2016-12-28 10:03 | カテゴリ:未分類

 

(年末の朗報です)
 

http://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/jutenshien/geijutsusai/h28/pdf/h28_geijutsusai_kettei.pdf

 

平成28年度(第71回)文化庁芸術祭

テレビドキュメンタリー部門優秀賞受賞

 

日本放送協会 NHKスペシャル
 

「被曝 の森 ~原発事故5年目の記録」

  

授賞理由:
福島第一原発事故により大量の放射性物質が放出され,周辺地域は立入りが制限されている。無人の町で今,何が起きているのか,原発事故を忘れかけている5年目の貴重な現場からの報告。イノシシが町を占拠し,野生動物が住宅街で大繁殖している。目を覆うばかりの現実から目をそらさず,国内外の研究者たちの調査に密着し,最新の技術を駆使して丹念に描かれた労作。時間をかけて現実を直視し続ける貴重な記録だ。


ーーーーーーー
これには小生たちも含めて多くの現場研究者が協力しているので、良かったと思います。
NHKには来年からも引き続き原発事故の影響の追跡調査に気合を入れていただきたいと思います。

(森敏)

2016-12-20 16:25 | カテゴリ:未分類

   放射能汚染地域では、避難して人が入らないので、森林では樹木に様々なツル性植物が自由自在に繁茂しています。このツル性植物は、何らかの遺伝子が欠損しているために単独では重力に抗して空に向かって屹立できないので幹木に着生して上に伸びていくものと思われます(図1、図2)。(おそらく野生のツル性植物は宇宙線やトランスポゾンによる自然突然変異で、ジベレリン生合成系の遺伝子の変異株だろうと思われます。)       

              
  友人の園芸師に依れば「
このツルアジサイは、名前のようにツルになってのびるアジサイで、貧弱ですがガクアジサイに似た花を咲かせます。付着根という細い根で、高木の幹や岩などにくっついて上っていきますが、付着根は水を吸う働きは無く、吸水はふつうの植物と同じに、地中にのびた根が行います」と言うことです。(付記1)
   

   現地の藪の中で、松の幹木に張り付いて高く高く昇っているいくつかのツル性植物をみて、これが松の木の樹皮などの表層に高濃度で付着している放射能を吸収しているのかどうかを知りたいと思いました。そういえば、これまで小生は着生植物などにあまり着目していませんでした。(よく言われることですが風景は本人がその気にならなければ{見れども見えず}ですね)

     

   そこで、このツルアジサイを松の木から丁寧に引っぺがして、実験室に持って帰り、押し葉乾燥後、オートラジオグラフを撮像しました。
  


スライド1 
図1.ツルアジサイ。ツルのあちこちに細い着生根がでている。下から上に向かっている。
    
    
スライド2


 

 図2.図1のオートラジオグラフ

   
   

スライド3 
 
 図3.図1の同じツルのもっと上の部分。下部に新芽が見られる。右上の部分は樹皮ごとはがれたもので、そこに着生根が食い込んでいる。ツルは左下から時計回りに先端に向かっている。
 
   
    

スライド4 
  
    
    


図4.図3のオートラジオグラフ。新芽や着生根が放射能で内部被曝(すなわち内部標識)されていることがわかる。
 

スライド6 
 
 図5。樹皮に食いついたツルアジサイの細い着生根部分の拡大図
    
    
  
   

スライド7 

 図6.図5のオートラジオグラフ。図4のネガテイブ画像の右うえの部分の拡大図。着生根はあまり強くは感光していない。樹皮は外部被曝の証拠であるホットパーテイクルが付着してつぶつぶに光っている。

    
     
 
 
表1 ツルアジサイの組織部位別放射能: Bq(ベクレル)/kg乾物重
ツルアジサイの放射能jpeg 
   
 

表1や図2,図4で見るように、ツルアジサイではツル性茎の部分の放射能濃度が最も高く、これは全部内部被曝によるものです。また、主ツルや分枝ツルから少しばかりちょろちょろ出ている付着根は葉やツル性茎と比べて圧倒的に放射能が低い。これらのことは、ツルアジサイが着生した松の樹皮から水やセシウムを吸収しているのではなく、松の根元の土壌からたちあがっている主ツル性茎の根そのものから、放射性セシウムを吸収して地上部に移行していることを意味しています。あちこちの付着根はただ我が身を松の幹に支えてもらうための「取っ手」にすぎないことを意味しています。

      

表1に見るように、ツルの放射能濃度が斯くも高いのは、降雨の時の松の樹幹流から松の根元の土壌や落ち葉や腐植層に流下拡散する放射能を、ツルアジサイが吸水とともに効率よく吸収するためではないかと思われます。ツル性植物は一般に鳥の巣材にも使われます。このようにしてツル性植物は放射性セシウムの森林での循環にゆっくりと人知れず関わっていくのだと思われます。

      

 
     
       

(森敏)
  

 付記1.小生にはこの植物の同定ができなかったので野田坂緑研究所の朋友野田坂伸也所長に問い合わせたらこのような解説をいただいた。

 

2016-12-08 14:14 | カテゴリ:未分類
  小生は年のせいで(:今年末から後期高齢者なかまに突入した)、放射能汚染現地調査の途中では、結構頻繁に水分を補給している。そうしないと、足の筋肉への血流が悪くなるためか、時々足がしびれるからである。だから、必然的に頻繁に尿意をもようすので、自動車を降りて道ばたから少し林内に入って、尾籠(びろう)な話で恐縮だが、立ちションベンをする羽目になる。そのときは、必然的にあたりの植生をじっと眺めることになる。もちろんかなりの放射能を浴びながら。そういうときにも結構あたらしい発見がある。
  
     
       飯舘村の 「あいの沢」 は、本来はキャンプ場であったのだが、いまは人っ子一人いない。昨年夏にここでやっと除染作業が行われた。除染といっても道路と道の両側の20メートル幅の山林の下草や土を深さ15センチばかりをとりのぞくのだから、どうしても地下茎で連なっている一部のシダ類などは、のぞき切れていない所がある。そこまで徹底的にやると作業に時間がかかって、だから除染作業員の労賃がかかるので、しかたがないからだろう。一応地表面が毎時0.23マイクロシーベルトにまで低下することを目指しているようではあるが。
  
  昨年の春、例によって小便をすべく林内に入った。数メートル入った林の中の空間線量は毎時4.5マイクロシーベルトであった。そこでは芽を出し始めたばかりの丈の低いワラビが群生していた。
      
  ワラビのいくつかを根から切り取って研究室に持ち帰って、ガイガーカウンターで測定してみると、意外に葉のベータ放射線量が高いので、それをオートラジオグラフに取ってみた(図2)。また、組織を各部位にわけて放射能を測定した(表1)。
 

 
スライド4 
 
 図1.春先の若いワラビの写真

 
スライド5 
図2.図1の若いワラビのオートラジオグラフ
   
 
 


  表1 ワラビの各部位の放射能(ベクレル/Kg乾物重)
 ワラビjpeg  



       図2で定性的に,表1で定量的に明らかなように、シダも未展開葉では若干放射性セシウム含量が高い。しかし、次の図3のように葉が全面展開したものでは、図4、図5で見るように、枝の最先端の葉は少し他より放射能が高いようだが(図5のネガテイブ画像で特に理解されると思う)、比較的放射能は全葉に均一に分布しているように見える。また、一見、左側の茎のみの部分が強く感光しているように見えるが、これは茎が葉に比べて数倍の厚みがあるので、放射能が重なって感光しているためである。


  
 
スライド1 
 図3.浪江町で採取したシダ
 
スライド2 
 
 図4.図3のシダのオートラジオグラフ ポジ画像
 
 
スライド3 
 図5.図3のートラジオグラフ。ネガ画像
 
 
  
地下茎の多年生のシダ類(ワラビはシダ類の一種)はタケノコと同じように地下系が土壌の表層直下数センチあたりを縦横にうねっていて、根がそのあたりまでに大部分が集積している「土壌の可給態の放射能」を吸収して地下系を通じてあちこちの新芽に直ちに分配輸送されるので、いつまでも地上部の放射能が高く推移する可能性が高いのである。


  

 
(森敏)
 
付記1:タケノコについては以下のブログを参照ください。
 
 2016/05/20 :
まだタケノコは要警戒: 給食のタケノコご飯から基準超のセシウム

 
付記2:シダ類の同定には 「フィールド版 写真でわかるシダ図鑑  池田怜伸 著」 トンボ出版 を参考にした。


 
 
 
  
2016-11-22 22:29 | カテゴリ:未分類
 
少し論文調になりますが、赤松が奇形になる理由について、以下に説明いたします。
    
  浪江町の津島高校分校は今は誰もいませんが、2011年3月11日東日本大震災の後に起こった、東電福島第一原発事故のあと、浪江町よりも南の市町村の人たちが、避難してきて何日間か宿泊したところです。浪江町の住民は彼らを炊き出しで支援し、自分たちもそこでかなりの被ばくをしたはずです。
     
  ここの校庭は、当時の状況を現状から考察するに、更地にして新しく山土で均平にされて余り年月がたっていなかったと思われます。3月15日にはその更地に近い山土の校庭にかなりの放射能が降雨とともに降り注いで、空間線量は毎時20マイクロシーベルト以上になったのではないかと思われます。現在毎時5マイクロシーベルト前後です。
    
  当時何も生えていなかったその校庭には現在東側の山から次第に赤松が侵入してきて、旺盛な生育を示しております。この山土は酸性で貧栄養なので、松やススキしか生えないようです。(図1)

  

   
   
スライド1 
  (図 1) 東側の斜面から赤松が優先的にランダムに侵入してきている校庭

     

    この山肌の斜面はほとんどアカマツが優先種であり、その松の10-20%ばかりが主茎になんらかの奇形を呈しています。先端部が大きく二股や3つ股に分かれて伸長しているのです。普通は一本だけがすくっと伸びるのですが。(図2、図3、図4)
  
  
 


スライド2 
(図 2) 赤松の群生地と化した東側の斜面

  
  


goyoumatsu jpeg 

(図 3) 主茎が3つ又になっている (中央部分の3本)

   

  

スライド3 
 
(図 4) 分枝が異常に多く太い枝が3本見える。普通は5-6本。
 
    
   そこで、図3の3本の奇形主茎のうち、一本を切り取ってラジオオートグラフを撮ってみました(図5)。すでに先端部は8本の幼芽をつけています。これらが次の枝や松かさになっていくのです(図7)。
    

   

スライド1 
 


(図 5) 3本の奇形枝の1本を採取した。
   
     





スライド1 
 
 


(図 6) 図5のオートラジオグラフのポジテイブ像(左)と、ネガテイブ画像(右)。 先端の葉芽の画像が圧倒的に強く放射線で感光していることがわかる。
 
   

  

スライド4 

 


  (図 7) 先端部分の拡大図  すでに8つの新芽が付いている。

      
   


 スライド5

 
 
(図 8)   図6(右)のネガテイブ画像の拡大図。葉芽が鮮明に濃く映っている。
  
     

    図6、や図8 で定性的に明らかなように、マツの幼芽はほかの組織に比べて圧倒的に放射生セシウムが濃縮しやすい場所と考えられます。事実、この枝の組織をばらしてNaIスペクトロメーターで放射性セシウムを測ると、以下のような数値となりました。新芽は1キログラム乾物重あたり13万ベクレル以上(!!)を含んでおり、これはほかの葉や幹の10倍以上の濃度です (表1)。
             
  この高く濃縮した放射能による内部被ばくと、毎時数マイクロシーベルトの外部被ばくで、ここの赤松はいまだに新芽の細胞の奇形分化が進行していると考えられます。


    
 


     表1 赤松の枝の部位別放射能 (Bq/kg乾物重) 
 
   
五葉松の放射能jpegブログ用 
 
    


   

(森敏)


 
付記1: ネガテイブ画像は加賀谷雅道カメラマン制作によるものです。NaIスペクトロメーターによる測定は広瀬農・助教(東大農学生命科学研究科)の協力によるものです。
 

付記2: 関連記事を以下のWINEPブログに載せています。クリックしてご参照ください。

2016-10-25 10:47 | カテゴリ:未分類

        ボブ・デランにノーベル文学賞授与を決定したノーベル委員会が、ボブ・デラン本人に連絡がつかなくて、受賞を受諾してくれるのかどうか判断に苦しんでいたが、ついに連絡を取ることを諦めたということである。しかしこれまでのノーベル文学賞では、いったんノーベル文学賞授与を決定した歴史的事実は本人の受諾の如何に関わらず残るということらしい。

 

ボブ・デランは実に芸術家としてのカリスマ性を維持する戦略に長けていると思う。彼の作品(作詞や作曲)が受け取る側からの主観で、あれこれと如何様にも解釈できることや、あれこれ解釈できる奇矯な「振る舞い」こそが彼の真骨頂なのであろうと思う。これまでの各種の受賞に関しては、生の声での「本心」はブラックボックスにして黙して決して語らない。まるで「芸術家はカリスマ性を高めるためにはこうあらねばならない」という見本みたいな振る舞いである。芸術家が自己の本心を生の声で語ると、えてしてこれまでの作品そのものが「浅薄」に見えてしまう。ボブ・デランは「沈黙は金なり」ということをよくわきまえている。

 

今は取り巻きに箝口令を敷いているが、彼が死んだらこれまでの側近はこぞって、ノーベル賞受賞に関して「あのときボブ・デランはこう言っていた」とか「ああ言っていた」とか「彼の本心はこうだった」とかの喧々諤々の議論ででひとしきりにぎわい、「虚像」がますます形成されていくのだろう。いまは本人も虚像の形成過程を外から楽しみたいのだろう。

 

最近では、黙して語らぬむっつり屋の俳優「高倉健」の場合もそうだった。彼は世間の「高倉健」という虚像に自分自身を逆に合わせていったというのが、小生にとって最も理解しやすい解釈である。

        

(森敏)

付記:ボブ・デランは小生と同じ年だが、実は小生には彼の影響を受けた自覚は全くない。ビートルズなんかも、どこがいいのかわからなかった。だから以上は、実に感性の鈍い研究者のたわごとです。でも一言書いておきたかった感想です。さきにピカソについても述べたことがあります。
   

2010/07/18 : ピカソの秘密

追記1:映画監督でタレントの北野武さんがフランス政府からレジオンドヌール勲章オフィシエを授与され、パリで叙勲式に出席している。
「受賞で力をもらった。今後新しいジャンルに挑戦したい」(東京新聞)
「恥ずかしいくらい。基本はコメデイアン。いい賞をいただければ、それだけ落差で笑いが生まれる」(朝日新聞)

との発言が紹介されている。
これは、小生にとってはすごく納得のいくコメントだと思う。つまりこれまでの「タケシ」の作品つくりのキーワードは「落差」、小生流にいわせれば 『ズッコケ』 なのである。 テレビでの彼のコメントも今のところこの観点から理解できる。 いつもどこかで斜に構えて、世の中と異なるズッコケる見方をしてみせる、のが彼の真骨頂なのであろう。賞をもらったからと言って、世の中の模範生になったら終わりである。 ボブ・デランはノーベル賞をもらったからと言ってそういうふうに模範生的に今後世界に向けていろいろな生真面目な発信を要求される雰囲気がとてもいやなのではないだろうか?

反骨の喜劇俳優チャップリンは、素直にいろいろな賞をもらっているようだ。
 
追記2:以下の顛末です。

ボブ・ディラン氏、ノーベル賞受け入れる意向

20161029 0806

ノーベル財団は28日、今年のノーベル文学賞の受賞者に選ばれたものの、沈黙を続けてきた米国の歌手ボブ・ディラン氏(75)が受賞を受け入れる意向を示した、と発表した。

 財団のホームぺージによると、ディラン氏は今週、文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーに電話し「栄誉にとても感謝する」と伝えた。

 12月に開かれる授賞式にディラン氏が出席するかどうかは決まっていないという。
  
追記3:村上春樹さんが「アンデルセン賞」を授与され現地での受賞講演が新聞に載っている。
今回はアンデルセン童話にかこつけた「影」がテーマである。
前回のイスラエルでのエルサレム賞の授賞式では「壁」がテーマで受賞のスピーチをしている。
彼の小説ではいつも「穴」が出てくる。

「影」「壁」「穴」など、受取手によって多様に解釈される語句を操るのは、ボブ・デランの「風」などに類似している。結局人生は「これだ」と言い切れない曖昧なものなんだ、というのが、あらゆる作家の到達点なのかもしれない。
 
追記4:ボブ・ディラン氏は「先約があり」ノーベル賞授賞式は「欠席する」とのことである。(11月17日)
 
追記5:どうでもいいことだが、村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」には18章にボブ・ディランの曲「ナッシュビル・スカイライン』が記述されている。この本のタイトル「風の歌を聴け」からしても、春樹は『風に吹かれて』というボブ・ディランの「詩」の影響を少なからず受けていると思われる。
 
追記6.朝日新聞に全面広告で「風に吹かれて」の訳詩が載った(12月11日)。そこでこれを一字一句以下に書き留めてみた。改めて、良い歌詞だと思った。


『風に吹かれて』
 

どれだけたくさんの道を歩き回れば
人は一人前だと呼ばれるようになるのだろう?
どれだけ多くの海を越えていけば
白い鳩は砂浜で羽を休めることができるのだろう?
どれだけ大砲の弾が撃たれれば
もう二度と撃たれないよう禁止されるようになるのだろう?
その答は、友よ、風に吹かれている
その答は風の中に舞っている

どれだけ長い歳月が経てば
山は海に削り取られてしまうのだろう?
どれだけ長く生き続ければ
虐げられた人たちは晴れて自由の身になれるのだろう?
どれだけ人は顔をそむけ続けられるのだろう?
何も見なかったふりをして
その答は、友よ、風に吹かれている
その答は風の中に舞っている

何度見上げたら
人はほんとうの空を見られるようになるのだろう?
人々が泣き叫ぶ声を聞くには
2つの耳だけでは足りないのだろうか?
どれだけ人が死んだら
あまりにも多くの人たちが死んでしまっていることに気づくのだろう?
その答は、友よ、風に吹かれている
その答は風の中に舞っている
(訳詞:中川五郎/『ザ・ベリー・ベスト・オブ・ボブ・デイラン』より)

 



FC2 Management