2015-06-19 12:14 | カテゴリ:未分類

         ノーマン・ボーローグ博士は驚異的な多収性コムギの育成で1970年ノーベル平和賞を受賞した。世界的にコムギは約6億トン生産され、多くの国で主食の基幹穀物となっている(米は約4億トン)。この多収性コムギ育成の母本に稲塚権次郎氏が育成した農林10号(NORINTEN)が使われていることは農学関係者には農業技術史で学ぶはずであるから常識なのだが、他分野の方にはあまり知られていないかも知れない。この映画「NORIN TEN 稲塚権次郎物語」は、現在北陸地方で上映されているようだが、是非全国で上映してもらいたいものだ。

          

映画要旨(転載です)

1987年、富山県城端町西明、三輪バイクで町を行く稲塚権次郎の姿があった。90歳近くなっても、バイクを乗りまわすことは近所迷惑となっていた。明治末期、貧しい農家の長男に生まれた権次郎は、向学心に溢れ、富山県立農学校(現在の南砺福野高校)を首席で卒業。恩師から学んだ「種の起源」(ダーウイン著)に出会う。貧しい農家を救うためには、美味しくて収量が高い米を作ることが大切、育種家の道を邁進し、東京帝国大学農学実科に進学。

  大正7年農商務省に入り、秋田県農事試験場陸羽支場(大曲)に配属。

 まず取り組んだのが「陸羽132号」の品種選抜、「水稲農林1号」の育種に取りかかる。権次郎は生真面目な性格、それゆえに周りに溶け込むことができない。上司の永井の勧めで「謡」を習うようになり、生涯の伴侶となる佐藤イトと出会う。幼少のころ父母を失ったイト、一目ぼれした権次郎は、ふるさと西明で祝言をあげた。大正15年、突然岩手への転勤を命じられる。岩手は小麦の育種が主流、美味しくて収量が高い稲の品種改良の夢は取り上げられた。稲の研究成果は、新潟農事試験場の並川に受け継がれ、「水稲農林1号」はやがて「コシヒカリ」となる。稲の育種の機会を奪われ失意に沈む権次郎だが、小麦増産が国家的プロジェクトであると知らされる。岩手県農事試験場に移り次々と小麦の新種を開発。

 

 昭和6年、9年と東北では大飢饉が起こり、各地で娘が売られるという悲惨な事態が起こった。権次郎は育種の成果をあげなくてはならなかった。昭和10年秋、小麦農林10号=NORINTENが完成した。特色は半矮性、従来の小麦に比べ、背の低い品種で穂が倒れにくく、栄養が行きわたりやすかった。

 

 昭和13年、権次郎は華北産業科学研究所(北京)に異動。イトも同行した。

14年には、父 竹次郎が死去。日本には戻れなかった。そして敗戦、中国側の意向により、研究指導の名目で留め置かれた権次郎にとって大きな不幸が訪れる。戦争末期の混乱により、イトが精神的に錯乱を起こすのだった。「イトを連れてくるんじゃなかった」権次郎は悔やみに悔やみきれないと、自分を責め、終生イトをいたわるのだった。

 

 昭和22年秋、中国から帰国。権次郎は育種家の道を諦め、地元金沢農政局に勤務、

戦後はイトとの穏やかな生活を選んだ。定年後は地元の農家のために、圃場整備に力を注いだ。昭和41年、母 こうを野焼きで見送った権次郎の元に、しばらくして思いがけない知らせが届いた。「小麦農林10号」の種が戦後米国に送られ、世界の食糧危機を救う、「緑の革命」の基になったというのである。ノーマン・ボーローグ博士は、その業績により、1970年にノーベル平和賞を受賞したのだった。

 

 昭和48年、最愛の妻イトが亡くなると、村人と共に、野焼きで見送った。

「妻 イトには中国で大変な苦労をかけてしまった」と悔やんだ。

 

 昭和56年、ノーマン・ボーローグ博士と対面。世界の小麦を変えた二人が手を握った。

 

 昭和63127日、稲塚権次郎死去。享年91。

 

 

 

(以下、南砺市ホームページより転載です)

城端地域の西明出身で世界の食糧危機を救った「緑の革命」の礎となる「小麦農林10号」を開発し、人類史に残る偉大な功績を残した偉人、稲塚権次郎氏の生涯を、遠戚にあたる稲塚監督が撮影した本作。設立当初の福野農学校の姿を今に残す「巖浄閣」をはじめ、市内各所でロケが行われました。このほど映画のポスターが完成。さらに、59()から行われる県内3(TOHOシネマズフォボーレ富山、富山シアター大都会、TOHOシネマズ高岡)での先行上映スケジュールも決定しました。
 ポスターの仕上がりに感心しきりの田中市長は、「本当に素晴らしいポスターになりましたね。仲代さん演じる権次郎さんの赤いシャツが見事に麦畑に映えて、本当に美しい!」と絶賛。さらに、支える会の松本久介会長から映画の題字を城端地域の書家山根美幸さんが手がけ、劇中歌として南砺の歌姫 林道美有紀さんが歌う「こきりこ」が採用されると聞き及ぶにつき、「南砺の偉人の生涯を描いたこの素晴らしい映画の良さをどんどん広げていきましょう。」と喜色満面。稲塚監督は「2年前に市長にお会いしてから、映画の製作・完成までが大変早かった。支える会の皆さんをはじめ、多くの方々にお力添えをいただけて本当に良かった。英語版の製作も進めており、今後多くの映画祭に出していきます。これを通じて南砺を世界にPRできると考えています。」と話されました。その後の歓談は、映画撮影経過や今後のPRなどについて大いに盛り上がりました。
 歓談後、インタビューに応じた稲塚監督は、「南砺に生まれ、世界的な功績を残した偉人 稲塚権次郎さんの物語を、皆さんの誇りとしてご覧になっていただければと思います。」と呼び掛けられました。
 南砺が誇る郷土の偉人の生涯を描いた傑作、ぜひ劇場に足をお運びになって、ご覧ください。

 

 


2015-04-11 06:50 | カテゴリ:未分類

以下は、かつての大学院生竹田弘毅君(現・中日新聞記者)による記事です。(中日新聞掲載記事を無断転載しました、中日新聞様、悪しからず)。
  
 
現場主義学んだ師との旅
 
 
新しい画像

放射性物質が蓄積した箇所が黒く浮き上がったネズミの写真

新しい画像 (1)  
放射性物質が蓄積した箇所が黒く浮き上がったモミジの写真
以上の2枚は「放射線像 放射能を可視化する」から
 
ウシガエルとコイ、野ネズミは、ぼやけているが、何となく分かる。アゲハチョウは薄いが、それとはっきり分かる。モミジ、フキは葉脈まで鮮明だ。

 モノクロ写真で浮かび上がるのは、動植物に蓄積した放射性物質を特殊な撮影技術でとらえた画像。福島県飯舘村、浪江町などで採取されたものだ。目に見えない原発事故の影響が一目で分かる。「人の前に動植物に必ず影響が出る。だから定期的に観察して見逃さないようにしないと」。農学者の思いが2月下旬、写真集「放射線像 放射能を可視化する」(皓星社刊)として実を結んだ。東京大名誉教授森敏さん(73)と気鋭のカメラマン加賀谷雅道さん(33)の合作だ。
 
動植物の観察を
 

 4年前の夏、私は農学生命科学研究科の大学院生だった。恩師の森先生が1人で福島県を訪ね、放射性物質の汚染を調べていると聞いた。「運転手でも何でもする。連れていってほしい」。そう願い出た。「若い人はねえ」。汚染地域に22歳の私を連れていくことを先生はためらった。「現場を知りたいんです」。そう食い下がった。

 私の故郷は富山県。カドミウム汚染によるイタイイタイ病で多くの被害者が出た。大学院でカドミウムの吸収を高める遺伝子組み換えイネの研究に没頭。福島第1原発事故後は放射性物質の浄化に使えるイネの遺伝子研究にも取り組んだ。現地調査は、今このときを逃したくない、という思いからだった。「確かに、現場を見ることは何より大事だ」。最後は先生が折れ、事故から半年後、月に1度のペースで先生との福島めぐりは始まった。

 放射線量が多く、国が避難を勧めた飯舘村。ある日、村の山あいにあるキャンプ場に着いた。池のほとりに俳句が刻まれた碑。近くのベンチには端っこに2体の木製人形が寄り添うように座る。子どもなら人形は背もたれになる。そんな造りだ。池を遠巻きにコテージが並ぶ。バーベキューの炉には炭が残り、前年まで家族連れらでにぎわったことが分かる。

 「ここは死の池だ」

 あるべきはずの人影がない。時計が止まったような風景にピーピーという線量計の音だけが鳴り響いた。「とても悲しいことですよ」。ぽつりと漏らす先生の表情は、寂しさと怒りが入り交じっているように見えた。科学者として、人々の暮らしの復興に少しでも貢献できないか。そんな思いがひしひしと伝わった。

 当初、私の同行に二の足を踏んだ先生だが、本音は違った。移動中の後部座席で何度も訴えた。「土壌や昆虫、植物、動物など多くの、いろんな分野の研究者が現場に来ないと」。それには「まず事実をつかまないと、対策の立てようがない」との考えからだ。

 ある日、山と田んぼに挟まれた田舎道を車で走っていると、親子連れで20匹ほどのサルの群れが行く手を占拠していた。のどかに毛繕いをするサルを見て「人の前に必ず影響が出る」と確信に満ちて話した先生の言葉を思い出す。
 

極端な線量の差
 

 現地でなければ分からないことは確かに多かった。役場や公民館、公園など所々に空間線量測定機が置かれ、24時間、線量を示すようになっていた。ところが測定機から数メートル離れ、手持ちの線量計で測ると、はるかに高い数値、逆に低い数値がよく出た。例えば児童が避難し、人けがない小学校。その近くで松の木の根元を測った。非常に低い値だった。でも木の反対側に回ると、事故時の風向きのせいか数十倍の値を示した。数十センチで極端に違う事実は東京にいては分からなかったと思う。

 人の生活に役立つ技術を生み出すのが、科学者の役割の一つだろう。事故が起きれば当然、原因の究明、技術の改善、さらには被害対策の研究が科学者にも求められる。

 全量検査する福島県産のコメは、2012年度産は71袋が基準値を超えたが、13年度産は28袋に減り、14年度産はゼロになった。多くの科学者が放射性セシウムの特性を研究、その成果が耕作法に生かされた結果だ。

 「こんなことになるなんて。だけど村や代々続く農地を諦めたくない」。先生との調査中に出会った農家の男性が浮かべた無念そうな表情は、今も脳裏に焼き付いている。被害者に寄り添う悲しみと怒りがあってこそ、被害対策の成果につながると森先生に教えられた気がする。
 

 私は科学者ではなく新聞記者になった。現場に迫って事実をつかみ、科学の進歩、問題を両面から伝えたい。「竹田君、常に一次情報に近づかないといけませんよ」。先生の言葉を肝に銘じて。(松阪支局・竹田 弘毅)

 


追記:「この記事の中の森先生かっこよすぎません?」というのが現役の大学院生が小生にぶつけてきた感想です。いつの世も学生は歯にもの着せません。小生も学生の時はよく教授に食って掛かりました。(森敏 2015.4.13.)

2014-08-01 12:55 | カテゴリ:未分類

東大論文不正:元教授強圧的指導 調査委「懲戒処分相当」

毎日新聞 20140801日 1141分(最終更新 0801日 1151分)

 東京大分子細胞生物学研究所の加藤茂明元教授のグループによる論文不正問題で、同大科学研究行動規範委員会は1日、「論文5本について捏造(ねつぞう)や改ざんの不正があった」と認定したうえで、加藤氏が部下に強圧的な態度で不適切な指示や指導を繰り返したことが不正の背景にあったとする調査結果を発表した。加藤氏が論文撤回を回避するため、部下に画像や実験ノートの改ざんを指示したことも認定した。

 同委員会は、加藤氏のほか3人が不正にかかわったことを認定。加藤氏ら4人は既に東大を辞職しているが、「懲戒処分相当の可能性がある」と結論付けた。同委員会は残る論文について、調査を続ける。

 同委員会は昨年12月、加藤氏らの論文51本について、科学的に不適切な図など計210カ所があったと公表した。その後の調査で、加藤氏▽柳沢純氏(当時助教授)▽北川浩史氏(同特任講師)▽武山健一氏(同准教授)−−の4人が責任著者などを務めた5本の論文について、画像の加工や張り合わせの跡などが確認されたことから、同委員会は「捏造や改ざんがあった」と不正を認定した。

 研究室の主宰者である加藤氏については、「論文の捏造や改ざんを直接行った事実は確認できなかった」とする一方、「研究室の教員や学生に対し、技術レベルを超える実験結果を過度に要求し、強圧的な態度で不適切な指示や指導を日常的に行ったため、(部下の)教員らが『加藤氏が捏造や改ざんを容認、教唆している』と認識したことが問題の主因となった」として、加藤氏の不適切な研究室運営が不正行為を生む環境を作ったと結論付けた。

 また、調査結果によると、柳沢氏と北川氏は、自ら論文の捏造や改ざんをしていた。武山氏は加藤氏の指示に従い、論文1本の捏造や改ざんに協力した。また、武山氏以外の3人については、調査に対して虚偽と考えざるを得ない証言をしており、立証妨害があったと指摘した。

 加藤氏は1日、「今回の結論は、事実をまげて私の名誉を毀損(きそん)したものと評価せざるを得ず、到底承服することはできない。今後、第三者機関による判断を求めることも含め、専門家と協議の上、適切に対応する」とのコメントを発表した。【河内敏康、須田桃子】
 

  

この一連の報道で、小生はますます確信を深めたのだが、世界的にnature, science, cellなどのimpact factor の高い雑誌にぱかぱかと論文を連続で掲載する研究室は、要注意だということである。第一報は本当にオリジナルなのかも知れないが、第2報以降は惰性のデータで、つじつまの合わないところは偽造英作文能力でカバーしただけなのかもしれない。周りが油断すると、そのようにして一見素晴らしい虚構の学問体系が構築されていくのである。
 
  若い研究者には論文をうのみにせず、眉唾(まゆつば)で論文を読み、不審な点を見出す能力を身に着けることをお勧めしたい。これは論文読解力の当たり前の研究指導要領なのだが、若い人は活字を信じたがるのである。
 

研究者人生も、芥川賞作家や直木賞作家の多くがその後の作品でインパクトのある作品を書きつづけられないのと似ている。学生にはいつも言うのだが、長い研究者人生の中でヒットは打ててもそんなにホームランを何本も打ちつづけられるわけではないのだ。

 

(森敏)

 

2014-07-15 13:31 | カテゴリ:未分類

以下に紹介する朝日新聞の記事は画像と全文がパクリである。
 
  この記事は小生らが植物や小動物の放射線像を撮るときに用いるBASという手法を用いて、相馬市の稲穂の外部放射能汚染を農水省が証明したものである。東電の瓦礫処理作業から飛来した放射性セシウムが穂を汚染して、玄米にも移行して玄米の放射性セシウム濃度が毎時100ベクレルという、食品汚染の基準値をオーバーした理由を推察したものである。 

 

このようにBASによる放射能の可視化の手法で直接放射能汚染部位が同定できることは小生が口を酸っぱくして、このwinepブログで紹介してきたことである。農水省によって汚染源追求の手法のひとつとしてBASが使われ始めたことは慶賀すべきことである。農水省はこの結果と諸般の情報から今回の放射能汚染の真の放射能排出源を東電福島第一原発の「瓦礫処理」にあるとほぼ断定している。

 

福島県は消費者の信頼を得るために、平成25年度には一見徒労ともみえる30キロ玄米袋の109773735個の全袋検査をやった。そこで100ベクレル/kgを超えた28袋の玄米袋がひっかかかってきた。全袋検査の手法がまだまだ有効であることを立証している。この全袋検査によって、お米の放射能汚染が検出されたことが問題であったばかりでなく、BASによる植物体の放射能汚染部位を特定することによって、その汚染米が検出された圃場への放射能の排出源を推定することができたということが重要である。全袋検査(ゲルマニウム半導体測定法)とBASによる可視化の手法が有効であるということでもある。一般化すれば、廃炉工程の原発由来の放射能が現実に露地栽培の農産物を直接汚染したということが明らかになったのである。今後とも生産者はまだまだ油断ができないと思う。 農学研究者も環境科学研究者も東電の今後の長い長い廃炉工程の中でまだまだ予測のつかない何が起こるかもわからないので決して研究の手を緩めてはならない。
 

 

現今の大気への放射能排出源はバックグラウンドとして東電福島第一原発のいまだに続いている原子炉からの排出と、原子炉ガレキ作業中の排出があるのであるが、それに加えて今後は山林・田畑・宅地・活性汚泥などのフレコンバックに詰められた放射能汚染廃棄物の「焼却処理場」が問題になるかもしれない。この焼却作業に由来する漏出放射能を警戒せねばならないだろう。だから小生は放射性廃棄物焼却場は処理場全体を後楽園ドーム球場のようにドーム状に蔽って全体を2重の閉鎖系にすべきだと提案しているのである。ロータリーキルンなりなんなりの高温処理機の排出口にバグフィルターを設置するばかりでなく、その装置や作業場全体をもう一回り閉鎖系にすべきなのである。その排気口にも除染フィルターをつけるのである。想定外の事故は必ず起こるだろうから。
 DSC02727--.jpg

   
東京ドーム球場を文京区役所から撮影(2014年7月18日)

  

  この小生の提案は、かつての群馬県の東邦亜鉛(株)のように、どんな工場でも超高熱を用いる工程を有する工場では、必ず重金属の微量の大気への排出があり、それが長年の間の周辺の水田土壌のカドミウム汚染、したがって玄米のカドミウム汚染につながったという苦い公害の経験からの提案なのである。 

 

  その意味でも、今後飯館村などの「放射性廃棄物焼却場」で開始される長期にわたる焼却処理作業には、周辺環境の大気の経時的モニタリングは欠かせない。それと同時に処理場周辺の東西南北で新しく表土除染したクリーンな水田での稲作での植物体や玄米も重要な放射能汚染の指標にすべきであると思う。 最初からそういう環境整備をしないで安易に焼却に進むべきではないだろう。
 
以下朝日新聞の記事です。



新しい画像 


丸印は放射能。農水省提供。

 

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原発がれき汚染で東電陳謝 作業は月内再開、地元は抗議

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 東京電力福島第一原発のがれき撤去作業で昨年8月、放射性物質が20キロ以上飛散し、福島県南相馬市の水田を汚染した可能性のある問題について、東電は14日の定例会見で「作業が原因かどうかはわからないが、飛散問題で広く迷惑をかけて大変申し訳ない」と陳謝した。

 中断している撤去作業は月内に再開する考えを明らかにした。放射線量や事前に詳細な作業内容を公表するかどうかについては「作業再開までに検討する」と述べるにとどめた。

 農林水産省は今年3月、がれき撤去が原因の可能性があるとみて東電に再発防止を要請する一方、地元には説明していなかった。朝日新聞の報道を受け、18日にある地元の農業関係者の会議で説明する方針だ。

 桜井勝延・南相馬市長は取材に「深刻で大きな問題なのに、すぐ市に報告しなかった農水省には不信感を持たざるを得ない」と指摘。東電に対しては「農家や市民の不安をあおるような作業をしてきた無責任な対応に抗議し、説明を求めたい」と述べた。

 



(森敏)

付記:以下の過去のWINEPブログの中の「稲穂」の放射線像を見てください。

2014/02/07 :
ものみな放射能汚染せざるものなし(これまでの再録)


 
  
追記1.農家の怒りは当然です。

「一刻も早く究明を」 コメ汚染、南相馬の農家ら反発

 南相馬市で昨年秋に収穫された実証・試験栽培のコメから基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える最大180ベクレルの放射性セシウムが検出され、その原因が東京電力福島第1原発内のがれき撤去の可能性があることが分かった14日、同市の農家らは原因の究明を求めるとともに国や東電の説明がなかったことに反発した。
 同原発から20キロ以上離れた南相馬市の旧太田村で昨年、水稲栽培を行い、基準値を超えるセシウムが検出された農家の男性(57)は「コメ以外の野菜の状況や、空間、土壌の放射線量を含め、直接原因が何なのかを調べる必要がある」とし、一刻も早い原因の究明を求めた。農林水産省が東電に対策を要請しながら、市に連絡しなかったことには「試験栽培や実証栽培には(基準値超のコメが出れば)原因を調べ、対策を講じる意味もあるのに、これでは意味がない」と指摘。「農家の営農意欲がさらに薄れてしまう」と危機感をあらわにした。
(2014年7月15日 福島民友ニュース)


原発がれき撤去で飛散か 昨秋の南相馬のコメ放射性物質検出 農水省が見方示す

 南相馬市で昨年秋に収穫されたコメから食品衛生法の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出された問題で、農林水産省は14日、東京電力福島第一原発内のがれき撤去作業に伴い放射性物質が付着した粉じんが同市の水田の一部に飛散した可能性があるとして、東電に対策を求めていたことを明らかにした。
 東電は昨年8月、福島第一原発3号機の大型がれきを撤去した。同省は、同市で採取された稲穂の一部に、放射性物質が局所的に付着しており、外部から飛ばされてきた可能性が有力とみている。
 同省はもみ殻などに付いた放射性物質の核種などを分析し、原発に由来するものか調べており、原発からの飛散は「可能性の一つ」とする。同原発からは約20キロ離れており、周辺の森林や田畑などから放射性物質が飛散した可能性もあるとしている。
 一方、東電は3号機のがれき撤去作業を中断し、同省からの指摘を受け、撤去作業に伴う放射性セシウムの推定放出量を1時間当たり1千億~1兆ベクレルと試算した。放射性物質が原発敷地外に飛散すると想定していなかったことも明らかにした。
 試算によると、南相馬市の沈着濃度は最大で1平方センチ当たり0.04ベクレル。放射性物質が検出されたコメとの因果関係は不明としている。
 東電はこの試算を今年4月に同省、6月には県に報告していたという。だが、同市には情報提供がなく、龍徹農政課長は「農水省と県は因果関係を調べて早急に説明してほしい」と批判した。

2014/07/15 08:33 福島民報 ) 


 


追記2.以下は京大グループの地道な成果ですね


 
がれき撤去で飛散、米汚染 福島第一の20キロ先

調査したのは、京大大学院医学研究科の小泉昭夫教授(環境衛生)ら5人。住民の被曝(ひばく)量を予測するために2012年9月以降、福島県内の住宅地の3地点に空気捕集装置を置いて大気中の粉じんを集め、1週間ごとに放射性セシウム濃度を測定してきた。

 このうち原発から北西48キロの相馬市で集めた昨年8月15~22日分から、他の時期の6倍を超す1立方メートルあたり1・28ミリベクレル放射能を検出。北北西27キロの南相馬市では20~30倍だった。西南西22キロの川内村では変化がほぼなかった。
 

複数の研究チームが濃度上昇確認 第1原発のがれき撤去

 東京電力福島第1原発で昨夏実施されたがれき撤去で放射性物質が外部に飛散した可能性がある問題で、大学など複数の研究チームが飛散したとされる同時期に原発敷地外で放射性物質の濃度上昇を確認していたことが16日、分かった。
 確認したのは、京大の研究チームや日本地球惑星科学連合の研究グループ、福島大共生システム理工学類の渡辺明特任教授。いずれも同原発で作業員の汚染が確認された時期、当時の気象状況などから、同原発のがれき撤去が影響した可能性を指摘する。
 測定された放射性セシウムの濃度は最大で、京大チームが南相馬市原町区で測定した1立方メートル当たり0.02633ベクレル。同連合、渡辺氏の測定でも同水準の値。渡辺氏は「空間線量に影響を与える濃度ではない」と話す。同連合の中島映至東大大気海洋研究所教授は「健康に影響する数値ではない」としている。
(2014年7月17日 福島民友ニュース)
 

追記3.
以下は本日(7月19)掲載された、ことの顛末記事です。この件は被害者がデーターを突きつけて抗議しないと東電は知らんぷりをするという例です。今回は農水省も大学研究者もデータを提供して有無を言わせず抗議したので、東電は認めざるを得なかったのでしょう。農業被害についてはこういう例がこれからも続出すると思います。ですから今後も引き続きあらゆる角度からの継続的な観測監視体制が必要です。

    

 

東電飛散先のコメすべて補償 がれき撤去作業で粉じん

20147190230分朝日新聞

 東京電力福島第一原発が昨年8月に実施したがれき撤去作業によって放射性の粉じん福島県南相馬市の水田まで飛散した可能性がある問題で、県と東京電力は18日、昨秋収穫されたこの地区のコメについてすべて東電が賠償することで合意したことを明らかにした。この日、同市の農業関係者向けに開かれた説明会で福島県が説明した。

 同地区で昨秋収穫し、検査したコメは1589袋。このうち27袋が基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を超えたため、出荷ができていなかった。県によれば賠償の対象は計335トンで、賠償額は約7200万円。東電はこれまでも、農作物の放射性物質が基準値を超えたり、風評被害で出荷できなくなったりした場合について賠償している。

 また、同地区の5カ所で昨秋収穫された大豆でも基準値を超えたものがあったため、地区内の大豆すべてについて賠償するという。計約27トンとなる。
 
追記4.その後、福島県から以下の食品放射能モニタリング報告があった。

基準値超、全体の0.0003 % 玄米放射性セシウム

 県が平成25年度に実施した食品の放射性物質検査で、本県の主要作物の玄米の放射性セシウムが国の基準値を超えたのは1095万375点のうち28点だった。全体の0・0003%で、前年度の71点(0・0007%)に比べ半数以下に減った。野菜・果実、畜産物(原乳・肉類・鶏卵)は全て基準値以下だった。22日に福島市の杉妻会館で開いた「ふくしま食の安全・安心推進会議」で県が示した。
 食品衛生法の基準値(一般食品1キロ当たり100ベクレル、乳児用食品・牛乳50ベクレル)を超えたのは、山菜・キノコは1457点のうち80点(5・5%)、水産物は8519点のうち237点(2・8%)だった。ただ、栽培したキノコは全て基準値以下だった。
 加工食品は4481点のうち28点(0・6%)で基準値超だった。このうち、あんぽ柿などの試験的な加工品に限れば、242点のうち24点(9・9%)で超過した。
 学校給食は2480点を調べ、全て基準値以下だったが、6点で1キロ当たり最大1.28ベクレルのセシウムが検出された。県内7地域の一般家庭(398人)を対象にした1日分の食事は全て基準値以下だった。

2014/07/23 08:38 カテゴリー:主要

 

 

 

 



2014-01-24 19:16 | カテゴリ:未分類

今、乃木坂の学術会議講堂の講演会から帰ってきた。
講演会のタイトルは

「福島原発事故の事故による放射能汚染と森林・木材 Part II

であった。

 

演題と演者は

森林木材の汚染実態と長期モニタリングの必要性 高橋正道(森林総研)

集水域生態系における放射性セシウムの移動・蓄積の実態把握 大手信人(東大農学生命科学)

地域林業の原発被災と担い手問題 早尻正宏(山形大農学部)

野生生物を調べてわかること 石田健(東京大学農学生命科学研究科)

であった。

 

昨年の第一回講演会と比べて飛躍的なデータが出ているわけではないが、森林生態系の変化の地道な観測データや、苦悩する森林組合の動きなどがよくわかった。なかなか真剣な講演会であったと思う。

 

最後の総合討論の時に、早尻准教授の、「福島大学に農学部を設置すべきである」という提案は傾聴に値すると思った。農水省の出先機関や福島農業総合センターがあるが、やはり放射能汚染問題の腰を据えた現場に即した基礎研究は地元の大学でなければできないと思う。小生も含めて各地の大学人が駆けつけて、研究を行っているが、研究者間での横の連絡が取れているとは言えない。福島大学農学部ができてそこが中核になって、福島県と近県の住民に対して、時々のデータを取りまとめて、わかりやすく発信すべきだという提案は、傾聴に値すると思った。

 

福島県立医大は被曝住民の不安に応えるべく、毎年多額の研究予算を獲得して、新しい母子健康センター(?)も設置し、スタッフのポストも増えているようではないか。医学ばかりでなく農学も、福島県の農林水産業の真の復興のためには、福島大学農学部を設置すべきであると思う。文科省には頑張ってもらいたい。
 
 

 

(森敏)
追記1:環境省が環境影響調査に「ポスドク100人ぐらいの雇用計画がある」かの報告がどの講師からか忘れたが、あった。本当かね?

追記2:以下の動きもあります。まさに福島医科大学は「いけいけどんどん」といういきおいですね。

 

福島医大に小児腫瘍科 県内で初めて開設へ

福島医大は平成26年度、同大付属病院に小児がんの治療に特化した新たな診療科「小児腫瘍科」を開設する。小児がん専門の診療科の開設は県内の医療機関では初めて。
 福島医大によると、小児腫瘍科は現在ある小児科から独立する形で開設する。入院患者の治療のほか、外来診療にも対応する。
 福島医大は東京電力福島第一原発事故からの復興に向けた先端医療、放射線医学の研究、開発を進める拠点「ふくしま国際医療科学センター」を整備し、平成28年度の運用を目指している。将来的には、小児腫瘍科をセンターに組み込む計画で、県内の小児医療の高度化を加速させる。
 同病院には現在、高水準の技術を持つ小児がんの医療チームがあり、これまでも県内外から患者を受け入れてきた。原発事故発生後、住民の間で放射線による健康影響に不安が高まっていることが開設の背景にある。

2014/01/29 09:02 カテゴリー:主要

 

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