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2021-04-05 22:27 | カテゴリ:未分類
金閣寺  
青天を衝き光彩を燦然と解き放つ金閣寺 

     

  
  金閣寺の訪問は小学校以来これで6回目である。いつも春か秋かであった。

金ぴかの派手派手のたたずまいは、これまで案内したことがある諸外国人らは、

押しなべて金閣寺にはおおむね好評であった。 いっぽうで、

しかし、なんでこんなにお金がかかる派手派手の建物を足利義満は建てたんだろうと、

小生はずっと疑問をひきずっていた。日本人なら誰もが抱く疑問ではないだろうか。

  
  昨年改修されたと聞いていたので、機会があればもう一度見てみたいと思っていた。

今回が年齢的にも見納めだと思ったからでもある。

中共コロナのために時間ができて、今回その機会が訪れた。

  
  今回見た金閣寺は、晴天の下に新緑を背景に燦然と光り輝いていた。

観光客のだれもが最初に一目見たとたんに「うわー、すごい!!」と歓声を上げていた。

それからおもむろにこの感動の瞬間を逃すまいと、皆がスマホで写真を撮り始めるのだった。

小生もいろいろな角度からミーハー的にワメキナガラ写真を撮った。写真を撮りながら、
  

  こんなに徹底的に奇抜な金ぴかの建造物を建てた足利義満は、間違いなく、

その意図はどうあれ、「極めて冷静な狂人だっただろうな」と強く思った。

歴史書をめくればこの金閣寺建造に関するいわれが詳細に書かれているのだろうが、

今回、受付でもらったパンフレットには、

「金閣を中心とした庭園建築は極楽浄土をこの世に現わした云々。。」

としか書かれていない。
   

  実は今回京都の宿に持って行った辞書の中の芥川龍之介の作品集の中に

「ある阿保の一生」

「ある旧友へ送る手記」

「遺書」

などを、昨晩、睡眠剤代わりに改めて読んでみて、

芥川が死を決断するに至る心的プロセスの記述に非常に興味がわいていた。

芥川の場合はネガテイブにネガテイブに人生を冷静に冷静に総括して、

死には一切美的幻想を抱いていない。ただ人に迷惑をかけないつもりで

ブロバリンをのんで人に知られず自死した。

  
  しかし、足利義満の場合は、本心から「死は一種の幻想的幽玄郷である」

と思っていたに違いないと、素朴実在論者でかつ単細胞の小生にも思われた。

それを生きているうちに実現しようとした執念のすざましさに圧倒された。

というべきか。まさしくこれは狂人の天下人の仕業だ!
  

  今後もう京都に来られないであろう親類に、金閣寺の文字が入っているお菓子を

お土産に片っ端から買い込んで、宅急便で送った。
  
       
     
(森敏)