2008-05-20 14:35 | カテゴリ:未分類

「かわいい」とはどういうことなのか

 

我々が動物のあかちゃんを見て、その振る舞いに心底から心が安らぐのはなぜであろうか?出産後の母親にとっては生まれたばかりの赤ちゃんは、“赤くて皺がよっていて猿に似ていても”無条件に「かわいい」と思うだろう。 なぜだろうか?

 

小生の女性の先輩が2度目の大学の教授職を退職するときに、その大学の卒業生が編集した文集を読んだ。ある卒業生がその大学に入ったときに、わが女先輩に初めて会って「かわいい先生だ、若かったらぜったいぼくの嫁にしたいと思った」と書かれていた。60才を過ぎた先輩を見てである。

 

更にスゴイのは、ある専門学校では85才になる女性の理事長がハイヒールを履いて歩いているのを見て、女子学生が「かッわいー!」と叫んだのだそうである。

 

最近のテレビで旅番組などに出てくる若い女の子は「かッわいいー!!」とか「おっいしー!!」とかの感嘆詞しか発しない。恐ろしく表現力が貧困である。そこで、大学の学生達に問うてみた。

 

「あなたにとって“かわいい”という言葉はどう定義されるのか?」

 

予想どおり彼らはそんなことを普段あまり考えたことがないらしく、「あまり大きくなく、小さいこと」「か弱いこと」「けがれていないこと」等々四苦八苦の意見が出てきたが、どれもしっくりする定義が出来ないようである。しかし普段当たり前と思っている言葉がじつに曖昧な概念のままに使われていることに対して、少しは考えるところがあったようである。

 

高校生の時に読んだ三木清の「人生論ノート」には

幸福とは

懐疑とは

虚栄とは

怒りとは

嫉妬とは

人格とは

等が哲学的に考察されていた。

 

メールを用いた条件反射的なことばの応答ばかりを繰り返すのではなく、少しは、まじめに普段用いている言葉の意味を考察してみることも、頭の体操になっていいのではないか? 小学生の段階から、教師が生徒にこういう哲学的な課題をぶつけてみたら、子供達の間に活発な議論が起こるのではないだろうか? 

 

などと、つらつら考えていたら、「ところで先生なら、“猥褻(わいせつ)”という言葉をどう定義しますか?」と逆に質問された。

 

今の学生はこういうやりとりだけはなかなか手強(てごわ)いですね。

 

 

     

(森敏)

 

 

 

 

秘密

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