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2019-12-19 06:23 | カテゴリ:未分類
  以下の日経新聞と朝日新聞と毎日新聞の記事は、日本の「研究者育成政策」の現状を紹介したものだが、危機的状況であることがわかる。
    
  毎年のノーベル賞受賞者などが、日本の研究者育成政策が危機的状況であることをいくら叫んでも、なぜかそれが政策に遅々としてしか反映されてこなかった。なぜそうなのかを、大学人、経済界、政治家はこの際根本的によく考えるべきだと思う。政治家がよく使う、言語明瞭意味不明瞭な言葉「抜本的」政策ではだめな状況に追い込まれているのである。
      
  以前にも(10年以上前から)このブログでも同じことを口を酸っぱくして、何回か述べてきた。

  

          2019/04/18 : 1兆2180億円の戦闘機投資
     
          2018/01/11 : 地上配備型の新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」2基の値段2000億円は、日本の文科省の科学研究費(日本の全大学の研究者の生命線!)と同額

         2018/03/31 : 何をいまさら! 国の科学技術人材育成に対するたとえようもない鈍感さ

         2016/10/04 : 大隅良典先生おめでとうございます
            
          2013/12/15 : 先端技術と民生技術





だが、事態はさらに悪化する一方である。以下の記事からも、連動して科学研究成果の生産が急速に低下していることがわかる。



   


 

 

博士生かせぬ日本企業 取得者10年で16%減

 

    世界は新たな「学歴社会」に突入している。経営の第一線やデジタル分野では高度な知識や技能の証明が求められ、修士・博士号の取得が加速する。主な国では過去10年で博士号の取得者が急増したのと対照的に、日本は1割以上減った。専門性よりも人柄を重視する雇用慣行を維持したままでは、世界の人材獲得競争に取り残されかねない。

    「日本人だけでは定員を埋められない。経済学の修士課程は7割が留学生だ」。データ分析を駆使したミクロ経済学を研究する、東京大学の渡辺安虎教授は危機感を募らせる。今夏までアマゾン・ドット・コム日本法人で経済学部門長を務めた経験から「社会的なニーズは必ずある」と断言するが、日本人の大学院への進学意欲は乏しい。

    科学技術・学術政策研究所によると、欧米各国では2016年までの10年間に博士号の取得者が2ケタ増えた。修士号でも傾向は同じだ。企業などで上級ポストを射止めるには、高度な学位が必要だ。

    グーグルなど米IT大手に先端分野の技術者として入社するには、修士・博士号が最低条件だ。中国は自 国での育成に加え年5000人超が渡米して博士号を取得。帰国した人は「海亀族」と呼ばれ民間企業などで活躍する。

    一方、日本の博士号取得者は16年に15000人と10年間で16%減った。少子化は関係ない。この間に4年制大学の入学者は一貫して増えている。学生が専門課程への進学をためらい、日本は世界の中で相対的な「低学歴化」に沈んでいるのが実情だ。

大学などの研究者の収入が不安定な面は否めないが、企業の機能不全も深刻だ。

博士課程でAIを専攻した大山純さん(仮名)は今、国内電機大手でインフラ分野の営業と開発に従事する。採用面接では専門知識はほぼ問われず、逆にこう求められた。「学位取得より入社を優先してほしい」。結局、博士号は取らなかった。

    経団連は毎年、加盟各社が「選考時に重視した点」を調べている。上位を占めるのは「専門性」ではなく、「コミュニケーション能力」など人柄に関する項目ばかり。

    入社後も専門性は評価されにくい。30歳前後の平均年収を比べると、日本の学部卒人材が418万円なのに対し、修士・博士の大学院卒は524万円。その差は1.25倍だ。米国の修士の平均年収は763万円で、学部卒の1.4倍を稼ぐ。博士では915万円と1.68倍まで開く。

    高学歴者に高収入で報いるのは、世界の常識だ。社会学者の小熊英二・慶応義塾大学教授は「グローバルの人材評価基準から日本市場は隔絶されている」と指摘する。倍以上の年収で外資に転じる博士が後を絶たないのは、国内企業の待遇の悪さの裏返しだ。

    「社会」に出ても稼げないため、日本の博士号保持者の75%は大学など研究機関に所属する。日本では1990年代に政府主導で博士を増やしたが、民間で受け入れられずに雇用が不安定なポスドク問題の温床となった。科学技術振興機構の永野博研究主幹は「採用されるような人材を、大学側が育ててこなかった面もある」と振り返る。

    米国では博士の4割が企業で働き、イノベーションの原動力になっている。高度人材の育成と確保は、国家の競争力も左右する。雇用慣行と教育現場。2つのアプローチで改革を急ぐ必要がある。(北爪匡、小河愛実、生川暁。 NIKKEI)

    

40歳までの研究者に年700万円 政府支援へ

20191242155

 政府は若手研究者に最長10年間、年700万円の支援にのりだす。検討中の経済対策に盛り込む方針。任期付きの雇用が多い若手研究者が長期間、研究に専念できる環境づくりをめざす。

 500億円規模の基金を新設し、40歳までを目安に対象とする。数年間で最大700人を選び、追加で所属する大学や研究機関での研究環境の整備費用なども上乗せされる。期間は原則7年間だが、最大3年間の延長もできるようにするという。

 日本の研究環境をめぐっては、注目度の高い論文数の世界シェアはこの10年間で4位から9位に落ちた。40歳未満の国立大学の教員のうち、任期付きの人の割合は2007年の38・8%から17年は64・2%に増加。士課程から博士課程への進学率も減少傾向で、研究力の強化には、若手研究者の支援が不可欠だという意見が出ていた。(合田禄 。朝日新聞)

 


自民党内で「企業優遇丸もうけ」批判、センセイ大丈夫? そして結果は

毎日新聞20191212 1320(最終更新 1212 1523)

深津誠

 

 124日、自民党税制調査会の「平場(ひらば)」と言われる、議員なら誰でも参加できる小委員会。この日は、「マル政」と呼ばれる案件を議論する日だった。「マル政」とは、政治の「政」を「○」で囲った記号のこと。政治決着が必要な案件を指しており、この審議で税制改正項目が最終的に絞り込まれる。いつものように審議を取材しようと自民党本部9階の廊下で待っていると、「自民党らしからぬ」発言が耳に入った。

 「(企業の)内部留保が積み上がったのは、過去に法人税を下げたからだ。法人税を下げても給料や設備投資に回らないと証明されている。そのうえ、ベンチャーへの投資を減税したら企業が丸もうけになる」

 歴代自民党政権は、消費税率を引き上げた一方で法人税を減税してきたため、「企業優遇」という批判が野党側にある。そんな野党に似た発言が自民党の議員から出るとは正直、驚いた。

 議員が言及したのは、減税をテコに企業の内部留保をベンチャー投資に向かわせて共同研究開発を促す「オープンイノベーション税制」のことで、今年の税制改正の目玉のひとつだ。企業の内部留保のうち現預金は240兆円に膨れ上がっている。これを吐き出させれば経済全体の活性化につながる――との考えから、大企業なら1億円以上を設立後10年未満のベンチャー企業に投資すれば、投資額の一定割合を控除して法人税負担を軽くする。

 要望した経済産業省が議員に配った資料には、「自前主義では新たなビジネスの芽は生み出せない」「240兆円を解放し経済成長に回す。今が最後のチャンス」といったやや扇動的な文言が並ぶ。資料でオープンイノベーションの成功例として挙げられているのは、ソニー、富士フイルム、トヨタ自動車。なるほど、新税制の恩恵を受けるのは、こうした大企業なのだろう。昨年は研究開発減税を拡充して自前の研究開発を優遇し、今年は自前主義の限界を示唆――。矛盾しているようにみえるが、大企業にあの手この手で助け舟を出すという点で首尾一貫していると感じる。平場の議論では、賛成多数だ。

 この日の小委員会の審議では、元財務政務官の大岡敏孝衆院議員(47)も「オープンイノベーション税制」に反対の論陣を張った。「四面楚歌(そか)、多勢に無勢だが反対。(企業が)損したら税金で補塡(ほてん)し、得しても税金で追い銭がある。ベンチャーへの大企業支配が強まる」と訴えた。

 自民税調の「甘利明会長肝いり」(ある議員)とされるこの税制に、真っ向から反対する…


(森敏)
付記:

以下小生の独断と偏見です。

 受験産業界の連中や経団連などの企業人が、文科省の大臣や官僚とつるんで、小、中、高、大学への受験制度をいじくりまわして、「グローバルに活躍できる人材育成を」と大学に迫って、産業競争力の強化のための教育改革を狙っている。実にばかげたことである。
藤原正彦氏は、雑誌文芸春秋で、最近の文科省の英語教育改革について
・英語教育が国を亡ぼす
・英語教育は国民のエネルギーの壮大な無駄
・語学ができるほどだんだん馬鹿になる(英文学者中野好夫の言)
・英語、IT、プレゼンは小手先技術
と徹底的にこき下ろしている。
   

  大企業はリーマンショック以降につぶした自前の研究所を、本気で復活して大学からの博士課程卒業者を優先的に積極的に受け入れるべきである。大学に金を出さず口だけ出すなと言いたい。いつまで企業人は「会社では博士出身者は融通性がなくて使い勝手が悪い」と言い続けるのだろうか? 今日、多様な個性を生かせないのは、会社の上層部の指導能力の欠如のせいだろう。

  博士課程に学生が進学してこなくなっているので、日本の大学のほぼ全分野で戦力が低下して、大学発の先端的研究成果の発出力が低下し続けていることは明々白々である。

  科学技術という抽象的な課題は国民うけがいまひとつなので「選挙の時の票に結びつかない」と国会議員選挙の候補者は考えているのだろう。研究者育成推進のみを選挙のスローガンにワンイッシューとして掲げる候補者が出ないだろうか。大学は危機である。大学人は団結すべきである。自衛隊は団結して国会議員佐藤正久 1等陸佐 (参21回(比例区)、参23回(比例区)、当選2回)を当選させているではないか。大学人は自衛隊の結束力に学ぼう。




2019-10-06 17:52 | カテゴリ:未分類

  Wikipediaの日本語の解説によれば、アルフレッド・ノーベルは、科学だけでなく文学も人類にとって重要であると認識し、遺言の中で「理想的な方向性の (in an ideal direction)」文学を表彰の対象に含めた、とある。
 

これだけではなにを言っているのか不明であるから、ノーベル文学賞の選考委員たちは、世の中の政治や経済や文化の流れに漂いながら、その都度適当な解釈をして、ノーベル文学賞受賞者を選んできたものと思われる。
   
        しかし過去の受賞者たちのその後の影響力をよく見てみると、
まさしく「理想的な方向性の文学」の実践者を選んできたのかなとも考えられる。
  

老爺心から言わせてもらうと、文学は若者の心理を深くえぐり、寄り添い、できればしんみりと震いだたせるようなものであってほしい。たとえ救いがない陰陰滅滅な絶望の記述のなかにも、たまには一条の光がほの見えるような作品であってほしい。
   

村上春樹の小説をずっと初期のころから読むと、彼の作風は過去の執筆活動の40年間の間に次第にそのような雰囲気を漂わせて来つつあると思う。
   

最近、雑誌「文学界」9月号に、村上春樹のロングインタビューが18頁にわたって掲載されている。この内容に関して、いつもはすばしっこい文芸評論家たちだが、いまだに誰も論評せずに沈黙を守っている。たぶんノーベル文学賞の発表があってから、春樹の受賞の如何に関わらず、彼らは安心してこのロングインタビューに絡めた論評を始め、後付けの村上春樹論を展開することだろう。
   

この村上春樹の「文学界」に掲載されたロングインタビューはノーベル文学賞選考委員たちにとっても非常に参考になる「受賞理由」がちりばめられていると小生には思われる。実に時宜に即したロングインタビューだと思う。
   
  願わくば、このロングインタビューの訳文がノーベル文学賞選考委員たちにまで届いていることを!
 

(森敏)
付記:我々自然科学者が研究評価の指標にする
独創性(originality)や先駆性(priority)
の観点から見ても、村上春樹の作品は総体的に見て
それを充足していると小生には思われる。
         
      

追記1.昨日(107日)本屋に行ったら、「文学界」11月号が出ており、そこに

     

「地下鉄サリン事件」以降の村上春樹 

-メタファー装置としての長編小説(前編) 

荒川泰久 

なる長文(45ページ)の村上春樹論が掲載されていた。なかなか読みごたえがあった。次号に後編が続くのだろう。楽しみだ。作家の文章をここまで詳細に分析切開解析してみせる<文芸評論>なる領域の迫力を感じた。


追記2.昨日(10月9日)今年のノーベル化学賞を旭化成の吉野彰フェローが受賞したというニュースが流れた。真に慶賀すべきことだと思う。
 ところで、日本の文化勲章にはノーベル賞受賞者枠というものが設けられているようで、いまだ文化勲章を受賞しないで、いきなりノーベル賞をもらった人物に <いそいで> その年の文化勲章を授与してきた。今年の吉野彰フェローは、まだ文化勲章はもらっていないので、それに該当する。なので、彼が今年の文化勲章受章者になるのは確実である。
   
 数日後に迫った、ノーベル文学賞に村上春樹氏が受賞すれば、彼も文化勲章をもらうことになるだろう。(ただし大江健三郎氏の場合のように文化勲章を拒否しなければの話なのだが。)
 私見では、村上春樹が日本の文化(はもとより、世界の文化)に与えている影響力は、どんな日本の文化人よりも群を抜いているように思われる。彼が文化勲章をもらわない方がおかしい。(夏目漱石は博士号を拒否したぐらいだから、村上春樹が文化勲章という「国家による格付け」を拒否するかもしれないという危惧はあるのだが)。

当たるも八卦当たらぬも八卦。そういうわけで、このブログは、今年のノーベル文学賞の発表日まで、更新しないでおきます
     
追記3.やはり吉野彰氏は文化勲章と文化功労者を受賞した。(10月29日 日経新聞)
 学者の佐々木毅氏ら6人に文化勲章政治学者の佐々木毅氏ら6人に文化勲章



2019/10/292019政府は29日、2019年度の文化勲章を政治学の佐々木毅氏(77)、狂言の野村萬氏(89)ら6人に贈ると発表した。文化功労者にはメディア芸術(ゲーム)の宮本茂氏(66)、歌舞伎の坂東玉三郎氏(69)ら21人を選んだ。文化勲章の親授式は113日に皇居で、文化功労者の顕彰式は同5日に東京都内のホテルで開かれる。

ほかに文化勲章を受けるのは数理工学の甘利俊一氏(83)、免疫学の坂口志文氏(68)、写真の田沼武能氏(90)、19年のノーベル化学賞を受賞する電気化学の吉野彰氏(71)。吉野氏は同時に文化功労者にも選ばれた。

ほかの文化功労者は映画評論の佐藤忠男氏(89)、照明デザインの石井幹子氏(81)、経済学の猪木武徳氏(74)、短歌の馬場あき子氏(91)、俳句の宇多喜代子氏(84)、映画の大林宣彦氏(81)、コンピュータービジョン・ロボット工学の金出武雄氏(74)、中国古典文学の興膳宏氏(83)、国語史学・国際交流の小林芳規氏(90)、時間生物学の近藤孝男氏(71)、社会貢献・国際貢献・文化振興の笹川陽平氏(80)、作物ゲノム学・学術振興の佐々木卓治氏(72)、日本画の田渕俊夫氏(78)、組踊の宮城能鳳氏(81)、漫画の萩尾望都氏(70)、障害者スポーツ振興の藤原進一郎氏(87)、分子薬理学の柳沢正史氏(59)、文化振興・国際交流・著作権の渡辺美佐氏(91)。
  

  
文科省は世界に赤恥をかかないためにも村上春樹氏を早々に文化勲章の受賞者にしたほうがいい。彼が受賞しないのは早稲田大学閥が文科省官僚にいないためか、東大閥の小説家が推薦しないからだろうか、とかんぐりたくなるね。


 




2019-10-04 09:39 | カテゴリ:未分類

本日(10月4日)の東京新聞には

 

「愛知トリエンナーレ2019」に対する補助金について、文化庁が一度決めた7830万円を交付しない、と決めた。そのことに対して、文化庁有識者委員野田邦弘鳥取大特命教授が

 

;;;;「後出しの理由)で不交付にされたら、自治体はたまったものではない。文化だけでなく、学術研究など、あらゆる活動が自粛していく。」と強い懸念を示し、委員の辞任を申し出た、と報道されている。実に正論であると思う。
    
  大学の研究者は科学研究費や競争的資金の受領者として、すでに決定された交付額を年次計画の途上で、減額されることがたまにある。小生の経験では競争的資金の場合は年度末に突然わずかに増額されることもあった。そういう突然の交付金の変動が起こるのは、政治家が主導でさまざまな思惑から毎年の国家予算の方向性を決めている中でも、何かの突発事項が起こったばあいには、そちらに国家予算を振り向けるために、真っ先にまず立場の弱い文科省予算からの吸い上げ要求が内閣府から来るからである。これはいわば緊急事態の場合である。


  そういう場合に備えて、文科省予算の競争的資金の場合には、「統括斑」があらかじめ、一定額を内部留保をしていて、大きな緊急事態が何もなかった年度の場合は、留保分を再分配するという場合があった。また、リーマンショックなどの景気変動で急激な税収の減少を招いたりする場合は年次予算の配分の大幅な減額が来て、小生が予定していた大型の機器が買えなくて非常に困ったことがあった。
 
  しかしこれまで、一度交付決定された予算が、その後不採択とされるような「ちゃぶ台返し」は文教予算では聞いたことがない。
      
  今回のように、すでに交付が決まっていて、すでに実施(開催)されている事業に対して、いまさら全く理不尽な「書類不備」などというばかげた理由で、予算の交付を撤回するという、「ちゃぶ台返し」は、法治国家としては決してやってはならないことである。
   
  今回のような、有識者会議などのあらゆる手続きをしない、不交付決定手続きの記録も残さない「不交付決定」は、萩生田光一新文部大臣が自分の存在をアピールするために、文化庁官僚に忖度させた、権力の乱用の所業としか小生には思えない。彼は独裁者だね。
   

  このような「後出しじゃんけん」で表現の自由を圧殺する手法が容認されれば、冒頭で紹介した野田邦弘特命教授がいみじくも語っているように、この忖度の「雰囲気」はじわじわと真綿で国民自身の首を絞めていくことになるだろう。事前の思想検閲に備えた忖度や自粛がすでに日本の各自治体で始まっているようだ。実に不快な底流だ。







(森敏)

追記1. 


結局『不自由展』は再開されたが、再開初日に河村たかし名古屋市長が会場前で座り込みして再開に抗議したとのこと。芸術の何たるかを理解していないこの人物はちょっと常軌を逸しているね。悪しきポピュリズムだ。この「表現の自由」に権力的に介入したがる政治家としてのポピュリズムは、ブーメランのようにいつか自分に跳ね返ってくるかもしれない。

話が横にそれるが
ドイツでは第二次世界大戦中のナチスの極悪非道であったユダヤ人600万人虐殺の展示を、あちこちの市町村が街角で常設している。これは断固として国が決めた過去の反省に立った「自己批判」と思われる。見る人が見ればドイツ政府自身による自虐史観的展示行為とも言えるものである。それでも戦後80年もたてば、世代変わりして、歴史が風化し、現今のようにネオナチが台頭してくるのだ。

追記2.


以下の国会答弁は萩生田光一詭弁だ。立法府で紅顔無礼な彼を何らかの処分をできなければ、今後も彼に勝手気ままな独裁的行政をさせないために、司法での裁判しかないだろう。愛知県知事は頑張ってほしい。傲岸な親玉を抱えることになって、全国の大学教員たちや文部官僚たちが苦虫をかみつぶしていることだろう。
  
  

「不自由展」補助金不交付 文科相は手続き不備強調 衆院予算委

毎日新聞20191011 1236(最終更新 1011 1236)

   

 萩生田光一文部科学相は11日午前の衆院予算委員会で、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」に関して「会場の安全や事業の円滑な運営にかかる事柄について、必要に応じ適宜の方法で申告していただくことが相当で、事業計画書の中に書けばよかった」と述べた。補助金の不交付決定の理由について、内容ではなく申請手続きの不備が理由であることを強調したもの。国民民主党の岡本充功氏への答弁。 
  
 
追記3.


以下、どこまでも ピントが<ずれまくる>河村市長。ちょっと救いがたい。
  

河村市長「不自由展支援しない」 大村知事は市長に謝罪など求め質問状

毎日新聞20191011 2030(最終更新 1011 2030)

 

8日に再開した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」について、名古屋市の河村たかし市長は11日、、「市は企画展を支援しない」と表明した。 「多くの人が快く思わない可能性のある作品がある。(閉幕までに)時間がなく、市民を守る必要がある」と理由を述べた。芸術祭実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事の携帯電話に直接電話し、留守電に吹き込んで通告したという。河村市長は報道陣の質問に対し、「社会的責任がある」とし、芸術祭の運営には協力する考えを示した。市の負担金支払いは明言を避けた。

 一方、大村知事は11日、8日の再開時に会場で抗議行動をしたとして、河村市長に謝罪と再発防止の確約を求める公開質問状を出した。

 河村市長は「陛下への侮辱を許すのか」と書かれたプラカードを掲げ、会場の愛知芸術文化センター(同市東区)敷地内に座り込んだ。大村知事は同センター条例の不許可掲示に当たるとし、「右翼を標ぼうする団体と一緒にヘイトスピーチまがいのシュプレヒコールを上げた。軽率だったでは済まされない」と指弾した。河村市長は報道陣に「(抗議は)芸文センターの外。団体とは関係ない」と説明した。【野村阿悠子、竹田直人】 
   
 
芸術祭の検証委設置へ 名古屋市、負担金の支出で

2019.10.15 13:41 産経新聞

 名古屋市の河村たかし市長は15日の定例記者会見で、企画展「表現の不自由展・その後」を開いた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の開催費用を巡り、不自由展実施の経緯を調べ、市負担分の支出の是非を判断する検証委員会を近く設置すると表明した。
 

 芸術祭実行委員会の会長代行を務めた河村市長は不自由展開催に強く反発してきた。会見で「なぜこんなことになったのか。公共事業としてふさわしかったかどうか検証しないといけない」と述べた。

 トリエンナーレは総事業費約12億円のうち、市は約2億円を負担する予定。18日が期限の約3380万円の支払いを当面留保する方針を改めて示した。残額は既に支出している。

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追記4.大村愛知県知事は実にまとも。この問題を風化させないために、裁判で法廷に萩生田光一文部科学相を引きずり出そう。
    

国際芸術祭への補助金不交付は不当

愛知県が不服申し出へ

20191023日NHKニュース

文化庁が愛知県で開かれた国際芸術祭への補助金を交付しないことを決めたのに対して、愛知県の大村知事は、決定は違法で不当だとして24日、文化庁に対し不服の申し出を行うことを発表しました。

今月14日に閉幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」をめぐっては、慰安婦を象徴する少女像や、天皇をコラージュした作品などに脅迫や抗議が集まりました。

この国際芸術祭について文化庁は先月、補助事業の申請手続きなどが不適切だったとして、およそ7800万円の補助金を全額交付しないことを決め、これに対して愛知県が裁判などで争う姿勢を示しています。

こうした中、大村知事は23日午後6時から臨時で記者会見し、文化庁の決定について「問題とされている企画展は106ある企画の1つで、予算も全体の0.3%にすぎないにもかかわらず、全額不交付になったのは裁量権を逸脱している」と述べました。

そのうえで「今回の決定は処分の理由に具体的な事実が特定されていないうえ、ずさんな調査や審査であり違法で不当だ」と述べ、24日、文化庁に対し不服の申し出を行うことを発表しました。
 
追記5.その後再開された 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」 の最中に出展アーテイストとの対話で、河村たかし市長は、
「大多数の人が不快に思う展示を公共の費用でするのはいかんじゃろうがね」と堂々と述べている。
この人物は <アート> と <選挙運動> を多数決原理で判断すべきだと 同列に置いてみてるんだということがよくわかる。
ちょっと救い難いね。

2019-05-22 06:27 | カテゴリ:未分類

  50年以上前の話である。
  
  統計学の名著であるスネデイガー、コクランの「統計的方法」の翻訳者である奥野忠一先生は、確か、当時は農水省の統計調査関連の部署におられたが、東大農学部の学生に対しても統計学の講師として出向いてきてくれて、主として実験計画法とその有意差検定法について、様々な事例を使って丁寧に統計学の初歩的な授業をしてくれた。(先生はのちに東大工学部の教授に転出されたと記憶している)

 

  先生の授業の中で、今でも印象に残っている言葉は、

「日本の統計は世界に冠たる信頼性のおけるものである」

というものであった。それは自分たちが日本の統計学を牛耳っているからである、という自負からくるものであったのではないかと今にして思う。

 

  爾来今日に至るまで、小生はその奥野先生の言葉を信じて、農林統計などは、活用させてもらっている。
各種作物(イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシなどなど)の国内総生産量や反当り収量の変遷、
各種肥料(窒素、リン酸、カリ、微量要素)の国内総生産量や反当り施用量の変遷、
各種農薬(除草剤、有機塩素剤、有機りん剤)の国内総生産量や反当り施用量の変遷などなど、
である。それらの統計データは、今から考えてみても、当時の日本の農業の変遷の実態をよくとらえて説明できていたと思う。

 

  ところが、である。最近の裁量労働制などの国会審議に伴って明るみに出てきたのが、厚労省による、データの改ざん(フェイク)である。安倍内閣の意向に沿った厚労省によるデータのねつ造や改ざんとしか思えない行為は、日本の統計の信頼性を根底から覆すものである。この問題は労働問題にはてっきり素人の小生にはあまりに複雑すぎて、口出しはできないものではあるのだが。
   
  しかし、この官公庁の役人によるデータの改ざんや、意識的なデータの間引きや、積極的な未採集、などは、日本のすべての官公庁に今や、蔓延しているのではないか? 下手をすると今日の農林統計なども融解が始まっているのではないか? と思わせるものがある。

 

  末端役人で調査データを収集させられる身になって考えてみると、余りに上層部からの内閣に対する忖度(そんたく)的な締め付けがきびしいと、

「どうせまじめにデータを収集しても、時の内閣によって、データがつまみ食いされてフェイクされるんなら、いい加減なデータをねつぞうしておこうぜ! 調査には、時間も、人手も、お金もかかるんだから、そんなことやめて、鉛筆をなめて数値を内閣の方針に合わせて迅速に適当に作る方が安上がりだし」

 

という、気持ちになりかねないだろう。こんな風に末端役人の行政意欲がとろけてしまうと、内閣府(行政機関)の政策基盤となるべき、信頼性の高い経年データが残されて行かないので、国による将来に向けての各省庁の政策を大きく誤らせる結果を招来することになるだろう。いや、すでにそうなっているような気がする。

 

  「忖度統計データ」をフェイクすることほど国策を誤らせる行為はないだろう。国がとろけるだろう。今でも安倍内閣の支持率が高いということは、そういうフェイクデータによる幻覚に国民が徐々に慣らされつつあるからかもしれない。

  近年頻繁に時宜に即してタイミングよく流されるNHKや内閣府による各種世論調査、各新聞社や調査機関による世論調査など、どこまで信用ができるのか、強く疑ってかかる必要がある。このような調査は母集団を如何様にも操作できるので、調査結果の発表自体が今後の世論の動向を左右しかねないからである。

 

  昔、25年前に「高度術社会のパースペクテイブ」(竹内啓研究代表: 数理統計学の権威. 現在学士院会員)という文科省の総合研究プロジェクトがあった。小生も総括班に参画させていただいていた。このプロジェクトには日本のいろいろな分野の統計学の専門家が参集していた。先日この中のメンバー3人に話を聞くと、今日のように、日本の調査統計がとろけ始めたのは、文科省などの統計研究分野に研究費が来なくなったのが大きい。それと同時に統計学研究者たちが、統計の重要性を、長らく社会に発信してこなかったから、国民が統計データは正しく収集されていることが当たり前、と考えてしまったからではないか? 研究者の中では行政によるフェイク統計の時代が来るなんて誰も考えていなかっただろう」ということである。

 

  公害問題が沸騰していた1970年代は増山元三郎、高橋晧正などの統計学者が真相究明に大活躍をした。

 

  今回を機に統計データの信頼性回復の手法について、統計学者の間で、真剣な議論を巻き起こしてもらいたいと切に思う。最終的には、そのソフトに掛ければその統計手法がインチキであるということが一目瞭然で判明するというシステムソフトを開発してほしい。これは愚かな統計学に無知な夢だろうか?

 
  
     
   
(森敏)
 
追記1:「統計でウソをつく方法」(ダレル・ハフ著 高木秀玄訳 BLUE BACKS刊)という有名な本がある。
この本にはテレビなどで印象操作されたデータやグラフにごまかされないための、基本的な知識が書かれている。ためになる本だと思う。
 
追記2: 以下転載記事です。
   

もうこれで「幕引き」なのか 統計不正審議で残る疑問 

朝日新聞2109年5月22日11時30分

 

 国の基幹統計である厚生労働省の「毎月勤労統計」で明らかになった不正問題。不正は他の統計にも波及し、国の統計への信頼を揺らがせる事態になった。開会中の国会では野党の追及が続いているが、政府側の答弁は従来の内容をなぞり、不正の背景はわからないままだ。6月26日の国会会期末に向け、このまま問題は「幕引き」となってしまうのか。

 21日の参院厚労委員会。毎月勤労統計の不正問題をめぐる集中審議は、野党側が追及したものの、政府側の答弁に新たな内容はなかった。国会会期末に向け、統計不正の集中審議は予定されておらず、与党は問題を幕引きとする考えだ。

 賃金動向などを調べる基幹統計の一つ、毎月勤労統計は、従業員500人以上の事業所は全て調べるルールだ。だが、厚労省は2004年に東京都分を抽出調査とする不正を開始。18年1月からは不正データを本来の調査結果に近づけるデータ補正もひそかに実施していた。

 だが、これらの不正がどういう経緯で始まり、なぜ途中で補正されたかの解明は不十分なままだ。

 根本匠厚労相が「第三者委員会」と位置づけた特別監察委員会の報告書は、担当職員らが不正を知りながら外部に伝えなかったことを「うそをついた」としながら、「意図的に隠してはいない」と組織的隠蔽(いんぺい)は否定。不正の詳しい動機なども読み取れない。

 この問題では、賃金データを上ぶれさせた18年1月の調査手法変更に首相官邸の意向が影響したかどうかも大きな論点となった。政府側は「影響はなかった」と主張したが、監察委は「検証の対象外」として調べなかった。

 野党は厚労省から補助金をもらう外郭団体の理事長が監察委のトップだったことから、「客観性に問題がある」などと批判する。

 21日の集中審議でも、立憲民主党の石橋通宏氏が報告書を念頭に「どうみても組織的な隠蔽なのに、監察委がそう認定しなかった。国民は信用していない」と批判した。これに対し、監察委の荒井史男委員長代理(元名古屋高裁長官)は「批判があることは承知しているが、監察委が客観的に調査した結果だ」と譲らなかった。

 この日の審議を通じ、厚労省が所管する一般統計の72調査のうち8割強の62調査で結果の数値の誤りや手続きの問題があったことも判明した。根本厚労相は「重く受け止めて、再発防止の対策を前に進めていきたい」と述べた。

 国民民主党の川合孝典氏は「(統計不正は)現場がやったと切り捨て、本来責任をとるべき人間が責任を取ろうとしない。そんな姿勢で再発防止はできない」と根本氏らを批判。野党からは「夏の参院選でも統計問題を争点にしないといけない」との声も上がる。

 国の統計に対する国民の信頼は揺らいだままだが、与党側は「すでに沈静化した問題で、新しい話も出ない」(自民党議員)との姿勢だ。与党のある幹部は「複雑で理解が難しいテーマは参院選の争点にはならない」と言い切る。(村上晃一)

 

追記3:本屋で漫画本を探しにいって、目的の本がなかったので、新書版の背表紙に目を移していたら、なんと、

「統計は暴走する」佐々木弾著 中公新書ラクレ刊 
という本があった。初版が2017年9月ということである。
著者は東京大学社会科学研究所教授という事である。
この本のことは全く知らなかったのだが、
わかりやすく 統計の魔術 が紹介されている。
サブタイトルは以下のようになっています。

統計以前の問題
統計はだます 詐欺・偽装編
統計は盗む 窃盗・横領編
統計は虐待する 中傷・虐待編
統計は殺す 殺人・環境破壊編
統計の暴走を許さないために

実に時宜にかなう刊行物ですね!
統計のインチキさを見抜く思想が満載されています。
嬉しいことに、この本の中には統計の数値や図表が一枚もなく、実に丁寧にわかりやすく書かれています。
これを読むと数学に弱い小生でも一皮むけて賢くなったように思いました。

  
  
追記4.半年後に、やっと以下の組織が設置された。この中に上記の佐々木弾教授がいるかどうかはわからない。

第三者が統計を監査へ

2019.12.25.朝日新聞

 

政府の統計改革推進会議(議長=菅義偉官房長官)は24日、民間の専門家や他府省庁の実務担当者が、第三者の視点から統計の作成過程を監査する仕組みの導入を了承した。統計の実務経験と能力を持つ人材を「統計データアナリスト」とする資格制度を創設し、統計作成時に資格取得者の配置も義務化する方針だ。

専門家らによる部会がまとめた提言を了承した。総務省統計局の体制を強化し、省庁間の連携を支援するハブ組織に整備することなども盛り込んだ。


2018-10-12 14:55 | カテゴリ:未分類
コウノトリはぐくむお米jpeg 
コウノトリ育むお米 有機米

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千葉の「幕張メッセ」で農業EXPOが本日までおこなわれている。(1010-12日)

「国際ガーデンEXPO,

「農業資材EXPO,

「次世代農業EXPO,

「6次産業化EXPO,

「道工具作業用品EXPO

に加えて、今年は大々的にブースを広げて

「日本の食品輸出EXPO」(ここだけで主催者によれば600社10000商品とのこと)が併設して開催されていた。

 

すぐには実用化を必ずしも期待されていない大学の研究紹介と異なり、すでに商品化されていたり、これからの商品としての可能性を探る試供品が、多数展示されていた。多くは中小企業の人たちの取り組みで、実に真剣な熱気が感じられた。小生はこのイベントに毎年参加して勉強させてもらっているので、今年も新しい企画や商品だけに興味を絞って、各所の展示ブースに立ち寄ったのだが、どのブースでも、うっかり立ち寄ると、熱心な説明員の売り込みに応答して多少の議論をしなければならないので、たえず気圧され気味であった。
 
  あまりにもブースの数が多すぎて、とても回り切れなくて、2日間だけでドット疲れた。ただし、「日本の食品輸出EXPO」の展示では、600もあるほほ半数のブースで、試食や試飲が出来たので、生来食い意地の張った小生にとってはとても楽しかったのだが。ここの商品は輸出狙いなので英語や中国語でのラベルが多く、会場はアジア系外国人バイヤーでごった返していた。

    

ところで、小生の一番の興味はどこかの業者が「米パン」を学校給食に採用する取り組みがないかであった。先日見たばかりのテレビでは、お茶碗に盛った “白いご飯”と並べて“小麦粉パン”を学校給食で児童に出してみると、およそ7割が、パンを選んだということであった。その理由として、ご飯は残すと先生に叱られる、食器を洗う手間がわずらわしい、などなど。それにくらべてパンなら完食できる、というような児童の感想が紹介されていた。

 

そこで子供たちにお米をどんどん食べてもらうためには、どうすればいいのだろうか? と考えた。「米パン」や「米あんパン」や「サンドイッチ米パン」を提供することが考えられる。そこで展示会場で大企業の小麦の製粉メーカーや、米粉メーカーや、米パンメーカーに、いろんな角度から質問を投げかけてみると、おおよそ以下のことが分かった。

 

 10年ほど前から学校給食にお米を取り入れることは文科省で薦められて普及しているが、使用量は頭打ちかむしろ低下傾向にある。「米パン」はもちもち感があることと、冷えると固くなるので、給食の時間のタイミングに合わせるのがむつかしい。日本ではパンのイメージが大略 “ふわふわ感” があるべきだと子供たちの頭に刷り込まれているようなので、冷えた「米パン」は、「これはパンではない」、という違和感があるのではないか。「米パン」にすると、現時点では国産のお米の原価が小麦の2倍である、。「米あんパン」などにすると子供達は食べるかもしれないが、さらに値段がかさむ。一食300円弱の学校給食で決められている値段ではほかの栄養成分のおかずなどに影響が出るので、とてもむつかしいだろう。

 

などと供給側は「米パン」で学校給食に食い込むのは実に消極的で、製品化する前にほぼ断念を強いられているようである。できない理由ばかり聞かされた。

    

それでも、米麺(べいめん)を細切りにしてサラダで提供したり、月に一食は地産地消農産物を採用すべきであるという自治体の規則で、辛くも週にいっぺんは米飯にしているところもある。というぐあいであった。

 

義務教育での「食育」は単に「栄養と健康」に関する知識ばかりでなく、当たり前のことだが、食べ物の生産と環境問題が切っても切れない関係にあることも教えるきっかけにすべきものである。お米の生産現場である水田の多面的機能(洪水時の貯水機能、景観保持機能、生物多様性の保持機能などなど)を環境問題として、しっかり教育すべきなのである。日本ではお米の生産は国土保全に必須である。だから子供のときからお米をおいしく、おなか一杯に食べてもらうことが必要である。

 

少子化の日本の次世代への教育投資は、今や喫緊の課題である。子供の健康な体を作り、環境問題に貢献する「お米食」はもっと強く推し進めるべきだと思う。それが限界にきているのなら、子供達が食べやすい「米パン食」 さらには「サンドイッチ米パン食」 などを学校給食用に開発すべきであろう。多少とも費用が掛かっても、次世代の育成と環境保全のためには実に安い投資だと思う。

   

正確な記憶でないのだが、今回文科省は学校の地震に危険なブロック塀除去対策に60億円、夏の高温の教室のクーラー対策に800億円を補正予算で計上したと、たしかテレビで報じられていた。

    

文部科学省の調査(2014年5月1日現在)で全国平均の学校給食費の個人負担の月額は、公立小学校高学年で4277円(1食あたり246円)、中学校4882円(同286円)ということである。これにあと毎食50円ぐらい国が負担すれば「サンドイッチ米パン」をつくることはさほど困難ではないだろうか? これだとおかずを米と共に摂取するので、一挙両得ではないだろうか? 
      
 
というようなことをつらつら帰りの東京駅まで40分ばかりかかる京葉線の鈍行のなかで夢見心地で考えていた。  


 (森敏)
 
追記:その後、2018年11月28日の朝日新聞朝刊に以下の小さな記事が写真入りで掲載されている。
口コミでも広がって売れるといいですね!

    
米粉のもっちりコッペパン
敷島製パンは、新潟県産米の米粉を使用したコッペパン「こめこ入りっぺ」を、12月1日から発売する。もっちりとした触感のパンに、北海道産あずきを使った粒あんと、道産練乳入りのクリームをはさんだ。想定価格は税込み110円。関東、中部、関西、中国地区のスーパーなどで扱う。

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