2011-06-09 14:49 | カテゴリ:未分類

日本の科学技術を支えていた基本的な部分がメルトダウンしている

 

 

1979年米国スリーマイルアイランド事故の折、たまたま米国標準局に勤めていた筆者は、原研から派遣されていた友人と2時間余のドライブでペンシルバニア州まで「見学」に行った。発電所には近づけなかったが、川の土手までは規制もなく、のどかな田園風景が広がっていた。数年後に「メルトダウン(炉心溶融)」が起こっていたことを知りぞっとしたが、当時、「メルトダウン」という言葉は「まさか」というニュアンスでひそひそと話されていた。

チェルノブイリ事故が起こった19864月には気象研究所に勤めていた。1954年の第五福竜丸被ばくと50-60年代の大気圏核実験で世界に環境放射能観測ネットワークが構築され、気象研究所地球化学研究部は日本各地の降水の放射性物質の観測を行っていた。事故当時、高精度の放射能測定に対応できる少ない研究機関の一つであった。1970年代以降には大気圏核実験が中止されたこともあり、環境放射能測定の重要性が薄れ、研究費も削減され、常時液体窒素の補給を必要とする装置がスタンバイしている研究機関は決して多くなかったのである。すぐ対応できた青山道夫研究官らのデータは早速Nature誌に掲載され、地球規模の大気汚染の証拠になり、メルトダウンと原子炉暴走のすさまじさを実感させた。

筆者は当時、ストロンチウム-90Sr-90)に関するベテラン研究者・故葛城幸雄研究官の降水の濃縮を手伝っていた。β線のみの核種であるSr-90は、化学分離の技術を必要とする測定に手間隙がかかるが、核爆発でも原発事故でも放出量が多く、カルシウムに似て骨に蓄積されやすく重要な核種である。1986年後半には気象研究所は、廣瀬勝己研究官のプルトニウム(Pu)のデータも併せて研究報告を行ない、日本の測定技術の確かさを証明した。

さて、今回フクシマの事態を受けて、1954年以来蓄積されている高精度のデータの上に観測データが公表されることを期待していた。しかし、新聞やTVニュースにデータが溢れているが、Sr-90Puのしっかりしたものは発表されない。ヨード(I-131)やセシウム(Cs-137)が検出されていれば必ずあるはずだと思い気になっている。I-131,Cs-137などγ線核種と違って、β線やα線核種の測定は熟練を要し、時間がかかるのは分かるが、事故後2ヶ月以上たっても出てこないことと、そのことを強く指摘しない専門家たちに危惧を感じている。

最近「メルトダウン」と言う言葉が気軽に使われはじめ、まがまがしいイメージが消えてしまったように感じるが、事態は決して楽観できないのではないだろうか。メルトダウンしてしまったのは原発の炉心だけではなく、日本の科学技術を支えていた「基本的な分析技術」の伝承がなくなっているということも含まれるのではないかと思うのは余計な老婆心だろうか。 
 
 

(土器屋由紀子江戸川大学名誉教授の許可を得て、「交通新聞」のコラム記事に手を加えて、転載していただいた)

 

 

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