2007-10-30 13:24 | カテゴリ:未分類

 修士、博士課程の学生に、アンコウ鍋のコンパで、話をしているときに、我が輩が「博覧強記」という言葉を使ったら、「先生それどういう意味ですか?」と聞かれたので、こちらが仰天した。言葉の意味を知っていたのは、同僚の教授と、助手と、一人のポイスドクだけであった。この程度の熟語は、我が輩の小学生の時でもどこかで聞いたような気がするのだが。。。そこにいた17人のうち、韓国人1名、パキスタン人1名、ブラジル人1名は、無理としても、他はどうして知らないのだろうだろう? 学生の出自は、私学の工学部からが1人、女子大の理学部から1人、他は本学の工学部と農学部から進学した学生であった。出自によらず、明らかに年齢による分断が顕著である。30歳以下は知らないようである。ということは、生まれてこの方の国語の授業や読書や新聞やテレビで、この言葉が出てこなかったということを意味しているのであろうか?


 そこでついでに、「気宇壮大」「質実剛健」「針小棒大」「佳人薄命」「臥薪嘗胆」などと、時々新聞にも載っている4文字熟語を知っているかどうかをためしてみた。年齢が低くなるにつれて認知度が低いことが顕著であった。やはり国語教育に問題があるのであろうか? たぶん、これまで習ってきた教科書に問題があるのだろう。一度小・中・高の国語の教科書をチェックしなければ、と強く思った次第である。それにしても、聞いてみると現今の学生の読書量の低さには驚かされる。新聞もろくろく読んでいないようである。彼らの文章力が検証されるのは、まず、学部や大学院での授業での感想文である。授業を漫然と聞くのではなく、いつも批判的に聞いてください、と授業の最初には述べる。ひどいものである。A4一枚に10分で批判的感想文を書きなさい、という命題に対して、うんうんうなって、当初はわずか2-3行しか書けない学部生がいる。しかも誤字・当て字だらけである。いつもきちんと物事を考えていないのであろう。携帯メールで、条件反射的な口上のやりとりしかしていないので、論理的な文章展開ができないのであろう。授業の回数が進むにつれて、少しは長い文章が書けるようになっていくのがせめてもの救いであるのだが。


 しかし、最近我が輩自身がいささかあわてたことがある。科学新聞(8月24日号)「科学者が語る自伝 山川民夫」 のコラムの文章中に「拳拳服膺」という文字があった。その文脈はこうである。  


木村雄吉先生はガマの解剖での実習の前に「君らが講義や本などで習ったことなどは、風が吹けば吹っ飛んでしまう。自分の目で見て手で触ったものだけが真実だ」と言われたが、僕ら若い頭には強烈な刺激となって実験科学の神髄と拳拳服膺している。


この「拳拳服膺」を急いで手元の電子辞書(広辞苑)で引いてみたら「けんけんふくよう;胸中に明記して忘れずに守ること」と書かれてあった。実は我が輩も漢文を正式に学ぶ期間が無かったので本当は漢語には弱いのだ。ところでこの言葉「拳拳服膺」の起源はどの古書にあるのでしょうかね? ところでその後、年下の同僚に「拳拳服膺」の読み方とその意味を知っているか?と聞いたところ、「管窺先生はそんなことも知らないんですか?」と、露骨に軽蔑された。あまり人のことはいえない。


(管窺)

秘密

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