2017-01-18 12:39 | カテゴリ:未分類

  我が家は2週間に一度ぐらい大量の「きんぴらごぼう」を作る。繊維質による胃腸の襞(ひだ)の間の掃除のためというつもりである。

      

  無意識に買ってきたごぼうをいつものようにピーラーで細切りにしようとしたら、なんと双子のごぼうであることが分かった。 

      

  これは、タンポポの茎の帯化と同じく、根で発生した一種の帯化現象であると思われる。
  
  このゴボウは青森県産と記されていた。放射能か、農薬か、物理的刺激かなど、帯化の原因は不明である。よく洗って、土を落として、きんぴらをつくって、気にせずおいしく食べましたが。
           
      
 
スライド1 
 
図1. 双子のゴボウ
 
スライド2

 
図2.双子のゴボウの横断面図

  
       


 
( 森敏)

付記:植物の帯化(たいか)現象について、過去のブログをご参照ください。

  2014/09/20 :
巨大イチゴと巨大タンポポは同じ機作の変異であると思われる
2016-11-04 17:25 | カテゴリ:未分類
PB040063ゴッホ収穫 
ゴッホ作「収穫」
   
DSC02179 ゴッホのマグカップ 

「収穫」をラベルした、ゴッホとゴーギャン展の記念のマグカップ

         

前回の東京都美術館での「若冲展」は見逃した。暇ができたので上野公園に出かけたのだが、都美術館前は長蛇の列で、入館には5時間待ちだということであったのであきらめたのであった。

    

今回「ゴッホとゴーギャン展」のキップが手に入った。長蛇に並びたくないので今回は朝飯もそこそこ勇躍早朝に出かけた。東京都美術館には午前9時に着いたのだがすでに3名のご婦人たちが門前に並んでいた。すぐに続々と人々が集まって来て、小耳に挟むと山梨から昨晩発の夜行バスで来られた方もいるようであった。マニアがいるもんですね。9時半に開門したのだが、案内にしたがって歩いていると前の3名はキップを持っていなかったので、彼女らは切符売り場に行った。なので、なんと!結局小生が一番最初の展示会場への入場者だった。こんなことは人生で初めての経験だ。完全に自分のペースで名画を鑑賞することができた。久しぶりの至福の時間だった。

    

会場にはゴッホの絵が27点、ゴーギャンの絵が18点あった。その間に他の有名画家の絵がちりばめられて絵が増量(?)されていたのが少し煩わしかった。

    

ゴッホの絵は数点を外国や日本の美術館のどこかで実物を見たことがあるが、ゴーギャンは全部実物を初めて見るものだった。ここでは絵が傷むからという理由で照明を絞っているので、ゴーギャンの絵はたぶん白日の下で見る絵よりも独特の「赤色」がくすんでに見えたのではないかと思う。実に残念だ。

 

ゴッホで小生が一番気に入った絵は『収穫』という、遠近法だが遠くの人物の細部までしっかりかかれている明るい田園風景である。ゴッホがまだ精神を病む前の絵である。絵の教科書にも載っていたと思うのだが実物はさすがにすばらしいと思った。

 

ゴッホは病状が進行してくるとテンペラ画になって細部を描かなくなってくる反面、幻覚の脳内画像をそのまま描く、揺らいだ筆のタッチになっていく。それはそれで面白いのだが、いつまでも近くに置いておきたくなる絵ではない。ゴッホの自画像を含めた諸々の人物画については小生にはあまり興味をそそるものがなかった。その後、両耳切断ピストル自殺に至る。

 

一方、ゴッホと一時同居して画業を競い合ったというゴーギャンに関しては、ゴーギャン自身の自画像がとても迫力があった。理知的で自信に満ちた自画像である。絵画について確たる理論を持っていたのだろうと想像した。二人は絵画論を熱心に議論しあって、お互いに大いに刺激を受けたが、結局けんか別れしたということである。両雄並び立たずということなんですね。しかしこのケンケンがくがくの議論について詳細な内容が二人の手紙や書簡で後世に残されていないらしいのは残念である(すくなくともこの展示会では紹介されていなかった)。

 

帰りにA5版の大きさの「収穫」の絵のコピーとその絵はがきと、この絵が貼り付けてあるマグカップを買った。本ブログの冒頭に掲載したように、いずれも会場の本物の実物とは雲泥の差のコピーだが、仕方がない。早速コーヒーを入れてカップの絵を見ながらこのブログを書いている。

     

(森敏)
追記::精神が病んだ画家としては最近文化勲章を受章した草間彌生がいる。彼女については以前に述べたことがある。彼女の絵はゴッホをはるかに超越していると思う。
     2014/02/01 : 絵画展雑感


2016-11-01 01:52 | カテゴリ:未分類
以下の日テレのニュースで、「放射線像展」が報道されました。実に的確な報道です。ニュースを再現してご覧ください。
   

http://www.news24.jp/articles/2016/10/29/07345041.html

    
 放射能を特殊な技術で画像に…展示会を開催

20161029 16:20

 

放射能は目に見えないと言われているが、福島第一原発事故で放出された放射能を特殊な技術で画像にした展示会が、29日から埼玉県東松山市のギャラリー「COMEYA」で始まった。

 福島第一原発事故では、放射性セシウムなどが大量に放出され、現在も土壌や生物に蓄積されている。東京大学の森敏名誉教授とカメラマンの加賀谷雅道さんは、汚染した生き物や生活用品などを福島県などで採取し、オートラジオグラフィーという技術を使って可視化し、画像として展示している。

 画像からは植物が吸収した放射性物質が葉脈などを通って全体に広がる様子や、ヘビやカエルなどの生物の内臓に蓄積されている様子を見ることができる。また、横浜市内の屋内に置かれていた空気清浄器のフィルターからも放射能が検出され、事故直後、広い範囲に汚染が広がった実態がうかがわれる。

 展示会を主催したギャラリーは、子育てをしている母親らに、事故のことを忘れず放射能の現実を見てもらうため企画したと語っている。展示会は31日まで開催。
 

追記:以下はNHKの再放送のお知らせです。

今年3月に放映されたNHKスペシャル「被曝の森~原発事故5年目の記録~」

が下記の日程で深夜に再放送されることになりました。

2016118()午前200分~258分(7日深夜)

http://www6.nhk.or.jp/special/program/index.html



2016-10-25 10:47 | カテゴリ:未分類

        ボブ・デランにノーベル文学賞授与を決定したノーベル委員会が、ボブ・デラン本人に連絡がつかなくて、受賞を受諾してくれるのかどうか判断に苦しんでいたが、ついに連絡を取ることを諦めたということである。しかしこれまでのノーベル文学賞では、いったんノーベル文学賞授与を決定した歴史的事実は本人の受諾の如何に関わらず残るということらしい。

 

ボブ・デランは実に芸術家としてのカリスマ性を維持する戦略に長けていると思う。彼の作品(作詞や作曲)が受け取る側からの主観で、あれこれと如何様にも解釈できることや、あれこれ解釈できる奇矯な「振る舞い」こそが彼の真骨頂なのであろうと思う。これまでの各種の受賞に関しては、生の声での「本心」はブラックボックスにして黙して決して語らない。まるで「芸術家はカリスマ性を高めるためにはこうあらねばならない」という見本みたいな振る舞いである。芸術家が自己の本心を生の声で語ると、えてしてこれまでの作品そのものが「浅薄」に見えてしまう。ボブ・デランは「沈黙は金なり」ということをよくわきまえている。

 

今は取り巻きに箝口令を敷いているが、彼が死んだらこれまでの側近はこぞって、ノーベル賞受賞に関して「あのときボブ・デランはこう言っていた」とか「ああ言っていた」とか「彼の本心はこうだった」とかの喧々諤々の議論ででひとしきりにぎわい、「虚像」がますます形成されていくのだろう。いまは本人も虚像の形成過程を外から楽しみたいのだろう。

 

最近では、黙して語らぬむっつり屋の俳優「高倉健」の場合もそうだった。彼は世間の「高倉健」という虚像に自分自身を逆に合わせていったというのが、小生にとって最も理解しやすい解釈である。

        

(森敏)

付記:ボブ・デランは小生と同じ年だが、実は小生には彼の影響を受けた自覚は全くない。ビートルズなんかも、どこがいいのかわからなかった。だから以上は、実に感性の鈍い研究者のたわごとです。でも一言書いておきたかった感想です。さきにピカソについても述べたことがあります。
   

2010/07/18 : ピカソの秘密

追記1:映画監督でタレントの北野武さんがフランス政府からレジオンドヌール勲章オフィシエを授与され、パリで叙勲式に出席している。
「受賞で力をもらった。今後新しいジャンルに挑戦したい」(東京新聞)
「恥ずかしいくらい。基本はコメデイアン。いい賞をいただければ、それだけ落差で笑いが生まれる」(朝日新聞)

との発言が紹介されている。
これは、小生にとってはすごく納得のいくコメントだと思う。つまりこれまでの「タケシ」の作品つくりのキーワードは「落差」、小生流にいわせれば 『ズッコケ』 なのである。 テレビでの彼のコメントも今のところこの観点から理解できる。 いつもどこかで斜に構えて、世の中と異なるズッコケる見方をしてみせる、のが彼の真骨頂なのであろう。賞をもらったからと言って、世の中の模範生になったら終わりである。 ボブ・デランはノーベル賞をもらったからと言ってそういうふうに模範生的に今後世界に向けていろいろな生真面目な発信を要求される雰囲気がとてもいやなのではないだろうか?

反骨の喜劇俳優チャップリンは、素直にいろいろな賞をもらっているようだ。
 
追記2:以下の顛末です。

ボブ・ディラン氏、ノーベル賞受け入れる意向

20161029 0806

ノーベル財団は28日、今年のノーベル文学賞の受賞者に選ばれたものの、沈黙を続けてきた米国の歌手ボブ・ディラン氏(75)が受賞を受け入れる意向を示した、と発表した。

 財団のホームぺージによると、ディラン氏は今週、文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーに電話し「栄誉にとても感謝する」と伝えた。

 12月に開かれる授賞式にディラン氏が出席するかどうかは決まっていないという。
  
追記3:村上春樹さんが「アンデルセン賞」を授与され現地での受賞講演が新聞に載っている。
今回はアンデルセン童話にかこつけた「影」がテーマである。
前回のイスラエルでのエルサレム賞の授賞式では「壁」がテーマで受賞のスピーチをしている。
彼の小説ではいつも「穴」が出てくる。

「影」「壁」「穴」など、受取手によって多様に解釈される語句を操るのは、ボブ・デランの「風」などに類似している。結局人生は「これだ」と言い切れない曖昧なものなんだ、というのが、あらゆる作家の到達点なのかもしれない。
 
追記4:ボブ・ディラン氏は「先約があり」ノーベル賞授賞式は「欠席する」とのことである。(11月17日)
 
追記5:どうでもいいことだが、村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」には18章にボブ・ディランの曲「ナッシュビル・スカイライン』が記述されている。この本のタイトル「風の歌を聴け」からしても、春樹は『風に吹かれて』というボブ・ディランの「詩」の影響を少なからず受けていると思われる。
 
追記6.朝日新聞に全面広告で「風に吹かれて」の訳詩が載った(12月11日)。そこでこれを一字一句以下に書き留めてみた。改めて、良い歌詞だと思った。


『風に吹かれて』
 

どれだけたくさんの道を歩き回れば
人は一人前だと呼ばれるようになるのだろう?
どれだけ多くの海を越えていけば
白い鳩は砂浜で羽を休めることができるのだろう?
どれだけ大砲の弾が撃たれれば
もう二度と撃たれないよう禁止されるようになるのだろう?
その答は、友よ、風に吹かれている
その答は風の中に舞っている

どれだけ長い歳月が経てば
山は海に削り取られてしまうのだろう?
どれだけ長く生き続ければ
虐げられた人たちは晴れて自由の身になれるのだろう?
どれだけ人は顔をそむけ続けられるのだろう?
何も見なかったふりをして
その答は、友よ、風に吹かれている
その答は風の中に舞っている

何度見上げたら
人はほんとうの空を見られるようになるのだろう?
人々が泣き叫ぶ声を聞くには
2つの耳だけでは足りないのだろうか?
どれだけ人が死んだら
あまりにも多くの人たちが死んでしまっていることに気づくのだろう?
その答は、友よ、風に吹かれている
その答は風の中に舞っている
(訳詞:中川五郎/『ザ・ベリー・ベスト・オブ・ボブ・デイラン』より)

 



2016-10-20 15:58 | カテゴリ:未分類

佐賀高校寮生 
遥かなり十五畷 と記銘されている  旧制佐賀高校生像 佐賀大学本庄キャンパスにて
  
    
        100年の歴史を持つ日本土壌肥料学会が初めて佐賀大学で年次大会を開催した。小生にとって、1960年に大学受験に受かったときに、友人の親戚の経営する武雄温泉の宿にその友人とともに泊まった時以外に佐賀県に降り立ったことがなかったように記憶する。今回の1000人ばかりの学会参加者のどなたに聞いても、「佐賀に来たのは初めてです」という方が多かった。

     

泊まったホテルに観光案内の地図が置いてなかったのにまず驚いた。学会で入手した観光地図を見てみると、佐賀市内図では佐賀城跡公園周辺内外の数箇所のほかには名所旧跡がない。お城の方向にむかっている「唐人通り」というたぶんメインストリートが閉店シャッター街みたいになっていて人通りがほんとうに少ない。タクシーの運転手に聞くと郊外にショッピングモールができて、車でそこに皆さんは買い物に行き、場合によっては土日を過ごすのだそうである。相変わらずの最近の商店街凋落のパターンである。「佐賀名物の食べ物は何ですか?」と聞くと、「サー?」と考え込んで、「有明海がさっぱりだめになって、魚介類が提供できなくなりました。唐津のほうにはイカの刺身がありますが」ということであった。さっぱり観光立県発信の意欲がなさそうだ。

     

小生は最近足腰が弱ってきたので、健康維持のためにホテルから佐賀大学まで約2キロの距離の大通りを歩いて学会会期中3日間往復した。東京に比べて車が少なくてとても空気がさわやかできれいに感じられた。朝夕の人通りも実に閑散としている。初日の小生の学会発表の翌日の午後は日本土壌肥料学会賞受賞者などの講演が延々とあったのだが、会場の冷房が効きすぎて寒い上に、ひざ下からつま先までの足がしびれて「つる」ような感じがしてきたので、エコノミー症候群を恐れて、不謹慎とは思いながら早々に会場を出た。

     

外は暑い日ざしで、観光地図を見ながら、旧佐賀城に向かって歩いた。佐賀城内エリアには、佐賀城本丸歴史館、大隈記念館、徴古館、県立博物館、県立美術館があり、これらを早足で見学した。佐賀城本丸歴史館ではボランテイアの方が、30分でお願いしますとお願いしたのだが、流れるような説明で約1時間にわたって懇切丁寧な江戸時代の藩主鍋島家や長崎の出島に出入りしたシーボルトに関する話を歩きながらしてくれた。

      

別れ際に「ところで唐津の農民作家の山下惣一さんは「佐賀では出る杭は打たれる」とおっしゃっているそうですが、佐賀の県民性についてどう思われますか?」と聞いてみた。少し困った様子だったが、しばらく考えて「そうですね、佐賀の人は、人より先に前に出ずに、少し様子を見てから動き出すところがあるかもしれませんね」という実に慎重な応答だった。

      

次に訪れた「県立美術館」では古賀忠雄氏のすばらしい塑像や、洋画家岡田三郎助の人物画数点を初めてみた。見ていて非常にしっくりきたので、この岡田三郎助をより詳しく知りたいと思った。美術館出口のみやげ物店に佐賀偉人伝シリーズとして、鍋島直正、大隈重信、岡田三郎助、江藤新平,辰野金吾、平山醇左衛門、島義勇、大木喬任、佐野常民、納富介次郎、草葉川、副島種臣などの伝記がずらりと並べられていた。そこで岡田三郎助の伝記(松本誠一著)を購入した(電子書籍でも購入できるようである)。ホテルに帰って読んだら岡田三郎助は藤島武二、竹内栖鳳、横山大観とともに第一回文化勲章を受章しており、主として美人画の権威であることがわかり、これまであまり興味がなかった美人画の見方を多少教わった気がした。

      

佐賀県民が推薦すると思われる上記の人物のうち、小生が知っていた歴史上の人物は大隈重信、江藤新平、大木喬任、辰野金吾のみであり、実に己の不勉強を改めて知らされた。

      

次に、早稲田大学の創始者である大隈重信を記念する「大隈記念館」を訪れた。隣の大隈侯の生家の屋根が葦(よし)で葺き替えられている最中であった。

      

時代は人がつくる

人は学んでつくられる

絶えず学んで、絶えず行動せよ。

      

君たちも必ず失敗することがある。

打ちのめされても落ち込むな。

その失敗こそが大切なんだ。

      

世の中に価値のない人間などいない。

      

施したものに報いを求めるな!

施しを受けた恩を忘れるな!

      

という、大隈侯の生前の言葉が書かれた額縁などがあり、講演の録音が室内に流されていた。これらの言葉は早稲田大学の卒業生には「校是」として常識なんだろうと思われるが、改めて激動の明治維新をたくましく生き抜いてきた大隈侯の実体験からくる言葉と胸に重く受とめることができた。奇しくもこの2階には岡田三郎助が描いた凛とした黒を基調とした「大隈侯婦人像」(90cm x 60cm)が飾られていた。+

       

さてそこで本題に戻るのだが、佐賀県の短い滞在の中で、「小生の中で『なぜ佐賀県は印象が薄いのか』」について、ずっと考えていた。上記の人物たちの中で小生が一番詳しく知っているのは司馬遼太郎が描く江藤新平である。明治維新のフランス民法の立役者である江藤新平は、今ではその詳しい内容は忘れたが、明治政府から下野し、維新改革についていけなかった下級武士の代弁者として佐賀の乱を組織するが、なぜか大久保利通の徹底的な追跡であちこちを敗走したあげく土佐で捕獲されて、無残にも「さらし首の刑」を受けた。一方、大隈重信(総理大臣2)や大木喬任(第一回文部卿)などは、人物育成など文教行政に多大な貢献をした人物として名を成している。
         
  この江藤新平と大隈重信の違いはどこから来たのだろうか。私見では、明治維新改革直後での舵(かじ)取りの危うい明治政府創設期には、江藤新平のような「出る杭(くい)」は、大久保利通にとって、とても厄介で、類似の不満分子の蜂起が全国に髣髴として起こることを警戒して、徹底的に打ちのめさなければならない見せしめの対象であったに違いない。
        
  佐賀県民はこのことを骨の髄まで知っているのかもしれない-このことがすなわち「出る杭になるな」、という県民性に影響したのではないだろうか? などと勝手な妄想をしてみた。(こんな仮説をとなえるとたぶん数多(あまた)の反論がきて、袋叩きに会うに違いないのだが。。。)

              

帰りの佐賀空港では、いまや有明海の希少資源になりつつある「むつごろう」2匹の甘露煮(500円)を2袋、孫のお土産に買った。

           


(森敏)
追記:世界気球大会 が10月28日から11月6日まで佐賀で開催されている。多くのスポンサー企業が付いているようだ。強風で本日(11月1日)は中止だとか。地元では一年かけて準備してきた行事だから成功を祈りたい。「唐人通り」にこの気球関連の事務所があったのを覚えている。
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