2015-04-08 08:12 | カテゴリ:未分類

ある飯館村民から、東京及び全国の人々へのメッセージ

                            201545

 

東電福島原発事故周辺地への「帰還」なるものが政府によって進められようとしている。

事故直後の安全宣言で2ヵ月半も高濃度被曝をさせられてしまった飯舘村は、その最たる被害地である。

その飯舘村にも「来年春帰村」という方針が出された。

 

ご存知のように村内は未だに毎時210マイクロシーベルトであり、計測器の針が振り切れるホットスポットが随所にある。仮に低い数値をとっても毎時2マイクロなら、年間被曝量は11ミリシーベルト(10時間屋外、14時間屋内として)に達する。しかもこれは外部被曝だけであり、吸入等による内部被曝は含まれていない。

 

加えて村民は当初最大毎時120マイクロシーベルト(315日)の高線量下に避難しないままに曝されており、これを2ヵ月半で試算すれば約151ミリシーベルトの外部被曝となり、これに著しい内部被曝が加わることになる。
 

なぜ著しいかと言えば、当時の文科省調査で飯舘村の雑草からセシウム合計265万ベクレル/kg、ヨウ素256万ベクレル/kgが検出されており、水道水からもヨウ素約1,120ベクレル/kgが計測され、にも拘らず「庭の野菜も水もどんどん飲食して大丈夫」という「学者」による公式宣伝がされていたからである。そしてその後、飯館村民には「希望者にはホールボディーカウンター検査」が云われても、未だに血液や尿検査はまったく行われていないのだ。

  

とにかく原発を再び動かしたい、輸出もしたい、そのために事故の被害はなかったことにしたい。その意図は実に鮮明であり、住民のいのち、生物のいのち、子々孫々への影響などはまったく忖度しようとしていないのだ。この構図の中では、明らかな加害者である東電の責任は問われない、いや問うてはならないのである。
 

被害を消し去る。その動きはますます顕著となっていく。その一つが、年20ミリ〜100ミリシーベルトなら安全という公的宣伝活動だ。だから20ミリで帰還となる。だがこれは政府による放射線防護法(年1ミリシーベルト以下に規制)への公然たる違反であることを忘れてはならない。政府自らが国法を破り、自らアウトローとなったという事態であることも忘れてはならない。このクニはそこまで来ている、これが偽らざる現実なのだ。

  

以下、或る飯館村民からのメッセージである。

 

何故、そうしたいのか。(註:早期帰村や線量規制違反などのこと)

 

多くの人々が「金だけ」「今だけ」「自分だけ」で生きているうちに、早くこのことを終わりにしたいのですね。
 

何故私たちは20114月「危険で住めない地域」と国から指定されたのですか?何故こんなふうに故郷を追い出され、家族や地域の方々とも離され、自由に話すことも、知人の住所もわからないままで暮らしているのですか?
 

真実と平和とそして安心・安全な暮らしを返せ!健康を返せ!村に生きてきた動植物の命を返せ!

 

何故東京電力と政府はこのことの責任を取らないのか!

《嘘》、《隠す》、《ごまかし》をやめて下さい。

あなた方と私たちは同じ人間です。

私たちが何か悪いことをしましたか?

私たちはただ、東京に電気を送り、あなた方が金儲けできるよう土地を売っただけではありませんか。

東京都民の皆さん、全国の皆さん、これまで私たちはそちらに電気を送り続けてきました。

でも、こんな危ないこと、取り返しのつかないことは、もう終わりにしましょう。

 

原発はもうやめましょう。

そして私たちがこれから人として生きていけるために、ぜひ私たちを支援して頂きたいのです。どなたでも、できることで結構です。飯舘村から、心からお願い申し上げます。

  
      
(以上は飯舘村/福島再生支援東海ネットワーク 事務局中部支援ネットワークから転送されてきた飯館村佐藤八郎議員からのメッセージです) 

 

 

 

                              

2014-10-14 18:24 | カテゴリ:未分類

これまで立ち入り禁止で入れなかった浪江の「帰還困難区域」に調査に入ってみた。

 

東電福島原発爆発当時、原発から20㎞圏外であるにもかかわらず浪江町の赤宇木(あこうぎ)地区は毎時150マイクロシーベルトの空間線量であったと、文科省から報告されている高線量地域として有名である。その後、I-131などの短半減期の核種が急速に消滅して現在では、Cs-134 と Cs-137が空間線量の主成分である。

 

今回その地点で道路脇に面して設置されている金属フレームの片面が葛(くず)の葉に覆われた線量計は毎時6.120マイクロシーベルトを示していた。
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毎時6.12マイクロシーベルト!
  

そこから東に進んで交差点の川房字大柿(大柿簡易郵便局前)では毎時9.089マイクロシーベルト(写真に示す小生の線量計では毎時10.51マイクロシーベルト)を示していた。

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 毎時9.089マイクロシーベルト!
  

この後ろのコンクリートの路面は毎時13.07マイクロシーベルトを示していた。

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毎時13.07マイクロシーベルト!
 

途中で見た道端のスギや民家のスギが激しく枯れはじめていた。

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 杉が枯れ始めている!
  

田畑は荒れ放題で原発爆発後3年半の人の手が入っていない現在では種々の草木が繁茂して原野と化しておりとても耕作地であったとは判別できない。

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水田が原野と化している!
 
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元の田畑に各種の草木が侵入している(植物層の遷移が起こっている)。
   
  小生はジョロウグモなどの採取をしたのだが、空間線量が毎時数マイクロシーベルト以上の高度放射能汚染地区では、このジョロウグモの生息数が非常に少ないように感じられた。彼らが好んで網を張るサクラの木の枯死が進行していると思われた。
      
 

  さらに東の通行禁止の北沢橋ゲートでは空間線量毎時7.23マイクロシーベルトを示していた。これから先はもっと空間線量が高いために通行禁止になっているのだろう。DSC04383--.jpg

       

  浪江町は東西に長いので、時間の関係で広範囲に汚染している全行程をとても走破できなかった。再度訪れるつもりである。用心したつもりであるが、丸一日の調査で小生は23マイクロシーベルトも被曝した。

           

前述したように、現時点では多くの短半減期のγ-線放出核種はすでに消滅しており、単純に計算すると、原子炉暴発後約1300日経過した20141013日現在で、陸域にはγ-線放出核種としてはCs-134が爆発当初の30%が残っており、Cs-137が爆発当初の93%残っていることになる。爆発時にはCs-134Cs-137が原子炉から等量放出されたと考えられているので、現在残存している陸域の総放射性セシウム量は当初の(30%+93%)/2=61.5%となっているはずである。
      

     

(森敏)

付記。
今後はこれまでの一見急激な減衰をしてきた短半減期のCs-134の総放射線量への減衰への寄与率が急激に少なくなり、半減期が30年と長いCs-137の減衰への寄与率が主になるので、遅々として総放射線量の減衰が進行しないことになる。単純な半減期計算で、これから10年経っても総放射線量は主としてCs-137として現在の60.3% がまだ残ることになることを忘れるべきでない。いわゆる風雨による風化(土壌からの縦横への流亡、土壌固着、生物濃縮によるリサイクル)などによる因子を考慮に入れても、これが現在の50%以下になることは難しいだろう。

2014-09-30 10:14 | カテゴリ:未分類

 北沢宏一氏が死去 原発民間事故調の委員長

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東京電力福島第1原発事故を民間の立場で検証した「福島原発事故独立検証委員会」(民間事故調)で委員長を務め、東京都市大学長の北沢宏一氏が26日午後1時24分、急性肝不全のため東京都内の病院で死去した。71歳。長野県出身。通夜・告別式は家族葬で行い、後日「お別れの会」を開く。日程は未定。

 東京都市大が29日、発表した。

 高温超電導が専門で、東京大教授などを経て2007~11年に独立行政法人の科学技術振興機構の理事長。

 原発事故後の11年10月、国会や政府の事故調査委員会とは別に、民間の立場で事故を検証するためつくられた民間事故調の委員長に就任した。

(共同)

 

 

今朝6時ごろ、眠れないのでテレビのテロップの流れをばくぜんと見ていたら北沢宏一氏の死去が報じられて、仰天し、目が覚めた。

平成7年に科学技術振興機構(当時はまだ科学技術庁だったかも知れない)が、「戦略的基礎研究」(CREST)というあたらしい大型プロジェクト研究を立ち上げ、激戦の末その時7人が選抜採択された。北沢氏はその一人だった。小生もからくも採択された一人である。北沢氏は5年間続いたこの第1期CRESTプロジェクトの毎年の研究成果発表会では「高温超電導」では舌鋒鋭く議論を展開された。
       このプロジェクトが終わってからしばらくして、北沢氏は定年前に大学の最先端の研究者から、科学技術振興機構の理事という珍しいコースを歩まれた。その後理事長職に就任し視野が広く科学技術行政に多大な貢献をされたと思う。科学技術予算に関して財務省や文科省からの縮小の圧力に関してはそれを跳ね返すべく例年苦悩されていた。地下鉄「東大正門前」のエレベーターでは時々お会いした。
       東日本大震災後は積極的に原発民間事故調を立ち上げたりして、科学者として社会に対して積極的に発信していた。自ら苦労を買って出て「なぜ原発事故が起こったのか」の事実解明に力を注がれた。本当によくやっているなーと感心させられたものである。最近東京都市大学長を務めていることは全く知らなかったのだが、自然科学系出自としては議論を取りまとめる能力が抜群で何かと「長」を務めるにふさわしい人物であったと思う。新天地東京都市大学長では激職で体の健康管理に費やす時間がなかったのだろうか。 まだまだ早すぎる死去だ。 実に惜しまれる。
  

合掌 

(森敏)

2014-05-01 07:51 | カテゴリ:未分類

今年はわれわれは、奇形タンポポの多発地帯を少なくとも3か所見出しました。東京と茨城です。そこは3割がたの奇形の発生率でいささか驚いています。昨年もwinepブログ

 

タンポポの多様な奇形花房発見!! :植物に対する放射線の影響(II)

http://moribin.blog114.fc2.com/blog-entry-1688.html

 

などの各箇所で開示しております。われわれは、奇形タンポポと放射能汚染との関係に強い関心があります。現在北関東全域がタンポポの最盛期を迎えていますのでこの時期を逃すと調査はまた来年になります。特に強度放射能汚染地域での観察が重要ですが、東京でも奇形タンポポは見られていますので、特に地域は問いません。人手が足り無くてデーターの収集に困っております。

 

そこで、このwinepブログの読者にお願いですが、皆様の身の回りのタンポポ群落を、ちょっと立ち止まってみて、一株ずつ丁寧に観察していただけないでしょうか? 奇形は意識的に見ないとなかなか最初は発見できません。

 

1.調査地点の住所(googleで位置を同定しますと当時の空間線量などが文科省のホームページの放射能の拡散図から予測できます)

2.奇形を発見した場合の接写の写真と株の全体写真と付近の全景写真と、

3.調査したタンポポの数、

4.奇形の株の数

など客観的なデータをメールの添付書類で

winep@bird.ocn.ne.jp

宛、またはCDなどで画像を

〒113-0033 文京区本郷 6-26-1(403号)
NPO法人WINEP 森敏 宛

にお送りいただければ大いに助かります。

われわれも全くの手弁当のボランテイア調査なので、ご協力に何も見返りはありませんが、有志の方がたのご協力を得られれば幸いです。これから北は北海道までタンポポの季節です。いつでも、いつまでも報告をお待ちしております。昨年は釧路の方からもコメント欄に報告をいただきました。

 

 

参考までに 上記のブログにも示してありますが、

奇形のパターンには

双頭のもの

4つの花房が合併したもの

8つの花房が合併したもの

それ以上の花房が合併したもの

等があり、奇形花房の茎は以下に示すように複雑怪奇にウドのようにうねっているものがあります。

 

小生が最近見出したものは以下のようなものです。
DSC01384--.jpg 
 図1.一株に4つの奇形の太いねじれ茎 。花房がマンまるではないので一つの太い茎が複数の花房でできていることがわかる。
 
DSC01439----.jpg  
図2.上記の4つの異常茎を切り取って並べてみたもの。一番下は正常な茎


どうかご協力のほどよろしくお願いします(まるで選挙運動みたいですね)。
(森敏)

追記1.最近読者から送られてきた写真の一つは以下のものです。
 

006----.jpg 
図3.上の萎れた花弁数から数えると8個以上の茎が合体している! 
 

 追記2。昨日(2014.05.06.)知人から26株ものタンポポの奇形群落を発見したという報告があり、写真を送って頂きました。上記図2の場合ととまったく同様の奇形です。
image----.jpg 
図4.見つけられた22コのタンポポの奇形花房

2014-01-24 19:16 | カテゴリ:未分類

今、乃木坂の学術会議講堂の講演会から帰ってきた。
講演会のタイトルは

「福島原発事故の事故による放射能汚染と森林・木材 Part II

であった。

 

演題と演者は

森林木材の汚染実態と長期モニタリングの必要性 高橋正道(森林総研)

集水域生態系における放射性セシウムの移動・蓄積の実態把握 大手信人(東大農学生命科学)

地域林業の原発被災と担い手問題 早尻正宏(山形大農学部)

野生生物を調べてわかること 石田健(東京大学農学生命科学研究科)

であった。

 

昨年の第一回講演会と比べて飛躍的なデータが出ているわけではないが、森林生態系の変化の地道な観測データや、苦悩する森林組合の動きなどがよくわかった。なかなか真剣な講演会であったと思う。

 

最後の総合討論の時に、早尻准教授の、「福島大学に農学部を設置すべきである」という提案は傾聴に値すると思った。農水省の出先機関や福島農業総合センターがあるが、やはり放射能汚染問題の腰を据えた現場に即した基礎研究は地元の大学でなければできないと思う。小生も含めて各地の大学人が駆けつけて、研究を行っているが、研究者間での横の連絡が取れているとは言えない。福島大学農学部ができてそこが中核になって、福島県と近県の住民に対して、時々のデータを取りまとめて、わかりやすく発信すべきだという提案は、傾聴に値すると思った。

 

福島県立医大は被曝住民の不安に応えるべく、毎年多額の研究予算を獲得して、新しい母子健康センター(?)も設置し、スタッフのポストも増えているようではないか。医学ばかりでなく農学も、福島県の農林水産業の真の復興のためには、福島大学農学部を設置すべきであると思う。文科省には頑張ってもらいたい。
 
 

 

(森敏)
追記1:環境省が環境影響調査に「ポスドク100人ぐらいの雇用計画がある」かの報告がどの講師からか忘れたが、あった。本当かね?

追記2:以下の動きもあります。まさに福島医科大学は「いけいけどんどん」といういきおいですね。

 

福島医大に小児腫瘍科 県内で初めて開設へ

福島医大は平成26年度、同大付属病院に小児がんの治療に特化した新たな診療科「小児腫瘍科」を開設する。小児がん専門の診療科の開設は県内の医療機関では初めて。
 福島医大によると、小児腫瘍科は現在ある小児科から独立する形で開設する。入院患者の治療のほか、外来診療にも対応する。
 福島医大は東京電力福島第一原発事故からの復興に向けた先端医療、放射線医学の研究、開発を進める拠点「ふくしま国際医療科学センター」を整備し、平成28年度の運用を目指している。将来的には、小児腫瘍科をセンターに組み込む計画で、県内の小児医療の高度化を加速させる。
 同病院には現在、高水準の技術を持つ小児がんの医療チームがあり、これまでも県内外から患者を受け入れてきた。原発事故発生後、住民の間で放射線による健康影響に不安が高まっていることが開設の背景にある。

2014/01/29 09:02 カテゴリー:主要

 

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