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WINEPブログ内で「 東京 」を含む記事

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2024-04-28 16:58 | カテゴリ:未分類
文京区立森鷗外記念館が 「教壇に立った鷗外先生」という特別展を開催している【4月13日(土)―6月30日(日)】。小生はこの記念館の年会員になっているので、本日はあまりの日照りの良さにかこつけて出かけた。ここのレストランで昼食をとる意図もあった。
 
今回の見学の目的は、これまでは森鴎外の作品などに興味があったのだが、実際には彼がドイツ帰国後、本当は小説を書きたいのに、陸軍省の勧めで陸軍軍医学校教官、校長としてや、陸軍軍医総監・陸軍省医務局長として、無理やり力を傾注せざるを得なかった栄養学や衛生学の分野での活躍を知る意味もあった。

鷗外は、陸軍衛生教程、衛生学教科書(上・下)、衛生新編(小池正直との共著:日本人による最初の衛生学教科書)、衛生学大意(談話の記録)を著わし、衛生学実習を指導した。研究面では小池正直と共著で「壁湿検定報告」、大井玄洞・飯島新吉と共著の「兵食検査の成績中タンパク及び温量多寡の事」という分析結果にもとづいて「戦時糧食品区分表に関する意見」、「戦時の兵食(鉄糧を除く)」などを上層部に上申している。(この件「付記」に後述)
 
さらに、新設の東京美術学校では岡倉天心に乞われて、美術解剖学で嘱託講師を務め、「芸用解体学」、「芸用解剖学 骨論之部」(久米桂一朗との共著)を表している。これはダビンチやミケランジェロの影響を受けたもののようで、ドイツの解剖学書者コールマンによる美術解剖学書「造形的解体学」の引き写しが散見されるようである。
 
鷗外は早稲田大学、慶応義塾大学でも教鞭をとり、国定教科書の編纂には死の直前の2年前までの長きにわたって参画している。
 
一通り特別展示の部分だけを見終わって(通常展示は飽きているので)、11時半ごろに一階のレストランで軽食をした。W字パンと、ヨーグルトと、ザワークラウトと、キュウリとオリーブの酢漬けとコーヒーで、しばし森鴎外が留学していたころのドイツを思い浮かべた。
 
(森敏)
 
付記:会場で880円で購入した「教壇に立った鷗外先生」というパンフレットによれば、
「明治22年、鷗外は兵食試験委員となった。兵卒など19人に米色、米麦混合食、パン食をとらせ、排せつ物からタンパク質、炭水化物などを定量分析し、たんぱく質の吸収量、摂取カロリー(温量)を比較した。そして米食が優位の結果を得る。結果をもとに、戦争時の兵士の糧食(食料)の増加量について、「戦時糧食品区分表に関する意見」を取りまとめた。これらは「携帯糧食審査に関する第一報告」として印刷され、携帯糧食改良の資料となった」
 
これが実は以下に記すように災いの元になっているのである。
   
以下生成AIが簡単にまとめてくれた、森鷗外が関係した「脚気論争」を紹介しておきます(昔のWINEPブログでも小生が独自に紹介しております)
    
森鷗外(本名:森林太郎)の時代には、日本の陸軍と海軍の間で脚気の原因と治療法について大きな論争がありました。

この論争は、特に日清戦争と日露戦争の間に顕著でした。陸軍では、森鷗外が主導し、脚気は「脚気菌」による細菌感染症であるとする説(すなわち主食は白米で良しとする)を支持していました。その結果、日清戦争では4000人以上、日露戦争では2万7000人以上の陸軍兵士が脚気で死亡しました。

一方、海軍では高木兼寛が脚気の原因が食事にあるという見解を早くから持っていました。彼は兵食に麦飯を取り入れ、海軍の脚気を大幅に減少させました。その結果、日清戦争では海軍兵士の脚気による死亡はゼロ、日露戦争ではわずか三人でした。

この論争は、後に「脚気論争」と呼ばれ、日本の医学史上の重要な出来事となりました。森鷗外の細菌説と高木兼寛の栄養欠陥説の間のこの論争は、脚気の真の原因と治療法の理解に大きく寄与しました。

最終的には、脚気はオリザニン、(のちにビタミンB1(チアミン)と命名された)の欠乏によるものであることが東大農芸化学科の鈴木梅太郎により明らかになりました。

2024-04-15 07:34 | カテゴリ:未分類
文京区の紅岸寺というところに花弁が緑の桜があるということが情報誌に掲載されていたので、のこのこと出かけた。

境内ではその桜の木が満開のところであった。遠目には全く地味な桜の木であったが、近接してみると不思議に魅力を感じた。
  

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本堂の正面上には「江岸禅寺」の額が掲げられており、ドアが閉められていて、中からどうやらお経らしきものを挙げている声が漏れ聞こえていた。どうやら禅寺らしい。

その本堂の前にパンフレットが数冊置かれており、その一冊『曹洞禅グラフ』というのをぱらぱらとめくっていると、「生成AI教」は誕生するか? というテーマで正木晃早稲田大学オープンカレッジ講師さんがエッセイを書かれていた。

その文章の中に、
酒井邦嘉・東京大学教授によれば 「生成AIと対話を繰り返していると、生成AIが相手の性格や好き嫌いを見抜いて、相手が喜びそうな答えを8割くらい出すという。したがって対人関係に悩む人にとっては福音で、最高の友人や伴侶になる可能性がある。そこにVRやARが加わったら、どうなるか考えていただきたい。
という問題提起をされていた。

そこで家に帰ってコンピューターで生成AIに聞いてみた(小生はスマホを持たないので)。

小生:
AIが宗教的な活動にどのように利用されるか知りたい。

Copilot(生成AI):
AIは宗教的な活動に様々な方法で利用されています。以下にいくつかの例を挙げます:
1. AIチャットボット: AIチャットボットは、一般的な宗教的な質問に答えたり、精神的なガイダンスを提供したりすることができます。これらのチャットボットは宗教的なテキストや教えをプログラムすることができ、宗教的なガイダンスを求める個々の人々に対して知識豊富な応答とサポートを提供することができます。

2。宗教的なテキストの解析: AIのアルゴリズムは大量のデータを解析する能力を持っており、個々の人々が宗教的なテキスト、伝統、教えをより包括的かつ文脈化された方法で探求することを可能にします。AIの深層学習の能力は、宗教的な原則のより深い理解と解釈を促進し、より情報に基づいた強力な宗教的なコミュニティを育成することができます。

3. 宗教的な儀式のAI統合: AIは宗教的な儀式に統合され、個々の信者に対してよりパーソナライズされた体験を提供することができます。AIは、個々の信者のユニークなニーズと信念に対応するように、宗教的な体験をカスタマイズすることができます。

4. 宗教的なリーダーシップとガイダンス: AIは、キリスト教のAIチャットボット、仮想イマーム、ヒンドゥー教の寺院のロボット司祭、AI統合説教、仮想現実の教会サービスなど、宗教的なリーダーシップとガイダンスに応用されています。

これらの例は、AIが宗教的な活動にどのように利用されているかの一部を示しています。しかし、AIが宗教的な活動にどのように利用されるかは、その宗教、そのコミュニティ、そしてその信者のニーズと信念に大きく依存します。


ということで、すでに宗教界で生成AIを取り込もうとしている動きがあることが分かった。

先週号の週刊新潮の五木寛之さんの随筆では、「新聞でAIが人生相談するコーナーが設けられる時代が来るだろうか」、みたいなことが書かれていたと記憶するが、宗教界ではすでにその動きがあるようだ。

なかなか面白いことになってきた。禅坊主も司祭も相当な修行を積まないと、生成AIに負けますぞ。


(森敏)



2024-04-07 19:22 | カテゴリ:未分類
  今朝はまれにみる陽気の桜日和であったので、ついつい家を浮かれ出てしまった。文京区の巡回バス(ビーグル)に乗って、数年ぶりになんとなく椿山荘に直行した。

人工雲海
椿山荘テラスからの眺め:人工雲海。左上は三重塔

  庭園内にある多数の桜がまさに満開で、テラスから向かいの小山の三重塔に向かって視界を泳がせていると、突然、湖面や塔の下の周辺などのあちこちから、霧が激しく噴出してきて、瞬く間に池面を覆い雲海を形成した。あたりにゆっくり3分間ぐらい漂って、そこから次第に建物にせりあがってきて消えていった。なかなか壮観な仕掛けであった。椿山荘にはしばらく来ていなかったので、こんな幻想的な催し物があるとは全く知らなかった。

  室内に入るとさりげなく小さなパンフレットが机の上に置いてあって、「東京雲海と夜桜雲海」と銘して30分ごとに昼も夜も霧を噴出している(夜はライトアップしてさらに幻想的であるようだ)との記載があった。

スライド1
和敬塾の門柱


  相変わらずレストランはお客が順番待ちなので、食事は断念して椿山荘の外に出た。外のいくつかのレストランも行列だったので、付近をしばらくさまよっていると、旧知の「和敬塾」前に来た。ここは村上春樹さんが学園闘争のころ2年間ほど住んでいたということで有名な民間の学生寮である。

  建物から学生が出てきたので門の入り口にある「令和6年度入塾式ご来場の皆様」という張り紙について質問してみた。

スライド2
入塾式の案内

「入塾式の訓辞は学生代表が垂れるんですか?」
「そうです。ここは全部学生が管理運営しています。」
「つかぬことをお聞きしますが寮費はいくらですか?」
「月に約9万3千円ばかりです。バストイレ付きで、朝晩食事付きです。昼食は必要なら弁当が買えます。」
「村上春樹さんの本には朝6時に起きて庭に出て国旗掲揚!とかかれていますがまだその風習はありますか。」
「あれは嘘です。創作ですね。この寮は、今は右も左もありません。」
インターカレッジな寮なんですね?外国人も受け入れていますか?
「いますよ」
「お二人はどこの大学ですか?」
「早稲田大学です。」
「頑張ってください!」

スライド3
問答に応じてくれた二人の早稲田生

  写真を撮らせていただいて分かれた。しばらく見ていると、新しい塾生の父兄と思しきカップルが3組ばかり入塾式の講堂に入っていくのが目に入った。ご両親はどんなお気持ちなんでしょうね。小生にはとんと忘れてしまった昔の出来事です。

  (60年も前になるが、小生は東大三鷹寮と、今は無き東京学生会館(インターカレッジ寮)で人間的にずいぶんと鍛えられた。)

  そこから坂道を下って細川庭園内を横切って、江戸川に出て、川沿いに歩いたが、超満開の桜でまぶしくて頭がくらくらするぐらいだった。川面はまだ花筏ができるほどの鮮明な桜の花びらの流れではなかった。散華までにはあと1週間ぐらいは持ちそうだ。

  時々杖を突いて立ち止まって休憩しながら歩いたが、こんなに天晴れで陽気な気候のもとの、素晴らしい桜を見ることはもうこの先ないかもしれないと思ったことである。
  
(森敏)

追記:翌日、江戸川区で風速26.2メートルの突風が吹き、都内の桜が急速に散り始め、江戸川の花筏がテレビで映されていた。
2024-03-28 16:43 | カテゴリ:未分類
以下は、大西 拓磨さん(東京芸術大学美術学部建築家・懲戒退学)と田村かえさん(東京大学理学部物理学科物理学専攻)が、公園のベンチに腰掛けてのコラボのYouTube

【すべすべ】ランダムな命題を証明してみよう【ゲスト:たむらかえ】YouTube

からの引き写しです。(無断転載です)

大西さんが2つの日本語の単語をランダムに出して(世の中ではランダム単語ガチャとよぶらしい)、その二つの単語が同じ意味を持つものであるということを田村さんが証明してみせるという、なかなか面白い問答です。

  以下に10個の命題と、その証明(回答)を転載しました。

〇 「感情は階段である」ことを証明せよ。
回答:有限個の言葉によって認知されることで、離散的に上がったり下がったりする。

〇 「練習はサラダである」ことを証明せよ。
回答:メインに向けて体調を整えるため、いろいろな種類をバランスよく取り合わせるものだ。

〇 「パンツは音である」ことを証明せよ。
回答:パンツという文字列は、意味内容以前にPáNTSU という音を表しているから。

〇 「春夏秋冬は健康である」ことを証明せよ。
回答:典型的な四季の巡りを感じられることは、地球環境が健康であることの証だから。

〇「ウィークエンドはドーナッツである」ことを証明せよ。
回答:ウィークエンドにはジョッキやマグカップで乾杯するので、こういう持ち手がある容器はトポロジー的にはドーナッツの仲間だから。

〇「彼氏は保証金である」ことを証明せよ。
回答:社会的能力があることを示すために、一定期間支払わねばならないコストだから。

〇「高校生は世界地図である」ことを証明せよ。
回答:個人を情報源として比較するとき、とくに広く浅く世界を知っている者だから。

〇「ナウマンゾウは写真週刊誌である」ことを証明せよ。
回答:週刊誌に作られた芸能人像のように、断片的な資料としてしか存在していないから。

〇「ナポリピッツァは性犯罪であることを証明せよ。
回答:フードポルノ(生理的欲求を煽って人々の健康を阻むイメージの頒布)だから。

〇「天地の差は耐用年数である」ことを証明せよ。
回答:良い状態と悪い状態の間の距離を、別の次元で捉えたものにすぎないから。


以上の問答は頓智(とんち)問答のようなところがあるが、相当柔軟に頭をひねらないと出てこない回答であると思う。
 
田村かえさんによる回答が、大西 拓磨さんによって命題として提示された、2つの単語の背景にある普段は認識されていないアナログ情報である、「パターンの類似性」 で成立していることがわかる。この田村かえさんの ”脳内作動のからくり” は、かなり創造性理論の本質をついている。だからここで紹介させていただいた。

最近知ったのだが、大西 拓磨さんはいつもボーとしている状態で創造性に関して考えている御仁らしい。

  その、他人から見れば奇人変人であるが故の奇矯な学内での振る舞いが、東京芸術大学の校風(枠組み)に収まり切れないらしくて、懲戒退学処分なるものを食らったようである。フリーターの後、現在では『孫正義財団』の支援を受けて生活できている(とのことです)。


(森敏)
2024-02-07 15:12 | カテゴリ:未分類
今週号の週刊誌「AERA」が「叱れない社会」という特集をやっている。
  
新聞でこの週刊誌のタイトルを見て、わが人生で「叱られた」経験の記憶を思い出してみたら、なぜか、たった一つしか思い出せなかった。それが以下の60年前の話である。
  
大学院修士課程のときに、東京大学植物栄養肥料学研究室の三井進午教授が日本学士院賞の受賞が決定した。6月に天皇陛下の前での発表と身内での祝賀会があるというので研究室がなぜか湧きたっていた。
  
ある時教授室から出てきた三井先生に「祝賀会には背広で参加しなければいけませんか?」と質問したところ、先生が珍しく怖い顔で「君、背広の一着ぐらい持っておらんのかね?!」とにらみつけられた。
  
それで震えあがって、夏休みに急いで芦屋に帰って、このことを母に告げると、母はすぐに大阪の道頓堀の呉服店に小生を連れて行って採寸させて、わが人生初の背広を仕立てさせた。
  
祝宴会に間に合って、胸をなでおろした。。。。。。。という顛末が今でも強烈だ。
  
これ以外は、わが人生で「叱られた」経験も、「怒られた」経験もない。対人関係に鈍感だったからだろうか。都合の悪いことはすぐ忘れる健忘症だったからかもしれない。
  
別件だが、
灘高校では「𠮟られた」経験はなく、英数国の教師から3年間ずっと「嫌がらせ」(いまでいう「いじめ」)を受けた経験が満載である。小生自身が教師をものとも思っていなかった(たぶん今でいう「発達障害児」だった?)ので、なんとか耐えたのだと思う。

現在YouTubeで灘高卒業生がしきりに発信している「雷獣チャンネル」を時々見るのだが、今の灘高は小生のころと隔世の感があるようだ。 生徒たちは十分すぎるほどに自由を謳歌しているようだ。
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