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2019-11-15 16:23 | カテゴリ:未分類

福島県双葉郡双葉町細谷 の道路から150段ぐらい上がると山頂に羽山神社というのがあり、そこから南西を眺望すると、1.3kmぐらい先に東電第一原発の原子炉の5号機や6号機があるはずである。しかし、現在すでにいろいろの建物が建設されてきているので、この角度からは2つの原子炉は隠れて見えない(図1)。
スライド2 
図1.東電福島第一原発敷地を羽山神社から南西に眺めると。。。。。

   

さかのぼって、東電の平成27年の資料の図面によるとこの地域に「雑固体廃棄物焼却設備」が<建設中>と記されていた。が、その後、東電の2019年1月31日の資料の図面では、この「雑固体廃棄物焼却設備」は完成したようである。
  

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2019/2-3.pdf

  

それが図1の左の煙突が立っている全面が白色で覆われている建物と思われる(この写真では煙突はぼけて見えるが実際は2本が重なって立っている)。この東電の資料の図面には、敷地内のこの新規建造物の周辺には毎日の除染作業員から出た膨大な「使用済み保護衣服」や敷地内の森林伐採汚染雑木などの置き場があちこちに散在して、結構な敷地面積を占めているように描かれている。なので、ここではこれら原発敷地内で生じた「放射能汚染雑固体」を東電はいよいよ焼却による減容化処理に踏み切るのかもしれない。煙が出ていないので実際の焼却はまだ可動していないようだが。(どこかで東電は敷地内での減容処理に関する発信をしているのかもしれないが、小生はニュースでは確認していない)

     

この建物以外に図1では中央右側にしっかりした高い煙突のある建物が急ピッチで建設中である。これは東電の2019年1月31日の資料の図面では全く示されていないが、何かの放射能汚染物質の焼却場であると思われる。木の枝に隠れて見えにくいのだが、高い煙突がそびえている。11月9日の段階では建物の白い壁の面積がほぼ完成に近くおおわれており、2週間前に眺めた10月27日の時点から比べて急ピッチで進捗していた。

  この2つの建物群を見ながら過去8年間の減容化の動きについていろいろなことを思い出した。

  

過去にさかのぼれば、このような焼却による減容化施設はすでに平成26年度から環境省によって飯館村蕨平(わらびだいら)で住民の苦渋の選択により施設が稼働実施されている。(しかし小生はこれまで、この施設の現場を外からでも見学してはいない)

https://www.vill.iitate.fukushima.jp/uploaded/attachment/2083.pdf

飯舘村蕨平地区における可燃性廃棄物減容化事業について
   
スライド1 

図2.減容化施設か?   
     

今回も、偶然発見したのだが、11月9日に郡山から浪江町に至る道路の途中に図2のような施設があり、煙突から白色の水蒸気様の煙が立ち上っていた。この施設は一見して、真っ白な壁で囲われた閉鎖系であるので、単なるごみ焼却場ではなく放射能の汚染物を処理する焼却場ではないかと思われる。車で急いでいたのでよく確認できなかったのだが、建物の看板に「安達地方広域行政統合」などの文字と6社のロゴが示されていたので、コングロマリットであると思われた。大中小の土建業者などが相応に利権を分け合ってこの工場は建設されて可動しているものと思われる。

 

     

実は、小生は以下のブログで述べているように、原発事故暴発の年である2011年の9月の段階で、放射能汚染土壌などの減容化を頻繁に提案した。その後、あまりにも行政の動きがちんたらしていたし、基本的には除染技術の実践は住民の説得と土建屋さんの談合のテーマなので、途中で、この件には関わらないことにした。関わりようがなかったといった方が正しい。

  

第2回除染学会で、小生が、会場で「ダイオキシン処理施設や高温ロータリーキルンなどによる焼却による減容化をなぜ進めないのか?」と質問した時に、ある通産官僚のOBが小生に囁いてくれた言葉が忘れられない。

   

「大手各社が足並みを揃えて、除染技術を確立しなければ、どこか一社が突出したら各社が膨大な除染予算の利権にありつけないからだよ」。


    

減容化に関して、以下のWINEPブログをご参考ください。

  

2014/06/30 : 意外に早く「放射能汚染土壌の減容化技術」は達成するかもしれない

2012/08/29 : 再論:ロータリーキルンによる放射性セシウム汚染土壌の減容化について

2012/03/24 : 環境省による減容化実験の公募採択課題について

2012/02/22 : 今度こそ本物であってほしい

2012/01/20 : 「灰は危険」とばかり言わずにそこから「教訓」を導き出すべきだ

2012/01/03 : 大成建設はやる気らしい

2011/09/19 : 農水省の「ふるさとへの帰還に向けた取組」は剥離表土の出口が問題

2011/09/03 : 提案17:放射性セシウム濃厚汚染表土は汚染現場で焼却処理すべきである

        

現在上記に紹介したように少なくとも草木の減容化技術はほぼ実証試験で確立して、減容化事業は、詳しく報道はされていないが、放射能の強度汚染地域で、住民が帰還できていない地域では、避難住民がやむなく受容できる事業として、あちこちで行われているものと思われる。

 


(森敏)
2019-11-03 06:27 | カテゴリ:未分類

       浪江町でかやぶき屋根が崩壊しつつある民家で同行の別のメンバーがスズメバチの巣を探している間、小生はいつものように、付近の植物の観察と採集を行っていた。いつもの通り尾籠な話だが、小便がしたくなったので、やぶの中に入っていった。

     

    そしたら、目の先に異様に大きな葉を広げたイラクサがあった。イラクサはこれまでこのwinepブログでも2回にわたって掲載しているように、花器に優先的に放射性セシウムを吸収する。

  以上の記事に、イラクサはオートラジオグラフでも紹介している。だから、これを再度オートラジオグラフに撮像しても仕方がないかな、と思って、その時はこのイラクサを採取しなかった。一方、この時は、スズメバチの巣は発見されなかった。

 

     その一か月後に、また同僚の執念深いスズメバチハンターが、きっとあの場所には新しいスズメバチの巣ができているに違いない、ということで、また、その同じ民家を訪れたら、なんとたった一か月ですずめばちがせっせと直径30センチばかりの巣を形成中であった。専門家というものは「ここに巣をつくりたい!」というスズメバチの気持ちがわかるんですね!!

    

     一方、小生は気になっていた例のイラクサの生息地を訪れると、イラクサは葉が虫に食われはじめてていたが、まだ健在であった。そこで、えいや!と根ごと引き抜いたのだが、根は途中から切れてひきぬけた。
    

 スライド1 
図1.道路上に広げた巨大イラクサの葉  ペンの長さは13センチメートル。
種子を形成中である。
 
スライド2 
図2.自動車のフロントに広げた巨大イラクサの葉


     道路に置いて撮影したのが図1である。自動車のフロントに置いて撮影したのが図2である。普段のイラクサの葉の大きさは以前のブログにも示したように葉の幅が約数センチです。

      
     過去にも紹介したと思うが原発カメラマン廣瀬隆氏の本では、アメリカのスリーマイル原子炉事故による放射能の影響と思われる、机の大きさ大の奇形タンポポの葉が写真で紹介されていた。なので、このイラクサも放射能の影響を受けたのかもしれない。この時点での、ここの空間線量は毎時8マイクロシーベルト(土壌表面は測り損ねたがこれよりはるかに高かったはず)であったので、一年生のイラクサの種子は土の中で過去半年間で積算放射能として2シーベルト以上を浴びてきたことになるだろう。これは発芽時から奇形が起きても何らおかしくない放射能濃度であったはずである。
       
  土壌養分があればいくらでも大きくなりうるというエピジェネテイックな栄養変異であったのかもしれない.この植物は種子をつけているので、この種子を採取して温室で育ててみて異常さを再度検定するという手もあるが、そのような実験は、現在徒手空拳の小生には無理である。

     

    現在感光中のオートラジオグラフ像は後程紹介するつもりである。
     
      
(森敏)
付記: 注意深く見れば、今でも、高濃度汚染地では、ほかの植物でも異常に大きい葉の植物が見つかるはずである。これまでが、みれども見えず、だっただけかもしれない。

 

 


2019-10-14 21:42 | カテゴリ:未分類

ノーベル経済学賞にデュフロ氏ら3人=女性2人目、貧困解決へ研究

201910142117

 【ロンドン時事】スウェーデン王立科学アカデミーは14日、2019年のノーベル経済学賞をフランス出身で米マサチューセッツ工科大学(MIT)のエスター・デュフロ教授(46)ら3人に授与すると発表した。世界の貧困問題の解決に向けた実験的な研究が評価された。デュフロ氏は同賞では女性として史上2人目で、最年少となる。
 他の受賞者はインド出身でMITのアビジット・バナジー教授(58)と米国出身で米ハーバード大のマイケル・クレマー教授(54)。デュフロ、バナジー両氏は夫婦で選ばれた。
 アカデミーは「3人の研究により、世界の貧困と闘う能力は大幅に向上した。わずか20年で彼らの新たな実験的な研究手法は開発経済学を変えた」と称賛した。( Jiji.com)
  
    
       
  彼らノーベル賞受賞者の研究成果が、例えば日本の場合であるが、政府や産業界の経済政策にどのように反映されているのか、その結果貧困は解決に向かっているのか、だれか日本の経済学者は解説してくれないだろうか? 
    
  日本の場合は高度成長期の中流意識も崩壊して、貧富の格差はますます拡大しているのではないか? 
    
  ノーベル経済学賞はいったい何を評価基準にしているのだろうか? いつも疑問に思う。
     
  ノーベル経済学賞は「応用数学賞」なのかな? 
  
   
(森敏)

 

2019-08-18 16:20 | カテゴリ:未分類

福島原発による放射性セシウム汚染対策関連の発表題目
(氏名は長くなるのでfirst,second・・・・  last authorのみを示している)の紹介

日本土壌肥料学会 於:静岡大学にて開催予定 (2019年9月3~5日).

 
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土壌―水稲系での放射性セシウムの移行を規定する物理化学的および時間的要因

吉川省子・井倉将人・江口定夫

 

放射性セシウム対策実施水田におけるカリウム収支

錦織達啓・久保田富次郎・宮津進

 

森林生態系における安定セシウムの分布と循環

伊藤優子・小林政広・今矢明宏

 

福島県内農耕地土壌におけるセシウム133固定ポテンシャルと粘土鉱物組成

加藤 拓・今野裕也・・・・・前田良之

 

有機物除去に伴う放射性セシウム吸着能の変化

中尾淳・田代有希・・・・矢内純太

 

白花ルーピンのカリウム欠乏下における不可給態カリウムおよびセシウムの可給化機構

藤本久恵・高雄惇英・・・・・渡部敏裕

 

ラジオアイソトープを用いた植物体内の元素動態のイメージング

鈴井伸郎・河地有木・・・・松本幹雄

 

塩化ナトリウム施用下でのキノアによるセシウム吸収について

磯部勝孝・肥後昌男

 

水稲におけるセシウム体内輸送へのOsHAK5の関与の可能性

頼泰樹・古川純・・・・・服部浩之

 

Contribution of SKOR gene to Cs and K absorption and translocation in plants

菅野里美・Ludovic Martin・・・・Nathalie LEONHARDT

 

K減肥水田土壌での放射性Csの玄米への移行抑制に必要な非交換態K量の検討

黒川耕平・中尾淳‥‥‥矢内純太

 

牧草中放射性セシウム濃度の経時変化と土壌の放射性セシウム存在画分からの移行推定

山田大吾・塚田祥文・・・栂村恭子

 

土壌から牧草とイネへの放射性セシウムの移行実験と移行モデルの評価

植松慎一郎・・・・・・Erik Smolders

 

イネ玄米中の放射性セシウム含量品種間差をもたらす原因遺伝子

大津(大鎌)直子・福原いずみ・・・横山正

 

ダイズの放射性セシウム吸収に関与する異伝因子の探索 その1:QTL-seq解析による大豆の放射性セシウム吸収に関与する遺伝子領域の解明

宇田真悟・山田哲也・・・・横山正

 

福島県内の水田におけるカリ収支とカリ集積量

藤村恵人・若林正吉・・・・・遠藤わか菜

 

福島県内の農地における放射性物質に関する研究(第46報) 中山間地域における除染後水田での均平対策後の牛糞堆肥による地力回復効果

松岡宏明・斎藤正明・・・信濃卓郎

 

試験水田における灌漑水・間隙水中137Cs濃度と変動要因

塚田祥文・斎藤隆

 

除染後圃場での堆肥施用がダイズ生育と放射性セシウムの移行に及ぼす影響

久保堅司・木田義信・・・・・信濃卓郎

 

放射能による樹皮汚染の立体可視化の手法について

森敏・加賀谷雅道・・・・中西啓仁

 

福島県内の農地における放射性物質に関する研究(第47報) 

低カリウム条件下における飼料用米・品種系統のCs-137移行リスク評価手法の開発

斎藤隆・菅野拓郎・・・・横山正

 

土壌還元が水稲の放射性セシウム移行に及ぼす影響

若林正吉・藤村恵人・・・・太田健

 

セシウム吸着シートを用いた畑地土壌における溶存態放射性セシウム量の変動把握

井倉正人・吉川省子・杉山恵

 

溶存有機物による風化花崗岩土壌中のセシウムの移動促進効果

辰野宇大・濱本昌一郎・・西村拓

 

天水田における作土中137Csの滞留半減時間の推定

原田直樹・鈴木一輝・・・吉川夏樹

 

ダイズ子実の放射性セシウム濃度を効果的に低減させるために必要な時間の検討(1)

関口哲生・木方展治・井倉将人

 

土壌表層へ附加された底泥からイネへの放射性Cs移行

安瀬大和・松原達也・・・・・鈴木一樹

 

灌漑水田由来放射性Csの水田土壌表層への蓄積

星野大空・荒井俊紀・・・・原田直樹

 

異なる耕起法による更新を行った除染後採草地の土壌中放射性セシウムの濃度分布について

渋谷岳・伊吹俊彦・新藤和政

 

ドローン空撮を用いた除染後水田における土壌炭素・窒素濃度の面的予測の試み

戸上和樹・永田修

 

蛍光版を利用したオートラジオグラフィー技術で植物体内の元素動態を見る

栗田圭輔・鈴井信郎・・・・・・酒井卓郎

 

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(森敏)
付記:
  以上のように、今年は31課題の放射能汚染関連の研究発表がある。大学の研究者や現場の農業技術者は、福島農業の復興のために、2011年に発生した福島原発事故のしりぬぐいを8年間にわたって延々とさせられているわけである。実に地道な研究活動というべきであろう。
 
  しかし、原発事故という人類にとって未曽有の負の遺産を逆手にとって、これを契機にして、新しい自然現象の発見や新規技術開発をおこない、次世代人類生存のための学問も新しく発展していくべきなのである。そうでなければいつまで経っても被災者心理は救われないだろう。

  過去に遡れば、古河鉱業(足尾銅山)による渡良瀬川流域の銅による鉱毒汚染、神岡鉱山による神通川流域カドミウム汚染(イタイイタイ病)、窒素水俣工場による水俣湾の水銀汚染(水俣病)などなど、鉱毒、公害、による人体・環境汚染は、皮肉なことに、それを修復回復させるための医学・生物学・環境科学などを遅々とではあるが発展させてきたのである。

2019-08-13 10:46 | カテゴリ:未分類

「群青」江川友治先生の生涯 
「群青」(続編)江川友治先生の生涯
  

(明治大学農学部江川研究室OB会編集。著者江川友治。協力者江川浩子。前者は 2015年5月23日発行、後者は2018年7月14日発行)

 

という、2つの冊子体(全部で44頁)の寄贈を受けた。

 

この本に記されている、江川友治さんの経歴を略記すると、江川さんは1941年3月に東大農芸化学科生物化学専攻を卒業して、当時西ヶ原にあった農業技術研究所の三井進午技師の部屋に配属された。この年12月8日に日本は真珠湾攻撃によって太平洋戦争に突入した。翌17年4月江川さんに「赤紙」(召集令状)が来て、福知山連隊、中国保定、武昌、鹿児島の知覧・万世特攻隊基地、東京の立川、大阪府の貝塚飛行場と転戦・移動し、昭和20年8月敗戦で復員し元の三井研究室に復職した。その後農水省内で知る人ぞ知るで赫各たる研究業績と行政手腕を発揮していった。退職後明治大学に再就職されたようである。2012年逝去。

 

この冊子の中には江川先生のうめきのような憂国の反戦思想が詠まれているので、8月15日の敗戦記念日を迎えるにあたって、以下にその一部を無断引用させていただいた。

 

  

戦争は遠き昔のことなれど忘れ得べきや雨の塹壕

 

物忘れ激しくなりし老いの日に忘れ得べきや惨の戦場

 

銃抱きて雨の塹壕に眠りたる中国河北省保定を思う

 

自死したるあまた兵らを見捨てたる中国戦場湘桂難路

 

なぐられて殴り返さん術もなくただ耐えしのみ兵たりし日は

 

「赤紙」も「召集令状」も死語となり憲法九条すがる思いに

 

改憲は命かけて阻むべし惨の戦争を知りたるわれら

 

 

冊子の最後には、江川先生の言葉としてこう記されている。

 

::::

さて、軍部の独走による戦争をなぜ食い止められなかったのか、という問題ですが、これが問題です。その原因は長い歴史的なものがあると思いますが、その中心となることは、学問、言論、思想の自由が完全に圧殺され、軍政府による一方的な情報だけが国民に伝えられたということではないかと思います。

  

   


(森敏)
付記1:ここに登場する三井進午技師は、のちに東大農芸化学科肥料学研究室教授となって赴任した小生の指導教官でもある。
 
 生死の境の戦場を潜り抜けて、復員してきた江川さんの、その当時の精神は無頼の徒で怖いもの知らずであっただろう。労働組合を結成して、西ヶ原の農業試験場では意気軒高にふるまっていたのではないかと想像される。研究姿勢にはめちゃくちゃ厳しかったが、思想的には温厚であった三井進午技師は、研究室の同じ大学の農芸化学科の後輩の江川さんにはいささか手を焼いていたのではないかと想像した。
 
付記2:明治大学農学部江川研究室OB会編集の皆様、無断引用をお許しください。
   
追記1:江川先生のように、戦争を知る世代が高齢で逝去して行く中、今日改憲ムードが深く静かに潜行している。しかしそんななかでも、以下のように、若手政治家から明確な「改憲笑止」勢力が台頭してきたことは本当に心強い。

「安倍晋三首相が狙う憲法改正に関しては「現行憲法も守っていないのに(首相が)改憲を言い出すのは非常に危険だ。寝言は寝てから言ってほしい」。(山本太郎 時事通信へのインタビュー8月11日)
 
追記2: 上記「群青」には、昭和19年(1944年)に江川さんが陸軍少尉になって立川宿舎に一時滞在時に
   
「軍服姿で一時、わが懐かしの三井研究室に突然訪問したら、三井技師が昼間からヘルメットをかぶったまま机に向かっているのを異様に感じた」
  
という記述がある。この年から日本本土への米軍による空襲の本格化が始まったのである。小生はこの記述を読んで、感慨深いものがあった。三井先生はその後、東大肥料学研究室の教授に迎えられ、小生は1963年に卒論生として先生の指導を仰ぐことになった。東大広しと言えども、当時は研究費がなくて、東大ではおそらく三井教授室にだけクーラーが設置されていた。今年のように猛暑の夏には、その教授室で三井先生はすやすやと午睡を取っておられた。今から思うと、三井先生は戦時中の農業技術研究所での研究室の緊迫した雰囲気から大いに解放されて、熟睡されていたのだろう。我々は「ただいま動物実験中」と教授室の扉にひやかしの紙を張り付けたりしていたのだが。

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