2018-04-15 08:33 | カテゴリ:未分類

  昨年(2017)末に双葉町の空間線量毎時10マイクロ シーベルトの畑の木が、葉が散って枝だけになっていたのだが、よく見ると地上数メートルの枝に鳥の巣が一つかかっていた(後で野鳥の会の山本裕氏にこの写真を見せて同定してもらったところ、これはメジロの巣だということであった)。鳥がいなかったので、アームが長い枝切ばさみで枝を切って、巣を回収した。卵もなかった。周りの空間放射線量が毎時10マイクロ シーベルトとべらぼーに高いので、この巣材自身の放射能がどれくらい高いのかが持参したβ線専用のガイガーカウンターではわからなかった。大学に持ち帰って測ると毎分1100カウント( cpm)であった。これはIPプレートで丸一日感光すれば十分な放射線量であった。放射能を測定すると Cs-134とCs-137の合量で 毎時342800ベクレル/乾物重 と非常に高い濃度であった(表1)。
         
 

  図3467はこの巣を裏表の両面からオートラジオグラフに撮像したものである。枝の部分は放射線量が相対的に低いことがわかる。それに比べて巣材に使われた緑色のコケ類は、放射線量が高い。 
           
  この巣の中で卵が孵(かえ)って雛(ひな)になってしばらく経て巣立つまでの全3週間ももし居ると想像すると、積算での被ばく線量は確率的に多分染色体異常などが発生する領域になるはずである。果たしてメジロの雛は無事に飛び立ったであろうか?
 
 
 




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図1。 メジロの巣 枝切ばさみで高い枝から回収して、巣の真上から見たもの
 
 
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図2。 メジロの巣 樹皮の繊維、コケ、ビニールなどでできていることがわかる。オートラジオグラフにかけるときに平らにつぶした状態 
 
 
 
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図3。 図2のオートラジオグラフ。木の小枝はあまり汚染していないが(むしろ小枝でその下の巣材からくる放射線が遮断されていることがわかる)、巣材のコケ類の汚染のされ方が濃淡さまざまであることがわかる。 黒い部分はコケの根についた泥と思われる。
 
 

 
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図4。 図3のネガテイブ画像
 
 
 
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図5。 図2の巣材を裏側から見たもの
 
 

 
 
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図6。 図5のオートラジオグラフ 
 
 
   
   
 
 
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図7。 図6のネガテイブ画像

 
   

   
 
表1 メジロの巣材の放射能

メジロの巣材jpeg
 
 
2018-04-11 19:52 | カテゴリ:未分類

新聞で知ったのだが、2018.02.13. の電機大学のホームページに以下の記事が速報されている。

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東京電機大学 平成30年度一般入試(前期)
「数学満点選抜方式」導入!
数学満点者23名が合格(速報)

東京電機大学(学長 安田浩)では、21日~5日に実施した一般入試(前期)の合格者が212日に発表されました。
この受験者のうち、今回初めて導入した数学1科目が満点の場合合格とする方式で、数学満点者は23名で全員合格となりました。そのうち、従来の3教科総合選抜方式では不合格になっていた受験生2名が合格しました。学部別には、システムデザイン工学部3名、未来科学部12名、理工学部8名、合計23名でした。
この「数学満点選抜方式」は、文部科学省が掲げる「多面的・総合的に評価する入試への転換」に対応したもので、理工系を目指す受験生の中で、特に数学に秀でる受験生を評価する選抜方式です。
総合点だけでは測れない特徴的な受験生との接点を拡充するため、平成31年度入試は、この選抜方式を夜間部を除く全学部で導入いたします。
なお、227日・28日に実施する一般入試(後期)においても「数学満点選抜方式」を導入しています(発表は3月7日)。

「数学満点選抜方式」とは
一般入試(前期・後期)において、数学1科目だけでも100点満点(素点)であれば、合格とする判定方式です。従来は、数学・英語・理科(国語)の3科目合計点でのみ合否を判定していましたが、新たにこの選抜方式を追加して合否を判定いたします。ただし、3科目受験は必須となります。
実施学部は、システムデザイン工学部、未来科学部、理工学部の3学部です。

 

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  これは素晴らしくユニークな試みだと思う。英語や理科がどれか満点でも入学できないところがミソだ。この数学満点採用方式は理系の受験生の間では評判になっているのではないだろうか。
           
  かつて早稲田大学の II文で 英語と国語の2科目のみの入試というのがあったが、どれか一つの満点方式ではなかったと思う。それにこういう文系科目は満点の基準を設定しにくい。上記電機大学では正解が数学だけは明快だから、満点選抜方式を採用できたのだろう。
        
     ここで少し気になったので早稲田大学の入学試験のホームページを開いてみたら、実に多様な入学試験がなされていることを知った。少子高齢化で、大学が学生獲得に必死であることが分かった。授業料獲得のためには落ちおこぼれそうな学生も獲得したいが、超エリート候補の学生も絶対欲しいという、大学側の意気込みが感じられた。それが多様な入試ということなんだろう。実際に学生は入学後、あるいは社会に出てから、成長してどう大化けするかわからないので、未完の高卒の時点では一見「玉石混交」の人材を獲得していていいのだと思う。
             
  話は変わるが、誰とは申しませんが、数少ない小生のこれまでの付き合いの範囲では、数学がずば抜けてできる人は大体奇人変人が多い。彼らの「自分は頭がずば抜けていい」という自信は過剰以上のものがある。こういう人物は、それはそれで、敬して遠ざけて、遠くから眺めていれば、実に面白い人物像だと思う。
                       
  1960年代の東大駒場の教養学部では 当時の理科Ⅱ類(まだ医学部専属コースの理科 III 類はなかった) の学生も数学が必須だった。のだが、数学の教師が、授業の、のっけから「君らは頭が悪いんだから、どうせ授業についていけなくなるだろう」と言われて、小生はいきなりやる気をなくした。確かに高木貞治の「解析概論」は歯が立たなかった。でも、今ではこと数学に関してはそういう断言的な切捨て教育もアリだと思う。なまじ数学が中途半端にできる奴ほど、疎ましい輩はいない。物理屋さんや化学屋さんにそういう人物がママ散見されたと思う。自意識過剰で社会常識に欠ける。彼らは時として国を危うくする。極論すれば戦艦大和の設計者や、原子力発電マフィアがその代表だろう。
                       
(森敏)



  
2018-03-31 10:49 | カテゴリ:未分類

「博士」でも任期付き若手研究者の雇用厳しく

20180301 1433分 読売

 文部科学省科学技術・学術政策研究所は、大学院の博士課程を修了して大学や研究機関に就職した若手研究者らの半数以上が、3年半後も任期付き雇用にとどまっているとの調査結果を発表した。

 同研究所は、2012年度に博士課程を修了した2614人について、3年半後の生活状況などをアンケートで調べた。60%が大学や国の研究機関などに就職していたが、そのうち52%は任期付きの不安定なポストにあることがわかった。

 また、15年度に博士課程を修了した人への別の調査では、4922人の回答者のうち、38%が返済義務のある奨学金などの借金を負っていることもわかった。

 若手研究者が厳しい環境に置かれていることから、文科省は、大学で若手にポストを用意できるような人事システムの改革など、若手研究者を育てるための新計画を6月末をめどに取りまとめる方針だ。

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  こういう若手研究者の深刻な身分の不安定さは、インパクトファクターの高い論文への掲載を狙った若手の研究者によるデータの偽造(フェイクデータ)の、温床になっている。、結果的に日本発の研究論文の信用の失墜に確実につながる可能性が非常に高い。実際論文の被引用度でもボデイーブローのように効いてきているのではないか。
           
  話が横道にそれるが、先日某国立大学の研究者に会って久しぶりに話を聞いていたら、この大学ではすでに研究者一人当たりの光熱水料を差し引いた研究費は年間たった10万円だということで、これには心底驚愕した。
          
  科学技術の人材育成と財政支援の両面が国立大学では崩壊しつつある。
 
   

論文の引用件数や、専門分野ごとの上位1%に入る重要論文の件数が、日本が米、中国、EU諸国にもおいぬかれて、ここ数年にわたって確実に低下しているという指摘が各種の調査機関でなされている。また、日本では国立大学よりも、国立研究法人(理化学研究所、物質材料研究所、生理学研究所、原子力機構などなど)のほうが質の良い論文を出している、などとも報道されている。後者の方が投入予算に対する研究成果が高い、すなわち投資効率が高い、との指摘もなされている。「国立大学は研究マネージメントが悪い」、と日経連や経済同友会に集まる民間会社の社長クラスが国の科学技術政策を論じる会議に参加してしきりにのたまう。
  

しかしこれらの指摘は、大学の有する特質を無視しているものと言わざるを得ない。大学は研究ばかりでなく教育の場である。国立大学の教員が有する教育の負担は甚大なものがある。研究ということがどういうことなのかに全くと言ってよいぐらい無知な新入生を一人前の研究者に人格的にも研究能力的にも気合を入れて真面目に育する苦労は筆舌に尽くしがたい。
  

極論すれば、上記の国立研究機関は、国立大学の教員たちが苦労して育て上げた研究者たちを、ポスドクなどの有給で雇用して、彼らの能力を研究成果として短期間で搾り取る(収奪する)機関なのである。苦労した学生たちを送り出す大学教員たちには、何の見返りもないと言っていいだろう。また、優秀な大学生を就職時に雇用する民間会社も、優秀な学生を育てろと大学側に文句はつけても、教員たちに対する研究資金面での見返りは、多くの場合、何もない。それどころか国立大学は毎年文科省からの「運営費交付金」を減額され続けている。国立大学の教員たちは、研究費を教育費に転用しないと真面目な教育ができない状態に貶められている。だからすでに述べたように教員一人頭10万円しか研究費がないという国立大学の研究室も出てきているのである。
  

大学では自分たちが育てた優秀な修士や博士研究者をポスドクやパーマネントの助教などに継続して昇格雇用できるシステムがいまでは壊滅的に崩壊している。ごくごく少数の有名教授たちが外部資金の大金を獲得して、それらの恩恵に浴しているにすぎない。そのためにほかの零細分野の多くの教員たちはますます研究費が細り、毎日が金欠病でひーひー言っている。研究室間での貧富の差が激しくなっている。好き勝手にやる、数十年後には、ブレークスルーに結び付く研究の種(構想)が貧困化している。本当に危機だと思う。
  

こんなことを言うと「それはお前が無能だからだ」という声が直ちに返ってくるだろう。無能だからかもしれないけれど、最低限の研究費は保証して下さいよ、と現役の研究者を代弁していいたい。年間10万円の研究費で何ができますか? 
    
       
(森敏)
付記:「日本の大学は、一見して企業投資を喚起するような革新をもたらす魅力的な構想がかけているため、日本の大企業が米国の大学に投資をしている。」(科学新聞 3月30日号 「日本の研究力低下に歯止め」 ピーターグル―ス沖縄科学技術大学院大学学長 談)。日本の企業は大学から優秀な人材だけをかっさらって、日本の大学の研究はだめだからと言って、アメリカの大学に研究投資して、そこで得られた特許を、商品として世界中に売りまくる、という資産運用循環を形成しているわけだ。これが企業のグローバル化の実態だ。日本の国立大学の育成人材の活躍の成果である企業の儲けが日本の大学の研究者に還流していない。あったとしても微々たるものだ。


2018-03-10 02:50 | カテゴリ:未分類

浪江町の大柿ダムの周辺は冬枯れでツバキなど以外は灌木の葉が散って枯れていたが、ダム周辺の道路の斜面には、寒さに強いのかリュウノヒゲに似た単子葉の草のみが生えていた(正式な名前は不明)。 斜面は、付近の住民が避難しているので、落ち葉掻きなどに数年間は人の手が入っていないので、10センチぐらいの厚さに落ち葉がふさふさと堆積していたままであった。だからこの草は根を痛めないで割合簡単にずぼっと引き抜くことができた。ほとんどの根は、落ち葉層や腐葉土にあって、まだ粘土層にはあまり到達していないかのごとくであった。

 

絡みついた落ち葉を払って植物を大学に持ち帰った。実験室ではさらにこれ以上は無理というぐらいに丁寧に細かく落ち葉と腐葉土を払い取って、オートラジオグラフを撮像した。 葉の部分は、単子葉植物としては非常に放射能が高かったのだが、根の方はその20倍もの放射能値を示した。

  

落ち葉に絡まった根が雨によって落ち葉から溶け出てくる放射性セシウムと、落ち葉が徐々に微生物分解されて、その微生物が死んで溶けてでてくる放射性セシウムを、根は直接吸収しているのだろう。つまり、この根は落ち葉層や有機物層にトラップされて、まだ粘土層に固着していないでいる根に吸収されやすいセシウムを吸収し続けているものと思われる。
    
  林内でセシウムが循環しているのである。
     
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放射能(ななし)jpeg 
 
 表1.根とそれに絡まって取りきれない腐葉土の合量 は 葉のみ の約20倍。

  
  
(森敏)

2018-02-27 06:45 | カテゴリ:未分類

  以下の調査では現在の日本の大学生の過半数が本を読まない。これは恐るべき数字だと思う。読書や作文の習慣は、義務教育の期間につけるものである。大学に来てからはすでに遅い。この結果は過去の20年間ぐらいの日本の義務教育制度の欠陥が明快に示されたものだと思う。大学入試では国語の比重を飛躍的に高め、さらに長文の読解力の比重をさらに強化すべきだと思う。

  オリンピックで金を取るスポーツ選手(羽生や小平)や囲碁・将棋の名人など、いわゆるアカデミーの世界に属さないトップクラスの人材の発言を聴いていても、どん底や窮地に落ち入った時の起死回生の発想を得るのに必要なことは自己洞察力すなわち教養だと皆さんが自覚している。教養を高めるには、本人の直接的な体験からだけではだめで、読書を通じた二次(疑似)体験の集積が絶対に必要である。乱読でいいのだ。


  
    
  

大学生の5割超、読書時間がゼロ 実態調査で初、「本離れ」が顕著

2018226 2111

  
 全国大学生協連(東京)は26日、1日の読書時間について大学生の53%が「ゼロ」と回答したとの調査結果を発表した。半数を超えたのは、調査に読書時間の項目が入った2004年以降初めて。「本離れ」が若い世代で進行している実態が明確になり、アルバイトをする学生に読書時間ゼロが多いとの結果も出た。

 調査結果の分析を担当した浜嶋幸司同志社大准教授(学習支援)は、「高校までの読書習慣が全体的に身に付いていないことの影響が大きい」と指摘する。

 この調査は「第53回学生生活実態調査」。大学生の1日の読書時間は平均23・6分。ゼロと答えた学生は53・1%。
    

(共同)

 大学生本を読まない 

 
(森敏)
追記:「小学生に英語教えて国滅ぶ」というタイトルで数学者の藤原正彦氏が、文芸春秋の 総力特集「日本の教育を建て直せ」で力説しているのは、「小学校では、一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数、あとは十以下」と。また、
 ”教養がないと、大局観を持てません。大局観を持たない人間は物事の本質をとらえることができず、対処療法に走りがちで、重要な局面で間違った道を選び、国を誤らせ、国民を不幸にしてしまう”
と述べている。きわめて古典的な教育観だが至言だと思う。

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