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2024-01-30 14:31 | カテゴリ:未分類
加藤崇(Whole Earth Foundation(WEF、全地球財団)CEO)が文藝春秋新年号で、

既成の教育は吹き飛んだ というタイトルで、以下のように断定的にのべている(部分抜粋です)
  
「ChatGPT」の登場によって、「情報を整理し、伝達する能力」が社会の中で相対的に果たす役割は、いま終わりを迎えている。::::::「知識を覚えることの意味が社会から消滅した。:::::::ChatGTPによって黒板にチョークでひたすら板書する教師たちの仕事は、すでに消滅している。消滅していないと思っているのは、本人たちだけかもしれない。:::::
   
これを読んで当然出てくる疑問は、ではChatGPT以降の小、中、高の学校教育での教師たちは、これからの教育目標を、何に向かって、何を、生徒たちに教えるべきか? また、生徒たちは、何をどう教師から学ぶべきか?という疑問にただちにぶつかるだろう。

小生は小中校教育にはド素人だが、すでに日本を含めた先進各国の教育の現場では以上のようなことは、改革に向けて懸命に取り組まれ始めているものと推測する。改革は早ければ早いほどいいだろう。AIの発展が予想できないぐらい加速度的だからである。

AIは「知能」のレベルが人間を驚異的に凌駕するが、今のところ「意識」を持たないといわれている。だから私見では、コンピューターサイエンテイストにとっても未だ漠然としていて定義が定かでない「意識」なるものを強化する教育が、小中高教育では求められる物の一つではないかと思う。

ここで、論理の飛躍をあえて許してもらえれば、
たとえば同じ新年号の文藝春秋での巻頭随筆で藤原正彦氏は

「懐かしさ」は「もののあわれ」などと並び有限な人生に付随する情緒で、AIがどんなに発達しても持ちえない人間のもっとも高尚な情緒の一つと思う」
と述べている。これは間違いない指摘だと思う。

高尚な情緒を磨くことは、人生の豊かさの根源だろう。

ここでまた論理の飛躍をすると、現在NHKで放映されているテレビドラマ「光る君へ」は平安時代の美意識を「意識」する契機になると思われるが、さて今後物語がどのように展開するのか。。。

これまで3回の視聴では、物語の登場人物の名前や官位の解説が無いのでとても理解ができていない。次回から小生は他のユーチューブチャンネルで、人物の系譜を勉強しながら視聴することにしている。


  
  
(森敏)

後記:昨日(2月11日)のテレビドラマ「光る君へ」の,道隆が主宰する歌会では、4人の有名な歌人(藤原公任、藤原斉信、藤原元輔、藤原道長)の漢詩が紫式部の父である藤原為時によって朗々と詠まれ、紫式部と清少納言が列席するという場面が紹介された。実際には歴史上ありえなかった人物構成だったが、実に優雅な平安朝の雰囲気を出していた。見終わって我ながら感嘆したので、テレビに向かって拍手をしてしまった。(単細胞ですね)