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2019-11-25 15:31 | カテゴリ:未分類

 

 

 

 

中国の友へ
香港での市民革命が始まった。貴君が貴国のニュース源で、昨日の香港の投票の様子を、正確に伝えられていない可能性があるので、本日の日本の朝刊各紙から抜粋して無断転載します。拡散してください。

  
           

【香港=渡辺伸】香港で24日投票が行われた区議会(地方議会)議員選挙で、民主派が圧勝する見通しとなった。香港メディアによると、民主派は全452議席のうち8割超を押さえ、選挙前の約3割から大きく躍進する。民主派は区議選をデモの賛否を問う「住民投票」と位置づけてきた。デモ支持の民意が示されたとして、普通選挙などの要求を強める可能性がある。

民主派が区議会選で過半数以上を獲得するのは1997年の中国返還後で初めて。地元メディアの香港01によると、議席数(日本時間25日正午時点)は民主派が385、親中派が58、いずれにも分類できないその他が8議席を獲得する。全18の区議会のうち大半で、民主派が過半数以上の議席を獲得する。香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(電子版)によると、15年の前回選挙は民主派が126、親中派が298、その他が7議席だった。

投票者数は約294万人と、前回から倍増した。暫定の投票率も47%から71.2%に高まり、中国返還以来の直接選挙で過去最高を記録した。6月に大規模デモが始まってから初めての主要選挙で、有権者の関心が高まった。この区議会選は議員1人を選出する小選挙区制度のため、民主派が地滑り的な勝利をおさめた。

区議会は地域にかかわる政策を政府に提言する機関で実質的な権限は大きくないが、政府トップの行政長官を決める選挙委員1200人の1割程度にあたる117人が割り当てられる。香港メディアによると、民主派は22年の行政長官選で117人すべての選挙委員枠を獲得する見通しだ。

民主派の圧勝により、デモ参加者が掲げてきた「五大要求」が強まる可能性がある。五大要求のうち、大規模デモのきっかけになった、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せるようになる逃亡犯条例改正案の撤回は実現した。

だが、デモを暴動とする政府見解の撤回、デモ参加者の逮捕・起訴の中止、警察の暴力行為を調べる独立調査委員会の設置、普通選挙の実現――という残る4つの要求は実現していない。

民主派はデモに参加する若者など積極的に候補者擁立を進め、すべての選挙区で親中派と対決する構図になった。デモの取り締まり強化を進める政府や警察への反発も民主派を押し上げる要因になった。親中派は社会の安定を訴えたが、劣勢をひっくり返すことはできなかった。

区議選前にはデモによる交通妨害などで選挙を円滑に実施できるか疑問視する見方もあった。しかし選挙直前に過激なデモがいったん止まり、予定通り全選挙区で投票が行われた。     

 

     

【香港時事】
 
香港区議会(地方議会)選は25日、民主派が親中派に圧勝し、過半数を獲得したことで、反政府デモに強硬姿勢を貫いた香港政府トップ林鄭月娥行政長官を批判する民意が示された。林鄭氏はレームダック(死に体)化し、政権運営はますます困難になった。民主派の躍進により2022年の次期行政長官選(任期5年)など香港政局にも影響を与えることは必至だ。
 香港の識者の間では、「(中国政府は)デモへの強硬措置を含む汚れ仕事を林鄭長官に全て背負わせた上で、事態が落ち着いた段階で更迭するのではないか」との見方もささやかれている。
 区議会は地域の課題を政府に提言する立場で、政権運営に関与しないが、区議は行政長官を選ぶ選挙委員会に影響力を持つ。長官選は1200人の選挙委員会による間接選挙だが、選挙委には区議枠があり、区議会で過半数以上の議席を占める派閥は最大117人を送り込めるからだ。
 現在は親中派が区議会議席の約7割を占めるので、選挙委割り当ても親中派が全てを握る。今回、過半数を獲得した民主派がこれに取って代わることも可能になる。現選挙委の中で民主派は325人にとどまるが、仮に117人が合流した場合、440人超になる計算で、行政長官選への影響力は格段に増す。
 しかし行政長官の任命は中国政府が主導するため、実際に民主派寄りの候補が就任する可能性は皆無だ。ただ民主派にとっては、比較的考え方の近い親中派候補の選出に向け、民主派票をまとめるといった動きも取りやすくなるなど中国政府に間接的な圧力を与えられ、中国政府は香港政策の練り直しを迫られることになりそうだ。

     

 【香港=角谷志保美】
    
香港と中国両政府への抗議運動が続く香港で24日に行われた区議会選挙(地方議会選に相当)は、民主派が直接選挙による議席数の約85%を獲得して大勝した。区議選を抗議運動への支持を問う「住民投票」と位置付けてきた民主派は、結果を受けて政府への要求を強める構えだ。

 選挙管理委員会の発表に基づく香港メディア「香港01」の報道によると、25日午前11時半(日本時間午後0時半)時点で、452議席中451議席の集計を終え、民主派が385議席、親中派が58議席となった。民主派の議席は選挙前の約3割から大幅に増えた。民主派が区議選で過半数を制するのは、1997年の中国返還以来、初めてだ。

 選挙は警官隊の厳戒態勢下で行われ、投票率は71%と、中国返還後、最高を記録した。投票者数も、過去最高の294万人となった。抗議運動の激化で、一時は区議選の実施が危ぶまれたが、デモ隊側は投票日前の数日は過激な活動を控え、選挙は大きな混乱なく行われた。

 民主派は、区議選について、警察のデモ隊への暴力を調べる独立調査委員会の設置や行政長官選挙の民主化など「5大要求」への信任投票と位置付けていた。

 6月から100万人規模(主催者発表)の抗議デモを3回主催している民主派組織・民間人権陣線(民陣)の(しん)子傑(しけつ)代表ら、積極的に抗議運動に携わってきた候補者が続々と当選した。

 岑氏らは当選後、「これは抗議運動への信任投票だ。政府が実施した選挙でも民意が明確に示された。政府は5大要求に対応すべきだ」と求めた。民陣は12月8日にも抗議集会を予定している。

 一方の親中派は、現役の立法会(議会)議員を含む重鎮が次々と落選した。

 中国の習近平(シージンピン)政権の指示で、香港政府はデモ隊への批判を強め、抗議運動への取り締まりを強化してきた。しかし、区議選では、デモの住民生活への影響が広がる中でも、抗議運動への支持が根強いことが示された。

 来日中の中国の(ワン)(イー)国務委員兼外相は25日、首相官邸で記者団に香港の区議選について問われ、最終的な結果が出ていないと指摘した上で、「何が起きようと、香港は中国の領土の一部だ。香港の安定と繁栄を損なう、いかなる企ても実現はできない」とけん制した。

 親中的な香港紙・大公報は25日、親中派議員の事務所がデモ隊の襲撃で破壊された写真を1面に掲載し、「暴力と脅しで公平な選挙ができなかった」と主張した。中国側は今後、選挙の有効性に疑問符を付け、選挙で示された「民意」を否定する可能性が高い。
        

         

 

 【香港=三塚聖平】

     
香港メディアは25日朝、前日に投票が行われた区議会(地方議会)選挙で民主派が圧勝したと報じた。開票は25日午前も続いているが、香港メディアは直接選挙で選ぶ全18区で計452議席の8割超を民主派が獲得するとの見通しを伝えた。1997年の中国返還後に民主派が過半数を獲得するのは初めて。「逃亡犯条例」改正問題に端を発した抗議デモが本格化した6月以降に香港全域で行われる選挙は初めてで、民主派は政府の対応の賛否を問う「住民投票」と位置づけていた。
      
 香港ネットメディア「香港01」は25日朝、途中経過として、民主派が8割超の363議席を獲得すると報じた。選挙前は約7割を占めていた親中派は47議席にとどまるとした。

 選挙管理委員会によると暫定の最終投票率は71・2%と、過去最高だった前回2015年の47・01%を20ポイント超も上回った。投票者数は約294万人。香港メディアによると中国返還後の香港での直接選挙で最も高い投票率で、80%を超えた選挙区もあるという。
      

 親中派の大物として知られる何君堯(か・くんぎょう)氏の敗北が伝えられるなど、多くの選挙区で民主派新人が親中派の現職を破った。民主派陣営から立候補した日本人の賣間(うるま)国信さんは落選した。

 選挙前には投票所の襲撃情報が流れ、投票が早期に打ち切られるという観測もあった。重装備の警察官らが警戒にあたる厳戒態勢が敷かれたが、結果的に大きな混乱はなかった。
      
 区議会には地域の法律や予算を決める権限はなく、地域の問題で政府に提言する役割しかない。だが、452議席を1人1票の直接選挙(小選挙区制)で選ぶ区議会選は香港で最も民意が反映されやすい選挙とされる。区議会選の結果を受けて香港政府や中国政府がどのような反応を見せるかが、抗議デモの行方に影響を与えるとみられる。

         

     

 (香港=益満雄一郎)

      
政府への抗議デモが続く香港で24日に行われた区議会選挙で民主派が圧勝し、一部香港メディアは全452議席の8割を超える386議席を獲得したと報じた。1997年の中国返還後、民主派による過半数の獲得は初めて。香港メディアが25日未明、報じた。民主派の勝利が確実になったことで、中国政府は香港政策の見直しを迫られる可能性がある。

 民主派の改選前の議席は約3割で、今回の選挙で大幅に躍進した。民主派はデモを支持する民意が示されたとして普通選挙の実現などの要求を強める構えで、今後の香港情勢に大きな影響を与えそうだ。

 区議選の投票率は暫定で71・2%に達し、過去最高だった前回選挙の最終的な投票率を約24ポイント上回った。市民やデモ隊の要求を拒み続ける香港政府への不信や政治変革を求める機運が高まったことで、投票率が大幅に上昇した。

 民主派は選挙戦で、デモに参加する若者らを積極的に擁立し、全選挙区で親中派と対決する構図となった。香港・中国の両政府を支持する親中派は社会の安定を訴え、巻き返しをはかったが及ばなかった。

 区議選は1人1票の直接選挙で争い、香港で最も民意を反映しやすい選挙とされている。6月にデモが本格化してから最初の選挙で、政府への信任を問う「事実上の住民投票」とも言われた

      

     

〈解説 (香港・坪井千隼)〉

     
香港の区議会選挙は、民主派が歴史的な圧勝を収めたことで、デモを支持する明確な民意が示された。抗議活動が六月から続き混迷が続く香港は、大きな節目を迎えた。

 区議会は地域課題について政府に提言する役割で、立法権はない。だが今回は抗議行動に対する住民投票の意味合いが強い。

 投票所で取材した有権者からは、過激なデモ活動への不安や香港経済に与える影響を危惧する声も上がった。だが実弾を発射したり、市街地に大量の催涙弾をばらまく警察・政府への怒りや、「一国二制度」によって香港が大切に守ってきた「自由」や「人権」が、このままでは奪われてしまうという恐怖心が、それを上回った。

 今回の選挙結果を受け香港政府は、「警察の暴力に対する独立調査委員会の設置」や「普通選挙の実現」など、デモ隊が求めてきた政治要求に応じるよう迫られる。大学などで過激な行動を展開してきた「勇武派」の若者たちは、区議選が延期されないよう一時的に活動を控えてきた。香港政府が具体的な対応をとらなければ、過激な活動が再開される可能性は高い。

 香港政府の後ろに控える中国政府は、香港への強硬姿勢を強めており、デモ隊の要求を容認する可能性は低い。だが、ここまで明確な民意が示された中、デモへの強硬姿勢が続けば、国際社会の批判も一層強まるだろう。

     
     
【香港=坪井千隼】香港の区議会議員選挙(地方議会、十八区で直接投票枠四百五十二議席)は二十五日、開票が終了し、民主派が議席の約85%を獲得し圧勝した。改選前に七割近くの議席を占めていた親中派は惨敗。抗議デモに強硬姿勢で挑む香港政府と中国の習近平指導部に対し、香港の民意がノーを突き付けた。民主派が過半数を獲得したのは、一九九七年の中国への香港返還後初となる。

 抗議活動が民意の支持を得たことで、香港への介入を強める中国に対する反発がさらに強まりそうだ。ただ、デモ隊による「五大要求」に対して中国や香港政府が譲歩姿勢に転じるかどうかは見通せない。

 香港メディア「立場新聞」によると、民主派が三百八十八議席を獲得。親中派は五十九議席にとどまった。得票率では、民主派が57%、親中派が41%だった。六月にデモが本格化して以来、民意を問う初の機会。市民の関心は高く、投票率は71・2%となり、返還後最高だった二〇一五年の前回(47・0%)を大幅に上回った。

 区議会は香港政府トップの行政長官を選ぶ選挙委員会千二百人のうち百十七人を選出する区議会議員枠があり、香港メディアによると圧勝した民主派がすべて獲得する見通しだ。行政長官選挙にも大きな影響を与えることになるため、中国が選挙制度の規則変更などを通じて民主派への圧力を強める可能性もある。(11月26日 東京新聞朝刊)

   
    

(森敏)


追記1:案の定、朝日新聞北京支局からの報道では、中国紙による国内報道は、この香港選挙の集票結果とその獲得議員数などの数値が、全く公表されていないということだ。なんという法治国家なんだろう! この破廉恥とも思わない報道管制はまるっきり共産党・習近平・封建・王朝だね。「民は寄らしむべし、知らしむべからず」

追記2.
【香港=共同】 「香港人の勝利だ」「政府に対する不満の結果だ」。二十五日未明、香港区議会(地方議会)選挙で当選を決めた民主派候補者らは、興奮した様子で支持者らと喜びを爆発させ、民意に沿うよう政府へ求めた。一方、惨敗した親中派の候補者は「異常だ」とぼうぜん自失となった。 

 六月以降大規模デモを先導してきた民主派団体「民間人権陣線」の岑子傑(しんしけつ)代表(32)は、対立候補と新界地区の開票所で開票作業を見つめた。当選が分かり大歓声が上がると、涙ぐむ支援者と抱擁。右腕を突き上げ「(普通選挙の導入など)五大要求は一つも欠けてはならない」と叫んだ。

 岑氏は八月と十月にバットを持った男らに襲われ負傷しており、恐怖を感じながら選挙を戦った。社会全体の政治的関心の高まりが結果につながったとし、目を赤くしながら「香港人の勝利だ」と語った。

 二〇一四年の香港大規模民主化デモ「雨傘運動」のリーダーで、立候補を無効とされた黄之鋒(こうしほう)氏の代わりに出馬した林浩波(りんこうは)氏(40)も当選。「香港、中国両政府への不満が結果に反映された」と話した。

 「天地がひっくり返った。異常な選挙だ」。落選した親中派の弁護士何君尭(かくんぎょう)氏(57)は自身のフェイスブックへの書き込みで動揺を隠さなかった。親中派の女性候補者は「政府の貧弱な統治」が敗北の原因と強調、香港政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官を批判した。



2019-11-05 11:48 | カテゴリ:未分類
図1  
 図1 google map 上に氾濫地点を赤い矢印で表示した。崩壊地点のすぐ上流の橋は鷹ノ巣橋 
 
図2

図2.鷹ノ巣橋から下流を眺めた左岸。先の方が崩壊している


 
 
 
 図3  
 図3.図2の堤防崩壊付近の拡大図
 
 
図4 
 図4 越水して堤防の背側がくずれて、池ができて、草木が拡散している
 
 
 図5
図5.鷹ノ巣橋から上流左岸の眺め。右下にサケの魚道がある。滔々と流れて来ている。ここの堤防は橋が越水していても崩れていない。
 

 
 図6
 図6.鷹ノ巣橋を右岸から眺めた。橋脚に草木が絡みついている。向こう(左岸)には橋が越水した時の灌木などが打ち上げられている。堤防の下は魚道。
 
 
図7 
 図7.やすらぎ荘の空間線量計 6.589マイクロシーベルト/h。
 

 
 
土砂汚染図1 
河川の土壌粒子が宮城県、福島県、茨木県の太平洋にも流れ込んでいることがわかる。
   
   


浪江町を流れる普段は実に美しい高瀬川渓谷の流れは下流で請戸(うけど)川と合流して請戸漁港手前の太平洋に流出する。ちょうど国道253号線(落合浪江線)が高瀬川に接する間際に、鷹ノ巣橋という、(橋のパネルによれば平成2年に竣工された)頑丈な橋がある。(図1

   

我々はいつもこの橋を渡って、この高瀬川が180度湾曲している、その孤島のような内陸部の川沿いにある「老人憩の家 やすらぎ荘」という老人ホームで定点調査を行っている(図1)。この建物は原発事故で強度に汚染されて今は閉鎖されているが、永久に使用されることはないだろう。その理由は、ここの庭に公的な定点観測装置が設置されていて、我々が浪江町の帰還困難区域に調査に入ることを許可されて、入れた2015年ごろには、ここの空間線量は10µSv/h以上という高い値を示し、建物の内部も放射能汚染がひどかったからである。

 

今回もこの鷹ノ巣橋を渡って、対岸のこの建物敷地の調査に入ろうとしたら、なんと! 橋のたもとに異常な量の枯れた流木や枯草の茎や根が集積していた(図6)。小生には一目で、この橋の左岸が越水したためだと分かった。そこで橋のたもとに車を止めて、橋から下流と上流を観察したら、下流側の50メートル下の堤防が崩壊していた(図2、図3)。堤防の裏の土地に10メートルx20メートルぐらいの大きさの陥没池ができていたので、堤防を越えた川水の越水によって、堤防の裏側が削られて、コンクリートの堤防が崩壊したことが容易に想像された。越水によって逆流した橋のたもとの家屋?が散々に崩壊していた。橋と堤防から乗り越えてきた土砂や草木が建屋全体にかぶさっていた(図4)。

 

橋の上から眺めると左岸の上流側と下流側にかけて、なんとサケの魚道ががっしりと100メートルばかりにわたって施工されていて、皮肉なことにそれはびくともしていなかった。淡水漁業組合による強い要請を受けて、しっかりと作られているものと思われた(図5)。

 

平成2年浚渫のこの橋の橋梁は頑丈な1本であったためか、ここには上流側の上部に多くの草木が絡まっていたが、多くの流木はここに絡まずに下流に流れて、橋の崩壊はなく、健在だったようである(図6)。

 

今回、件の「やすらぎ荘」の敷地は6.589µSv/hという空間線量を示していた(図7)。過去の写真撮影からの記録では20161113日には9.888μSv/hであったので、この3年間の放射性セシウムの半減期から計算した減少率からすると少し急激すぎる。やすらぎ荘の敷地は低地にあり、孤島の山側から急こう配でこのやすらぎ荘の周りを経由して高瀬川に流れこむ土砂が放射能をいくらかは消し去ることになったかもしれない。今回やすらぎ荘の中まで浸水した様子がなかったのだが。

 

今後も異常気象で、台風や豪雨のために、福島の山林の放射能は、意外に土壌表面の強度に汚染した落ち葉層や腐植層や土壌の粘土鉱物自身が豪雨でえぐられて、河川を通じて、海洋に放流される率が高くなるのかもしれない。そのために沿岸では低質にすむカレイなどの魚が、一時的に放射能値が上がる可能性がある。漁業組合にとっては、耐えられない事態であるのだが。(先日も2019104日に福島県5.2キロ沖でとれたシロメバルが100ベクレル/kgという基準値以下ではあったが、53ベクレル/kgであったということで、漁業組合でも販売中止問題になったところであった。)

 

実際、JAXAの人工衛星画像でも、かなりの遠洋沖まで、今回の1013日の15号台風の豪雨により、河川の流砂が太平洋岸に拡散している最中であることが明白である。(JAXA衛星画像参照) 

 

   
(森敏)


追記1.この辺りは帰還困難区域に指定されているので、普段は人があまり通らないところなので、氾濫しても堤防の修復はずっと後回しになるような気がする。


追記2.11月14日の時点でも、朝日新聞や福島民報でも、福島県内の調査でこの場所が決壊していることの報道が全くなされていない。誰が調査をしているのかがわからないが、帰還困難区域の調査は後回しなっているのだろう。

 

 

2019-10-04 09:39 | カテゴリ:未分類

本日(10月4日)の東京新聞には

 

「愛知トリエンナーレ2019」に対する補助金について、文化庁が一度決めた7830万円を交付しない、と決めた。そのことに対して、文化庁有識者委員野田邦弘鳥取大特命教授が

 

;;;;「後出しの理由)で不交付にされたら、自治体はたまったものではない。文化だけでなく、学術研究など、あらゆる活動が自粛していく。」と強い懸念を示し、委員の辞任を申し出た、と報道されている。実に正論であると思う。
    
  大学の研究者は科学研究費や競争的資金の受領者として、すでに決定された交付額を年次計画の途上で、減額されることがたまにある。小生の経験では競争的資金の場合は年度末に突然わずかに増額されることもあった。そういう突然の交付金の変動が起こるのは、政治家が主導でさまざまな思惑から毎年の国家予算の方向性を決めている中でも、何かの突発事項が起こったばあいには、そちらに国家予算を振り向けるために、真っ先にまず立場の弱い文科省予算からの吸い上げ要求が内閣府から来るからである。これはいわば緊急事態の場合である。


  そういう場合に備えて、文科省予算の競争的資金の場合には、「統括斑」があらかじめ、一定額を内部留保をしていて、大きな緊急事態が何もなかった年度の場合は、留保分を再分配するという場合があった。また、リーマンショックなどの景気変動で急激な税収の減少を招いたりする場合は年次予算の配分の大幅な減額が来て、小生が予定していた大型の機器が買えなくて非常に困ったことがあった。
 
  しかしこれまで、一度交付決定された予算が、その後不採択とされるような「ちゃぶ台返し」は文教予算では聞いたことがない。
      
  今回のように、すでに交付が決まっていて、すでに実施(開催)されている事業に対して、いまさら全く理不尽な「書類不備」などというばかげた理由で、予算の交付を撤回するという、「ちゃぶ台返し」は、法治国家としては決してやってはならないことである。
   
  今回のような、有識者会議などのあらゆる手続きをしない、不交付決定手続きの記録も残さない「不交付決定」は、萩生田光一新文部大臣が自分の存在をアピールするために、文化庁官僚に忖度させた、権力の乱用の所業としか小生には思えない。彼は独裁者だね。
   

  このような「後出しじゃんけん」で表現の自由を圧殺する手法が容認されれば、冒頭で紹介した野田邦弘特命教授がいみじくも語っているように、この忖度の「雰囲気」はじわじわと真綿で国民自身の首を絞めていくことになるだろう。事前の思想検閲に備えた忖度や自粛がすでに日本の各自治体で始まっているようだ。実に不快な底流だ。







(森敏)

追記1. 


結局『不自由展』は再開されたが、再開初日に河村たかし名古屋市長が会場前で座り込みして再開に抗議したとのこと。芸術の何たるかを理解していないこの人物はちょっと常軌を逸しているね。悪しきポピュリズムだ。この「表現の自由」に権力的に介入したがる政治家としてのポピュリズムは、ブーメランのようにいつか自分に跳ね返ってくるかもしれない。

話が横にそれるが
ドイツでは第二次世界大戦中のナチスの極悪非道であったユダヤ人600万人虐殺の展示を、あちこちの市町村が街角で常設している。これは断固として国が決めた過去の反省に立った「自己批判」と思われる。見る人が見ればドイツ政府自身による自虐史観的展示行為とも言えるものである。それでも戦後80年もたてば、世代変わりして、歴史が風化し、現今のようにネオナチが台頭してくるのだ。

追記2.


以下の国会答弁は萩生田光一詭弁だ。立法府で紅顔無礼な彼を何らかの処分をできなければ、今後も彼に勝手気ままな独裁的行政をさせないために、司法での裁判しかないだろう。愛知県知事は頑張ってほしい。傲岸な親玉を抱えることになって、全国の大学教員たちや文部官僚たちが苦虫をかみつぶしていることだろう。
  
  

「不自由展」補助金不交付 文科相は手続き不備強調 衆院予算委

毎日新聞20191011 1236(最終更新 1011 1236)

   

 萩生田光一文部科学相は11日午前の衆院予算委員会で、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」に関して「会場の安全や事業の円滑な運営にかかる事柄について、必要に応じ適宜の方法で申告していただくことが相当で、事業計画書の中に書けばよかった」と述べた。補助金の不交付決定の理由について、内容ではなく申請手続きの不備が理由であることを強調したもの。国民民主党の岡本充功氏への答弁。 
  
 
追記3.


以下、どこまでも ピントが<ずれまくる>河村市長。ちょっと救いがたい。
  

河村市長「不自由展支援しない」 大村知事は市長に謝罪など求め質問状

毎日新聞20191011 2030(最終更新 1011 2030)

 

8日に再開した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」について、名古屋市の河村たかし市長は11日、、「市は企画展を支援しない」と表明した。 「多くの人が快く思わない可能性のある作品がある。(閉幕までに)時間がなく、市民を守る必要がある」と理由を述べた。芸術祭実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事の携帯電話に直接電話し、留守電に吹き込んで通告したという。河村市長は報道陣の質問に対し、「社会的責任がある」とし、芸術祭の運営には協力する考えを示した。市の負担金支払いは明言を避けた。

 一方、大村知事は11日、8日の再開時に会場で抗議行動をしたとして、河村市長に謝罪と再発防止の確約を求める公開質問状を出した。

 河村市長は「陛下への侮辱を許すのか」と書かれたプラカードを掲げ、会場の愛知芸術文化センター(同市東区)敷地内に座り込んだ。大村知事は同センター条例の不許可掲示に当たるとし、「右翼を標ぼうする団体と一緒にヘイトスピーチまがいのシュプレヒコールを上げた。軽率だったでは済まされない」と指弾した。河村市長は報道陣に「(抗議は)芸文センターの外。団体とは関係ない」と説明した。【野村阿悠子、竹田直人】 
   
 
芸術祭の検証委設置へ 名古屋市、負担金の支出で

2019.10.15 13:41 産経新聞

 名古屋市の河村たかし市長は15日の定例記者会見で、企画展「表現の不自由展・その後」を開いた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の開催費用を巡り、不自由展実施の経緯を調べ、市負担分の支出の是非を判断する検証委員会を近く設置すると表明した。
 

 芸術祭実行委員会の会長代行を務めた河村市長は不自由展開催に強く反発してきた。会見で「なぜこんなことになったのか。公共事業としてふさわしかったかどうか検証しないといけない」と述べた。

 トリエンナーレは総事業費約12億円のうち、市は約2億円を負担する予定。18日が期限の約3380万円の支払いを当面留保する方針を改めて示した。残額は既に支出している。

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追記4.大村愛知県知事は実にまとも。この問題を風化させないために、裁判で法廷に萩生田光一文部科学相を引きずり出そう。
    

国際芸術祭への補助金不交付は不当

愛知県が不服申し出へ

20191023日NHKニュース

文化庁が愛知県で開かれた国際芸術祭への補助金を交付しないことを決めたのに対して、愛知県の大村知事は、決定は違法で不当だとして24日、文化庁に対し不服の申し出を行うことを発表しました。

今月14日に閉幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」をめぐっては、慰安婦を象徴する少女像や、天皇をコラージュした作品などに脅迫や抗議が集まりました。

この国際芸術祭について文化庁は先月、補助事業の申請手続きなどが不適切だったとして、およそ7800万円の補助金を全額交付しないことを決め、これに対して愛知県が裁判などで争う姿勢を示しています。

こうした中、大村知事は23日午後6時から臨時で記者会見し、文化庁の決定について「問題とされている企画展は106ある企画の1つで、予算も全体の0.3%にすぎないにもかかわらず、全額不交付になったのは裁量権を逸脱している」と述べました。

そのうえで「今回の決定は処分の理由に具体的な事実が特定されていないうえ、ずさんな調査や審査であり違法で不当だ」と述べ、24日、文化庁に対し不服の申し出を行うことを発表しました。
 
追記5.その後再開された 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」 の最中に出展アーテイストとの対話で、河村たかし市長は、
「大多数の人が不快に思う展示を公共の費用でするのはいかんじゃろうがね」と堂々と述べている。
この人物は <アート> と <選挙運動> を多数決原理で判断すべきだと 同列に置いてみてるんだということがよくわかる。
ちょっと救い難いね。

2019-09-11 14:34 | カテゴリ:未分類

     小生は、中学生のころは、六甲山のシダ植物を50種類ばかり採取して押し葉にして、夏休みの理科の宿題として提出したことがある。その時は牧野富太郎編集の「牧野植物図鑑」が最高の指南書であった。押し葉の標本にラテン語の学名を付すのでなんとなくアカデミックな気分を味わえた。
 
  灘高では、生物は1年生の時だけ授業があったが、この生物の教師は牧野富太郎の弟子とかを自称していて、フィールドワークには強いということであった。しかし、灘高では野外実習がなかったので、この教師の特技を学べなかった。この生物学の授業は何をしゃべっているのか脈略がなく、教師の不勉強が顕著でつまらなかった。

 

  その後、駒場の東大教養学部では湯浅明教授の授業を受けたのだが、これがまた最初から最後まで生物の分類学で、分類名や種の名前をラテン名で黒板の全面にずらずらと書くという教え方で、本当に何の感動もなかった。睡魔が襲ってきて、分類学がすっかり嫌になった。しかし、同期の某君等は、期末試験の時に「先生、回答用紙は何枚書いてもいいのでしょうか?」などと、えんえん「生物進化」に関する回答を書き連ねていたので、彼我の知識量の差に圧倒された。一方生理・生化学などの授業はクラス担任の菅原先生(お名前は忘れました)が教えていたが、この先生の専門はウニの発生学ということで、生化学がとんと弱かった。柴谷篤弘などが紹介する当時台頭する分子生物学をフォローできていなかったのだと思う。

  本郷の農芸化学科に進学してからは植物栄養肥料学(三井進午教授)研究室では選択的除草剤の研究を石塚皓造助手(現筑波大学名誉教授)が行っていたので、田畑や大学構内の雑草の名を 当時めずらしいカラー印刷の「日本原色雑草図鑑」とにらめっこで必死で覚えた。が、記憶力の悪さに我ながら嘆息した。その時覚えた雑草の名前が最近はほとんどすぐには思い起こせない。
     
  三井研究室では現地見学を兼ねて、毎年夏休みには、泊りがけの研究室旅行をしていた。ある年に埼玉県の国立の北本農業試験場(現在は廃止されている)を訪れた。この時は出井(名前は忘れました)場長ご自身が場内を案内してくれた。出井さんは土壌肥料学が専門だったのだが、この試験場では当時の流行の試験研究課題として、水田や畑の作物は殺さないが、雑草のみを殺すための「選択的除草剤」の開発試験もされていた。現場での説明では雑草の名前が彼の口からすらすらと出てくるのに感心した。「出井さんは水田雑草などの植物の名前をどのようにしておぼえられたのですか?」と伺ったところ、「はずかしながら、自分が知らない雑草は小学生の自分の子供の夏休みの宿題にして、子供と一緒に採取して押し葉にして、学名などを覚えたんです」という返事が返ってきた。偉くなっても地道に苦労されているのだなーと感動した。
          
       

     このように 草花や動物の名前を覚えるには、徹底的に幼少の時からきちんとした博物学の教師に連れて行ってもらって、生きている現場で学ぶことが重要であると痛感しているが、もう遅い。
              

  名古屋大学の植物栄養学教室の教授であった谷田沢道彦先生(故人)は、東大農芸化学科の出身だが、若い時にイギリスの国立公園「キュー・ガーデン」に留学しておられて、土壌肥料学会のエクスカーションなどでいっしょになると、そこら辺の雑草の名前をラテン名で諳んじており、次から次へとメモに書いて、小生に見せてくれるほどの博覧強記であった。分類学者でもないのにこの先生の頭の構造はどうなっているのだろうと驚嘆したものである。先生は、生前に自分が持っている「貴重な数多くの植物分類の原書などをどう処分しようか」などと悩んでおられたが、その後どうなったのかは知らない。

 

  原発の放射能汚染地帯の調査に行くと植物の採取も行うので、必然的に学名を正確に同定しなくてはならない。ほとんどが通常の雑草や樹木だから、ほぼ同定の間違いは起こらないはずだが、最近は名前がすらすらと出てこなくなった。とくに樹木は持ち帰った葉の形や種子だけでは分類が難しい。だから専門家に同定していただいている。

 

  先日本屋をぶらついていると、以下の文庫本が4冊が同じところに置かれていた。本屋さんの販売戦略だとは思ったのだが、この4冊を買って日本の普通の身近な植物をどのように表現しているのか、どれが素人に一目で分かりやすく描けているか、などを比較検討してみることにした。

 

新編 百花譜百選 木下杢太郎画/前川誠郎編 岩波文庫

柳宗民の雑草ノート 柳宗民 文/三品隆司 ちくま学芸文庫

シーボルト 日本植物誌 大場秀章監修・解説 ちくま学芸文庫

身近な雑草の愉快な生き方  稲垣栄浄 文/三上修(画)

  一番親しみが持ててわかりやすく描かれていると思われたのは「百花譜百選」で、木下杢太郎が 東大の皮膚科の教授でありながらこれらの絵をまさに第二次世界中(昭和18年3月から年-20年7月)の間に描いていることに一種の感慨を覚えた。それらの絵には寸書きがあり、身近な出来事やあるいは戦時の局面が抑制的に記載されている。東京の空襲下で、食糧難である上に、深刻な胃腸病で本人が衰弱しつつあるのに、1種類の草木を何時間もかけて描く執念の深層心理ががどこにあったのだろうかと、描画を見ながら深く考えさせられるものがあった。戦時でほとんど戦況については絶望的心境にあったのではないだろうか。小生は20年以上前に、伊豆で科研費の会議があって、いちど医学部の友人の案内で伊東市にある木下杢太郎記念館を訪れたことがあるが、その時は木下杢太郎は単なるデイレッタンではないか、としか印象がなかったのだが、実際は才能が溢れすぎる人材だったことが、前川誠郎氏によってこの本の「あとがき」に記されている。 


(森敏)
付記1:
文藝春秋2015年4月号に「本草学の現在」というテーマで 前掲のシーボルトの本の監修者である大場秀章東大名誉教授が以下に述べている。
::::高等教育研究機関である大学では、設立当初日本の生物相の解明を大きな研究課題に据えたが、第二次世界大戦後は消滅は免れたものの気息奄々(きそくえんえん)の状態が続いた。その余波といっては語弊があるかもしれないが、多様性研究を担う施設の博物館さえあわや不要の烙印を押されそうになったこともあった。:::::::

  つまり東大理学部植物学教室や他の大学からも、新しい生理学や分子生物の台頭に抗しきれず、早々と分類学の講座が消滅してしまったようである。しかし現在では付属博物館や付属植物園の教員が分子生物学と形態学をドッキングした新しい研究領域に気を吐いて、世界的な研究成果を挙げつつあるようである。


付記2. 上記の記事は2015年に書き留めていたものに若干手を加えたものです。

 

 

 

2019-08-10 22:04 | カテゴリ:未分類

            以下の文芸春秋の記事を無断転載します。

      東電に対する公開質問状で、東電側から出てきた数値データ資料を、元東電の原子炉の「炉心」分析の現場からのたたき上げの筆者が、詳細分析したところ、14時46分に地震が発生し、その1分30秒後に、すでに、津波が来る前に配管が破損し冷却水の流れがストップしていたことを解明した画期的な「原子炉心溶融爆発事故の真の原因」の指摘です。

     

      ここでは最後の結論の部分の文章だけ引用します。

ここで述べられている「自動循環」というキーワードは、長くなるので無断引用できませんのでぜひ本を買って本文をご参照ください。

  
  
     

福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄 

文芸春秋 9月特別号 170頁~179頁

 

::::::::

東電は「津波によってメルトダウンが起きた」という主張を繰り返しています。そしてその津波は「想定外の規模」で、原子力損害賠償法の免責条件に当たるとしています。しかし「津波が想定外の規模だったかどうか」以前に、「津波」ではなく『地震動』で燃料破損していた可能性が極めて高いのです。

 しかも私が分析したように、「自動循環」停止の原因が、ジェットポンプ計測配管のような「極小配管の破損」にあったとすれば、耐震対策は想像を絶するものとなります。細い配管のすべてを解析して耐震対策を施す必要があり、膨大なコストがかかるからです。おそらく、費用面からみて、現実的には、原発は一切稼働できなくなるでしょう。

原発事故からすでに8年経ちますが、この問題は決して“過去の話”ではありません。不十分な事故調査に基づく不十分な安全基準で、多くの原発が、今も稼働し続けているからです。

   

追記: 下記に転載するように、遅ればせながら文春自身が文春on lineで、この記事を宣伝している。



福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発

「文藝春秋」編集部 © 文春オンライン 福島第一原発 ©共同通信社

 2019/08/13 05:30

 

 福島第一原発事故から8年。

 大事故を受けて、一時は「稼働中の原発はゼロ」という状態にもなったが、新しい安全基準(「新規制基準」)が定められ、現在、国内で7基の原発が稼働中だ(玄海原発4号機、川内原発12号機、大飯原発4号機、高浜原発34号機、伊方原発3号機)。

 2013年に定められた「新規制基準」について、電気事業連合会はこう説明している。

「東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故では地震の後に襲来した津波の影響により、非常用ディーゼル発電機・配電盤・バッテリーなど重要な設備が被害を受け、非常用を含めたすべての電源が使用できなくなり、原子炉を冷却する機能を喪失しました。この結果、炉心溶融とそれに続く水素爆発による原子炉建屋の破損などにつながり、環境への重大な放射性物質の放出に至りました。こうした事故の検証を通じて得られた教訓が、新規制基準に反映されています」

元東電社員が突き止めた本当の事故原因

 要するに、「津波で電源を喪失し、冷却機能を失ってメルトダウンが起こり、重大事故が発生した」ということだ。

 この点に関して、津波の規模が「予見可能だったか、想定外だったか」という議論がなされてきた。しかし双方とも「津波が事故原因」という点では一致し、多くの国民もそう理解している。

 ところが、「津波が原因」ではなかったのだ。

 福島第一原発は、津波の襲来前に、地震動で壊れたのであって、事故原因は「津波」ではなく「地震」だった――“執念”とも言える莫大な労力を費やして、そのことを明らかにしたのは、元東電「炉心専門家」の木村俊雄氏(55)だ。

 木村氏は、東電学園高校を卒業後、1983年に東電に入社、最初の配属先が福島第一原発だった。新潟原子力建設所、柏崎刈羽原発を経て、1989年から再び福島第一原発へ。2000年に退社するまで、燃料管理班として原子炉の設計・管理業務を担当してきた“炉心屋”である。

 東電社内でも数少ない炉心のエキスパートだった木村氏は、東電に未公開だった「炉心流量(炉心内の水の流れ)」に関するデータの開示を求め、膨大な関連データや資料を読み込み、事故原因は「津波」ではなく「地震」だったことを突き止めた。

「津波が来る前から、福島第一原発は危機的状況に陥っていた」

「事故を受けて、『国会事故調』『政府事故調』『民間事故調』『東電事故調』と4つもの事故調査委員会が設置され、それぞれ報告書を出しましたが、いずれも『事故原因の究明』として不十分なものでした。メルトダウンのような事故を検証するには、『炉心の状態』を示すデータが不可欠となるのに、4つの事故調は、いずれもこうしたデータにもとづいた検証を行っていないのです。

 ただ、それもそのはず。そもそも東電が調査委員会に、そうしたデータを開示していなかったからです。そこで私は東電にデータの開示を求めました。これを分析して、驚きました。実は『津波』が来る前からすでに、『地震動』により福島第一原発の原子炉は危機的状況に陥っていたことが分かったのです」

 7基もの原発が稼働中の現在、このことは重大な意味をもつ。「津波が原因」なら、「津波対策を施せば、安全に再稼働できる」ことになるが、そうではないのだ。

 木村俊雄氏が事故原因を徹底究明した「福島第一原発は津波の前に壊れた」の全文は、 「文藝春秋」9月号 に掲載されている。

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 20199月号)

 



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