2016-12-20 16:25 | カテゴリ:未分類

   放射能汚染地域では、避難して人が入らないので、森林では樹木に様々なツル性植物が自由自在に繁茂しています。このツル性植物は、何らかの遺伝子が欠損しているために単独では重力に抗して空に向かって屹立できないので幹木に着生して上に伸びていくものと思われます(図1、図2)。(おそらく野生のツル性植物は宇宙線やトランスポゾンによる自然突然変異で、ジベレリン生合成系の遺伝子の変異株だろうと思われます。)       

              
  「
このツルアジサイは、名前のようにツルになってのびるアジサイで、貧弱ですがガクアジサイに似た花を咲かせます。付着根という細い根で、高木の幹や岩などにくっついて上っていきますが、付着根は水を吸う働きは無く、吸水はふつうの植物と同じに、地中にのびた根が行います」と言うことです。(付記1)
   

   現地の藪の中で、松の幹木に張り付いて高く高く昇っているいくつかのツル性植物をみて、これが松の木の樹皮などの表層に高濃度で付着している放射能を吸収しているのかどうかを知りたいと思いました。そういえば、これまで小生は着生植物などにあまり着目していませんでした。(よく言われることですが風景は本人がその気にならなければ{見れども見えず}ですね)

     

   そこで、このツルアジサイを松の木から丁寧に引っぺがして、実験室に持って帰り、押し葉乾燥後、オートラジオグラフを撮像しました。
  


スライド1 
図1.ツルアジサイ。ツルのあちこちに細い着生根がでている。下から上に向かっている。
    
    
スライド2


 

 図2.図1のオートラジオグラフ

   
   

スライド3 
 
 図3.図1の同じツルのもっと上の部分。下部に新芽が見られる。右上の部分は樹皮ごとはがれたもので、そこに着生根が食い込んでいる。ツルは左下から時計回りに先端に向かっている。
 
   
    

スライド4 
  
    
    


図4.図3のオートラジオグラフ。新芽や着生根が放射能で内部被曝(すなわち内部標識)されていることがわかる。
 

スライド6 
 
 図5。樹皮に食いついたツルアジサイの細い着生根部分の拡大図
    
    
  
   

スライド7 

 図6.図5のオートラジオグラフ。図4のネガテイブ画像の右うえの部分の拡大図。着生根はあまり強くは感光していない。樹皮は外部被曝の証拠であるホットパーテイクルが付着してつぶつぶに光っている。

    
     
 
 
表1 ツルアジサイの組織部位別放射能: Bq(ベクレル)/kg乾物重
ツルアジサイの放射能jpeg 
   
 

表1や図2,図4で見るように、ツルアジサイではツル性茎の部分の放射能濃度が最も高く、これは全部内部被曝によるものです。また、主ツルや分枝ツルから少しばかりちょろちょろ出ている付着根は葉やツル性茎と比べて圧倒的に放射能が低い。これらのことは、ツルアジサイが着生した松の樹皮から水やセシウムを吸収しているのではなく、松の根元の土壌からたちあがっている主ツル性茎の根そのものから、放射性セシウムを吸収して地上部に移行していることを意味しています。あちこちの付着根はただ我が身を松の幹に支えてもらうための「取っ手」にすぎないことを意味しています。

      

表1に見るように、ツルの放射能濃度が斯くも高いのは、降雨の時の松の樹幹流から松の根元の土壌や落ち葉や腐植層に流下拡散する放射能を、ツルアジサイが吸水とともに効率よく吸収するためではないかと思われます。ツル性植物は一般に鳥の巣材にも使われます。このようにしてツル性植物は放射性セシウムの森林での循環にゆっくりと人知れず関わっていくのだと思われます。

      

 
     
       

(森敏)
  

 付記1ミツバウツギの同定とコメントは若林芳樹(株アスコット)氏によるものです。ありがとうございました! 


 

2016-12-15 12:21 | カテゴリ:未分類
 

以前に、原発事故1年後のヒノキの放射能汚染について外部被爆を中心に報告しました。

   2012/05/24 : ヒノキの放射能被爆像

           

 原発事故後5年半以上経った現在のヒノキはどうなっているのでしょうか?
 

       現地で観察すると1本のヒノキのある枝には時々異常な数の種子を付けています(図1)。事故以来あちこちのヒノキをずっと観測しつづけているのですが、その法則性が今ひとつつかめていません。本来栄養組織である葉になるべきものが、発生の途中で何らかのきっかけで分裂異常が起こり、生殖器官である球果になる確率が高まったのではないかと思われます。
 



スライド2 
 
図1.異常な数の球果を付けたヒノキの枝(浪江町大堀地区)

   


     図2をみると、この2つの枝全体には、どこにも外部被爆を思わせる、放射能の黒い斑点がみられないので、このオートグラフの画像は全部内部被爆のセシウムによるものです。つまり原発爆発時に降下したセシウムが付着した樹皮から吸収されたものが、ヒノキの体内のどこかにストックされたものからと、当時土に降下したり、木の地上部全体が放射能によって被曝した、その放射能が、降雨による溶脱や樹幹流やで土に浸透した。そのセシウムが根から吸収されて、この枝にはるばると転流してきたものとしか考えられません。
   


 
スライド3 
 
 
 図2.図1.のオートラジオグラフ(ポジテイブ画像) 球果が強く内部被曝している。球果の中には種子が含まれているのでその放射能も積算されて感光している。(表1.参照ください)

 
 
スライド4 

 
  図3.図1のオートラジオグラフ (ネガテイブ画像)
 
  
  
 
   


表1.図1の植物を解体して部位ごとの放射能の濃度を測定したもの

スライド1    

  この枝全体を細かく解体して、組織ごとの放射能の濃度を測定すると、上記表1のようになりました。放射能濃度の強い順に 球果の殻>新葉>種子>枝>旧葉 となりました。種子の値が結構高いことに驚かされます。ヒノキは旧い葉から枯れていくので、その過程で、旧葉のセシウムがカリウムとともに徐々に枝を通って新葉や種子に転流していると考えられます。(今はやりの「オートファジーという現象」ですね)

     

球果は種子が中で育成されていく容器なので、そこにいったん入ったセシウムは殻を形成して固着して再度動くことはありません。ですので、この殻の部分はセシウムがたまる一方であると考えられます。だから一番放射能濃度が高いのでしょう。一方、種子はセシウムをため込みながら(実際にはカリウムをため込んでいるのですが、セシウムがあるとそれも間違ってため込んでしまうのです)同時に来るべき種子発芽の時の栄養源として、でんぷんやタンパクを合成してため込んでいく必要があるのでので、セシウムの濃度が次第に薄まるものと考えられます。

    

どんどん細胞が分裂と伸張を繰り返して組織を大きくしている新葉もカリウムの要求量が高いので同じ挙動を示すセシウム濃度も高くなっているのです。

   
 
(森敏)

付記:ヒノキの2014年の像については
「放射線像 放射能を可視化する」(皓星社)の92ページ-94ページに載せています。この像では、被曝初期のものであるので、枝の基部の外部被曝が顕著です。 


2016-11-29 07:47 | カテゴリ:未分類
   浪江町の高瀬川上流には道路脇に切り立った崖があり、そこに『長寿の水』 という標識がぶら下がっている所がある。急峻なために、崖崩れを危惧して金網が全面に張り巡らされている(図1)。 近くに駐車場があるので原発事故前には、この名水を汲みに、多くの住民がポリタンクなどを持って訪れたものと思われる。
 
  そこの崖面に何種類かのこけが生えていたので、その内の特徴的なコケを採取して放射能を調べてみた。コケ図鑑によるとこのコケはヘビの模様に似ているので蛇苔(ジャゴケ)と呼ばれているもののようである。
 
  
スライド1 


図1. 「長寿の水」 のしたたり落ちる崖 
  

 
スライド2 
 
図2 蛇苔の拡大図
  

  
  はがして乾燥して(図3)オートラジオグラフを取ると、図4のようになった。図4の黒い小さな濃く感光したつぶつぶは、コケが上からしたたり落ちる小さな目に見えない土を吸着しているのである。こけの裏側には大きな強く感光した黒点があるが、これは岩から引っぺがしたときに、くっついてきた自分自身の旧い枯れた個体である。それらが放射能に強く汚染している。
 
 

スライド1 

図3。崖からはがしたジャゴケ   
   
    
 
  
 
スライド2  
 図4  図3のオートラジオグラフ
  
     
 
   できる限り水洗して表面の固体をのぞいてゲルマニウム半導体で放射能測定したのが 以下の表1である。このジャゴケは絶えずしたたり落ちる水で洗われ続けているので、原発事故後5年も経てばいい加減にきれいな新しいコケになっているのかと思ったら、なんのことはない放射能(放射性セシウム)は厳然として、まだ高濃度で含まれたままである。表1に見るように、放射性カリウム(K-40) の濃度も高いので、このコケはセシウムばかりでなく元来カリウムをため込みやすいものと思われる。蛇の目に見えるコケの表層にあるカリウムのトランスポーター(膜輸送体)を使って、ごく微量の放射性セシウムも体内に吸収してため込んだままなのだろう。
     
  この場所は「長寿の水」と言われるぐらいだから、渇水することもなく原発事故以来の森林の表流水の希薄な放射能をこのジャゴケはずっとため込んできたのだろう。

   

  

      表1.ジャゴケの放射能(ベクレル/kg乾物重)
 スライド1
   
(森敏)
付記:コケの同定は難しい。今回は
 
 生きもの好きの自然ガイド 

 
このはNo.7 「コケに誘われ コケ入門」 文一総合出版
 
の写真を参考にした。

2016-11-22 22:29 | カテゴリ:未分類
 
少し論文調になりますが、赤松が奇形になる理由について、以下に説明いたします。
    
  浪江町の津島高校分校は今は誰もいませんが、2011年3月11日東日本大震災の後に起こった、東電福島第一原発事故のあと、浪江町よりも南の市町村の人たちが、避難してきて何日間か宿泊したところです。浪江町の住民は彼らを炊き出しで支援し、自分たちもそこでかなりの被ばくをしたはずです。
     
  ここの校庭は、当時の状況を現状から考察するに、更地にして新しく山土で均平にされて余り年月がたっていなかったと思われます。3月15日にはその更地に近い山土の校庭にかなりの放射能が降雨とともに降り注いで、空間線量は毎時20マイクロシーベルト以上になったのではないかと思われます。現在毎時5マイクロシーベルト前後です。
    
  当時何も生えていなかったその校庭には現在東側の山から次第に赤松が侵入してきて、旺盛な生育を示しております。この山土は酸性で貧栄養なので、松やススキしか生えないようです。(図1)

  

   
   
スライド1 
  (図 1) 東側の斜面から赤松が優先的にランダムに侵入してきている校庭

     

    この山肌の斜面はほとんどアカマツが優先種であり、その松の10-20%ばかりが主茎になんらかの奇形を呈しています。先端部が大きく二股や3つ股に分かれて伸長しているのです。普通は一本だけがすくっと伸びるのですが。(図2、図3、図4)
  
  
 


スライド2 
(図 2) 赤松の群生地と化した東側の斜面

  
  


goyoumatsu jpeg 

(図 3) 主茎が3つ又になっている (中央部分の3本)

   

  

スライド3 
 
(図 4) 分枝が異常に多く太い枝が3本見える。普通は5-6本。
 
    
   そこで、図3の3本の奇形主茎のうち、一本を切り取ってラジオオートグラフを撮ってみました(図5)。すでに先端部は8本の幼芽をつけています。これらが次の枝や松かさになっていくのです(図7)。
    

   

スライド1 
 


(図 5) 3本の奇形枝の1本を採取した。
   
     





スライド1 
 
 


(図 6) 図5のオートラジオグラフのポジテイブ像(左)と、ネガテイブ画像(右)。 先端の葉芽の画像が圧倒的に強く放射線で感光していることがわかる。
 
   

  

スライド4 

 


  (図 7) 先端部分の拡大図  すでに8つの新芽が付いている。

      
   


 スライド5

 
 
(図 8)   図6(右)のネガテイブ画像の拡大図。葉芽が鮮明に濃く映っている。
  
     

    図6、や図8 で定性的に明らかなように、マツの幼芽はほかの組織に比べて圧倒的に放射生セシウムが濃縮しやすい場所と考えられます。事実、この枝の組織をばらしてNaIスペクトロメーターで放射性セシウムを測ると、以下のような数値となりました。新芽は1キログラム乾物重あたり13万ベクレル以上(!!)を含んでおり、これはほかの葉や幹の10倍以上の濃度です (表1)。
             
  この高く濃縮した放射能による内部被ばくと、毎時数マイクロシーベルトの外部被ばくで、ここの赤松はいまだに新芽の細胞の奇形分化が進行していると考えられます。


    
 


     表1 赤松の枝の部位別放射能 (Bq/kg乾物重) 
 
   
五葉松の放射能jpegブログ用 
 
    


   

(森敏)


 
付記1: ネガテイブ画像は加賀谷雅道カメラマン制作によるものです。NaIスペクトロメーターによる測定は広瀬農・助教(東大農学生命科学研究科)の協力によるものです。
 

付記2: 関連記事を以下のWINEPブログに載せています。クリックしてご参照ください。

2016-10-10 12:28 | カテゴリ:未分類
以下の情報が全国に避難されている飯舘村の皆さんにも届くことを期待して、
転載します。
小生のpdf からjpeg への変換技術が悪くて、その結果か解像度が悪くて画像の文字が読み辛いでしょうが、目をさらにして解読してください。すみません。 


飯舘村10 月村長選挙レポート

佐藤八郎さんと現村長・菅野典雄さんの政策比較を
2016 年10 月9日 飯舘村/福島再生支援東海ネットワーク 事務局

村長選は6 日に公示され、16 日の投票日に向けて闘いは既に中盤にさしかかってきました。
県外の支援者は一部の人を除いてなかなか応援もままならぬ状況ですが、その一端として両候
補の政策チラシをご紹介いたしますので、ご参考になさって下さい。

 
現村長の主張は来年春帰村、再来年春学校再開に集約されている。
帰村すれば、いいことあるよ、ということだろう。
安心安全と云われるが、国法を逸脱した年20ミリシーベルト安全説であり、事故直後の村民の高濃度被曝も無視されており、要するに「放射能無害」説ということになる。
加えて佐藤八郎は国とのパイプもなく、今後の補償・補助は期待できないよ、と。
     
対する佐藤八郎さんのスローガンは
「政府いいなりの来年春帰村方針の白紙撤回」がまずきて、
チラシ裏側が具体的政策となる。
     
政策は
1.村長出前相談会で村民の意向をしっかり聴き取る
2.完全除染の実現と学校再開時
期は父母の意向による
3.完全賠償を実現する
4.生涯無料検診・治療の実現
5.生業再建への全力支援
…となる。
         
子どもを筆頭とする村民のいのちを守るということが中心に据えられていると考えればよい。
煎じ詰めれば「いのちか、カネか」という選択となるわけだ。
その上で今後の村民の暮らしの再建を精一杯支援する、という骨組みである。
    
原発とカネを選びますか、それとも子どもや村民のいのちを選びますか。
この問いかけは、大きく言えばこのクニの全ての人々、ひいては全人類への巨大な問題提起となっていることに気付かねばならないだろう。
   
6日公示、16日投票。選挙はもう始まっている。
         
        
プレゼンテーション1
  


かんののりお 
  
  
  
(森敏)
 
追記1:(10月13日)発行の「週刊女性自身」に和田秀子取材・文として、2ページにわたって
全村避難の飯舘村12年ぶりの村長選挙ルポ
が載っている。
 
追記2:選挙結果です(2016.10.17)
   

飯舘村長に菅野典雄氏 新人・佐藤氏破り6選、避難解除を支持
 

20161017
     

任期満了に伴う飯舘村長選は16日、投票が行われ、即日開票の結果、無所属で現職の菅野典雄氏(69)=5期=が、前村議で無所属新人の佐藤八郎氏(65)を581票差で破り、6選を果たした。任期は27日から4年。

 12年ぶりに選挙戦となった同村長選は、来春に予定されている村の避難指示解除を最大の争点に激戦を展開。現職の菅野氏が解除時期の白紙を掲げる佐藤氏との戦いに勝利したことで、来年3月31日の帰還困難区域を除く避難指示解除に向けた動きは予定通り進む見通しとなった。

 菅野氏は、震災と原発事故後に政府と交渉して実現してきた施策や村長5期の実績などを強調。加えて、3月31日の避難指示解除後の「新たな村づくりによる復興の加速化」を訴えた。村民は村内の復興策を推し進める菅野氏の実績と姿勢に一定の評価を下し、再び村政のかじ取りを託した。
 
追記3:(転載です 2016.10.19))

負けて勝った、勝って負けた佐藤八郎さん
 

2016 10 18 日 飯舘村/福島再生支援東海ネットワーク事務局
 

以下は、負け惜しみで言うのではない。
 

投票数3709人で、現職・菅野典雄さんが2123票、佐藤八郎さんが1543票、その差580票。 ある

村民いわく、菅野村長の固定票は1000票だろう、それは現職故の利害がらみだからそうなる。

それに対し佐藤さんはこれまでの村議選での主にカネの絡まぬ血縁票が300票位かな、と。 だと

すれば今回の村長選結果を見るに、菅野さんが固定票に上積みしたのは1123票、対して佐藤さ

んは1243票を上積みしたことになる。
 

さて、ご存知かも知れないが、村民の間における菅野村長の一般的評価は、極めてよろしくな

い。
 

原発事故直後、当時の民主党がメルトダウンを隠して表面「安全」を云いつつも、村長に村民

避難を勧めたにもかかわらず、「村がなくなるのは困る」として断り、以後全村避難までの3

月半、村民を高濃度被曝させたこと、これに佐藤八郎さんが強硬な抗議をしていたこと、これ

は飯舘村では周知の事実なのである。
 

その後も東電や政府との交渉時、常にその加害者側と同列に立って村民の要求や不安を抑え続

けてきたことも、また同じ。
 

佐藤八郎さんは、およそカネには縁のない人である。彼の5期にわたる村議活動は、ひたすら村

民の自宅におもむき、その要望を聴き、相談に乗り、それらを村政に反映させることに費やさ

れてきた。事故以後、彼が加害者と一体化した村長を厳しく批判してきたこともまたよく知ら

れている。だから人望とか人気では菅野さんを圧倒していたといってよい。
 

だから今回の選挙の行方を予想した時、その佐藤さんの人気が、果たして投票に結びつくか否

か、ここが大きな焦点であったのだ。
 

結果を見れば菅野さんの当選となったのだから、この予想は「否」となったことになりそうだ

が、冒頭の上積み票差を見れば、決してそうは言い切れないだろう。固定票に対する上積み票

だけで見れば、ここは佐藤さんの勝ちなのである。
 

では、菅野さんの上積みした1123票の意味は何か?佐藤さんの上積みした1243票の意味は何

か?
 

佐藤さんの上積みはすぐに理解できる。仮設住宅での選挙演説には常に多数の村民が集り、拍

手喝采であったが、菅野さんのそれにはパラパラであったという事実。佐藤さんは菅野村政と

国政を厳しく批判し、それが一方的被害者である村民の内攻していた怒りに火を付け、よく立

候補してくれた、という感謝として現れてきたということである。
 

他方菅野さんの上積みは、単なる現状容認ではないだろう。村民すべてがこれからの人生・生

活への大きな不安感・苦悩を持っている。佐藤さんに投票したい気持ちはあれど、果たして佐

藤さんがそれを解決してくれるのかどうか。ここに「国とのパイプ」を強調する菅野さんの言

説が入り込む余地があったと言わなければならない。
 

佐藤さんは、負けたが、勝った。
 

だが、勝てる闘いを十分活かし切れずに負けた。

これを本物の勝ちにしなくてはならない。
 

その前提は負けたことへの謙虚な反省である。

子どもと村民のいのちと生活を守る闘い。

再来春学校再開方針との闘い。

来春帰村方針との闘い。

賠償や補助打切りとの闘い。

完全除染実現への闘い。

完全な放射能健康診断実現への闘い。
 

村長になろうがなるまいが、その村民との約束を守らなければならない。

だから、闘いはまだ始まったばかり、いや、これからが本当の闘いになる。
 

最後に一言。

新潟県知事選もそうだが、首長一個人にのみ過剰な期待を寄せるのは止めようではないか。

いま求められているのは、われわれ一人一人の自立である。

それなくして、決して原発はなくならず、このクニがよくなることはないのだから。__

 



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