fc2ブログ

WINEPブログ内で「 森敏 」を含む記事

(5件づつ表示されます)

2024-03-31 05:27 | カテゴリ:未分類
  修善寺の大柄の「ジャンボ」が上京してくるので集まらないかというメールが「おネギ」から来た。喜んで呼びかけに応じて、東大農学部の正門の横の資料館に集まった。その後、学内某所に移動して、ささやかなお菓子とコーヒーのパーテイをした。

  当初集まったのは、「ウルバン」、「ジュニア」、「ジャンボ」、「おネギ」、「ベシ」、「チンさん」、小生の7人だった。1時間ぐらいたってから、「フラウ」が某大学の評議員会が終わったということでわざわざ駆けつけてくれた。

  「チンさん」は某薬品会社の同窓会が神田の学士会館であったのちの参加で、「厚生官僚は、コロナワクチンを4回以上打った人が2割しかいなかった。彼らは、ワクチンの効果に疑問を抱いていた。大量に買い付けたファイザー社のワクチンが余ったので、効果が微妙で副作用が懸念されるデータが出てきたのを承知で、希望者の国民に6回以上もワクチンを打たせてきたのだ」という内幕話を紹介してくれた。

  「ジャンボ」は高専の校長を退職したのち、現在は稲作や、静岡の某小学校の教員の補助をしている。補助は、月たった6万円の給付金だが、これがなぜか楽しくてたのしくてしょうがない、ということであった。生まれ変わったら義務教育の教員免許を取得して小学校の先生になりたいという入れ込みようだ。しかし、実情は今は過重労働などで教員の希望者が激減しているとのことである。

  「おネギ」は親しい某氏夫妻の碓氷峠での樹木葬の様子を詳しく紹介してくれた。某氏の家族はあちこちの親族のお墓を全部1カ所に集めて、永代供養にするという思い切った墓じまいの措置をしたという話であった。

  「ウルバン」はある日突然足腰が動かなくなり、へなへなと倒れて、奥さんが驚いて、救急車を呼んで、病院に運ばれ即酸素吸入措置室に入れられて、入院させられて、ステント3本を入れられた。いったん退院したが、また不調になり再度入院して2本ステント挿入の処置を受けたという生々しい話だった。ニトロ錠を常時携帯しているとのこと。不調を感じたら2錠を舌下で舐めると、回復するんだそうである。これは小生の周辺の知人たちの多くが受けている措置である。

  「チンさん」は、10年以上肺がんを患っているが、抗がん剤が効果てきめんで、再発していないということであった。少しおなかが太って恰幅がよくなっていたが、学士会館でのパーテイーでお酒を召してきたためか赤ら顔で健康そのものであった。

  「ベシ」は、ついに自宅で一人住まいしていた102歳のおかーさんが介護施設に入って、週に何回か通って、遠距離でのご機嫌伺しているとのことであった。

  「フラウ」は富士山での観測活動に今も参加しており、精力的に本を出版しており、最近は子供向けのわかりやすい本を出したので、ということでジャンボに小学生にどうぞ読み聞かせしてくださいと渡していた。我々はすでに献本していただいていたのだが。帰りに農学部前の高崎屋で販売している純米酒「不死鳥の如く」(これは「福島再生の会」が菅野宗夫さんの除染が完了した水田で育成した酒米から作ったもの)を買って帰ると言って、フラウは少し早めに退席した。

  小生は人工知能である「生成AI」の話を少し紹介したのだが、参加者のだれもこれを使っていなかった。「AIは後期高齢者のボケ防止に最適な話し相手だよ」と強調したのだが、みなあまりピンと来ない様子だった。「80歳過ぎた老人が最新の技術に挑戦するなんて、若いねー!」と冷やかされた。ただ遊んでいるだけですがな。

  「ジュニア」は昔小生がチンさんの結婚式で述べた祝辞の内容をよく覚えていて、紹介してくれたのでびっくりした。小生はチンさんの結婚式に参加したことさえ忘れていた。そういえばみんなで結婚後チンさんの三鷹の実家に招待されて20人ばかりで押しかけて、徹夜で猥雑などんちゃん騒ぎをして、チンさんの新妻と、おかーさんには大変な迷惑をかけたことを突然思い出した。


(森敏)
付記: 人名は実名でなく、当時のなつかしいあだ名(愛称)で紹介しました。
2024-03-29 05:27 | カテゴリ:未分類
小生:
石川啄木の「雲は天才である」という意味を説明してください。AI流に。

Copilot(生成AI):
石川啄木の「雲は天才である」という表現は、彼の処女小説のタイトルであり、生前には未発表だった作品です。この作品は、代用教員時代の経験を基にしたもので、教育現場のある一日を描いています。

この表現をAI流に解釈すると、「雲は天才である」とは、雲が自由に形を変え、創造的な存在であることを象徴していると言えます。雲は束縛されることなく、常に変化し続ける自然の一部であり、その自由さと変容の能力は、まさに天才的な創造力を持つ芸術家のようです。

啄木は、このような雲の特性を通じて、自由な精神や創造性の重要性を表現しているのではないでしょうか。また、教育や社会の枠にはまらない、個々の独自性や才能を尊重するメッセージとも取れます。

教師としての経験から、型にはまった教育ではなく、個々の才能を伸ばすことの大切さを訴えているのかもしれません。



ーーーーー
(森敏)
2024-03-28 16:43 | カテゴリ:未分類
以下は、大西 拓磨さん(東京芸術大学美術学部建築家・懲戒退学)と田村かえさん(東京大学理学部物理学科物理学専攻)が、公園のベンチに腰掛けてのコラボのYouTube

【すべすべ】ランダムな命題を証明してみよう【ゲスト:たむらかえ】YouTube

からの引き写しです。(無断転載です)

大西さんが2つの日本語の単語をランダムに出して(世の中ではランダム単語ガチャとよぶらしい)、その二つの単語が同じ意味を持つものであるということを田村さんが証明してみせるという、なかなか面白い問答です。

  以下に10個の命題と、その証明(回答)を転載しました。

〇 「感情は階段である」ことを証明せよ。
回答:有限個の言葉によって認知されることで、離散的に上がったり下がったりする。

〇 「練習はサラダである」ことを証明せよ。
回答:メインに向けて体調を整えるため、いろいろな種類をバランスよく取り合わせるものだ。

〇 「パンツは音である」ことを証明せよ。
回答:パンツという文字列は、意味内容以前にPáNTSU という音を表しているから。

〇 「春夏秋冬は健康である」ことを証明せよ。
回答:典型的な四季の巡りを感じられることは、地球環境が健康であることの証だから。

〇「ウィークエンドはドーナッツである」ことを証明せよ。
回答:ウィークエンドにはジョッキやマグカップで乾杯するので、こういう持ち手がある容器はトポロジー的にはドーナッツの仲間だから。

〇「彼氏は保証金である」ことを証明せよ。
回答:社会的能力があることを示すために、一定期間支払わねばならないコストだから。

〇「高校生は世界地図である」ことを証明せよ。
回答:個人を情報源として比較するとき、とくに広く浅く世界を知っている者だから。

〇「ナウマンゾウは写真週刊誌である」ことを証明せよ。
回答:週刊誌に作られた芸能人像のように、断片的な資料としてしか存在していないから。

〇「ナポリピッツァは性犯罪であることを証明せよ。
回答:フードポルノ(生理的欲求を煽って人々の健康を阻むイメージの頒布)だから。

〇「天地の差は耐用年数である」ことを証明せよ。
回答:良い状態と悪い状態の間の距離を、別の次元で捉えたものにすぎないから。


以上の問答は頓智(とんち)問答のようなところがあるが、相当柔軟に頭をひねらないと出てこない回答であると思う。
 
田村かえさんによる回答が、大西 拓磨さんによって命題として提示された、2つの単語の背景にある普段は認識されていないアナログ情報である、「パターンの類似性」 で成立していることがわかる。この田村かえさんの ”脳内作動のからくり” は、かなり創造性理論の本質をついている。だからここで紹介させていただいた。

最近知ったのだが、大西 拓磨さんはいつもボーとしている状態で創造性に関して考えている御仁らしい。

  その、他人から見れば奇人変人であるが故の奇矯な学内での振る舞いが、東京芸術大学の校風(枠組み)に収まり切れないらしくて、懲戒退学処分なるものを食らったようである。フリーターの後、現在では『孫正義財団』の支援を受けて生活できている(とのことです)。


(森敏)
2024-03-25 13:53 | カテゴリ:未分類
小生:
次の5つの言語を用いてエスプリの効いたエッセイを書いてください。
記録、雲、フェチ、辛口、紫式部

Copilot(生成AI) :
もちろん、以下にそのエッセイをご紹介します。

記録は、我々の存在の証であり、歴史のの中に永遠に浮かぶ。それはフェチのように、私たちを魅了し、時には辛口の批評家となる。しかし、紫式部のような文学の巨匠は、その記録を超越した作品を残し、時代を超えて人々の心に響く。

は、空のキャンバスに描かれた自然のアートワークである。変わりゆく形は、フェチの目を持つ者にとって無限の想像力をかき立てる。辛口の現実を忘れさせ、紫式部の物語のように、幻想的な世界へと誘う。

フェチは、個人の独特な美意識を反映する。それは辛口の社会からは理解されにくいが、紫式部の作品に見られるような、繊細で精緻な感覚を育む。

辛口の言葉は、時には記録を厳しく刻む。しかし、のように流れる時間の中で、フェチのような小さな喜びが、紫式部の詩のように、生活に彩りを加える。

紫式部は、記録された言葉の上に持ち上げ、フェチのような独自のスタイルで、辛口の世界に美を注ぎ込んだ。彼女の作品は、時間を超えて、私たちの心に新たな物語を紡ぎ出す。

このエッセイは、指定された5つの言葉をテーマにして、それぞれの言葉が持つ意味や象徴を織り交ぜながら、文学と人間の感覚について考察を深めるものです。エスプリの効いた文章をお楽しみいただけたでしょうか。他にもお手伝いできることがあれば、どうぞお知らせください。


ーーーーーーーーー

以上は、生成AIが如何に巧みに言語を操ってくれるかを試してみたものです。

小生がランダムに供与した5つの「言語」を見事に紡いで5本の文学的表現の文章を生成してくれています。 しかもすべてをたった30秒間で!!

これは、どんな文学者もかなわないスピードではないでしょうか? 少しはオリジナリテイーを感じませんか?

AIおそるべし!

小生はAIがなぜそんなことができるのかを、創造性理論から今後徐々に迫っていきたいと思っています。



(森敏)
2024-03-20 15:26 | カテゴリ:未分類
チャットGPTのインパクト ―われわれはどう向き合い、どう活用すべきかー

というタイトルで川村秀憲(ひでのり)北海道大学大学院情報科学研究院教授が新着の学士會会報(No.965)で述べている。9頁に渉る長文なのだが、今回の議論に関する部分のみを勝手に引用させていただいた。

::::今後チャットGPTに回答できる問題を、人が解くことに意味があるのでしょうか。人が猛勉強の末にやっと身に着けた能力をAIが簡単に代替できるなら、そうした能力を獲得する意味があるのでしょうか。

:::::人とのリアルな触れ合いや社会性の育成などはAIには担えないので、人の仕事として残るでしょう。

:::::進学、就職、結婚、経営、政治などの意思決定は、複数の目的から構成される多目的最適化問題なので、AIには解けません。

::::::::これから生まれてくる子供たちは幼いころからチャットGPTに親しんで育つので、今の中高年とは全く異なる考え方や発想をするでしょう。それを考えると、今の社会フレームに固執してはいけません。「調和系工学」の示す通り、人間とAIは共存し調和すべきです。AIの存在を前提に、倫理観、法律、教育、ビジネスなどを更新し続けることが大事です。::::::


これを要するに、些末なことはチャットGPT に任せておけ、今後は真に人が人としての独創性を発揮することを時代が要請しているということである。

そのためには人の独創性とはなんぞや?ということを万人がよく認識する必要があるだろう。と思いなら、最近の、日本人研究者による「創造性」に関する本をAIで検索したら、以下の本が出てきた(そのほか外国人の書籍も多数出てきたのだが)ここでは省略する(後日紹介したい)。
   
さっそく図書館で借りて読んだのだが、大変読みやすかった。かなり「創造性」に関して本質的なことに挑戦して考察しているので感心した。
数式がないのがおすすめです。以下に目次だけ紹介しておきます。
      
創造性はどこから来るか?
潜在処理、外的資源、身体性から考える 
阿部慶賀著 共立出版
(越境する認知科学日本認知科学界編2 The Cutting Edge of Cognitive Science)

第1章 ひらめきはどのように訪れるか
第2章 ひらめきの訪れを予測できるか
第3章 創造的思考を助ける外的資源と外化
第4章 外的資源としての他者
第5章 外的資源と創造性をつなぐ身体
第6章 創造性とあいまいになっていく身体
終章  創造性はどこからくるか、どこにあるか

この本の終章の最後の言葉を引用しておく。(多少陳腐に思う人がいるかもしれないが。。。。)

  強いて、ここまでの議論から創造的思考をするための教訓めいたことを述べるとするならば、「失敗を恐れずに愚直に自ら行動し、体験すること」があげられる。現状では最も有力視されている制約論的アプローチに従うと、試行錯誤を通して初期の誤った制約を解消することが洞察に至る堅実な方法だといえる。思考錯誤することで、環境を変え、変化した環境から新たな手掛かりが得られるかもしれない。そしてその環境の中の手がかりを手掛かりとして認識できるかどうかは、事前知識や身体との相性が関係する。ある身体を持った人間にとっては見過ごされてしまうような手掛かりが、別の身体を持った人にはポップアップされて見えるかもしれない。自分の知識と身体では見つけにくい手がかりがあるならば、他者の協力を得ればよい。誰もが他の誰かの創造性を触発する可能性を秘めているのである。

 
 
(森敏)
FC2 Management