: かの難き日を は かのかたきひを  とよみます。

秘密

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