2013-02-11 10:03 | カテゴリ:未分類

ドイツ教育相、30年以上前の論文盗用で辞任

読売新聞210日(日)1131

 【ベルリン=三好範英】ドイツのシャバン教育相(キリスト教民主同盟=CDU)は9日、30年以上前に執筆した博士論文に盗用があったとして博士号を剥奪された責任を取り、教育相を辞任した。

 問題の論文は、シャバン氏が1980年にデュッセルドルフ大学に提出した「人間と良心」と題する博士論文。昨年5月に盗用の指摘があり、同大哲学部の学部評議会が審査した結果、5日、「体系的かつ意図的」な盗用があったとして、同氏の博士号剥奪を決めた。

 同氏は決定を不服として行政裁判所に提訴する意向だが、政治的な責任を取って辞任するとした。後任はニーダーザクセン州科学文化相のヨハナ・ワンカ氏。

 

 

以上の記事の意味するところは、シャバン氏は30年前に博士号を取得して、その肩書きで社会的な信頼を得て延々政治家としての階段を上ってきたのだろうから、その人生の社会への踏み出し地点で、論文の偽造があったのならば、社会をだましながらの人生を歩んでいたということなのだろう。

                                    

政敵による追及なのかもしれないが、きびしい批判だと思う。「体系的かつ意図的」な盗用との哲学部の学部評議会から指摘はいかにもドイツらしいと思う。

 

昔大学の寮生活で同室のドイツ文学の先輩が「ドイツ人はレンガを積み上げるように体系的に学問を構築している」といったのがいまだに忘れられない。

 

誰もが知るカント、ヘーゲル、マルクスなど、ドイツ哲学の分野はその典型である。

 

その後小生はドイツに何回か短期間だが滞在したのだが、ドイツでは周りの流行にとらわれず、好きな分野を体系的に学問を構築している万年助手の研究者がいた。今はドイツもすっかりアメリカナイズして、流行を追う研究者が多く、そんな,体系化なんてとろとろした悠長なことは自然科学での研究分野ではなかなかできなくなっているのが少しさびしい。それでも専門分野の体系的な「総説」を書くのが好きな研究者がドイツには比較的多いように思う。
 
 

だから、上記シャバン氏の「人間と良心」と題する博士論文に体系的盗用があるということは、古典的なドイツ人的な発想からすると、この言葉は人文・社会科学の分野では最も厳しい批判だと小生には思われる。彼の博士論文を読んだわけではないが、博士論文の「人間と良心」に関する体系的な論理の展開の「公理」または「定理」または「仮説」の出発点からして、盗用の疑問を持たれているのではなかろうか。

 

 

(森敏)
 

付記1:本来ならば当時のシャバン氏に哲学博士の称号を付与した論文の審査委員であった哲学部の教授たちも裁かれなければならない。盗用を見抜く眼力がなかったのだから。むしろ、そういう教授陣を哲学科にそろえてしまった大学当局の人事に対する管理運営体制の方が問題なのかもしれない。ヨーロッパ哲学の衰退を象徴する事件かもしれない。

付記2:これは最近森口氏のiPS細胞ねつ造事件の報道でミソをつけた読売新聞にしてはヒット記事である。ほかの新聞は報道していないから。


秘密

トラックバックURL
→http://moribin.blog114.fc2.com/tb.php/1619-53ff9ba6