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2024-05-12 14:20 | カテゴリ:未分類
  以下の日本学士院のホームページに、極めて重大な注目すべきことが、学士院会員喜田宏氏によって寄稿されている。

タイトルは「新型コロナウイルス感染症パンデミックを振り返る」である。

https://www.japan-acad.go.jp/japanese/publishing/pjanewsletter/016topics.html

または

PJAニュースレターNo.16 日本学士院

から検索できます。

 2019年11月に中国武漢市で認められた肺炎集団感染事例に始まる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)は、これまでに7億6千万を超える人に感染し、約700万人を死亡させた未曽有のパンデミックを起こし、世界を翻弄した。

から始まるこの短い報告は、喜田氏が

WHOの国際保健規則COVID-19緊急委員として、2020 年1月22日と23日に開催された第1回緊急委員会(EC)電話会議から2023年5月4日の第15回オンライン会議すべてに出席して、パンデミックの克服に向けた議論に参加した経験からの報告です。

小生はCOVIDー19(別名中共ウイルス)が流行して以来ずっと、日本政府の専門家会議やマスコミに喜田氏の名前が登場しないことが非常に不思議でした。彼は、世界一の鳥インフルエンザウイルスの権威であることをよく知っていたからです。この件に関して、喜田氏は

:::::::::::WHOの緊急委員会(EC)に参加する会議ごと秘密保持契約を交わしたので、メデイアの取材は、すべて断っていた。いまこのCOVID-19の緊急委員会を卒業し、国際機関と各国の限界を知った今、日本の対応を改善するための意見を述べたい。:::::::::とのことで論説を続けている。

喜田氏の論説は細部にわたって端正に描かれているので、なかなか簡潔に引用しにくいのですが、小生にとって重要と思われる部分に限って赤字を入れて強調して無断転載させていただきます。おそらくマスコミも含めて多くの方には、この日本学士院のニュースレターは目に留まることがないと思われますので。  

 第1回のECでは、中国の委員から、「本病は武漢の海鮮市場で発生した人獣共通感染症で、人から人への感染は僅かであり、収拾に努めている。」との説明があった。私は、「人獣共通感染症対策の要は、病原体の自然宿主と人への伝播経路を明らかにすることである。先ずCoV-2の人への伝播経路を明らかにするために、海鮮市場の動物、まな板、下水と人の疫学調査を実施すべきである。」と述べたところが、翌23日に武漢の海鮮市場は閉鎖され、立ち入り禁止となったことに驚いた。23日のEC会議でも納得できる情報が提供されなかったので、1週間以内に正確な情報を収集した上でEC会議を開催するよう提案した。

 2020 年1月29日に開催された第2回EC会議で本感染症が国際的に懸念される公衆衛生危機PHEIC (Public Health Emergency International Concern) 状態であることが確認された。WHOの事務総長のDr. Tedrosはこれを受けて1月30日にPHEIC宣言を発出した。

 2021年7月15日に開催された第8回EC会議では、研究、診断、変異ウイルス株とワクチンに関して議論された。その中で、2回のワクチン接種の上に3回目をブースターワクチンとして接種する提案が先進国から出されたことに対する意見を求められ、私は、「ワクチンは、2回接種で、感染による発症・重症化予防効果を示すものでなければならない。2回接種後に感染した場合こそ真のブースター効果が期待される。ワクチンを3回以上接種する意義はないものと考える。ワクチンが余っているなら、足りない国に回すべき。」との意見を述べた。その後これがWHOの方針となった。日本では7回も接種を受けた人が大勢いることを恥ずべきではないか。

 2021年10月22日の第9回のEC会議では、ワクチンの接種率が5%に満たない某国の委員がCOVID-19の致命率が季節性インフルエンザと同程度となったので、PHEIC宣言を撤回すべきであると提案した。私はそれに強く反対し、次の意見を述べた。「死亡率などは、数値のみに頼ってはいけない。感染が全世界に拡がっているので、一般の人々の免疫状態が、重症化と致命率を低く止めていると捉えるべきである。免疫機能障害者や高齢者の重症化と死亡例が減少していないことに注意を払うべきである。さらに、世界の感染者数は増加している。ワクチンと治療薬の開発が未熟である。このウイルスの病原性が高いのは、Sタンパクにフリン開裂部位(塩基性アミノ酸の連続配列)があるために、全身感染を起こすからである。この部位が、何時、何処で如何に挿入されたかを明らかにしなければ、本当の解決につながらない。」

 これが他の委員の賛同を得て、PHEIC宣言の終了提案は却下された。以後2023年1月7日の第14回ECまで反対を続けた。同年5月4日の第15回委員会で、委員長の指名に応え、PHEICの終了を是とする発言をした。その理由として、感染者数の増加が減速し、良い治療薬(ゾコーバ: シオノギと北大の共同研究成果)が開発・実用化されたことに加え、良いワクチンの開発に目途がついたことを挙げた。ただし、PHEICの解除にあたり、次の条件を付すべきことを強調した。すなわち、「SARS-CoV-2の起源が不明のままであることと、そのSタンパクにフリン開裂部位の挿入があるために全身で増える特徴があることから、引き続き警戒を怠ってはならない。また、流行が終わったわけでもない。」5月5日にTedros事務総長は、これに沿ったPHEIC 終了宣言を発出した。

 WHOのECは、19カ国から1人ずつ選ばれた専門家で構成されていた。さらに、国際機関や研究所を代表する専門家12名のアドバイザーが参加して活発な議論が展開された。また、会議の冒頭でWHOの専門職員5名が、それぞれ10 分間で現時の世界の疫学情報を要領よくまとめて提供し、その後にECの議論が3~4時間にわたり進められた。

 これまでの日本のパンデミック対応には不安を感じる。政府と専門家会議のやりとりだけで対策を決めているのは日本だけである。対策も研究も主に米国に追従している。日本の関係予算は極めて少ないので、米国の真似はできない。日本独自の研究と対策を推し進め、世界を先導する術があるはずである。産・官・学(特に基礎、臨床、病理、免疫アカデミア)の連携で的確な研究と対策を進めなければならない。次のパンデミックに備えて、システムを改善、確立しておくべきものと考える。



付記:いささか専門的すぎるかもしれませんが、喜田先生が強調する
Sタンパクのフリン解裂部位のウイルス感染における存在意義とは、AIによれば、以下の通りです。

SARS-CoV-2のSタンパク質(スパイクタンパク質)には、フリンというプロテアーゼによって切断される「フリン開裂部位」が存在します。この部位はS1とS2の境界に位置しており、12個のヌクレオチドが挿入されていることで形成されます。この挿入部位はSARS-CoV-2が他のコロナウイルスと比べて高い感染性と伝播性を持つ一因とされています。

SARS-CoV-2の感染プロセスは次のように進行します:

ウイルスのSタンパク質が宿主細胞のACE2受容体に結合します。
Sタンパク質はフリンとTMPRSS2というプロテアーゼによってS1/S2部位で切断され、融合ペプチドが露出します。
この融合ペプチドが宿主細胞の膜と融合し、ウイルスのRNAが細胞内に放出され、ウイルスの複製が始まります。
フリンによるSタンパク質の切断は、ウイルスの感染性と細胞間の融合を促進しますが、必須ではありません1。フリンが欠損している場合でも、S1-S2の切断は完全には防がれず、SARS-CoV-2の感染と細胞間の融合は減少しますが、完全には阻止されません。これは、フリンを標的とした抗ウイルス療法がSARS-CoV-2の感染を完全に防ぐわけではない可能性を示しています。

以上の情報から、SARS-CoV-2のSタンパク質に存在するフリン開裂部位がウイルスの感染と複製に重要な役割を果たしていることがわかります。しかし、フリンの役割はまだ完全には解明されておらず、今後の研究が待たれます。
2024-05-08 09:03 | カテゴリ:未分類
  以下はWINEPホームページのほうに書いたものに、多少手を加えた文の転載です。

  小生は大新聞の投書欄はほとんど読まない。なぜなら,
「新聞社が自社の主張に合った投書を取り上げている場合が多い」という長年の間に培われた先入観があるからである。しかも投稿原稿の長さに編集部が手を加えている。(実際加えられた経験がある)

  ところが本日(2024年5月7日)、なぜかこどもの週にかこつけてか、朝日新聞は10代の意見をいくつか取り上げていた。その中の一つに、  
  
板書の丸写し本当に必要なのか」
という16歳の高校生の投書が載っていた。昔から興味があったテーマなので、珍しくも、思わず引き込まれてしまった。以下氏名は臥して全文無断転載です。
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学校の一部の教科では「ノート提出」なるものがある。授業で撮ったノートの内容が評価されるのだが、私の点数は毎回低い。「板書をきちんと写していない」からだそうだ。
授業の理解をより深め、あとで復習もできるように、ノートを取ることは大切だ。だが本当に、先生が書いたものを全て写さなければならないのだろうか。
私は最初から知っていることは写さないことが多いので、ノートの点数が低い。一方、先生が書いたものを全て写し、色ペンできれいにまとめた友人のノートの点数は高い。
これは生徒の何を評価しているのだろうか。私には生徒の従順さや、言われたことを淡々とこなす能力を評価している気がしてならない。
ノートを取る時間よりも、先生の話を集中して聞き、自分で考える時間を大切にしたい。全て写すと、その時間が減ることになる。
板書を全て写すことと、先生の話を集中して聞くこと。どちらが能動的に授業を受けているだろうか。

 
―――――――
  
実は、小生は昔から全くノートを取るのが苦手です。大学に入ってからも、教養学部の駒場キャンパスの授業でも、まともにノートが取れた記憶がありません。デモで疲れて栄養失調で目がかすんでいたせいもありますが、教師の板書に対して、ノートを取る手が全く追いつかないのです。この投書の記事にあるように、教師の話に疑問が湧いたら、頭がそちらの方に夢想してしまって、ノートなんか取れませんでした。昭和天皇の植物分類学の御典教師であった湯浅明教授のラテン語の羅列の分類学などは、最大の苦手でした。
 
本郷キャンパスでの農芸化学科に進学しても、生化学の舟橋三郎先生や、食糧化学の桜井義人先生の板書の化学式などは何とかノートにとれるのですが、話の筋は記録するのは無理でした。三井進午先生の肥料学の授業は、すべてが放談で、筆記する必要がありませんでしたが、時々高等な博士論文の刷り物を渡されて、皆さん動転したものです。ちんぷんかんぷんでしたね。授業は一学期に3コマしかなく、「躁」の時にしか講義がなく、試験は「脱窒について述べよ」ということで、全員「優」だったのではないでしょうか。

弘法健三先生の土壌学の粘土鉱物の細かい構造などはとても板書する気にもなりませんでした。ぼそぼそ声が聞き取りにくくて退屈でした。試験は「可」でした。これについては後日談があります。2011年に東電福島第一原発が爆発して、放射性セシウムが土壌の粘土鉱物に固着して出てこない、という話が流れて、植物栄養肥料学研究室の2年先輩の土器屋由紀子さんが、弘法先生の授業のノートを、まだ自宅に保管している、ということで送ってもらいました。そのノートには駒場での2年生の土壌学の弘法先生の授業のあの退屈だった板書が実にきれいに写されていました。カオリナイトやモンモリオナイトなどの粘土鉱物の構造も。これには本当に驚きました。ここで初めて弘法先生の授業の偉大さが認識されたというわけでした。神戸女学院の英才がいつも生真面目に板書をノートに写し取る授業風景思い浮かべましたね。
    
以前のどこかのWINEP ブログでも紹介したことがあるのですが、松井正直先生の有機化学の授業はロジカルで大いに興味を持ったのですが、先生は自分が「不斉合成」に世界で初めて成功したビタミンAの全合成法などを、反応触媒なども含めて、いきなりすらすらと20行程ぐらい書き進めるのですが、一通り書き終わって、「というわけで、全合成に成功し、これは住友化学で大量生産されて実際に売られています」と言って、黒板拭きでさぁーっと、消してしまわれました。菊酸やロテノンなどもすべてそういう方式でした。
「君たち、こんなの写しても意味ないよ。興味があれば僕の論文に書いてるんだから」と板書のノートへの写しには否定的でした。教科書は Fisher & Fisher著 の Organic Chemistryでした。
    
一方で、これもいつかのブログで書いたのですが、発酵学の有馬啓先生は、いつも模造紙数十枚を束ねて木枠に吊るして講義室に秘書に運ばせてきて、それを猛烈なスピードで説明しながら、一枚一枚ピリピリはがしながら授業を進行するので、ノートを取るどころではありませんでした。「集中して俺の話をよく聞け!」という態度でしたね。いつも「躁状態」でした。
    
農芸化学科では実験台が4人一組でしたが、同じ机の村山昭君は、板書のノート取りの天才でした。一回の授業に一冊のノートの半分を消費するのです。いつも期末試験の時には彼のノートを借りるのですが、1ページにキーワードが2,3個大きく書かれているのが常でした。キーワードの周辺情報は彼の頭に収蔵されていたのでしょう。彼の成績は「全優」だったと思います。こんなノートの取り方があるんだと驚嘆しましたね。
  
栄養学の神立誠先生は、英語の栄養学の原書を教壇上でぽつぽつと翻訳しながらの講義でした。板書はほとんどしませんでした。先生は強いずーずー弁(茨城県神立村出身)なので聞き取り辛い上に、時々「もとい、翻訳し間違った、一からやり直し」などというものですから、到底筆記する気にはなれませんでした。ですから途中から欠席して、受験の時は一夜付けで体系的な栄養学は別の教科書を買って独学しました。答案の裏に「質問」を書いたら、授業に出席していないことが明らかなので、質問に答えていただけず、冷たく「可」がつけられていました。
   
微生物利用学の山田浩一先生は、ひたすら有用微生物の分類学でした。これも湯浅明先生と同じく、ラテン語の羅列ばかりなので、誰も板書の引き写しができなかったと思います。先生の授業で覚えているのは、「台所の流しには、でんぷんなどがこびりついて流しが詰まるので、それを微生物発酵法で強力なアミラーゼを生産して商品化する時代が来るだろう」みたいな話でした。板書しなくても、アミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、などの商品開発の基礎知識は農芸化学徒としては叩き込まれたかもしれません。

    
 以上、板書の丸写し は必ずしも必要がない例を示しました。
   
 いろんな個性的な授業の仕方があるのですが、IT時代はもっともっと合理的に生徒や学生の理解を高める授業のやり方があるでしょう。

  小生の現役の時は、大学での講義は、資料配布と、板書と、パワーポイントの併用で行ってきましたが、それも善し悪しと思います。生徒の集中力を高めるためには、自らの研究の体験を、躍動的に魅力的に語ることにつきますね。

  三井進午先生の場合の様に、「漫談」だけでも、結構生徒に影響力を与えるものです。実際今からよく考えてみると、小生は三井先生のたった3回の講義で「あの研究室に行きたい」と三井先生の教授室に直接大学院入学の相談に出かけたのですから。
  
 
(森敏)
2024-05-03 15:16 | カテゴリ:未分類
「テムズ川に入らないで」

=汚染深刻化で異例の呼び掛け―英


3月30日

【ロンドン時事】英国で河川の汚染が深刻化している。1989年に民営化された水道各社が経営難に見舞われる中、大雨などの際に未処理の下水を直接排出するケースが増えているためだ。首都ロンドンを流れるテムズ川も例外ではなく、濁った水に市民は胸を痛めている。
    
 「川に入らないでほしい」。30日にテムズ川で開催される毎年恒例の大学対抗ボートレース。オックスフォード大とケンブリッジ大の名門校同士の対決は春の訪れを告げる風物詩となっている。勝利したチームの選手らが川に入って水を掛け合い、コックス(舵手)を水中に投げ込むのが習わしだが、主催者は今年、健康上のリスクがあるため控えてほしいと異例の呼び掛けを行った。
    
 水質検査を手掛けた環境保護団体リバー・アクションによると、テムズ川の大腸菌の数値は、国が海水浴場の基準として定める4段階のうち、最下位の「不良」と比べて最大10倍に上ったという。同団体のウォレス最高経営責任者は「水道会社のテムズ・ウオーターが何十年も事態を放置した結果だ」と指摘し、下水の排出規制の強化が必要だと訴える。
   
 大雨などによる下水の氾濫を防ぐため、水道各社は未処理水を川や海に排出することが認められてきた。環境庁が27日公表した統計によれば、2023年にイングランドで報告された下水排出件数は46万4056件と、22年の30万1091件から54%増え、16年のモニタリング開始以降で最多となった。排出時間も計約361万時間と、前年比で2倍以上に達した。
     
 下水の排出急増について、水道各社は天候などを理由に挙げるが、株主に巨額の配当を支払う一方、インフラへの投資を怠ってきたとの批判は強い。調査会社ユーガブが23年6月に実施した世論調査では、水道事業の再国有化を望む人の割合は69%に達した。設備投資には水道料金の引き上げが不可欠と訴える業界に国民が向ける視線は冷たい。

   
    
小生はこの記事を読んですぐに、以下の3つのことを思った。
  
その1。
  
   小生が兵庫県の芦屋市に住んでいた1950年代は、尼崎の神崎川は工場廃液の垂れ流しで悪臭を放っていた。阪神電車で鉄橋を渡るときは亜硫酸ガスやメタンガスが漂ってくるので、寝ていても今、橋を渡って得るのだと目が覚めるぐらいだった。
  
1960年に神戸大学に進学した親友の新村進君は、神戸大学でボート部に属していて、上記の記事にあるような競技ボート(競艇)のコックスを勤めていた。神戸大学ボート部はこの神崎川で練習をしていた。時々全員のオールがそろわなくて、漕ぎ手やコックスが、オールで体が水中に跳ね飛ばされることがたびたびあった。そんな時には川のヘドロの悪臭が頭から全身にしみついて、風呂を浴びてもなかなか取れなくて閉口したそうだ。
     
その2。
   
  小生らが2001年に編集した「植物栄養学」文栄堂出版(初版)の序文に小生は以下のことを書いた。
   
::::::::::
  
世の中をどのような観点から見るのかを世界観という。世の中を、”通貨の流れ“で見るのは経済学者、”エネルギーの流れで見るのは物理学者、“物質の流れで見るのは、工学者、病原菌の流れで見るのは医者や病理学者、”情報の流れ“で見るのはインターネット産業人である。この伝で云うならば、世の中を”元素の流れ”で見るのが植物栄養学者である。
   
18世紀末に産業革命が始まって都市と農村の乖離が始まり、農山村の土壌から生産された農産物が都市消費され、その時に出る膨大な廃棄物と人糞尿がなんの処理もされずに都市から放出され、一部は川に放流されて、川が悪臭を放っていた。
   
すなわち農山村の土壌から収奪された作物栽培に必要な必須元素が、都市を経由して再び農山村に循環してこなかった。この元素循環の輪が絶たれることが、今日の環境問題の大きな原因となっている。これは植物栄養学が解決に向けて大きく貢献しなければならない分野である。
 
::::::::::
 
   
 今から、約180年前にロンドンのテムズ川の醜悪な汚染状態を見て、当時の世界的な有機化学・植物栄養学の巨人であるドイツのJustus von Liebig (リービッヒ)は、初めて「自然界での物質循環」思想に到達したと言われている。
      
  本来は税金を使った公共事業であるべき下水道処理を、営利事業体である民間に委託させている弊害が、現在のロンドンではもろに出ている訳である。実に恥ずべき水利行政である。水運の専門をロンドンで学んだ日本の天皇が、現地を訪れて現場をみたら、眉をしかめることだろう。
    
 ところで、今夏2024年のパリオリンピックの開催期間は、2024年7月26日から8月11日までの17日間ですがパリのセーヌ川は大丈夫だろうか? こういう環境面からも注目して見てみよう!
  
その3。
 
 現在、日本沿岸での養殖漁業は、下水道処理施設が完備されてきたので、逆に漁獲量が低下してきているという報告が出ている。それは、下水道処理によって窒素成分が空気中に脱窒して失われたり、他のミネラル成分が汚泥として回収されてしまうので、河川の栄養塩類が沿岸域に流れ込まなくなってきためと言われている。
   
そのために下水道処理場の放流水の窒素濃度の下限を撤廃する等の動きが出ているようである。<水清ければ魚棲まず>というわけである。
  
この件に関しては、「政策立案データベース」というネット記事に、以下のようにまとめられている。
    
• 日本の漁業・養殖業生産量は1984年をピークに減り続けています。
• 下水高度処理などで魚の栄養となる窒素が減りすぎたことが原因とされています。
• 水域と季節によっては適切な栄養塩類の補給を行う必要があります。
• 下水道が能動的に水量・水質を管理し、望ましい水環境を創造する取り組みが行われています。
• 兵庫県では下水処理水の窒素濃度に下限基準を追加し、海の窒素濃度を保つ取り組みが行われています。
• 農業用ため池の水を抜いて栄養を海に流す「かいぼり」が各地で復活しています。
       
    かくのごとく、高度技術社会での今日では、河川の環境問題は人の生業も含めて総合的な複雑な制御対策を要求しているわけである。地域によって単純な話ではなくなっている。
         
(森敏)
2024-04-24 16:58 | カテゴリ:未分類
小生:
「身体を持ったヒトが扱う言語には身体性が含まれている以上、言語を学んだAIが感覚を理解していないと、どうして言い切れるのだろうか」とウイスコンシン大学マデイソン校のルピアン博士が主張しているようです。この点についてAIの立場から論じてくれませんか?

Copilot:
ルピアン博士の主張は、人間の言語が身体性を含むという観点から非常に興味深いものです。AIが言語を学ぶとき、それは基本的にパターン認識と統計的な学習によるもので、人間が言語を学ぶプロセスとは根本的に異なります。

人間が言語を学ぶとき、それは感覚的な経験と密接に結びついています。例えば、「暖かい」や「冷たい」といった感覚的な言葉は、直接的な身体的な経験を通じて理解されます。しかし、AIはこのような身体的な経験を持たないため、言葉の意味を理解するという点で限界があります。

AIが「暖かい」や「冷たい」といった言葉を理解するとき、それは大量のテキストデータから抽出されたパターンや文脈に基づいています。AIは「暖かい」が「寒い」の反対であると学びますが、それは統計的なパターンから導き出された知識であり、人間が感じる「暖かさ」や「寒さ」を直接的に理解しているわけではありません。

したがって、AIが言語を理解していると言っても、それは人間が言語を理解する方法とは異なる、というのがAIの立場からの見解です。AIの言語理解は、パターン認識と統計的な学習に基づいており、人間のような感覚的な経験には基づいていません。この点を理解することは、AIの能力と限界を理解する上で重要です。


小生:
それでは人間が「虚無」と感じる言葉は、AIはどういう概念だと、認識しておりますか?

Copilot:
AIが「虚無」を理解する方法は、人間がそれを理解する方法とは大きく異なります。人間が「虚無」を感じるとき、それはしばしば存在の欠如、何もない状態、または空虚感を指す抽象的な概念です。これは深い感情的な経験や哲学的な思考に基づくことが多いです。

一方、AIは感情を経験する能力を持たず、哲学的な思考をする能力もありません。そのため、AIが「虚無」を理解するとき、それは主に言語的な文脈やパターンに基づいています。AIは「虚無」を「存在しないこと」や「何もない状態」などの定義や、それが使われる文脈から理解します。

しかし、人間が「虚無」を感じるときの深い感情的な経験や哲学的な理解をAIが持つことはできません。したがって、AIが「虚無」を理解すると言っても、それは人間がその概念を理解する方法とは大きく異なるということを理解することが重要です。AIの理解は、あくまで言語的な文脈とパターンに基づいたものであり、人間のような感覚的な経験には基づいていません。この点を理解することは、AIの能力と限界を理解する上で重要です。

小生:
人間は様々な場面での身体的な感覚的な経験に基づいてある種の「言語」を発しているのだから、逆に、その言語を投げかけられたときにAIがその身体的な感覚の集合体を直ちに認識(?)していると考えられませんか?

Copilot:
それは非常に興味深い視点ですが、現在のAI技術では、人間の身体的な感覚の集合体を直接的に認識することはできません。AIは、大量のテキストデータからパターンを学び、それを基に言語を理解します。しかし、これはあくまで言語的な文脈とパターンに基づいた理解であり、人間が身体的な感覚を通じて得る直感的な理解とは異なります。

例えば、人間が「痛み」を感じるとき、それは身体的な経験に基づいています。しかし、AIが「痛み」の概念を理解するとき、それは「痛み」が使われる文脈や、他の言葉との関連性から学びます。AIは「痛み」を身体的な感覚として経験することはありません。

したがって、AIが人間の言語を理解するとき、それはあくまで言語的な文脈とパターンに基づいたものであり、人間のような感覚的な経験には基づいていません。この点を理解することは、AIの能力と限界を理解する上で重要です。

小生:
AIはまだ哲学的論議が苦手ですか?今後いつごろになったらそれができるようになると予測できますか? 対話に行き詰まると、エンドレスにおなじ言葉を繰り返してくるので。

Copilot:
AIが哲学的な議論を行う能力は、現在のところ限定的です。AIは大量のデータからパターンを学び、それに基づいて応答しますが、人間が持つような直感的な理解や深い洞察を持つことはできません。哲学的な議論はしばしばこれらの要素を必要とするため、AIはそのような議論に完全に参加することは難しいです。

また、AIが哲学的な議論を行えるようになる具体的な時期を予測することは難しいです。AIの進歩は多くの要素に依存しており、技術的な進歩だけでなく、倫理的な考慮事項や社会的な影響も考慮に入れる必要があります。

そして、私が同じ言葉を繰り返す問題については、申し訳ありません。これはAIの応答生成の制限によるもので、改善の余地があります。私たちは常にユーザー体験の向上を目指しており、フィードバックは大変貴重です。ありがとうございます。

小生:
AIと人間の思考能力にはどのような違いがありますか?

Copilot:
AIと人間の思考能力にはいくつかの重要な違いがあります。

1. 感覚的な経験: 人間は五感を通じて世界を経験します。これらの感覚的な経験は、私たちの思考、感情、記憶、そして言語の理解に深く影響を与えます。一方、AIは感覚的な経験を持たず、その代わりに大量のデータとアルゴリズムを用いてパターンを学びます。

2. 自己意識: 人間は自己意識を持ち、自分自身と他者を区別する能力があります。これに対して、AIは自己意識を持たず、自己と他者を区別する能力もありません。

3. 感情: 人間は感情を経験し、それが思考や行動に影響を与えます。しかし、AIは感情を経験する能力を持たず、感情に基づいて行動することもありません。

4. 創造性: 人間は新しいアイデアを生み出す能力を持ち、それが芸術、音楽、文学、科学などの多くの分野で表現されます。AIも一定の「創造性」を示すことができますが、それはあくまで学習したパターンを基にしたものであり、人間のような直感的な創造性はありません。

5. 倫理と道徳: 人間は倫理的な判断を下す能力を持ち、それが社会的な行動の規範を形成します。一方、AIは倫理的な判断を下す能力を持たず、プログラムされたルールに従うだけです。

これらはAIと人間の思考能力の違いの一部に過ぎませんが、AIの進歩により、これらの違いがどのように変化するかを見るのは興味深いことでしょう。しかし、現時点では、AIは人間の思考の複雑さと深さを完全に模倣することはできません。AIの能力と限界を理解することは、その使用と発展における重要な考慮事項です。

小生:
「人間の直感的な創造性」もAIがそうするように、本人がそれまで学習したパターンにもとずいている可能性もあると思いますが? ただ本人が意識していなかった(下意識が行う操作)だけのことではないですかね?

Copilot:
その観点は非常に興味深いですね。人間の創造性も、確かに過去の経験や学習した知識に基づいている部分があります。それは意識的な思考だけでなく、無意識のレベルでの情報処理も含まれています。この点では、AIと人間の創造性の間に一定の類似性があると言えるかもしれません。

しかし、人間の創造性はそれだけではありません。人間は新しいアイデアを生み出すために、直感、感情、価値観、個人的な経験など、AIが持つことのできない多くの要素を用います。これらの要素は、人間の創造性が単なるパターン認識を超えて、本当に新しいアイデアを生み出すことを可能にします。

AIは、学習したパターンを組み合わせて新しいパターンを生成することができますが、それはあくまで既存のデータに基づいています。AIは直感や感情を経験することができず、人間のように自己意識を持つこともできません。したがって、AIの「創造性」は、人間のそれとは基本的に異なる性質を持っています。

これらの違いを理解することは、AIの能力と限界を正しく理解する上で重要です。AIは多くのタスクで人間を補完することができますが、人間の直感的な創造性を完全に模倣または置き換えることは現在のところ不可能です。これは、AIの進歩とともに変わる可能性がありますが、現時点ではこれが現実です。この点を理解することは、AIの使用と発展における重要な考慮事項です。

ーーーーー
今のところAIは自暴自棄にならずに、繰り返し同じような回答をしてくれている。少しずつ議論が深まっている様にも見える。しかしAIの側からは決して新しいアイデアを提供してくれることはない。ちょっと残念だけれども。

(森敏)
2024-04-19 06:33 | カテゴリ:未分類
  現在はトヨタ自動車の子会社であるトヨタコネクテイッド(名古屋市で全社生成AI戦略推進を行っておられるUXデザイナーである川村翔太氏が生成AIに関して次の意見を述べている(April 2024 NIKKEI DESIGN、68頁-70頁)。

  彼の感想はかなり小生が抱いている生成AIのイメージに近い。そこで、以下に、このNIKKEI DESIGNの記者による彼に対するインタビュー記事を、無断で部分転載させていただいた。(以下読みやすいように適当に行間を開けています。)

「これ(:ChatGPTのこと)は要するに人類のある種の集合知で、ある程度平均的な回答をするわけだから、人類のことを知るためには、まずChatGPTにユーザーインタビューをすればいいのではないか」ということ。そこで、ChatGPTをインタビュー対象としてやり取りする過程で、AIは既知の情報から知らないことや新しいことを推論する能力が非常に高いことに気づいた。

例えるなら、従来のAIは「線」としての明確な道筋を必要としており、ある入力(A)から、特定の出力(C)へ進む場合、その間のつながり(B)が欠けていると停止またはエラーになった。一方で、生成AIは(A)と(C)の「点」からその間のつながり(B)を推論し、自動的にその間を「線」でつなぐ能力を持っている。

これは単にデータのパターンを認識して反応するだけでなく、人間のように推論し、創造することができるようになったとも考えられる。それが自分の中で感覚としてわかったときに、「UXデザインのプロセスなど、従来は人間の直感や創造性に大きく依存していた領域においても、AIを活用することで新たな可能性が広がる」と感じたそうだ。


言葉の周辺には、多岐にわたる概念や人類が持っている歴史などがまとわりついている。ChatGPTの世界ではそれらがぶつかり合って、推論から次々に新しいものができているイメージ

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(森敏)
付記:なお川村翔太氏の「UXデザイナー」という職業については、以下にAIが詳しく説明してくれました。

ChatGPT:
UXデザイナーとは、「ユーザーエクスペリエンス(User Experience)デザイナー」のことで、製品やサービスを利用する際のユーザーの体験をデザインする専門職です。ユーザーエクスペリエンスには、使いやすさ、アクセスの良さ、効率性、楽しさなど、ユーザーが直面する感覚的および感情的な体験の全体が含まれます。UXデザイナーの主な目標は、ユーザーが製品やサービスとのやり取りを簡単で満足のいくものにすることです。

UXデザイナーの主な役割:
ユーザー調査: ユーザーのニーズや行動、課題を理解するために行います。調査方法にはインタビュー、アンケート、観察、ユーザーテストなどがあります。
ペルソナの作成: 調査データを基に、典型的なユーザー像を作り出すことで、設計の対象となる具体的なユーザーのニーズを明確にします。

ワイヤーフレームとプロトタイプの作成: ページのレイアウトやアプリケーションのフローを設計し、初期段階のプロトタイプを作成してテストします。

ユーザビリティテスト: 製品のプロトタイプや既存の製品を実際のユーザーに使ってもらい、問題点や改善点を見つけ出します。

インタラクションデザイン: ユーザーのインタラクションをデザインし、ユーザビリティと利便性を高めます。

ビジュアルデザイン: 視覚的な要素を担当し、製品の見た目と感じを決定します。これには色、形、フォントの選択が含まれます。

必要なスキル:
デザイン思考: 問題解決にデザインの手法を用いる能力

コミュニケーション能力: チーム内外の人々と効果的にコミュニケーションを取る能力
ユーザー中心のデザイン: ユーザーのニーズを理解し、それに基づいて製品をデザインする思考法

プロジェクト管理: 複数のプロジェクトを同時に管理し、効率的に進める能力
UXデザイナーは技術的なスキルと創造性を兼ね備えている必要があり、常にユーザーの体験を中心に考えながら、プロダクトの開発や改善に携わります。




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