2013-03-20 06:39 | カテゴリ:未分類

:::::一時は免震重要棟も停電したが、その後復旧。::::::東電は同日朝から配電盤を調査。冷却システムを他の電源につなぎ、運転を再開する準備も並行して進めつつ同日中の復旧を目指していた。::: (本日の産経ニュース)

 

:::(今回の東電福島原発事故の)いちばんの教訓は電源喪失が長引けば燃料破損が避けがたいということだ。電源喪失につながる初期原因が自然災害やヒューマンエラー、製造上の欠陥など何であろうと同じことで、冷却水と電力の確保が最重要となる。:::::: アンソニー・ピエトランジェロ米原子力エネルギー協会上級副理事長:日経新聞)

 

          この、あたりまえの指摘がいまだに実行されていない。大勢の技術者が滞在している免震重要棟に関しては、電源が<off>になっても直ちにほかの補助電源で電源復帰<on>させることが最重要であるという認識が、2年前の原子炉爆発事故では東電関係者には骨身にしみていたのだろう。だから免震重要棟は今回はうまく電源回復がうまくいった。 しかし使用済み核燃料冷却棟への給水用電源は<off>になっても直ちにほかの補助電源が<on>に復帰できないシステムになっていた。 そこで、しかたなしに、ほかの電源に強烈な放射能を浴びながら作業員が手作業(マニュアル)で配線をつなぎかえたとは? 配線の設計思想が根本的に間違っているとしか思えない。たとえ、津波、核テロ、竜巻、暴風雨などなどのどんな要因であっても、給水電源がoffになった場合は、直ちに自動的に他の補助電源にonに切り替える多重電源システムが必要だろう。誰が考えてもわかることだ。

  

今回の一連のニュースを追っていて、思い出したことがある。その昔、小生の親父は淀川製鋼(株)の工場長で電気配線専門の電気技師であった。1950年に関西地方を襲った大型の「ジェーン台風」のときに、工場の横を流れる淀川が大氾濫して淀川製鋼の工場全体が建物の2階まで長い間浸水し、工場の停電が続いた。そこで親父は水泳の達人であったので、電線を体に巻いて、工場内の建物から建物までつぎつぎと泳いで、別系統の電源をつないで回って、電気を灯して回ったとの武勇伝を聞かされたことがある。今回の東電のおそらく強烈な放射能を浴びながらの作業員による手作業的な配線作業による事件の解決は、当時の小生の親父の裸一貫のマニュアルによる電源修復作業とあまり変わらない。実に野蛮で危険な行為である。
 

  しかし真面目に想像してみよう。もし電源修復に時間がかかって一カ所でも使用済み核燃料が爆発したら、原子炉メルトダウンどころではない誘発爆発で手の付けられない広域放射能汚染の再発という事態に発展していただろう。実に身の毛がよだつ。迅速な情報伝達、避難体制の整備されていない中での住民復帰はまだまだ早すぎるとしか思えない。

 

(森敏)

秘密

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