2018-03-31 10:49 | カテゴリ:未分類

「博士」でも任期付き若手研究者の雇用厳しく

20180301 1433分 読売

 文部科学省科学技術・学術政策研究所は、大学院の博士課程を修了して大学や研究機関に就職した若手研究者らの半数以上が、3年半後も任期付き雇用にとどまっているとの調査結果を発表した。

 同研究所は、2012年度に博士課程を修了した2614人について、3年半後の生活状況などをアンケートで調べた。60%が大学や国の研究機関などに就職していたが、そのうち52%は任期付きの不安定なポストにあることがわかった。

 また、15年度に博士課程を修了した人への別の調査では、4922人の回答者のうち、38%が返済義務のある奨学金などの借金を負っていることもわかった。

 若手研究者が厳しい環境に置かれていることから、文科省は、大学で若手にポストを用意できるような人事システムの改革など、若手研究者を育てるための新計画を6月末をめどに取りまとめる方針だ。

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  こういう若手研究者の深刻な身分の不安定さは、インパクトファクターの高い論文への掲載を狙った若手の研究者によるデータの偽造(フェイクデータ)の、温床になっている。、結果的に日本発の研究論文の信用の失墜に確実につながる可能性が非常に高い。実際論文の被引用度でもボデイーブローのように効いてきているのではないか。
           
  話が横道にそれるが、先日某国立大学の研究者に会って久しぶりに話を聞いていたら、この大学ではすでに研究者一人当たりの光熱水料を差し引いた研究費は年間たった10万円だということで、これには心底驚愕した。
          
  科学技術の人材育成と財政支援の両面が国立大学では崩壊しつつある。
 
   

論文の引用件数や、専門分野ごとの上位1%に入る重要論文の件数が、日本が米、中国、EU諸国にもおいぬかれて、ここ数年にわたって確実に低下しているという指摘が各種の調査機関でなされている。また、日本では国立大学よりも、国立研究法人(理化学研究所、物質材料研究所、生理学研究所、原子力機構などなど)のほうが質の良い論文を出している、などとも報道されている。後者の方が投入予算に対する研究成果が高い、すなわち投資効率が高い、との指摘もなされている。「国立大学は研究マネージメントが悪い」、と日経連や経済同友会に集まる民間会社の社長クラスが国の科学技術政策を論じる会議に参加してしきりにのたまう。
  

しかしこれらの指摘は、大学の有する特質を無視しているものと言わざるを得ない。大学は研究ばかりでなく教育の場である。国立大学の教員が有する教育の負担は甚大なものがある。研究ということがどういうことなのかに全くと言ってよいぐらい無知な新入生を一人前の研究者に人格的にも研究能力的にも気合を入れて真面目に育する苦労は筆舌に尽くしがたい。
  

極論すれば、上記の国立研究機関は、国立大学の教員たちが苦労して育て上げた研究者たちを、ポスドクなどの有給で雇用して、彼らの能力を研究成果として短期間で搾り取る(収奪する)機関なのである。苦労した学生たちを送り出す大学教員たちには、何の見返りもないと言っていいだろう。また、優秀な大学生を就職時に雇用する民間会社も、優秀な学生を育てろと大学側に文句はつけても、教員たちに対する研究資金面での見返りは、多くの場合、何もない。それどころか国立大学は毎年文科省からの「運営費交付金」を減額され続けている。国立大学の教員たちは、研究費を教育費に転用しないと真面目な教育ができない状態に貶められている。だからすでに述べたように教員一人頭10万円しか研究費がないという国立大学の研究室も出てきているのである。
  

大学では自分たちが育てた優秀な修士や博士研究者をポスドクやパーマネントの助教などに継続して昇格雇用できるシステムがいまでは壊滅的に崩壊している。ごくごく少数の有名教授たちが外部資金の大金を獲得して、それらの恩恵に浴しているにすぎない。そのためにほかの零細分野の多くの教員たちはますます研究費が細り、毎日が金欠病でひーひー言っている。研究室間での貧富の差が激しくなっている。好き勝手にやる、数十年後には、ブレークスルーに結び付く研究の種(構想)が貧困化している。本当に危機だと思う。
  

こんなことを言うと「それはお前が無能だからだ」という声が直ちに返ってくるだろう。無能だからかもしれないけれど、最低限の研究費は保証して下さいよ、と現役の研究者を代弁していいたい。年間10万円の研究費で何ができますか? 
    
       
(森敏)
付記:「日本の大学は、一見して企業投資を喚起するような革新をもたらす魅力的な構想がかけているため、日本の大企業が米国の大学に投資をしている。」(科学新聞 3月30日号 「日本の研究力低下に歯止め」 ピーターグル―ス沖縄科学技術大学院大学学長 談)。日本の企業は大学から優秀な人材だけをかっさらって、日本の大学の研究はだめだからと言って、アメリカの大学に研究投資して、そこで得られた特許を、商品として世界中に売りまくる、という資産運用循環を形成しているわけだ。これが企業のグローバル化の実態だ。日本の国立大学の育成人材の活躍の成果である企業の儲けが日本の大学の研究者に還流していない。あったとしても微々たるものだ。


2013-12-15 07:13 | カテゴリ:未分類

中国が無人月面着陸に成功した。これは米ソに次ぐ3番目だそうである。これは日本政府が費用効果でメリットがないとあきらめた目標であると数年前に宇宙開発研究者に聞いたことがある。
 

こんなにお金をかけて、なお高度な先端技術を持ちながら、いっぽうで、中国では国内の土壌・水・空気の汚染という公害は日増しに厳しさを増し、人民の体をむしばんでいる。マスクをするぐらいしかこの10年間何ら有効な対策が打たれていないと報道されている。
 

日本の住民が1960年-70年代に塗炭の苦しみをなめた公害が中国では現在最も深刻に進行形である。過去10年もあれば公害防止技術は中国の先端科学技術力なら、日本企業の先例を忠実に学べば独自の技術開発が可能であったはずである。公害行政も学べたはずである。風下の日本は汚染空気を受けているので大気汚染については本当に他人事ではない。

 

中国はまだ世界への中国国民の「威信」を示すことばかりに力を入れて、先端技術の民生化技術への転換がうまくいっていない。その気になれば公害防止技術の開発は数年で達成可能だろう。当面の応急的措置としては日本が過去に独自に開発してきた高性能の公害防止製品を直接購入すればいいのだが、それがすんなりいかないところが、この国の度し難い政治の問題である。中国共産党も背に腹は代えられず、すでにその技術交流の動きは出てきているようだが。

 

一方で、日本では原発事故で過去半世紀にわたるエネルギー政策の破たんが証明された「原子力エネルギー」にいまだに固執・復活をかけている産業界がいる。ほとんどの大学人が期待する先端技術を駆使した「自然再生エネルギー」への全面的な科学技術政策転換がうまく作動していない。これも実に度し難い日本の利権政治の問題である。

 

だから、日本人は隣国ばかりを笑ってはおれない。
 

    

(管窺)

 

付記:

中国探査機が月面着陸=3カ国目、無人車搭載

 【北京時事】月面探査のため中国が打ち上げた無人探査機「嫦娥3号」は14日午後9時10分(日本時間同10時10分)すぎ、月面に軟着陸した。機器に異常がなければ、搭載している探査車「玉兎号」を降ろし、さまざまな観測を実施する計画。着陸は、旧ソ連、米国に次ぎ世界で3カ国目となる。

 

 月探査は、2020年ごろの建設を目指す独自の宇宙ステーション計画と並ぶ中国の宇宙開発の柱。
 習近平政権は宇宙への進出で米国などを追い、国力や科学技術力を誇示。国威発揚を図るとともに、「宇宙大国」として地位を確立したい考えだ。
 新華社電などによると、嫦娥3号は2日に打ち上げられた後、順調に飛行、月の周回軌道に入り、10日にはより高度の低い楕円(だえん)軌道に移った。14日夜に着陸予定地の「月の入り江」を目指し降下を開始した。玉兎号は15日に着陸機を離れ、自走しながら約3カ月かけ地形や地質構造、資源調査などを進める。着陸機の設計寿命は約1年で、地球のプラズマ圏や天体観測に当たる。
 月面探査では米国が1960年代から70年代にかけてのアポロ計画で有人の月面着陸を重ねた。旧ソ連は無人による探査を続け、月面着陸は76年のルナ24号以来、37年ぶり。
 中国は嫦娥3号が成功した場合、2018年ごろに月の土壌や岩石を持ち帰る探査機を打ち上げる予定。(2013/12/15-00:26

 

 

 

2012-11-29 12:18 | カテゴリ:未分類

「東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと」 菅直人 幻冬社新書

「原発危機 官邸からの証言」 福山哲朗  ちくま新書

 

を読みました。東電福島第一原発事故当時、菅氏は首相として、福山氏は官房副長官として、官邸中枢で実践指揮にたずさわった当事者たちです。醒めた目で良く書けていると思います。

 

 あらためて、昨年の未曾有の大震災に伴う,未曾有の東電福島第一原子力発電所メルトダウン事故時の、これらの行政官として前例のない事態に対する、官邸内や東電内部でのあわてふためきぶりが、あらためてよくわかりました。この2冊の本は政府事故調・国会事故調・民間事故調による第3者による外在的な客観的な評価書よりも体温が感じられて、はるかに迫力を感じました。

 

 ですが,衆知のように、その後の危機管理のための法整備、原発廃炉、放射能除染、避難住民対策は今だに日暮れて道遠しです。

 

 ここに来て総選挙に向けての政治家たちの離合集散がじつにあわただしいです。むろん政治家やそれを目指す人物たちにとっても多分選挙は財産と生命を賭けての真剣な戦いだと思います。ですから、庶民があまり大きな口を叩くのもはばかれます。

 

 しかし、原発問題だけは命を生み出し育む女性の観点から判断したい。
 

 脱原発でしょうが、卒原発でしょうが、即原発廃止でしょうが、原発ゼロでしょうが、それらの政策を第一に掲げる女性の政界進出を加速する政党を支持したいです。
 
 女性国会議員が増えれば、自ずと再生エネルギーに日本のエネルギー政策は転換せざるを得ないでしょう。政党よりも当選した<女性議員連盟>が政策主導権を持つ時代が来ることを強く望みたいと思います。

 

 女性国会議員による科学技術政策の再構築が必須だと思うからです。主として男性国会議員が推し進めてきた戦後の科学技術政策は、日本ではこのままでは迅速に方向転換できないのではないかと思うからです。

   

 たとえば、去る2012年11月13日に開かれた大畠章宏(衆議院議員:民主党)と細田博之(衆議院議員:自民党)が共同代表を務める超党派の議員連盟「科学技術の会」で 
 

<細田氏は原発再稼働の問題を取り上げ「これについては学会がきちんとした対応すべき時期に入ったと思う」と述べ、「すべての活断層を解明しなければ稼働させないというような現在の議論はすべきでないとした。「どのような大きな地震が起きても大丈夫だという安心を科学技術的に専門家が立証して示し、だから稼働させても大丈夫という議論をすべき時期になっている」と述べた。> (科学新聞11月23日)

と報道されています。男性国会議員はいまだにこんな程度の科学技術にたいする楽観的な認識です。科学新聞のこの会議の写真には女性国会議員の姿は1人も映っていません。

    
  

 昨年ドイツのメンケル首相が日本の東電福島第一原発事故後に、<2020年までにドイツの全原発廃止> を決断したのは、たぶん彼女が女性でありかつ物理学専攻出身であったからだと思います。以下に一年半前のメンケル首相のドイツのツアイト紙に対するインタビューの発言の一部翻訳をブログ(八百八町2011.5.25.)から無断引用させて頂きました(翻訳上のわかりにくい表現は想像して語句を勝手に書き換えました)。

 

 「フクシマはいまだにスケールが分かりかねない恐ろしい事件であって、思いがけない境遇に立たされました。今は、必要な措置を講じることによって、今まで対立していた方がたは近付き合って、社会にコンセンスが生まれるチャンスが来ました。もちろん、意見の違いは多少残るでしょうけど。
  
今までは理論上にしか存在していないから責任を追うことが不可能であるリスク、つまり、今まではあり得ないリスクとみなされていた事が実際に起こったことは、個人的には思いがけないことでした。
  
その上に、この事件が起こったのは技術能力、秩序、法律の点でドイツ何一つも劣らない日本でした。こういう事件が日本のような社会の根底をゆるがす、国民がこういった状態に陥るなんて思いがけないことでした。これは今回の震災の深刻なできごとでした。
  
もちろん、こういう危険があると、警告した人がいたとは充分に承知しております。少し前までは、高い安全基準、高度技術のある国に、こういうことが起こることを生きて迎えるとは思いもしませんでした。
  
原子力というリスクは、自分の世代を超える、自分の国境を越える、つまり時間的・空間的に(巨大な影響を及ぼす)リスクです。
  
発生確率が非常に低いと思ったことが実際に起こると、やはりリスクは違いますね。(
  
人間の判断に事故は絶対に起こらないという確信がある前提で、原子力の残存リスクを受け入れることは可能である。しかし、「原子力の残存リスクを負わなくても、別の選択肢があるのではないか」という質問はフクシマの結果として優勢を占めるようになりました。
  
当然、(津波と地震という)全く同じようなことはドイツで同時に起こることはありません。日本は地震の危険にさらされているのは、ご存知だと思いますが、ドイツには地震はほとんどありません。海岸地方は特に危険に晒されているのはわかっていたにもかかわらず、日本は原子力発電所を作りました。
   
日本の大災害と全く同じようなことが起こるという心配は当然ドイツではありません。しかし、文明上のリスク(記者クララのコメント: これはおそらく設計による故障だと思います)が、自然災害と重なって長期停電となることはどうでしょう? つまり今までは推定及び発生確率計算で除外されていた様々な不幸な事情が重なり合うこと。こういう大事件が絶対に起こらない信じる充分な根拠がありません。
   
ポイントは、ここでは確率解析とリスクの想定の信頼性が問われるということです。
   
こういう理由から、全原子力発電所の安全審査を指令しました。
   
フクシマのような巨大な事故をみて、今までは理論上のみ考慮したリスクの重なり合いを、私にはもはや「こんなじゃ関係ない」と排除できる立場にありません。。。。。。。。。。」


           

(Erika)

2011-07-13 08:13 | カテゴリ:未分類

提言 原発ゼロ社会

 

これは本日の朝日新聞の2面にわたる大社説のタイトルである。

    一面に朝日新聞の論説主幹 天軒由敬(おおのきよしのり) の 「今こそ政策の大転換を」掲げ、16面と17面には

    脱原発への道筋 高リスク炉から順次廃炉へ

    廃棄物の処理 核燃料サイクルは撤退

    自然エネルギー政策 風・光・熱大きく育てよう

    新たな電力体制 分散型へ送電網の分離を 

と社説を述べている。

 

これは朝日新聞社のなかでも大論争があったと想像されるが、新聞社としても思い切った政策転換である。

 

東電福島原発報道に関しては、金太郎あめのように、いまだにどの新聞も東電の言いなりの、無批判なスポークスマンをやっている。完全に東電ペースである。実に情けないことだ。

そろそろ、各政党やマスコミは、はおそるそるの

「原発撤退」

「卒原発」

「反原発」

「脱原発」

という言葉の遊びをやめようではないか。

 

本日の、朝日新聞の「原発ゼロ社会」に対しては、机上の空論で飯を食うマスコミやミニコミジャーナリズムが、けんけんがくがくの反論キャンペーンを張るだろうが、ここは朝日新聞は踏ん張りどころだ。

 

科学技術政策の大転換を本気でやろうではないか。

科学者は及び腰であってはならない。

機は熟している。

   

      

(喜憂)

  

追記:案の定、すさまじいばかりの原発推進派の大合唱が始まった。経団連、民主党の全閣僚(?)、朝日新聞以外の読売、毎日、産経、日経新聞。大多数の国民が支持する脱原発に対して反対の理屈が見いだせないので、「脱原発路線は菅直人の内閣延命策である」の一点張りである。恰も菅直人が首相でいるので、脱原発路線に踏み切れないかのごとくである。政治家とは奇妙なレトリックで生きている人種だとつくづく思う。以下のように、弁護士会だけはまともで、正論を行く。冷めている。(7月17日)

   

弁護士100人「脱原発」へ連絡会 各地訴訟の経験共有(朝日新聞2011.7.17)

東京電力福島第一原発の事故を受け、全国の弁護士約100人が16日、「脱原発弁護団全国連絡会」を結成した。原発の運転停止などを求める訴訟を各地で起こしてきた経験を共有し、今後の訴訟に生かす。国会議員や地方議員らに働きかけ、日本からすべての原発をなくすことを目指すという。

 この日は50人が東京都内に集まり、各地の現状や方針を議論した。トラブルで停止が発表された大飯原発1号機(福井県)については近く行政訴訟を大阪地裁に起こすほか、秋に泊原発(北海道)の廃炉を求める訴訟を札幌地裁に起こす予定が報告された。

 浜岡原発(静岡県)の差し止め訴訟で弁護団長を務め、連絡会代表の河合弘之弁護士は「これまでも危険性を訴えてきたが、国、電力会社、裁判所は無視し続けてきた。原発はもはや絶対に容認できない。あらゆる手段を尽くして闘い続ける」との声明を発表した。

 

 

2011-06-19 18:05 | カテゴリ:未分類

原子力エネルギー政策はペンデイング:総合科学技術会議の案

 
   

    内閣府の総合科学技術会議で現在

答申「科学技術に関する基本政策について」

に関してパブリックコメントを求めている。

  

http://www8.cao.go.jp/cstp/pubcomme/kihon4_shinsai/honbun1.pdf

 

    この文中の「見え消し版」の赤文字の訂正箇所だけを読んでいくと、今回の東日本大震災を契機にして、政策が大きく変わろうとしていることが如術にわかる。是非読んでもらいたい。顕著な変化は、

   

1.東日本大震災からの復興再生のための総合技術の開発、と

2.今後の原子力エネルギー政策に対するペンデイングである。

   

後者は様子見である。国民の意見待ちである。

   

    小生の言葉で言えば

1.は「修復」(remediation)の総合技術開発

2.は本格的な「自然エネルギー」(solar energy)社会の構築」

ということになろうか。

   

心ある人たちの声が、少しずつ科学技術政策として、採択されていくすがたが見えている。

   

    なのに、玄葉科学技術担当大臣は、

「菅がヤメなければ、オレが大臣をやめる」、等といって菅直人首相を恫喝して引導を渡したがっている。何故やめるのだろう?彼の選挙地盤である苦渋の中にいる福島県民は、彼にとってそんなにも軽いのだろうか? やめずなぜこのままガンガン担当大臣としての放射能汚染「修復」政策を進めていかないのだろうか。

   
       

(森敏)

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