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2020-12-03 11:57 | カテゴリ:未分類

 
立命館孔子学院
立命館大学の孔子学院(読者からの提供)
       
  以下はマイナーな月刊誌(「選択2月号99ページ)に載った、小さな記事の無断転載である。インタ―ネット上では、世界中の「孔子学院」のスパイ活動は公然と流布されているのだが、日本のマスコミは一切取り上げていない。やっと日本でも、工学院大学で孔子学院の廃止が決定し、その流れが他大学にも普及し始めたようだ。過去20年間にわたって、日本の大学が安易に「孔子学院」を学内に導入してきた件は、如何に日本の大学人の中国研究者たちが、中国共産党によって思想的に武装解除(洗脳)されてきたかの象徴であろう。

 

 小生の知人の一人は、20年間中国にぞっこん入れ込んで共同研究をやってきたのだが、やがて中国共産党や中国人研究者そのものに何回も裏切られて、ついにバッサリと関係を断ち、「俺はお人よしだった」と今では完全な嫌中派になっている。
  
  もう一人の知人は、「いや、中国とは仲良くしなければいけませんよ」と今も蒙昧から抜けないでいる。死ぬまで抜けないだろう。中国共産党からの知識人工作が完全に成功した「親中派」の例である。

      

   

工学院大学が「孔子学院」国内初の閉鎖 他大学も追従で「一掃」の可能性

    

中国が中国語や中国文化の普及のためと称して、世界各国に展開している「孔子学院」を閉鎖する動きが欧米で広がる中、日本でも同様の動きが出始めた。

このほど、工学院大学(東京都新宿区)が学内に設置された孔子学院の閉鎖を決めたのだ。日本に孔子学院が上陸したのは2005年。第一号が立命館大学に開設され、愛知大学、早稲田大学など15大学に設置された。

工学院大学では08年に設置されたが、活動内容について学内でも批判が強く、諸外国の動向などを踏まえ決定した。早稲田大学、立命館大などでも、閉鎖を求める声が学内や卒業生から上がっており、廃止を検討している模様。今後、日本の大学から孔子学院が一掃される可能性が出ている。

孔子学院は英国の「ブリテイッシュカウンシル」などを模した組織だが、中国共産党の対外工作部門が資金を負担し、各国の大学内に別科などの形で開設するのが特徴で、全世界約600か所にある。多くの場合、文化活動以外に、諜報活動や世論工作、在留中国人の監視などをしている実態が、徐々に明らかになっている。 (選択 12月号)

(森敏)
付記:以下に、放射線像の u-tube 継続しております。ご笑覧ください。
・ https://www.youtube.com/channel/UCoxOKSbRGkZSNR7no2-7U9g

2020-11-28 09:29 | カテゴリ:未分類

  遅まきながら年初に出版されていた『東京、はじまる』門井慶喜(文芸春秋刊)を読んだ。この著者が宮沢賢治の父を描いた「銀河鉄道の父」で直木賞を取ったのを読んでいたので、注目している作家だからである。

     

  この本は日本人としての建築学の創始者「辰野金吾」の伝記である。彼は、我々には ”白い腰巻を巻いたデザイン”の東京駅の建築家として有名である。読みながら時々の、司馬遼太郎流の大仰な文体がいささか鼻についたのだが、全体として非常に読みやすかった。

     

  読んでいて、本筋からは外れるのだが、小生には2つのことがわかって面白かった。その一つは、東大農芸化学の大先輩である鈴木梅太郎の奥さんが、辰野金吾の長女「須磨子」であることを知ったことである。これは知らなかった。昔鈴木梅太郎の伝記を読んだ時には、オリザニン(ビタミンB1)の発見の過程にしか興味がなかった。浜松の砂丘地の鈴木梅太郎の実家も見学に訪れたことがあるが、梅太郎が学問をしたくて農家から青雲の志を抱いて東京に「家出した」という史実しか覚えていない。「須磨子」と梅太郎の結婚は、辰野金吾も鈴木梅太郎も在学中の成績が一番であって、特待生として国からの外国留学を許されたという、超エリート学者階層の血縁関係の構築であったということらしい。

      

  その二つ目は、辰野金吾の死因が1918-1919年に日本に襲来した「スペイン風邪」であったという史実である。このことは小生より一世代前の人たちには常識らしいが、小生には、あっと驚き、だった。そこで少し調べてみた。

     

  スペイン風邪の死者は最終的にざっと、
アメリカで55万人、
イギリスで20万人、
インドで1250万人、
ということである。
日本人では最盛期には毎日200人以上の死者が出ており日本全体で約39万人死亡したということである。
世界全体の死亡者数は1700万人から1億人と極めてあいまいである。
スペインかぜの病原体は、鳥インフルエンザウイルスの変異株である
A型インフルエンザウイルスH1N1亜型)であると確定している。

        

  一方、現在進行形の中共ウイルス(COVID-19)ではこの原稿を書いた11月25日現在で、

アメリカの死者が257,514人、

イギリスの死者が55,327人、

全世界での死者が140万人、であるから、世界規模ではまだまだスペイン風邪の死亡者数の10分の一にも達していない。
  
       死者数が少ないのは近代医療の成果なのかもしれないが、これからどこまで行くのか空恐ろしい。感染するかどうか、感染して重症化するかどうか、重症化して死に至るかどうか、などの各律速段階に関わる遺伝子は、その個人が人類進化の過程で獲得した遺伝子の中に中共ウイルスに抵抗性である遺伝子があるかどうかや、その遺伝子に変異があるかどうかなどなど、にかかっている。まさにこの方面の研究は現在進行形で花形の研究である。

  辰野金吾の時代には感染症の概念が希薄であったので、警戒心が比較的薄く彼の死の床には、あらゆる政・財・官・民・学・界の建築関係者が駆けつけてきたようである。家族の感染があったかどうかは書かれていないのでわからないが、彼だけが感染死したようである。よほど運が悪かったんですね。
  
 
(森敏)


2020-10-02 16:05 | カテゴリ:未分類

      
  学術研究者がかくも侮辱的に抹殺されるとは!
    
  今回、以下の記事に掲載されているように、学術会議から学術会議会員として推薦されて、菅首相から、これまでの全員採択の慣例を破り、任命を却下された学者たち6名は、人文社会科学系の研究者達ばかりです。
    
       学術会議が会員を推薦するときには彼らの業績について当人に対して、事細かな研究目録と業績内容を要求しています。内閣官房に彼らの業績を評価できる人材はひとりもいないでしょう。推薦された人材は間違いなくその学問の世界の一流の人材だからです。
   
  6名却下の本心はただ単に「曲学阿世」という、イデオロギー的に気にくわない奴だという政治的な理由からだけでしょう。これは菅首相によるあまりにも軽率なふるまいとしか言いようがありません。

     
  日本の研究者数はこの10年で70万人(うち大学等の研究者は18万人)から65万人(うち大学等の研究者は14万人)に漸減(近年は横ばい)しているそうです。今回のような内閣が人事に辣腕をふるっても、ただ単に日本の研究者集団が与党の票にはならないからいいんんだ、と思ってるんでしょうかね。
      
  こんなふうに思想的に視野狭窄で、菅内閣はやっていけるんですかね。日本中の多くの知識人に嫌悪感を抱かせて。
  
  小生は、中共コロナウイルス隠ぺい以来、習近平がいいたい放題やりたい放題をやって世界に猛反発を食らっている事態を近未来の菅内閣に予感します。
  
 日本学術会議の年間予算はたった10億4,896万円(2020年度)!

 
     小生は学術会議「会員」(約200名)ではなく、過去の6年間学術会議の「連携会員」(約2000名)でしたが、ほとんど手弁当でした。年間4万円ぐらいの給料であったと思います。「会員」の給与も年間20万円ぐらいものでしょう。会員や連携会員はボランテイア活動そのものです。小生は10年前の東電福島第一原発による放射能汚染問題では、結構いろいろ学術会議では働かせられ、学術会議主催の公開討論会のパネラーとして講演したり「土壌科学部会」からのタイムリーな「提言」の提出にも貢献させられました。

  学術会議からは、毎年様々な重要な
提言がなされて、それがつまみ食い的に行政官僚に採択されて、国家予算編成などに反映されています。つまり学術会議は国や地方自治体の官僚の重要な「シンクタンク」でもあるのです。日本の学者達はきわめて地味なので、そのことが、あまりに国民に知らされていないことが、問題ではあるのですが。マスコミ界に派手に登場している民間のシンクタンクの人物たちは、実は結構学術会議の様々な「提言」を参考にしているのです。
   
  それでいて今回のことで、学術会議を「左翼の巣窟」「中国のスパイ網」などと全く誤った見解を流布してインターネット上で学者たたきをして、悦に入っている人物(ネトウヨと呼ぶらしい)のなんと多いことか。
   

         

  中共コロナで民心がざわついているときに、菅首相は、なんでこんなことでわざわざ中央官界から「乱」を起こす種をまいたのだろうか? 弱い者いじめの「菅」は案外小物かも。

  「お騒がせしてすみませんでした」とさっさと撤回したら? 早ければ早いほど傷口が広がらないだろうに。
          
  今回のような法律に強い学者を相手にすれば、菅首相が居直れば居直るほど傷口が広がるだろう。
    
  最後は裁判沙汰になっていくかもしれない。

        
      
         

今回は重要事項なので、以下に NHK NEWS WEBからの全文転載です。

   

日本学術会議会員の一部候補の任命を菅首相が見送り

2020101 2101
    

「日本学術会議」の新たな会員について、加藤官房長官は、午前の記者会見で、会議側が推薦した候補の一部の任命を、菅総理大臣が見送ったことを明らかにしたうえで、これまでと同様に法律に基づいて手続きを行ったと説明しました。一方、学術会議が推薦した人が任命されなかった例はないということで一部の当事者は、撤回を求める要請書を提出しました。

 

加藤官房長官は、日本の科学者の代表機関として国が設けている「日本学術会議」の新たな会員について、「日本学術会議の推薦に基づいて、総理大臣が任命する仕組みになっている。831日に会議から会員候補推薦書が総理大臣に提出され、きょう、99人の任命を行った」と述べました。

そして、今の仕組みとなった平成16年度以降初めて、菅総理大臣が、会議側が推薦した候補の一部の任命を見送ったことを明らかにしました。

そのうえで、これまでと同様に法律に基づいて手続きを行ったと説明し、「これまでは、推薦された人をそのまま認めていたが、今回は、そうではなかったという結果の違いであり、対応してきた姿勢が変わるものではない」と述べました。

一方、加藤官房長官は、記者団が、「菅総理大臣の政治判断だとすれば、学問の自由の侵害にあたるのではないか」などと質問したのに対し、「会員の人事などを通じて、一定の監督権を行使することは法律上可能になっている。直ちに学問の自由の侵害にはつながらないと考えている」と述べました。
 

「しっかりと精査するのは当然」
    

また、加藤官房長官は、午後の記者会見で、会員を任命する基準について「専門領域での業績にとらわれない広い視野に立って、総合的、ふかん的に科学の向上と発展を図り、行政や産業、国民生活に科学を反映、浸透させることを実行していただくという観点から考えていく。任命する立場に立って、しっかりと精査していくのは当然のことだ」と述べました。

一方、今回、会議側が推薦した候補の一部の任命を見送ったことについて「お一人お一人がなぜそうなのかということは、これまでも、いろいろなことがあったと思うが、具体的なコメントはしていない」と述べました。

また、記者団が「日本学術会議の独立性に問題はないのか」と質問したのに対し、「あくまで、総理大臣の所轄に関わるものであり、任命についての仕組みもあるので、それにのっとって対応している」と述べました。
 

学術会議委員の任命手続き

 

日本学術会議の会員は、日本学術会議法という法律によって、任命の手続きが定められています。

この中では、「日本学術会議は規定に定めるところにより、優れた研究または業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣総理大臣に推薦するものとする」と推薦の手順を定めています。

そして、「推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」としています。

任期は6年として、3年ごとに半数を任命することも合わせて決められています。
この法律は平成16年度に改正され、現在の手続になっています。
    

一部当事者が撤回求める要請書 
    

日本学術会議の新しい会員について、総理大臣が、推薦された105人のうち6人を任命しなかったことについて、学術会議が推薦した人が任命されなかった例はないということで、一部の当事者は撤回を求める要請書を提出しました。

日本学術会議は総理大臣のもと、政府から独立して政策の提言などを行う日本の科学者を代表する機関です。

3
年に1度、会員の半数を新たに決めるため、学術会議が推薦し、総理大臣が任命することになっていて、日本学術会議によりますと、1日付けで任命する新しい会員として、105人の候補を推薦するリストを提出しましたが、6人が任命されなかったということです。

推薦した人が任命されなかった例は平成16年度に今の制度になって以降、ないということです。

任命されなかった6人のうち東京慈恵会医科大学の小澤隆一教授と早稲田大学の岡田正則教授、それに、立命館大学の松宮孝明教授の3人は連名で会長に宛てて、「研究活動の評価に基づく任命拒否であれば憲法が保障する学問の自由の重大な侵害です。また、学術会議の地位や独立性は、会員の任命が総理大臣の意のままになれば深刻に侵されます。任命拒否の撤回に向けて会議の総力を挙げてあたることを求めます」とした要請書を提出しました。

1
日、新たに会長に選出された東京大学の梶田隆章さんは記者の質問に対して「重要な問題なのでしっかりと対応する必要があると考えている」と話しています。
  

任命されなかった候補の人たちは  
   

日本学術会議の新しい会員に任命されなかった東京慈恵会医科大学教授の小澤隆一氏がNHKの取材に応じ「日本学術会議は科学の振興などについて政府に勧告できるため、独立性が担保されなければならないが、総理大臣が会員を恣意的(しいてき)に任命できれば、会議そのものの地位や独立性、権限が損なわれてしまう。会員の任命拒否は大変大きな問題だと受け止めている」と述べました。

そのうえで小澤教授は、平成277月の衆議院特別委員会の中央公聴会で安全保障関連法案について反対する意見を述べたとしたうえで、「学術の立場から意見を述べたが、これが任命拒否につながったのであれば、研究活動についての侵害であり、日本学術会議の存立自体を脅かすものだ。今回の任命拒否は官邸による人事への介入が、独立性が担保されるべき学問にまで及んだということだ。政府に都合の悪い人たちを総理大臣の意のままに排除すれば国がとんでもない方向に進んでしまう」と述べました。

また、同じく新しい会員に任命されなかった立命館大学大学院の松宮孝明教授は、「おととい、日本学術会議の事務局長から、総理大臣の任命名簿に『名前がない』という話があり、大変な騒ぎになった。政府の意向次第で本来に踏み込んではいけないところに踏み込めることを示した形になり、非常にゆゆしき事態だ」と述べました。

刑法が専門の松宮教授は、3年前の平成296月に「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐって参議院法務委員会で行われた参考人質疑で法案を批判していました。

松宮教授は「日本学術会議法では、会議が優れた研究や学問の業績に基づいて推薦した人を総理大臣が任命する決まりになっていて、任命は本来、機械的に行われるものだ。総理大臣は学問の研究者ではないので、推薦の基準を満たしているか、会員にふさわしいかどうかは分からないはずだ。『嫌だから任命しない』というのであれば法律違反だ」と述べ、今回の対応を批判しました。

東京大学大学院の加藤陽子教授はNHKの取材に対し、「当方が任命に至らなかったことは事実です。担当の内閣府の側もまさに寝耳に水のことだと思います」などとメールで回答しました。

メールには「内閣総理大臣が学術会議の決定を経た推薦名簿の一部を拒否するという、前例のない決定の背景を説明できる協議文書や決裁文書は存在しているのでしょうか。この決定の経緯を知りたいと思います。有識者として、有識者懇談会から公文書管理法の成立までを見届けた人間として、この異例の決定の経緯に注視したいのです」と記されています。

そして「新会員の推薦は極めて早くから準備がなされ、内閣府から総理大臣官邸には今年8月末に新規就任予定者の名簿と写真があがっていたはずです。それを1か月間もの間、店ざらしにして、新しい学術会議が発足する2日前、929日夕刻に連絡をしてくるというのは、学術会議会員の、国民から負託された任務の円滑な遂行を妨害することにほかならないと思います。総理大臣官邸において従来通り、そのまま承認しようとの動きをもし最終盤の確認段階で止めた政治主体がいるのだとすれば、それは、『任命』に関して、裁量権の範囲を超えたものです」と批判しています。
  

「外した理由開示を」立民 安住国対委員長

立憲民主党の安住国会対策委員長は、記者団に対し「異例なことだと思う。特定の人間を外した理由を開示してもらいたい。日本学術会議の会員を選ぶ際に、過去に政府が提出した法案に対する賛否を参考にするような、政治的意図を持っていたとすれば看過できないので徹底的に国会で追及する」と述べました。
  

共産 志位委員長「学問の自由を脅かす違憲の行為」

共産党の志位委員長は、記者会見で「日本学術会議は、1949年の発足以来、日本学術会議法に基づき、高度な独立性が大原則で、任命拒否は違法だ。憲法23条の学問の自由を脅かす違憲の行為だ。菅総理大臣に対して、違憲で違法な任命拒否を直ちに撤回するよう強く求めたい。野党で共闘して追及していく」と述べました。

  

  
(森敏)
   

      
追記1:以下に、早くも反対声明が出た。これからも続々と出てくるだろう。
   

任命拒否「歴史に汚点」=日本私大教連が緊急声明学術会議

 

2020/10/03 14:28

 菅義偉首相が日本学術会議の会員候補6人を任命しなかった問題で、私立大や短期大の教職員組合で構成する日本私大教連は3日、「歴史に残る汚点」などとして撤回を要求する緊急声明を公表した。

 声明では、学術会議が推薦した会員候補がそのまま任命されることは国会審議の政府答弁でも明言されていたと指摘。今回、任命されなかった候補は共謀罪法案や安全保障法制に批判を行った人が含まれているとした上で、「政治的な判断で任命されれば、学術会議は政府の御用機関となる」と懸念を示した。 

   
追記2: 梶田隆章学術会議新会長は就任早々荒波の船出だ。頑張ってください。

        
学術会議、首相に要望書 6人任命と説明求める

 共同通信社

2020/10/03 19:45

東京都内で開かれた日本学術会議の幹事会。新会員候補人事問題で、菅首相に対し6人の任命と説明を求める要望書を決定した。左端は梶田隆章会長=3日午後

 日本学術会議(梶田隆章会長)は3日、新会員候補6人の任命を拒否した菅義偉首相に対し、理由の説明と6人の任命を求める要望書を幹事会で決定し、内閣府に送付した。極めて異例の対応。梶田氏は幹事会後、記者団に「質問して、しっかり理由を理解したい」と述べた。

 菅首相宛ての要望書は、学術会議が推薦した会員候補者が任命されない理由の説明と、任命されていない人の速やかな任命を求めている。2日午前の総会で梶田氏が提案し、大枠で合意が得られたが、文言の修正などの議論が続いていた。





2020-09-08 21:16 | カテゴリ:未分類

 

小生は、長編小説などは集中力がなくなってきて読みたくなくなってきた。最新の芥川賞受賞作家2人の作品も文芸春秋に載っている中編小説だが、冒頭から読み始めて苦痛ですぐ投げ出してしまった。一方、直木賞受賞作家の「少年と犬」は5編の短編の連作なのだが、その内の3篇だけが載っている「オール読物」をわざわざ買ってよんだ。それぞれ区切りがよくて、犬好きの小生は所々で涙腺がウルウルしながら最後まで読んだ。各編で最初の書き出しからの「つかみ」が絶妙なのである。

  

先日「随想 森鴎外」小塩節 (おしおたかし)という本の宣伝が新聞の第一面の隅に載っていたので、さっそく図書館に購読を注文したら、なんと1週間で入手できた。新刊本はいつも注文して文京区として1冊しか購入しないことが多く、順番が回ってくるまでに下手すると半年はかかる。しかし今回は、文京区が文豪森鴎外の「鴎外記念館」を有するがゆえか、文京区のあちこちの図書館がそれぞれ購入したのですぐ小生にも順番が回ってきたものと思われた。本の第一刷が81日である。文京区本郷図書館の購入日が813日の印が押されていた。役人の仕事としては実に迅速といえよう。

 

著者が本の題名を“随筆”ではなく“随想” としたのは、たぶん起承転結と構えた長文ではなく、“こころに浮かぶうたかた”を前後の脈略を無視して記しものだろうと思った。よんだらその通りだった。読者としては、著者の連想のながれに乗ればいいのでとても読みやすかった。2時間で読み切ってしまった。わずか175ページだがハードカバーの本である。Wikipediaで小塩氏の著作集を見ると、『春近く 随想集』女子パウロ会 (1976)というのがあった。この先生は若い時から「随想」という言葉がきっと好きなんだろうなと思ったことである。)

 

本の「あとがき」によれば、著者の小塩氏は1931年の生まれで現在3年間にわたる病臥生活をしながらの執筆だったそうである。それゆえなのか、全体の印象としては、ドイツ語学の大家である著者がドイツでの生活を森鴎外の留学時代に託して懐かしく回想しているふうに小生には思われた。小生は教養学部時代には第2外国語でドイツ語を学んだが、ドイツ語は全くものにならなかった。苦痛で仕方がなかった。

 

以下、いくつか小生が知らなかった森鴎外の逸話が語られていた。それらに対する小生の雑感です。
    

1. 森鴎外は幼少時に水清き津和野から母と一緒に東京に出てくるが、死ぬまで一度も津和野に帰らなかった。その理由の一つとして、津和野が「隠れキリシタン」の流刑の地であり、その囚人たちに対する過酷な扱いを見て、郷里が嫌になったのではないか、また、鴎外はキリスト教に関しては生涯語らなかった、と述べられている(著者の小塩氏はクリスチャンらしいので、その点は気になって仕方がなかったようである)。昔のことだが小生は学会のエキスカーションのときに津和野を訪れて、森鴎外の自宅の彼がいた居室などを見学して感慨にふけったものである。近くの鴎外の師である西周(にしあまね)宅も見学した。
 

2. 森鴎外の「舞姫」のモデルになった、ドイツ留学中の恋人エリーゼ・ヴィーゲルトに関しては諸説紛々だと思っていたのだが、関連資料をあさってうまく整理されて紹介されている。鴎外は4年間のドイツ留学ののち上司陸軍総監「石黒忠のり」とともに横浜に向けて帰国の船上にあったが、この恋人のことを上司に打ち明ける。石黒は驚愕する。実はエリーゼもその鴎外を追いかけて、二週間後に1等船室での船旅で横浜港に着いた(どうやらこの旅費は鴎外が自分の給与から渡していたらしい)。しかし、石黒をはじめとする軍部や鴎外の母の猛烈な反対で親類・友人・陸軍関係者が奔走して、エリーゼは横浜のホテルに3週間かんづめにされ、ついに鴎外とは一度も会えずに、説得されてドイツに安い帰国経路の切符を渡されて、追い返されてしまう。
 しかし実はその後も鴎外は彼女とはずっと文通を続けていたとのこと。なんたる秘めたる恋心。それがためか鴎外は母の勧めで(徹底的な母親コンプレックス!)、気が進まぬ結婚をさせられて2年後に離婚してしまう。一方、帰国後エリーゼは2年後に結婚し、第一次世界大戦のベルリンの猛火のさなかを生き延びた、腕の太いたくましいドイツ女であった、とのこと。小説「舞姫」ではエリーゼが精神錯乱に落ちいったところで終わっていたと思う。
  

3. 鴎外は死ぬまでずっと肺結核であったが「萎縮腎」のみを世間的には公表していた。軍医が病気じゃ立場がないと思ったのだろう。娘の茉莉と杏奴とはくちづけせず、また、させなかった。鴎外の笑った写真は見たことがない。肺結核を隠し続けたことは、ひげを生やした少し鬱屈した“陰りのある顔つき”が世の中に残されているゆえんかもしれない。
  

4. 鴎外は、陸軍軍医総監医務局長として、当時長く続く国民病であった兵士の「脚気」の原因究明を任された。しかし鴎外はドイツ留学時に細菌学の実技を学んだロベルト・コッホの影響が強すぎてか「病原菌説」に固執した。陸軍兵士の主食を白米から麦由来のパンに切り替えなかったため大陸への出征兵士を戦闘以前に大量に脚気で死なせたともいわれている。一方、若い時にロンドン留学時にセントトーマス病院付属医学校で学んだ海軍軍医総監である高木兼憲は、疫学的観点から白米食とムギ飯食の比較試験を行い、海軍兵士の食事をパンかムギ食として海軍兵士の脚気を激減させた。鴎外は実学的に大失態を演じたのである。
 この本で小塩氏は、脚気の原因物質が米ぬかにあることを発見してノーベル賞を受賞したフンクを紹介している(ノーベル賞は実はアイクマン)。しかし小生は農芸化学者として「オリザニン」と名付けた、のちの真のビタミンB1を最初に米ぬかから精製結晶化させたのは大先輩鈴木梅太郎であることが紹介されていないことを非常に残念に思う。この間の学問的な熾烈な背景は鈴木梅太郎の回想録に詳しい。(付記参照)
 

5. 総じて小塩先生は森鴎外の業績として、小説などよりもドイツ語の語学力を高く高く評価している。外国語を日本語に翻訳するに際して幼少時から漢籍に通じた鴎外の翻訳の訳業の人知れぬ労苦が、ドイツ語学の大家である小塩先生からは、嫌というほど透けて見えるのであろう。
 
  
(森敏)

付記:鴎外に関してはこれまで以下のブログを書きました。


   

以下の鈴木梅太郎のうめきをお読みください。ダブルクリックしたら現れます。
  

「ビタミン研究の回顧」 鈴木梅太郎著 に感動した


2020-08-26 12:05 | カテゴリ:未分類

近所の本屋に入ったら、入ってすぐの平積みの台に、今回の直木賞受賞作家馳星周や村上春樹の単行本のそばに、なんとジョージ・オーウェルの小説『1984年』の単行本が山積みされていた。なぜこの時期にこんな古い時代の本の読書需要があるのだろうか? とちょっと不思議だった。

  

この小説『1984年』は小生が高校生の時に、小説の核心部分を英語の短文で読まされたことがある。「こんなバカな監視社会が来るものか!!」 と思ったが、その後、共産主義国ソビエト連邦がそのまさにその実践国であり「モノ言えば唇寒し」親兄弟姉妹相互の監視社会であることを、学んだ。実際に訪問した東ベルリンではその雰囲気をひしひしと実感した。その後、1989年のベルリンの壁崩壊で、そんな国が内部崩壊して消えたと思った。ところが、ポスト毛沢東の中国では、鄧小平の号令の下、猛然と「資本主義的社会主義化」と称する近代化が進み、電子テクノロジー化によって、先日のこのwinepブログでも書いたように、完全なin situ (現場)人物同定監視社会」を中国は作り上げてしまった。

  ある意味でこれは、人間精神を相互に絞り上げる、きわめて完成した「超公理系の国家」である。近代科学の効率を極めるとこうなるのだろう、という壮大な実験国家となってしまった。ジョージ・オーウェルもビックリだろう。

 

本屋から、家に帰って、東京新聞の夕刊を眺めていたら、以下の北京駐在の坪井千隼記者による囲い記事があった。

  

この記者はこの記事で、今更ながら中国の監視社会の怖さを伝えてくれているが、今後とも彼の中国駐在中は徹底的な監視が続くと覚悟すべきであろう。反中国共産党的な記事が彼によって何篇か続くことになると、ある日突然、当局の諜報員に拉致されたり、国外追放されたりするだろう。

 

危険な仕事だが、それまで頑張ってもらいたい。外国人記者によってしか真の情報が世界に発信されなくなることは、ソビエト連邦の長い歴史が証明している。一見技術革新が進んで、アメリカに先んじて宇宙飛行まで行った1960年代のソビエト連邦のもとでは、政治犯のシベリアの「ラーゲリ」送りなどの殺人的人権侵害はもとより、惨憺たるたる国内公害が発生していた実情が、情報統制のために世界にはほとんど知られてこなかったのである。

 

中国は、いま、まさにその轍をさらに加速して走っている。このままいくと、いずれは、外国のマスコミの特派員は全部国外放逐されて、中国は鎖国国家となり、中国共産党はアナグマとなるだろう。世界の人々は中国国内の鮮度の高い正確な情報を何ら得られなくなることだろう。

  そうなると、中共と反中共連合のデカップリングの完成である。

 

歴史は繰り返す。
  中共が内部崩壊するか。
  中共による監視社会が科学技術で世界を制覇するか。
  中共と反中共連合の冷戦(中共の言う「超限戦」)がついに実弾による熱戦になり、原水爆で世界が破局に至るか。 
   
  話を戻すが、本屋での小説『1984』の山積みは、今更ながらではあるが、日本人が本能的に、本気で、現在進行形の中国の監視社会に対して、警戒心を急速に膨らませているということなのかもしれない。

         

           

中国・北戴河  監視社会の怖さ痛感

20208251600分 中日新聞

 

 中国有数の避暑地、河北省北戴河を今月上旬に訪ねた。毎年この時期に中国共産党の指導部と長老が集まる重要会議の開催地で厳重な警備が敷かれていた。

 下車した最寄りの駅で、求められるままにパスポートを提示。記者だと分かると、訪問目的や帰りの電車の時刻など詳しく聞かれ、顔写真まで撮られた。

 解放後に散策した海辺や街中は観光客であふれていた。夕方に人混みの中で警察官に呼び止められ、近くの店に連れて行かれた。店内には駅で会った警察官ら五人。そして告げられた。「帰りの電車の時刻は過ぎている。なぜいるのか」

 冷や汗が流れた。うっかりしたのは事実だが、「私のいる場所がなぜ分かったのか。ずっと監視していたのか」。聞いても返事はなかった。

 タクシーに何度も乗っており、尾行の気配は感じなかった。監視カメラと顔認証システムで、追跡されていたのかもしれない。中国は監視カメラ大国で、指名手配犯の追跡にも威力を発揮している。それは、政府に批判的な人間や記者も容易に監視できるということ。監視社会の怖さを痛感した。 (坪井千隼)

 

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