2008-05-17 14:30 | カテゴリ:未分類

cyuuzennjiko


          朝の中禅寺湖畔

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            男体山の朝

湖畔の湯

 

   中禅寺湖畔の「湖畔の湯」という共同温泉の横にあるペンションに学生達と泊まることになった。歩いていて湖畔という文字が飛び込んできて、いきなり「湖畔の宿」という曲を思い出し、これにまつわる思い出が走馬燈のようによみがえってきた。

 

高峰美枝子の歌ったこの曲は、戦前戦後に一世を風靡したらしく、父はレコード(今でいうSP版)を買っており、よく“蓄音機”でかけていた。また、会社から帰ってきて、夕食前に五右衛門風呂に入るとこの曲を歌詞の必ず3番めまでゆっくりゆっくり大声で歌ってから湯から出てくるのであった。

 

風呂場のすぐ脇に板塀を隔てて小道があったので、父の放歌高吟する歌声は通行する人には丸聞こえであったが、夏は窓を開けて歌っていても、全く意に介さなかった。風呂場だから自分がいかにもうまく歌っているように聞こえたのだろう。自己陶酔型人格である。小生はその間、父のために薪をくべながら、湯加減を調節していたのだが、ほんとに気持ちがいいんだろうなーと共感するのであった。

 

おかげで小生はいまでも全歌詞を覚えている。調べると、この曲の作詞家佐藤惣之助は榛名湖をイメージして作詞したようである。冬のワカサギ釣りで有名な榛名湖は中禅寺湖とはちょっと離れているが、雰囲気は似たようなものである。小生が小学生のそのころは、「湖畔の宿」が失恋の歌だなんてことはあまりピンと来ていなかった。今思うと父には類似の失恋経験があったのかもしれない。

 

以下に歌詞を記す。http://www.biwa.ne.jp/~kebuta/MIDI/MIDI-htm/Kohan_no_Yado.htm

で、曲を聴けるが、正直言ってそれはあまり雰囲気が出る演奏ではない。

 

一.山の淋しい 湖に ひとり来たのも 悲しい心 胸のいたみに たえかねて 昨日の夢と 焚きすてる 古い手紙の うすけむり

 

二. 水にたそがれ せまる頃 岸の林を しずかに行けば 雲は流れて むらさきの 薄きすみれに ほろほろと いつか涙の 陽がおちる

 

三.ランプ引きよせ ふるさとへ 書いてまた消す 湖畔の便り 旅のこころの つれづれに ひとり占う トランプの 青い女王(クイーン)の さびしさよ

 

中禅寺湖のさらに高緯度にある湯の湖のレストランでの昼食の時に、この曲を少し口ずさむと、女子のポスドクが「先生ってホントーに旧いんですねー」となぜか哀れみの目で見られた。。。。。

 

 

(森敏)

以下、竜頭の滝(写真上)、湯の湖(写真中)、湯の湖から白根山を望む(写真下)

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秘密

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