2018-01-17 08:42 | カテゴリ:未分類
     双葉町で空間線量毎時10.5マイクロシーベルトのコンクリートの道の、地震でできた割れ目に生えていた1メートル離れて隣接する2株から、2本ずつおおまつよいぐさの枝をサンプリングしてきた。
  
    オオマツヨイグサは茎に沿って成長に従って連綿と花を咲かせ、一つの莢の中には2-300個の種子を含んでいる。
   
  これまでの漠然とした経験から、おおまつよいぐさの放射能はそれほど高くないのではないかと、高をくくっていたのだが、今回これを実験室に持ち帰って測ると、図1に示すように、この右の株からの分枝はむちゃくちゃ放射能が高くて驚いた(表1)。種子の放射能も非常に高い。

  コンクリートの割れ目には、コンクリート表面にふりそそいだ原発からのフォールアウトが、その後の雨で流れ込んで、濃縮されたものと思われる。
 
  同じコンクリートの割れ目に1メートル離れて生えている2つの株だが、こんなにもお互いの放射能が桁違いである(図2、図3、表1)。フォールアウトがコンクリートに降り注いだ直後の、雨の表流水の流れた方向によるのだろう。

     
    
     
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 図1.おおまつよいぐさの連綿とつづく莢と、そこからこぼれ落ちた種子。左二つと右二つの分枝はそれぞれ別の株からのものです。ガイガーカウンターで右の株二つは440 cpm. セロテープに張り付けた種子は右2つの分枝からこぼれ落ちたものです。
 

 
 
 
 
 
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 図2.図1のオートラジオグラフ像。莢ばかりでなく、こぼれ落ちた種子やテープにぎっしり貼り付けた種子も濃厚に放射能汚染していることがわかる。全部内部被ばくである。
 
 

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 図3.図2のネガテイブ画像 細かい点々も種子。
 
 
 
 
    

 表1.オオマツヨイグサの放射能
スライド1 
     
  
 
 


 (森敏)
付記:上記のオオマツヨイグサのサンプリングは、秋のすでに枯れている時期なので、昨年の浪江町の津島地区でのオオマツヨイグサの写真を以下に示します。ただしこの写真を撮影した付近のオオマツヨイグサはすべて頭頂部が虫にやられてなのか、放射線にやられてなのかわかりませんが、房状に花が凝集して咲いて(帯化?)莢が着いていました。

     
スライド1 
 
   
追記1.図1に「セロテープに張り付けているオオマツヨイグサの種子」の部分の拡大写真が出てきたので、下図に示します。
 
オオマツヨイグサの種子
 
 
 

2017-12-14 17:52 | カテゴリ:未分類

陽捷之(みなみかつゆき)氏(元農水省環境研所長、現農業環境健康研究所)の

万葉集に詠われた土壌―「あおによし」「はに]「にふ」-

という解説文が、近刊の日本土壌肥料学雑誌88巻第6号p568-573に

掲載されている。なかなか蘊蓄(うんちく)で固めた名文だと思う。

 

      そのなかに、

:::::埴(はに)は、質の緻密な黄赤色の粘土をいう。黄土(はに)・埴生(はにふ)は埴のある土地をいう。真埴(まはに)は、埴の美称である。赤黄色の粘土で瓦や陶器を作り、また、衣に摺りつけて模様を表した(日本国語大辞典、2006)

:::::

鉄分を多量に含む黄褐色の土は、おおむね粘土層の上に滞留する。土中の鉄分が雨水と共に下降し、密度の高い粘土層に到達すると一定の幅で黄褐色の帯状の層ができる。黄土をやいて土器をつくるため、また染色に用いるための粘土層がそこにはある。この黄土は、鉄分を含むから焼けば赤くなる、黄土が「きはに」ではなく『はにふ』と呼ばれる所以であろう。

:::

 

という文章を見つけた。なるほどなるほど。ここまでは、小生も専門である「土壌と鉄」に関する記述である。

           

      ここまでを読みながら、はにゅうと発音するこの言葉の連想から、旧い小学唱歌で有名な「埴生(はにゅう)の宿」というイギリス民謡の翻訳の語源を知りたくなった。

          

    埴生の宿もわが宿

    玉のよそひ うらやまじ

    のどかなりや 春のそら

    花はあるじ 鳥は友

    ああわがやどよ

    たのしとも たのもしや

              

     中学生の時に読んだ「ビルマの竪琴」(竹山道雄・作)でもジャングルでの日英兵士の「埴生の宿」の合唱でストーリーが終わっていた。英国人はこの歌が大好きだと書かれていたと思う。小生もこれまでこの歌を、口ずさんだり、ハーモニカで吹いたりしていたのだが、その意味をきちんと考えたことがなかった。

                

      ネットで検索すると

―――――

『日本童謡事典』の「埴生の宿」p323-32の解説によれば,
「みずからの生まれ育った花・鳥・虫に恵まれた家を懐かしみ讃える歌」「埴生の宿」とは,床も畳もなく「埴」(土=粘土)を剥き出しのままの家のこと,そんな造りであっても,生い立ちの家は,「玉の装い(よそおい)」を凝らし「瑠璃の床」を持った殿堂よりずっと「楽し」く,また「頼もし」いという内容。
   
『日本の唱歌 上 明治篇』のp84-85によれば,
「イギリスのビショップ(Henry Bishop,1786-1855)の「楽しきわが家」(Home,Sweet Home)に,里見義が作詩したもの。原詩に忠実で,「訳詩」というべきかもしれない。」「「埴生の宿」とは,元来「貧しい粗末な家」という意味である
古語では,「たのし」にも「たのもし」にも「富んでいる」という意味がある。里見はこのことを知っていて,「心は富めり」という心境を表すためにこの単語を使ったのであろうか。
   
『新明解国語辞典』のp1209に、「埴生」「粘土性の土」の意の雅語的表現。「の宿〔=土で塗った,みすぼらしい家〕」
   
『世界の愛唱歌:ハンドブック』の「埴生の宿」:p228-229によれば、
「土間にじかに筵(むしろ)を敷いて寝る粘土で作った家が埴生の宿」「それほど貧しい家であっても,我が家が一番楽しくていいものよ,」「玉の装い(よそおい)=宝石を散りばめたような素晴らしいところ,羨まじ=うらやましくない,瑠璃の床=宝石を散りばめた床
 

   

 と、ほぼ完ぺきな説明があった。まとめると
「埴生の宿」とは
「埴」(土=粘土)でかためた剥き出しの壁のままの粗末な家のこと 
となる。
        
          
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(図1)双葉町でみた典型的な埴生の壁土の作業小屋。  東日本大地震で壁が崩落している。いまだに空間放射線量が 毎時10.4マイクロシーベルト。
     
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(図2)東日本大地震で傾いた後、ドロボーや野獣で狼藉された壁土が埴生の民家の作業小屋。いまだに空間放射線が 毎時9.8マイクロシーベルト。  
    
 
スライド3 
(図3) 埴生の土蔵 東日本大地震で漆喰が剥落して、2種類の色の埴生の壁土が露出している。いまだに空間放射線量が 毎時9.5マイクロシーベルト。
      
           

最近福島県双葉町に入っていろいろと放射能汚染調査をしているが、その民家の外観や内部の荒れ方(荒らされ方?)は尋常ではない。民家の外観の崩壊は大地震によるものであるが、母屋や(ここではプライバシーの関係で示していないが)土蔵(図3)や作業小屋(図1)の内部は地震の揺れのせいばかりではなく、イノシシやサルやハクビシンやタヌキや、明らかに人間による荒らされた形跡もある(図2)。現在の空間線量10マイクロシーベルト以上の民家でも、定期的に避難先から帰ってきて、室内や室外を掃除されている家屋も稀ではあるが、見ることができる。心が痛む。住めないことがわかっていても、避難している住民にとっては “故郷忘じ難く候”なのであろう。        

                  

この「埴生の宿」で出てくるような家は建物が近代化した双葉町では今ではまれであるが、3.11の大震災で崩壊した土蔵の外壁の白い漆喰がはがれて、まさに埴生が露出しているところが何軒かあった(図3)。そこから、たぶん明治政府による、この先々代の地主と思われる土地の検地証文が、野獣の狼藉により多数飛び出て散乱していた。

  

     

(森敏)

付記:この「埴生の宿」のメロデイーを久しぶりに聴きたくなって u-tube で検索したら、演奏はたくさんあったが、中でもソプラノ歌手の森麻季さんの感動的な歌唱力の映像が出てきた。圧巻である。聴いていて懐かしさで涙が出てきた。しかし福島の避難されている方々は、きっと「悔し涙」でこれを聴くことだろう。
         

https://myplay.video/movie/erCiwys8uNo/home-sweet-home-

https://www.youtube.com/watch?v=erCiwys8uNo&feature=share
 
追記1.平昌オリンピックのフィギャースケートで優勝した羽生結弦選手の「はにゅう」の姓の起源も、この赤土の埴生(はにゅう)に由来するものと思われる。(2018年2月20日 記)

2017-12-04 06:21 | カテゴリ:未分類

クサレダマはアキノキリンソウに似ていたが、小生には全く同定できなかった植物なので、若林芳樹さん(株 アスコット)にお手数を煩わせて同定してもらった。(図1)
   
「クサレダマ サクラソウ科オカトラノオ属
マメ科のレダマに似ていて草本であることからついた名前といわれていますが、マメ科のレダマにはあまり似ていません。やや湿った場所を好み群生することが多く黄色の花はよく目立ちます」ということです。
      
  この植物の場合放射線像では花器が強く汚染して見えます(図2、図3)。しかし実際の放射能濃度は葉や茎とあまり違いがありません(表1)。花器は花弁・がく・未熟種子などが重なって乾燥されているので、強く汚染しているように見えるのです。 しかし、生殖器に放射能が移行していることはほかの植物の場合と変わりないと思われます。この時点では種子をまだ採取できなかったのですが。
     
 
スライド1  
 
(図1) クサレダマ
       
 
スライド2
 
(図2) クサレダマのオートラジオグラフ
 
        
 
スライド3 
 
(図3) 図2のネガテイブ画像。神社の神殿で巫女が手にもって舞う鈴飾り物のように美しい。
 
       
 (表1) クサレだまの部位別放射能

クサレダマの放射能jpeg
      
     
(森敏)


2017-11-28 15:32 | カテゴリ:未分類

 常磐線双葉町架橋工事中jpeg
       双葉町で地震にやられた常磐線の新路線架橋工事中


      去る2011年3月11日の東日本大震災の時の事である。その翌日の3月12日には常磐線大みか駅下車の「茨城キリスト教大学」で「生物の鉄栄養」に関する市民講座をやることになっていた。東大で研究室ゼミに参加しているときに午後246分に震度5のかつてない激震を経験した。その後、タクシーが全くつかまらないので、重い荷物を引きずりながら東京大学から30分かけて上野駅まで歩いて行った。ところが上野駅に着くと、すべての電車がストップしていて、常磐線もいつ再開するかわからない状態。1時間以上待ったのだが、上野駅にいったん集まった人たちが四方八方に駅から逆流して歩いて家路に向かうらしいのを見て、これはけっこう大地震だったのだとだんだんわかってきた。常磐線がストップすれば茨城キリスト教大学での受講者も参加できないので、小生の講演も中止になるだろうと確信した。そこで意を決して、またとぼとぼとラゲージを引きずりながら歩いて自宅に帰った。それにしても、主催者自身から小生に電話が来ないのも、へんだなと思った。こちらからも携帯電話がつながらない。後で聞いたら、水戸の自宅が被災して電話も不通で、大学にも車でいけなかったので、講演開催中止の情報を全く市民講座参加予定者にも拡散できなかったとのこと。そんなにも北関東で事態が深刻だったとは、その時はあまり考えられなかったのだ。長い時間かけてパワーポイントで作った市民講座への講演内容だったので、天災とはいえ、いきなりそれが遮断されたので、なぜだか以後すっかり講演をするのが嫌になった。翌年同じく市民講座を頼まれたのだが固辞した。常磐線にまつわる苦い思い出です。

    

ところが小生は最近、これまでの福島現地への放射能汚染調査に東北新幹線の郡山駅や福島駅からレンタカーでのアクセスを、常磐線側からに変更しつつある。常磐線特急で終点のいわき駅までいき、そこから車で双葉町や浪江町や飯舘村に入るルートに切り替えつつある。以下はそれにまつわるつまらない話の一端です。

      

1.

つい最近まで、常磐線はJR上野駅から始発するものと頭から思い込んでいたので、切符を買うときは無意識に「上野駅-いわき駅 往復」で発注していた。今回水道橋駅でそういう注文をしたら駅員が

「お客さん、東京駅からご出発されませんか? 上野発と東京駅発は同じ料金ですが」と質問された。

「えー? 常磐線に乗るのに東京駅からわざわざ上野駅に行くのは時間がかかるでしょう? 京浜東北とか山手線とかを使っても、上野駅で乗り換えないといけないので面倒でしょう?」

「いえ、東京駅から上野までは5分です、乗りかえなくてもそのまま常磐線に入ります。料金は同じです。」

「えー? 常磐線は上野駅発ではないんですか?」

「今は品川発東京駅経由もございます」

ということで、東京駅発にしてもらった。知らなかったなー。

     

福島の放射能調査のときは東北新幹線で、行きも帰りも、押し葉用に大量に新聞紙を入れた大きな重いラゲッジを持ち込むので、いつも早めに予約して特急のグリーン車の一番後ろの席を確保していた。だから、今回も腰痛を抱えている小生には、タクシーなどは使わずに、わが家からは各所で、エレベーターが使える本郷三丁目ー東京駅経路が一番便利である。

         

今回東京駅の8番線で朝653分時発の「特急日立1号」を待っていたら、常磐線からの通勤客が7番線に次々と到着する車両からどっ、どっと降りてきたのにはびっくりした。どうりで最近の東京駅の中央改札コンコースは朝から晩までむちゃくちゃなラッシュアワーが続くわけだ。(その分上野駅での乗降客がかなり減少したことだろう)。特急日立一号に乗ったら、「20171015日から常磐線が品川―東京―上野までつながった」ことが車内に掲示されていた。

     

実は常磐線で特急の終点である「いわき駅」まで行くのには東京駅から2時間25分もかかる。これは東海道新幹線なら京都駅に到着しているし、北陸新幹線なら金沢駅に到着している時間である。実は、行きの「日立1号」も帰りの「日立28号」も上野駅―水戸駅間は小さな駅をすっ飛ばして、気分的にはすいすいと約1時間でいく感じなのだが、水戸駅―いわき駅間は、小生には名前がなじみのないいくつかの駅に各駅停車に近い頻度で停まった。乗降客はほとんどいない。なぜ水戸駅からいわき駅まで無停車で直行しないのか不思議である。ほとんど特急の意味がない。結局いわき駅には一番早くても午前9時18分に着くことになった。各駅をすっ飛ばせばこの間は30分で行けるだろうに。

 

いわき駅からは車で6号線と高速道路を使って北上し、途中でコンビニに寄って昼飯を調達して、防護服に着替えて、双葉町の帰還困難区域入口のゲートまで約1時間半はかかるので、午前中の調査時間が1時間もない。その上、最近は午後4時になるともう大陽が山の端にかたむいてくるので、全部で5時間も調査時間がない。だから常磐線の東京駅発時間があと1時間でも早い列車を調達してくれれば非常に助かるのだがと、勝手に思ったことである。

 

2.
 
干し芋農家のミルクアイスjpeg 
    茨城 ほしいも農家のみるくアイス (評判とか)
        

今回は双葉町での2日間の調査にかなりの積算放射線量を浴びた後なので、東京への帰路の「特急日立28号」で、甘いものでちんたらと疲れをいやそうと、車内販売で、アイスクリームの「干しいもアイス」を頼んだら、売り子が「お客様、それは残念ながら品切れです。バニラアイスかストロベリーアイスならありますが。。。。。」

「品切れって? 今いわき駅を出発したばかりじゃないの? そんなに早くさばけちゃったの? 先日干しいもアイスがおいしかったのでまた頼んだのですが」

「いえ、本日は早朝最初から在庫がないのです。茨城県の干し芋や金沢の金時芋が最近どこかのテレビで放映されたらしく、お芋自体が売り切れて、在庫が払底して、生産が追い付かず、その上「干しいもアイス」や北陸新幹線での「金時いもアイス」も爆発的な人気を呼んでいて、いもアイスの製造ができないのだそうです。私も今朝直接問屋さんに問い合わせたのですが、そういうお返事でした」

仕方がないので「バニラアイス」で我慢した。(上掲の写真は前回の調査のときに撮影したものです。)

                                                                     

3.

水戸を過ぎてからうとうとして寝ていたら、「あと5分で上野駅に到着です」という車内放送で起こされた。そろそろ降りる準備をしなくちゃ、と思って、リクライニングシートを起こして、立ち上がろうとしたら、両股の内側の筋肉(大腿直筋か?)に激痛が走った。筋肉が痙攣してどうにも片足でも両足でも立ち上がることができない! これは大変だ、このままだと出口のドアに歩いても這っても行けなくて、終点の品川駅まで行って担架で運ばれなければならないことになるかもしれない、と久しぶりに真剣に焦った。若いころ、錦糸町駅で尿管結石の激痛で、途中下車して、激しくおう吐し、担架で病院に運ばれた悪夢がよみがえった。しかしここは頭を冷やして、「冷静に対処しなければ」と、足をゆっくりと左右に動かしながら、痙攣が拡大しないような姿勢を23分真剣にまさぐった。血液を圧迫しているのがいけないのかと思ってそろりそろりと靴下を脱いで、腰のジーパンのベルトも取っ払った。そうすると、ある角度の姿勢で、座席シートのアームや窓辺に手を付きながら腕に力を入れて実にゆっくりゆっくりと立ち上がることができた。そのままの姿勢でじっとしていると、痙攣が少しずつ収まってきた。立ったままでラゲッジの取っ手に寄りかかってじっとしていた。立ったままボー、としている小生の姿を見ながら不信顔で何人かがドアを開け閉めして通過していった。上野駅に到着前に少し歩けるようにり、東京駅では無事列車を降りることができた。

 

あとから考うるに、常磐線のリクライニングシートはほかの新幹線よりも傾きが大きくできて、寝心地が良かった。その間両足先を前席の足掛け(フットレスト)に乗せたままであったのだが、そのぶん脚が宙ぶらりんになっていたので、この大腿直筋をずーっと1時間にわたって緊張させ続けていたので、立ち上がろうとしたときについに痙攣したのかもしれない。これまでもこのか所の筋肉が脱水症のために痙攣したことは自宅で一度だけあった。その時は痙攣が一時間以上続いたのでほとんど気を失うところだった。今回もどうなることかと不安で緊張したが、なんとか命拾いした。

 

最近とみに各所の筋肉の劣化が著しい。これでは外国への長期の飛行機旅行はほとんど絶望的だ。生前の父が、年老いて外国観光ツアーについていけなくなったので、夫婦での海外旅行をあきらめたといっていたことを思い出した。実は機上で醜態をさらさないために、小生はもう5年ばかり外国での学会に参加していない。

           
(森敏)
2017-11-18 14:31 | カテゴリ:未分類

捕獲の二ホンジカ 基準超える放射性セシウム検出 長野
    

1118日(土)1145分 産経ニュース

県林務部は17日、富士見町で13日に捕獲された野生のニホンジカから国の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出されたと発表した。出荷はされていなかった。

 同部などは、同町で捕獲されたニホンジカの肉を当面の間、出荷や販売、自家消費しないよう、野生鳥獣肉加工施設や狩猟者、飲食店などに周知する。

 検出されたのは放射性セシウム134と同137の計160ベクレル(1キロ当たり)。同部によると、この肉を毎日1キロ、1年間食べ続けても健康には影響がないという。


    


        

―――――――――――――


    

付記1:先日長野県北部の「塩の道」を歩いていて、民家の石塀の上に苔が生えていたので採取してきた。ゲルマニウム半導体で測定したところ

Cs-134: 10.4  (ベクレル/kg乾物重)

Cs-137: 121.3  (ベクレル/kg乾物重)

であった。この長野県内の場所は上記の記事の富士見村より約90キロ以上北に位置している。富士見村は東電福島第一原発から290キロも離れている。このように、長野県が福島第一原発の放射能プルームで被ばくしたことはすでに明らかである。

ニホンジカはコケや木の皮(バーク)などを食する。木の皮のリグニンなどの固着した放射能は年月が来て樹皮が剥離落下しないかぎり、いつまでたっても放射能が固着したままなので、無意識にその放射能汚染樹皮を食べるニホンジカもいまだに放射能で筋肉が汚染されているというわけである。長野県庁は、樹木の樹皮の放射能汚染を追跡調査を恒常的に続ける必要があるだろう。もちろん長野県ばかりでなく、宮城県、岩手県、群馬県、栃木県、山形県、山梨県、埼玉県、東京都、静岡県、茨城県、千葉県もやるべきである(小生のように旅行先で気まぐれにサンプリングしてやるのではなく)。 この富士見町での知見は多分氷山の一角だと思われます。
  11月15日から始まった ”ジビエ” 解禁ブームに水を差すような話ですが。関東一円はまだ要注意かと。 
      

(森敏)

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