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2022-04-09 13:51 | カテゴリ:未分類
ウクライナのブチャで410人以上の民間人の死体が見つかり、その中に赤い口紅をした令嬢が道端に転がっている映像が流れた。

それを見て、いきなり、小生が大学生のころの、研究室への出入りの親しかった業者の体験談を走馬灯のように思い出した。


「小学校卒業してから、町工場で丁稚奉公していた僕は、太平洋戦争が始まって赤紙(召集令状)が来て、招集され、中国の戦線に有無を言わせず参戦させられた。その場所がどこだかさっぱりわからなかった。

 ある町を占領してそこで野営し、夜間はパトロールするのだが、その晩はいつもの一等兵の上官と一緒だった。民家に押し入り、上官が両親とそこの娘を後ろ手に縛り、さるぐつわをはめ、上官が娘に強姦を始めたらしい。僕は外に立ってその間見張りをする役割だった。
 
 しばらくして、大声の悲鳴が聞こえた。急いで中に入ってみると、上官が頭を何かで割られて血を流して倒れていた。情事の最中に、家族の誰かに後頭部を凶器で殴られたらしい。僕は動転して急いで現隊に逃げ帰った。
  
 「上官はどうした?」と聞かれたが、「夜警の途中ではぐれてしまった」と答えておいた。そのあとどうなったか詳しいことは忘れてしまった」
  

おそらくそれ以上は語りたくなかったと思われる。


(森敏)



2022-03-22 17:05 | カテゴリ:未分類
   
  以下に順不同に列挙したのは、最近ウクライナ戦争で、テレビや雑誌によく顔を出す人物名である。このウクライナ報道で頭がかき乱されて、仕事が手につかないので、暇に任せて枚挙してみた。ややこしくなるので、専門性のないただのコメンテーターは除いている。
             
  紹介人物の後に「プーチンさん」と記した人物は、テレビなどでいまだに狂犬プーチンのことを「プーチンさん」と敬語で呼んでいる人物である。こういう人物は得てして今回のウクライナにおけるジェノサイドをゲームのように理論的に解釈している傾向がうかがわれる。
    
  ざっと見てわかることだが、これらの諸氏は、現在「進行形の戦争」を扱っている関係上、防衛省出身関係者が活躍している。明らかに防衛省は積極的に意図的に現役や元防衛省出身者に働きかけて彼らをマスコミに登場させている。まさに全員出動(顔見せ)態勢である。明らかに防衛省上層部による下命と思われる。これまでのところ「プーチンさん」と発言した上層部以外はそれほどぼろを出していない。
  
  大所高所しか述べられない外務省出身は、軍事技術論が展開できず、ウクライナの歴史や、「偉そうな」国際政治戦略論に終始している。上智大学や東京大学や筑波大学や慶応大学などの大学人は、積極的にマスコミへの「顔出し」をしているようだ。国際法学などの権威は戦争が長引くほど、「吾輩の出番だ」と思ってか次々としゃしゃり出てきている。法学者は論理に強いので、全然先のことは語れないが、これまでの戦況の整理は得意である。
  
  あと、フリーの「軍事オタク」が何人かいる。最新鋭の武器の解説などは彼らの出番で、皮肉にもまたとないチャンス到来と彼らは生き生きしている。ただ彼らが文化や歴史を語ると少し眉唾で聞いたほうが良い。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって、北朝鮮が積極的に新型ロケットの打ち上げなんかやるもんだから、彼ら軍事オタクは大もてである。
           
  しかし、残念ながら結局だれも狂犬プーチンの「発狂」を抑える術(休戦までの方法論)を提示できない。 
   
  それは当たり前だろう。狂人プーチンは今や自分でもどうしていいかわからないのだから。今やプーチンに論理整合性なんかないんだから。核戦争(第3次世界大戦)に至る直前にプーチンを寸止めする技法を世界が必至でまさぐっているものと思料する。
    
      
   以下順不同です。
       
中村逸郎 筑波大教授 著書『ロシアを決して信じるな』 「プーチンさん」

小泉悠 東京大学先端技術研究センター専任講師(軍事アナリスト)著書『現代ロシアの軍事戦略』

佐藤優 元外務省主任分析官

広瀬陽子 慶応大教授(国際政治) 著書「ハイブリッド戦争」

東郷和彦 元外務省欧州局長 「プーチンさん」

森本敏 元防衛大臣 「プーチンさん」

小野寺五典 元防衛相(自民党)

河野克俊 前統合幕僚長

香田洋二 防衛省元自衛艦隊司令官 「プーチンさん」

畔蒜(あびる)泰助 笹川平和財団主任研究員

小原凡司 平和財団 上席研究員(政策研究)

兵藤慎治 防衛省防衛研究所政策研究部長

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長(現代軍事戦略)

山添博史 防衛省技術研究所地域研究部米欧ロシア研究室主任研究官 (ロシア安全保障) 「プーチンさん」

長谷川雄之(たけゆき)  防衛省防衛研究所

澁澤一郎 元防衛大学校教授(国際問題研究家)

佐々木孝博  広島大学客員教授 元海将補在ロシア防衛駐在官

松村五郎  元陸上自衛隊東方面総監

西村金一 軍事アナリスト(防衛省元分析官)

黒井文太郎 軍事ジャーナリスト

世良光弘 軍事アナリスト

前田哲男 軍事ジャーナリスト

宮島茂樹 現地取材報道カメラマン(フリー)

太田昌克 共同通信編集委員論説委員

布施哲 テレ朝ワシントン支局長(防衛大学校出身)

服部倫卓 ロシアN15経済研究所

東野篤子 筑波大学教授

羽場久美子 神奈川大学教授 「プーチンさん」

名越健郎 拓殖大・海外事情研究所教授 元時事通信外信部長(モスクワ支部勤務)

春名幹男  元共同通信ワシントン支局長

福田充 日大教授(危機管理)

植木安広 上智大学教授(国際協力学)

前嶋和弘 上智大教授(アメリカ現代政治)

湯浅剛 上智大教授(現代ロシア政治)

鶴岡路人 慶応大学総合政策部准教授(国際安全保障 元防衛省勤務)

峯村健司 朝日新聞編集委員

小谷哲男 明海大(外国安全保障)

溝口修平 法政大学教授(ロシア政治)

秋山信将 一橋大法学研究科教授(軍縮管理など)

佐々木正明 大和大学教授(メデイア社会 元産経新聞モスクワ支局長)

別府正一郎 NHK特派員

久保達彦 広大教授JICA調査団

堀江良彰 NPO[難民を助ける会」理事長

海野素央 明治大学教授(異文化コミュニケーション論) 「プーチンさん」

千々岩森生 ANN中国総局長

宮家邦彦  キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(元外交官) 「プーチンさん」

末延吉正 東海大教授(ジャーナリスト) 「プーチンさん」

駒木明義 朝日新聞論説委員(前モスクワ支局長) 著書『安倍vs.プーチン』

佐橋亮 東京大学東洋文化研究所准教授(米中・国際関係)

田中龍作 現地取材ジャーナリスト

須賀川拓  JNN現地レポーター

袴田茂樹 青学大名誉教授 

星浩 TBSスペシャルコメンテーター 政治記者歴30年 「プーチンさん」

堤伸輔 ニュース解説

西濱徹 第一生命経済研究所主席エコノミスト

木内登英 日銀政策委員会・野村総合研究所

金野雄五  北星学園大学経済学部

岩下明裕  北海道大学スラブ・ユーラシアセンター教授

宇山智彦  北海道大学 

角茂樹  元駐ウクライナ大使

馬淵睦夫  元駐ウクライナ大使

浅田正彦 同志社大教授(国際法)

岡部芳彦  神戸学院大学教授(国際ウクライナ学会日本支部会長)
  
神保謙  慶應義塾大学教授(総合政策学部)

村井友秀 東京国際大学特命教授


合六強  二松学舎専任講師

塩崎悠輝 静岡県立大学国際関係学部准教授
 
遠藤良介  産経新聞前モスクワ支局長

高村泰夫  国家安全保障局(NSS)経済班長・内閣審議官

      
多賀敏行     中京大学客員教授 (元ラトビア大使)

溝口修平  法政大学教授


松里公孝  東京大学法学部教授(ロシア史)

大木毅  現代史家 著書『独ソ戦絶滅戦争の惨禍』


服部倫卓  ロシア・ベラルーシNIS研究所 在元ベラルーシ大使館

柿谷哲也  軍事評論家

武隈喜一  テレビ朝日元モスクワ特派員

下斗米伸夫  ロシア政治学者

高橋純平  長崎大学グローバル連携機構 助教
   
池田嘉郎  東京大学准教授 ロシア史
 
川上高司  拓殖大学海外事情研究所教授

渡邊英徳  東京大学大学院情報学教授 (情報デザイン)

鈴木一人  東京大学教授(国際政治経済学)

宇山智彦  北海道大学教授

三牧聖子  同志社大学教授

高橋孝途  徳島文理大人間生活学部(元海上自衛隊海将補)

五野井郁夫  高千穂大教授(国際政治学)

余語真夫  同志社大学教授(軍事心理学)

兼原信克  元内閣官房副長官

山下裕貴  自衛隊元陸将

阿南友亮  東北大学大学法学研究科教授
  
古川勝久  国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員
  
杉山晋輔  前駐米大使  

      
黒川裕次  元ウクライナ大使 著書 『物語 ウクライナの歴史』

渡部悦和  元陸上自衛隊東武方面総監 著書『日本はすでに戦時体制下にある』

横田徹  ジャーナリスト  

平岩貴比古  時事通信社前モスクワ特派員
 
尾崎孝史  写真家

カオル・クレ  現地取材ジャーナリスト
  
奈倉有里  ロシア文学翻訳者 

木村太郎   ジャーナリスト


青島陽子  北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター准教授 ロシア近代史

立石洋子  同志社大学准教授 (ロシア・旧ソ連諸国の現代史)、著書 『スターリン時代の記憶』『国民統合と歴史学』


鈴木一人  東京大学公共政策大学院教授

大串 敦  慶応大学

ナザレンコ・アンドリー   在日ウクライナ人 著書『プーチンの戦争』

亀山郁夫  名古屋外国語大学学長・ロシア文学者 訳書『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』など 

奈倉優里  ロシア文学翻訳者 著書『夕暮れに夜明けの歌を』『アレキサンドル・ブローク
詩学と生涯』
 

孫崎 享  元外務官僚

神保哲生  評論家 

増田雅之  防衛省防衛研究所法制研究室長  共著『ウクライナ戦争の衝撃』


  
   
(森敏)
追記1:このリストは、気が付き次第次々と追加している。
集積していくと、日本でのウクライナ問題関連研究者の全貌が浮かび上がってくるだろう。

軍事オタク、自衛官、外交官、政治家、経済界、避難民支援団体、法学研究者、衛星情報研究者、ロシア文学研究者と、次々と発信者の輪が広がってきている。雑誌などで見落としているはずなので「未だおれのなまえがのっていないのはおかしい」という人物がいることと思う。

列挙しているうちに浮かび上がってきたことがある。それは自衛隊OBが意外に多くの私立大学の教員として天下りしていることである。彼らはウクライナ戦争を契機に、ここぞとばかりその大学の宣伝のためにマスメデイア駆り出されているようだ(あるいはしゃしゃり出ているようだ)。
  
議論がヨーロッパのウクライナ・ロシア問題から東アジアの台湾・中国問題に波及してきているので、4月あたりから、アメリカの政治外交の専門家や中国の政治外交専門家が、ここぞとばかり参入してきている。彼らは古くからの論客である。
  
      
ちょっと不思議なのは、ロシア語学科がかなりの大学の文学部にはあるのだが、ウクライナ語学専門家が少ない。ロシア文学者からはもっともっと強い個人的な見解があってしかるべきだと思う。
  
追記2. 外務省関係者は、ウクライナ戦争の底流にネオコンの陰謀があり、ウクライナ戦争が4か月たったあとで、しゃしゃり出てきて、「ウクライナ市民の為にも早く領土を割譲して外交で停戦にもっていくべきだ」と盛んに発言し始めた。

2022-01-16 11:11 | カテゴリ:未分類

昨日は早朝から東大農学部正門前は騒然としていたようだ。

午前10時ごろ事務所のコンピューターを起動させたら、いきなり事務所から眼下の東大農学部前での事件が飛び込んできた。

 

このネットニュースの中では正門の目の前の高崎屋のご主人である渡辺泰男(82)さんのコメントが載っていた。小生は大学で現役の時にこの高崎屋が建てた、隣のペンシルビルの6階のフロアを研究室として借用していたことから、高崎屋とは今でもいささか懇意である。なので、さっそくネットのニュースをA42枚に打ち出して届けたら、息子さんが店番をしていて、「もう載っているんですか早いですねー!」と笑って受け取ってくれた。

 

昨日の夕方のテレビでも何回もおやじさんのインタビューでのおしゃべり姿が紹介されていた。ピカピカの禿げ頭だが絵になる男なんですね。

 

高崎屋は江戸時代からの文京区では有名な30代以上続く古刹に近い酒屋である。17号線(中山道)の入り口に位している上に、明治以降は東大生のコンパでのお酒の供給源として大きな役割を果たしてきた。小生が現役のころには入学時や卒業時には各研究室に箱詰めの単位で注文されたビールを持って出入りしていたので、ビールの消費量によって(口には出さないが)それぞれの研究室の栄枯盛衰までご存じのはずである。とりわけお酒の神様といわれた農芸化学科の坂口謹一郎先生の「発酵学教室」は酒豪が多く注文も頻繁だったはずである。毎晩といっていいくらい教授室で酒宴(議論?)を開いていた。小生は隣の教室なので彼らが酔って放歌高吟してトイレに行く途中の廊下で出会って絡まれるのを警戒していた。

 

歴代の高崎屋の店主は、それ以外にも東大農学部の景観の歴史的変遷を眺めてきたはずである。店内には東京大学設立当時の写真が掲げられている。

 

渡辺さんは日本酒の唎酒の鑑定人(?)の資格を持っており店内には生酒をはじめたくさんの日本酒が低温収蔵されている。

 

翌日(本日)の朝刊の各紙には渡辺さんのインタビュー記事が各紙に掲載されていた。今回の17歳の少年の凶行については、渡辺さんのコメントとして

「人生思い通りにならないことはある。どうして悲観してほかの人を巻き込む方向に向かうのか」

とつぶやいた(朝日新聞)と紹介されている。

 

男の平均寿命に近づいて少し「解脱」の境地に入ってきたのだろうと推察する。

  

  

(森敏)
付記:以下が関連記事の一つです。
  

「受験生が本当に可哀そう」東大切り付け、近くの駅では爆竹?ボヤ

15日午前8時半ごろ、東京都文京区弥生1の東京大近くの路上で、ともに高校3年の男子生徒(18)と女子生徒(17)、豊島区の男性(72)が刃物で切りつけられた。警視庁によると、3人は背中を刺されて病院に搬送された。高校生2人は命に別条はないが、男性は重傷で緊急手術を受けた。警視庁本富士署は現場付近にいた名古屋市に住む高校生の少年(17)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕。近くにあった血の付いた包丁も押収した。容疑を認めており、少年事件課が詳しい経緯を調べている。

 捜査関係者によると、現場は農学部のある弥生キャンパス付近。同大は15日から始まった大学入学共通テストの試験会場となっており、被害者の高校生2人は受験生とみられる。被害にあった男性が近くの交番に駆け込み「刺された」と伝えたという。少年は午前839分に署員に取り押さえられた。

 事件の直前には東京メトロ南北線東大前駅でボヤ騒ぎもあった。けが人はなかったが、少年は「東大近くの駅で火をつけようとした」という趣旨の供述をしており、関連を調べている。東京メトロの担当者は「午前825分ごろ、駅の改札に爆竹のようなものがまかれ、駅員が消し止めた」と説明。防犯カメラには、上下黒い服を着た人物が逃げる様子が映っていたという。【鈴木拓也、柿崎誠、木原真希】

 東京大には、切りつけ事件を受けて救急車や警察車両が次々と到着した。現場は、農学部がある弥生キャンパスの「農正門」付近とみられ、近くのコンビニ店の女性店員(25)は「警察官が2人がかりで男性を取り押さえていた。眼鏡をかけた小柄な男性だった。多くの警察官がいて、異様な雰囲気だった」と語った。

 農正門近くで酒販店を営む渡辺泰男さん(82)も眼鏡をかけた若い小柄な男性が警察官に連れられ、交番に向かう様子を目撃した。「門の内側で倒れている人が見えた。救急車で運ばれていったが、全然動かなかった」と心配そうに語った。

 受験生の子どもを見送るため、東京大の試験会場に付き添った父親(60)は「東大前駅も焦げ臭かった。同時多発的に何かが起きたのだろうか。とにかく、子どものことが心配でならない」と話した。

 東京大の会場で受験する男子高校生は「何でそんなことが起きてしまったのか。この日のためにずっと勉強してきたのに、受験生が刺されるなんていう想像もしていない目に遭ってしまうなんて」と困惑していた。

 近くに住む会社役員、栗田光江さん(62)は、鳴りやまないサイレンが気になり家の外に様子を見に出たという。「治安の良い地域なので、こんなことは初めて。受験生はこの日のために勉強してきたのに、本当にかわいそうだ」と話した。【田中理知、井口慎太郎】

 

2021-10-04 12:17 | カテゴリ:未分類

  以下に示すのは、2018年10月13日に双葉町で採取したヨモギの一種である。(通常のヨモギの葉のようには葉が割れていないので、ヒメムカシヨモギと思われる)
   
  道端を歩いていると、一見して妙に枝分かれが非対称でいじけた、40センチばかりと背が低く、矮性化したまま花器を着けていた様子だったので目に留まった(図1)。この植物は正常なものは1.5mぐらいの高さに花を着けるはずのものである。
   
  もしかしたら、ギンギンに土壌からの放射能を種子発芽の時から浴び続けていたから生長がひねくれたのではないかと思った。
   
  研究室の持ち帰って測定したら、ガイガーカウンターで各組織を平均しておよそ1010cpmもあり、実に驚いた。NaIスぺくトロメーターで詳細の部位ごとに分解して測ると 表1 のように、花器では1キログラム乾物重あたり Cs-137が 374000ベクレルもあった。測定した4つの組織部位で花器が一番放射能が高かった。これは図2、図3のオートラジオグラフの像と比較するとぴったり一致することがわかる。
         
  道端の落ち葉や流砂が集積したホットスポットの腐葉土から、直接可溶性放射性セシウムを吸収したものと思われた。
     
   
    
スライド3
  
図1 いじけたヒメムカシヨモギ

   
 
    

  

  
スライド2

図2 図1のオートラジオグラフ


   

   

   
 
スライド1

図3  図2のネガテイブ画像
   

    
 
   

 表1 ヨモギの部位別放射能
ヨモギの放射能


 
   
(森敏)




 




2021-04-29 04:32 | カテゴリ:未分類



双頭の龍 法堂     

小泉淳作画伯」筆の天井画「双龍」

スライド1 
解説文には平成14年(2002)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の「双龍」が描かれました、とあった。




      禅宗のお寺の法堂(はっとう)には、龍が描かれている場合が多いが、この寺では過去においてそうではなかったということである。しかしどこの法堂でも天井画は例外なくうす暗く、龍の目を探すのに苦労する。首が痛くなるので老人には全く苦痛である。

      その点、建仁寺の法堂は、照明がなされていたので、カメラでもよくとれたし、双頭の龍というのは珍しいらしく、迫力を堪能した。この建仁寺には以下のごとく襖絵として海北友松(1533-1615)によるこれまた迫力満点の「雲龍図」も2点展示されていた。


 
海北友松雲龍図
海北友松による龍の襖絵





      中国では龍はゲンのいい創造の産物であるので、龍の名前を付けた人物が多い。
    
      ここからは余談になるが、朋友蔡徳龍さんもその一人である。ここ2-3年年賀状が来なくなったのは、体調を崩しているのかもしれない。
   
   激動する中国の共産党革命運動のなかで、1960年代の10年にわたる文化大革命のときに、蔡さんは共産党員である親父さんが反革命分子として紅衛兵につるし上げられて「下放」され、苦労しているのを見てきた。だから、決して自分は共産党員にはなりたくない、自分は誰にも文句を言われない科学技術で身を立てるのだと、東京大学植物栄養肥料学教室の茅野充男教授のもとに留学してきた。博士号を取得後、帰国してケイ酸肥料や石鹸を発明して中国政府からたしか「発明英雄」の称号をもらっている。中国共産党の機関紙である人民日報にも掲載された。河南省科学院では技術関連の政府の要職を務めていた。
   
   小生が彼に紹介した、東大植物栄養肥料学教室の大先輩である故太田道雄山梨大教授のケイ酸の施肥効果にする博士論文を全ページコピーして本国に持ち帰り、ケイ酸肥料工場を中国国内に多数設立して大儲けして、まさに日本から帰国後は「昇り龍」の人生を歩んでいた。当時中国ではケイ酸欠乏土壌に関する知見がなく、ケイ酸肥料もなかったので、彼はケイ酸肥料の水田への施用でイネの増収に大きく貢献したのであった。パイオニアになったのである。その後もたびたび日本に来た時、財布に一万円札がぎっしり詰まっているのを見せられて、彼の財政環境の変化に実に驚嘆したものである。
   
   北京大学の地質学研究室では温家宝元首相の同窓であるとのことであった。
   
  このように中国では「龍」が付く名前の人は縁起がいいのです。
  
  
(森敏)




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