2008-05-11 00:18 | カテゴリ:未分類

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わが青春に悔いなし 監督・黒澤明、脚本・久板栄二郎)

 

 

チャネルBS2で今この映画を見終わった。

ひとことで言って「京大生がうらやましい」と思った。この映画は京大生にとって、おおきな財産ではないだろうか。バックに何度も流れる

 

くれないもゆる おかのはな

さみどりにおう きしのいろ

みやこのはなに うそぶけば

つきこそかかれ よしだやま。。。

 

という三高寮歌を背景に、当時の学生、時計台、校舎などが写されている。

 

    教職を追放された反骨の教授(多分滝川事件を題材にしているのだろうが)、検事になったその教え子の学生、ストライキで逮捕後偽装転向して、社会に出て個人で研究所を設立し、影で体制転覆に荷担して逮捕されて獄死した同じく教授の教え子の学生など多彩な人材が登場する。

 

  主人公の原節子はその教授の娘でプチブルであるが、後者と結婚し、夫と共に逮捕され、夫の死後、夫の郷里の農家に定着して、戦後は農村婦人解放運動の旗手になる、という、現在から見ると定型的なプロレタリア文学であるが。そんなことはどうでもよい。

 

  東大にも法学部では戦前に河合栄治郎追放事件があり戦中も大きな事件がいくつもあったが、戦後にそんな題材で映画が作られたということを聞いたことがない。もしできていれば一高寮歌

 

ああぎょくはいに はなうけて 

りょくしゅにつきの かげやどし  

ちあんのゆめに ふけりたる 

えいがのちまた ひくくみて   

むこうがおかに そそりたつ 

ごりょうのけんじ いきたかし。。。

 

が、きっとバックに流れ、時計台や校舎が写され映像として記録されただろうに。。

 

それにしても原節子(写真)にはしびれた。

 

(森敏)

追記:千住明の編曲「京都ラプソデー」で、なんと最高齢85才の京都大学卒業生達が壇上で「紅萌ゆる」を楽しそうに唄っていた。下の画面は寮歌の3番を唄っているところである。

 

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 追記:以下三高寮歌と一高寮歌を転載する。

紅萌ゆる(三高寮歌)

紅萌ゆる岡の花 早緑(さみどり)匂う岸の色
都の花に嘯(うそぶ)けば 月こそかかれ吉田山

緑の夏の芝露に 残れる星を仰ぐ時
希望は高く溢れつつ 我等が胸に湧返る

千載(せんざい)秋の水清く 銀漢(ぎんかん)空に冴ゆる時
通える夢は崑崙(こんろん)の 高嶺(たかね)の此方(こなた)戈壁(ゴビ)の原

ラインの城やアルペンの 谷間の氷雨(ひさめ)なだれ雪
(ゆうべ)は辿る北溟(ほくめい)の 日の影暗き冬の波

あゝ故郷よ野よ花よ ここにも萌ゆる六百の
光も胸も春の戸に 嘯き見ずや古都の月

それ京洛の岸に散る 三年(みとせ)の秋の初紅葉
それ京洛の春に咲く 三年の春の花嵐

左手の文にうなずきつ 夕べの風に吟ずれば
砕けて飛べる白雲の 空には高し如意が嶽

神楽ヶ岡の初時雨 老樹の梢伝うとき
檠燈かかげ口誦む 先哲至理の教にも

あゝ又遠き二千年 血潮の史や西の子の
栄枯のあとを思うにも 胸こそ躍れ若き身に

希望は照れて東海の み富士の裾の山桜
歴史を誇る二千載 神武の児等が立てる今

見よ洛陽の花霞 桜の下の男の子等が
今逍遥に月白く 静かに照れり吉田山



嗚呼玉杯に花うけて(旧制第一高校の逍遥歌) 


嗚呼玉杯に花うけて 緑酒に月の影やどし
治安の夢に耽りたる 栄華の巷低く見て
向ヶ丘にそそり立つ 五寮の健児意気高し

芙容の雪の精をとり 芳野の花の華を奪い
清き心の益良男が 剣と筆とをとり持ちて
一たび起たば何事か 人生の偉業成らざらん

濁れる海に漂える 我国民を救わんと
逆巻く波をかきわけて 自治の大船勇ましく
尚武の風を帆にはらみ 船出せしより十二年

花咲き花はうつろいて 露おき露のひるがごと
星霜移り人は去り 梶とる舟師は変わるとも
我のる船はとこしえに 理想の自治に進むなり

行途を拒むものあらば 斬りて捨つるに何かある
破邪の剣を抜き持ちて 舳(へさき)に立ちて我よべば
魑魅魍魎も影ひそめ 金波銀波の海静か

 

 

 

秘密

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