2017-03-07 14:20 | カテゴリ:未分類

         本屋に1メートル四方を占めて山積みになっている村上春樹作「騎士団長殺し」(上)(下)巻を発売当日に購入した。3日かかってじっくりと行間を味わいながら読んだ。小生は今、花粉症兼白内症気味なので、時間がかかった。
        
  この本は上巻から下巻の中頃までは総じて筋書き(プロット)や登場人物相互の構成に矛盾がなく快調に飛ばしてわくわく読めたのだが、それからあとが、多少うんざりで急速に読む気が薄れた。つまり、いつものように彼の小説に出てくる「穴」や「壁」や「井戸」や三途の河原のような幻覚的記述が延々と出てくる。そして時空を超えた意識と下意識が峻別できない話が続く。村上春樹がこのような内容をいつも小説の話題に入れるのは、きっとそういう世界を魅力的に感じている読者層がいるから、サービスしているに違いない。いつか述べたことがあるのだが、軽く精神を病んだ患者の時たま陥る内面世界を描いたものではないだろうか。いや、現代人は小生も含めていつも、だれでも、何か精神的に病んではいるのだから(それが正常な人間のありようなんだろうから)、小説に展開されている暗喩(メタファー)にはだれでもところどころ共感するところはあるのは間違いないのである。
 

     最近の新聞紙上では、いろいろの読者がこの本についての読書感想を述べ始めている。この本が扱っている中身が多様なので、感じる人もそれぞれ多様のようである。村上春樹は従来のノーベル文学賞受賞者のような <一点突破全面展開> のような詩・歌・小説の固有の手法にはなじまない多角的な話題や手法を実験的に扱っているので、ノーベル委員会も判断に苦しむだろう。どれも斬新とは言えないが、多くの人々にとっては全面的に納得はしないが、たえず気になる小説家なのである。
 

   この本「騎士団長殺し」で、小生の感じた一番の鮮度は、村上春樹が初めて油絵の絵画(主として人物画)の世界の描写に挑戦したということである。この点はまだ誰も評論家は指摘していないようだ。アトリエでのモデルと画家(この小説の主人公 雨田具彦)の対話や神経戦、人物画の見方や感じ方など、様々な記述での表現法が試みられている。たぶん村上春樹は自分で絵を描いた経験が少ないからだと思うが、絵の具の使い方や絵筆の選択など具体的な点に関しては画家が逡巡する記述が簡素すぎて、どうも迫力がない。しかし、何回も何回もおなじ人物画を見たり描いたりするときに、みるたびに見る人の精神状態によって感想が異なるという微妙な記述のあやは、なかなかのものである。
 

   あいかわらず、この本の中には今回も多彩な、主としてクラシックの楽曲が背景音楽として奏でられる。だから春樹にマニアックな音楽系の読者は、そちらのほうで「酔い心地」になるだろう。しかし、音楽に疎い小生には、今回は春樹の絵画論に興味を持った。アトリエでの画家の精神描写は、取材を含めてかなり苦労したところではないかと思う。
   
 
(森敏)
付記:以下これまでの小生の独断と偏見の「村上春樹論」です。クリックしてご笑覧ください。



 
追記:この記事を上梓してから、ネットで高橋秀次氏の評論を読んだ。実に秀逸だと思う。


村上春樹「騎士団長殺し」は期待通りの傑作だ
文芸のプロは話題の新作をどう読んだか