WINEPブログ
NHKでは、この研究で20年間観測を続けてきて、20報の論文をものしたのだが、その論文のすべてが「ヒッグス粒子は発見されなかった」というたぐいのものであるという、日本の研究者の紹介がなされていた。その挫折にめげずにロマンを追ってきた情熱の持続力には正直脱帽せざるを得ない。
ヒッグス氏の予言は素粒子分野では40年間追求し続けてきたテーマだ。それが40兆回?のCERNでの粒子衝突実験でヒッグス粒子の存在が証明された、ということである。
このような研究では世界の共同の研究施設を使っているので論文の共著者が数百人に及ぶばあいもあるようである。CERN施設の建設には日本も含めて世界の各国政府から数千億円が投入されている。研究に関わる人物の人件費や交通費や物品費や施設維持費などを含めると年間数百億円が費やされているのではないだろうか。
まさに世界規模でのプロジェクト研究である。が、これには生物学研究者としては、ちょっと違和感がある。
素朴な疑問である。
「世界のみんなが追及しているテーマを追求して何が楽しいのだろう?」
その点、生物学は研究テーマはささやかだが、無条件に楽しい。
幸い「生物」は「進化」の過程で「多様性」を獲得しているので、その多様性の解明には無限の「問い」(テーマ)が隠されているからである。
しかし、やはり、ヒッグス粒子の研究者も、あまりにきれいなデータが出ると面白くないようである。
ALICEのエバンス氏は、今回のヒッグス粒子発見の報を非常に喜んだが、それと同時に、もっと意外な結果が出なかったことに少し落胆も感じたという。「正直なところ、標準理論の予測と少し異なる結果が出ていたらよかった。まだほかにも未知のものが存在する可能性が示されるからだ」。
すべての研究者は次々と新しい未知の疑問(テーマ)を求めてさまよう「青い鳥」症候群だ。予想どおりの答え(解)が出たらうれしいが、実はそれだけではあまり面白くもない。
研究は入学試験じゃないので、次の新しいテーマ(疑問)が思い浮かぶような「解」であってほしいのである。
素粒子理論では、今回の成果を土台にして確実に次の「理論構築」に向かえるのかもしれないが、それは多くの研究者がすでにヒッグス粒子の存在が正しいと仮定してして、様々な理論展開をしているのではないだろうか。異分野のことだから、予想ができかねるが。
(森敏)
付記1:90年も前に物理学の寺田寅彦先生が言っている。
「西洋の学者の堀り散らかした跡へ遥々(はるばる)、遅ればせに宝石のかけらを捜しに行くのもいいが、我々の脚元に埋もれてゐる宝をわすれてはならないと思ふ」
素粒子の分野では本当に限られたテーマしかなくなったのだろうか?
付記2:江崎玲於奈先生は、数年前の東大の安田講堂での講演会で述べている。
「わたくしほど実験物理学で、お金を使わずに、ノーベル賞を取った人はいないでしょう。」
これは最近の国家の大金を投入しなければできない素粒子物理学や宇宙天文学などのビッグプロジェクトに対する皮肉です。
付記3:「おまえら頭の悪い生物学者に、高尚な素粒子物理学がわかるか」、といわれれば「どうもすみません」と謝るよりしかたがありませんが。