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2023-06-13 15:42 | カテゴリ:未分類
文京区の図書館で牧野富太郎関連の本を検索していたら、『牧野富太郎の植物愛』大場秀章著:朝日新書 というのに偶然ヒットした。
 
大場さんは小生が助手のときに同じ習志野市実籾の公務員宿舎に住んでいたので、がぜん懐かしくなって、さっそくこの本を図書館に貸し出しを注文したら、すでに借りている人がいた。2週間ぐらいして図書館から連絡があり、本が返却されたということで、借りに行った。
  
裏表紙を見たら、なんとこの本は、2023年4月23日に出版されたものであった。たぶんNHK朝ドラの牧野富太郎の伝記『らんまん』(第一回放送日は2023年4月3日)に合わせて出版したものと想像した。あまりにも両者のタイミングが良すぎるからである。
  
大場秀章さんは、本の奥付けを見ると、東大名誉教授で、現在も東大総合研究博物館で特招研究員をされており、日本植物友の会会長をもされている現役のフィールドワーカーであり、ある意味では牧野富太郎の後継者といってもいいのではないだろうか。謙虚だから彼はそんなことはどこにも書いていないが。
  
大場さんがこの本を書かれた理由が小生には面白かった。
 
先日のこのWINEPブログでも述べたのだが、第3者による牧野富太郎の伝記は、ほとんどが『牧野富太郎自叙伝』(1956年)に基づいて書かれている。この本の出版時には、牧野は95歳であり、牧野の学術上の先輩は全員鬼籍にはいっていた。だから牧野が書いている人間模様の真偽は、牧野以外の先輩に対するインタビューによる検証が不可能である。
 
大場さんは、巷に流布されている各種の伝記ものや、牧野自身による自伝に書かれている東大植物学教室での牧野とそれを取り巻く人間模様が、本当であったのかどうかについて、「牧野富太郎自叙伝」を詳細に読みながらいくつかの疑問を抱いており、それについていくつかの解明を試みている。むろん尊敬する牧野の実像をさらに明らかいしたいという“牧野愛”を込めてと思われる。この点については、
終章:姿が見えない真の牧野富太郎 
でいくつかの解明をしている。
  
牧野富太郎はこの本の著者の大場秀章さんと同じ東大植物学研究室の大先輩であるので、先輩から受け継がれてきた牧野に関する口伝の口伝が多々あるものと思われる。同じ研究室の後輩が先輩を語るのはなかなか勇気が要ることであるが、遠慮がちに、牧野の思い違いや、表現の唯我独尊的な過激さや、牧野が書かなかった周辺の研究者たちに大いに支えられていた実像を浮かび上がらせている。
  
植物の採取、押し葉標本の作製、ラテン語の学名のつけ方、英作文の書き方をだれにならったのか、などなど学問的な観点からの牧野に対する考証的態度は厳密で、論理的で非常にわかりやすく2時間もかからないで読めた。新書判198ページの薄さなので、2時間もかからないで読了した。小説などよりもすらすらと流れるように読めた。
  
まだまだいろんなところに疑問を持っているらしいが、当面NHKの『らんまん』の放映に合わせて出版を急がされたようで、大場さんご本人、もこの本は粗削りなデッサンのようなものだ、と本の中で述べている。確かに、少し粗削りな書きぶりが散見された。大場さんにとってはもっともっと考証を重ねたじっくりとうんちくを固めた牧野富太郎伝を書きたそうな雰囲気が伝わってきた。
  
参考までにこの本の目次は、以下のとおりである。
  
第1章 牧野富太郎の誕生
第2章 植物学開眼
第3章 疾風怒涛の植物愛
第4章 比類なき富太郎の植物愛
第5章 植物愛が結実した出会い
第6章 植物と心中する博士
終章 姿が見えない真の牧野富太郎
あとがき


(森敏)
付記1:小生の灘高の時のちょび髭を生やした生物の先生(名前は忘れた)は牧野富太郎先生の弟子であると自認していた。富太郎と一緒に芦屋や神戸の六甲山の植物観察会によく参加したといっていた。植物分類学に長けていたのだが、生理学や生化学の授業はからっきし自信無げだった。だから小生は大学受験では化学と物理で受験した。灘高の受験生が全員そうだったと思う。
  
付記2:小生の精道中学校の生物の吉田某先生は広島大学教育学部の生物学科(?)の出身だった。植物の形態学にやたら強く、シダの一生や花の構造などの図を試験問題に出していた。小生は教科書の図を2-3回もなぞればなぜか細部まで完全に丸暗記できたので、この先生には大いに気に入られた。
ある時、夏休みの宿題に六甲山のシダを20種類ぐらい採取して押し葉にして画用紙に張り付けて、牧野植物図鑑で学名を調べて記載して、吉田先生に提出したのだが、この押し葉標本は返してもらえなかった。(このことは以前のブログでも書いたことがある) もしかしたらこの吉田先生も牧野富太郎の弟子で、小生のシダの標本を牧野富太郎に送付していたのではないだろうか、と大場さんのこの本を読みながら思ったことである。50万点という牧野富太郎の標本はまだまだ開封されていないものも多くあるようだ。もしかしたらその中に????
 
付記3:研究室の偉大な大先輩にまつわる噂話というものは尾びれ背びれがついて後輩に次々と語り継がれているものである。この大場秀章さんの本はたぶん、東大理学部植物学科の関係者たちによって、いろいろな意見が寄せられて、より実像に迫る牧野富太郎像が、改訂版に盛り込まれることを期待したい。