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2019-05-17 06:55 | カテゴリ:未分類

  猫を棄てる 父親について語るときに僕の語ること 村上春樹 文芸春秋6月特別号

 

  これは、作家の村上春樹が自らの父方のルーツを求めて、珍しくも第2次世界大戦の戦時資料をあさる実証的な調査を試みた、父親への鎮魂の書である。

 

  文中には、春樹が12歳までの大阪湾に面した香櫨園の浜や夙川が出てきたりするので、小生にはとても懐かしいのだが、春樹が中・高の時を過ごした芦屋の事が、まだあまり出てこないのが少し寂しい。このころのことは春樹にとって本に埋もれた孤独な時代で、あまり目立たない存在で、あまり楽しくなかったのだという雰囲気が春樹の文章の行間には感じられる。この間の事は自分史としてはあえて書きたいことがないのだろう。

 

  小生の芦屋市精道中学校の国語の教師であった広井大先生は村上春樹の国語の教師でもあって、家庭訪問で当時京都女子大に教員として在籍していた春樹の父親と文学談議に花を咲かせたと聞いていた。

  春樹の父親が京都大学国文学科卒で甲陽高校の国語の教師だったということは、この今回の春樹の文章で初めて知った(小生の義弟は甲陽高校出身なので、春樹の父親に学んだのかもしれない)。90歳代で亡くなったこの父親の葬儀の時には多くの教え子が集まったということを紹介している。相当な人格者で人望のあるよい国語の教師だったのだろうと思う。しかし村上春樹が東京の早稲田大学に上京してからは20年以上親子関係が断絶していたと書かれている。この間の事も春樹はまだ描きたくないのだと推察される。

    

  このwinepブログでも以前に書いたのだが、小生が灘高校の時の国語の教師たちには、尊敬の気持ちなぞ全く感じなかった。授業を受けるのが全く苦痛であった。一人は東大の国文学科を首席で卒業し、もう一人は京大の国文学科を首席で卒業して灘校に特別に招請した、という校長からの紹介だったと記憶する。
  
  当たり前のことだが、学業成績や研究者としての能力と、教育者としての能力はなかなか両立しがたい。

      
 
   
          
(森敏)

追記1:上記の春樹の文章を読むと、これまでの村上春樹の小説に、たびたび、日本兵による南京大虐殺の事が取りあげられているのだが、その理由として、中国に出征した春樹の父親による、

「初年兵を現地で戦争に早く順応させるためには、中国人捕虜の首を刀で切り捨てさせる初体験の訓練が一番効果がある」

というような類の目撃談を聞かされたことが、実に、根強く、通奏低音として作家村上春樹の心理に尾を引いているからだ、ということがよくわかる。


 
追記2: ご高齢の広井大先生は現在出石市のご自宅に隠居されている。今年は、ノーベル文学賞が2名に授与されるということであるから、村上春樹が受賞する可能性が非常に高いと思われる。受賞したら、広井先生の喜びはいくばくかと

追記3:村上春樹には母方のルーツも追跡調査してもらいたいものだ。実母やその先祖がどこかで自分の小説に多大な影響を与えていることに気が付いていないはずがないからである。
2019-04-18 18:09 | カテゴリ:未分類

      訓練中のステルス戦闘機(F35A)が墜落して、まだ機体と操縦士が発見されていない。重要なボイスレコーダーも発見されていない。新軍用機の性能チェック練習中の墜落事故としては原因究明ができない、決してあってはならない異常事態ではないだろうか?

    

      ところでアメリカから購入するこの戦闘機の1機の値段が116億円ということである。現在までに、15機が購入されており、12機が待機中であり、向こう何年間かで全部で105機の購入が予定されているとか。トランプ政権の恫喝に屈しての事であろう。

    

      この戦闘機の総購入金額は単純計算で 116億円x105機=1兆2180億円 となる。アメリカから購入する飛行機の予算はいつも不透明で毎年バブル化していくので、おそらくこの予算では済まないだろう(と、悔しいことに、マスコミに何度もあおられているうちに、小生も含めて国民は「防衛予算」に関しては、いつもこういう思考回路に慣れさせられている)。

    

      このように総金額を知ると、「本当に日本の教育や科学技術予算は大丈夫かね」と、腹の底から怒りがこみあげてくる。

      

      日本のすべてのノーベル賞学者達が口を酸っぱくして、若手研究者の養成や長期的な基礎研究への国家予算の投資を呼び掛けているが、現政権は、いまだに馬耳東風であるとしか小生には思えない。実際少なくとも自然科学系の研究者の実感では、中国の躍進は本物で、すべての科学技術分野で、日本が後塵を拝することになるのも今や時間の問題である。政治家はそれが全く分かっていない。自民党議員ばかりでなく、「一番でなきゃいけないんですか?」という国会議員に代表されるように野党議員も五十歩百歩であろう。総じて熾烈な学問の世界での争いを経験してきたうえでの理系出自の国会議員があまりのも少ないからである。

   

      翻って、4年生の国立大学生一人を卒業させるまでに国家が投資する金額は約500万円ということである。実は入学金や授業料約250万円などの自己負担金を差し引くと国立大学生の卒業までの「人材養成費」としては実質わずかに150万円ぐらいしか国からは投入されていない。

   

      ステルス戦闘機105機を購入する代わりに、その分を、国立大学の入学金と授業料免除などで実質的に250万円を国が無償で提供するとなると、単純計算で48万7200人の学生を自己負担ゼロにできる金額である。

   

      戦争のための予算と、未来の人材育成のための予算と、どちらが肝心か、未来のある若い人なら誰しも後者に賛成するだろう。悲惨な戦争体験や戦後の食糧難を体験していない、思考が擦り切れた観念論者のみが戦闘機の方を支持するだろう。

 

      以上のような議論は、これまでも飽きるほどなされてきた。ステレオタイプの議論だと言われようと、小生は何度でも言いたい。いや何度でも言わなければならないと、人生終末期の最近は強く感じている。未来の人材育成と基礎科学振興にしか日本の未来はないと。

 

 

(森敏)

付記:本日、尊敬する農芸化学の大先輩である森謙治東大名誉教授【学士院会員】の訃報を聞いた。にわかには信じがたい。
    
追記:その後、2019年5月10日の朝6時25分のNHKニュースでは、アナウンサーが何の弁明もなく、さりげなく、このステルス戦闘機(F35A)の購入予定機数を147機!と解説していた。まことにサブリミナルな姑息で汚らしい「NHKと防衛省との連係プレー」である。

 

 

 

 

2019-01-24 07:15 | カテゴリ:未分類

プレゼンテーション1 
図1.願法:燕尾
   
   
       漢字の筆文字でせわしく書かれており数カ所訂正が入っている「書」に「顔真卿」と書かれているポスターが、年末から東京の各所に長い間掲げられていた。小生は「書」にはほとんど興味がないので、中国で高名な人物なのかなとは思っていたが、わざわざ国立博物館にいく気はしなかった。

   

ところが、全くひょんなことからこの展示会の招待状が手に入った。121日は月曜日なので上野界隈の官営建物は全部休館日なのだが、この日は特別に某企業が主催する内覧会ということで、散歩を兼ねて、快晴の日和でもあったので、のこのこと国立博物館に出かけた。その封筒を見せて国立博物館の平成館に入れた。門の外で数人の若い女性の中国人観光客が「我々はなぜ入れないのか」と押し問答していた。この日は通常は休館日だということを彼らは知らないのだろう。 (しかし、 後で家に帰ってネットで検索して分かったのだが、この展覧会は中国人にとっては垂涎の展覧会なのだそうだ。どうりで、いつになく会場の警備の雰囲気が厳しいと思ったことだ。)

   

見学していて分かったのだが、このポスターに描かれている「書」の内容は「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」と言って、中国歴代の支配者が激賞しているとてつもなく有名な顔真卿の「書」の一部だったのだ。この書は、現在は多分蒋介石が持ち込んだのだろう、台湾の故宮に保存されていて、大陸の中国人は目に触れることができないものなのだそうである。「我々中国人が見られないものが、なぜ日本で開催されているのだ!」という観光客や在留中国人の言い分もあるらしい。

   

確かに、1番目の会場の一番最後のコーナーでやっとお目見えする「祭姪文稿」(758年)の心情あふるる内容は「書」を目でおいかけていきながら音声ガイドの説明を聞いていると、非常に迫力があった。玄宗皇帝と楊貴妃で有名な唐時代の安禄山の乱で、顔真卿は孤立に耐えて地方で自分の城を守ったが、他の城にいる兄の顔杲卿とその息子の願秀明は援軍が来なくて殺された。目の前に展示されているものは、その二人を哀惜する、顔真卿が憤激に耐えながら急いで書いた「書」なので、文字の乱れや訂正箇所がそのまま反映している貴重な「原本」なのだそうである。どおりで「なんでこんな荒っぽい書をポスターに使っているのだろう?」という疑問が払しょくされた。写真を撮ってはいけないので、その会場での雰囲気は伝えられない。この書の全文は国立博物館のホームページで見られる。

    

12時から16時まで、我ながら驚くべき忍耐力で鑑賞した。途中で腰痛になりかけて、危機を感じたので、思わず椅子にへたり込んだ。2会場に分かれていて、第1会場の顔真卿のコーナーに行く前に、近くのおばちゃん連中も「やっと顔真卿まで来た、私くたびれちゃった、私トイレに行きたくなっちゃった、でも頑張ろうかな」といって自分で励ましていた。書道などの習いごとをしているご婦人たちと見た。第2会場の後半部にある日本への中国の漢字の伝承者である空海や小野道風などのコーナーでは、集中力に限界が来て、流して観てしまった。

  

数多い作品を見ながら、一点われながら驚いたことがある。それはいろんな書体の変遷を観賞しているときに、たぶん全部で千文字ぐらいあろうかと思われる「故大徳院法師碑」という縦横(2mx4m)ぐらいの碑文に向かった途端、その間10秒ぐらいだと思うが、小生の名前である「敏」という文字が目に飛び込んできたのである。それはまさしく飛び込んできた、という瞬時のできごとであった。最近眼科検診で少し白内障気味だと宣言されていた。そのせいか、意識しないと周りをきちんと見ていない気がしているのだが、今回は我ながら自分自身のパターン認識のすごさに驚いた。昔、湯川秀樹がどこかの雑誌の対談で「人間は100万人の群衆の映像の中にでも、ひとりの知人を瞬時に同定できるのはどうしてだろう?」と言っていたのを思い出した(周知のごとく、いまではAIがそれを超スピードでやり遂げる)。そこでそのあとの2-3の碑文などでは意識的に自分の名前を探したのだが、全く見いだせなかった。敏の文字の一角である「母」という文をどこかの碑文で見出したのみであった。それ以降はあきらめた。焦点を合わせながら意識してみるとだめなようで、漫然と見ることが必要なようである。

  

顔真卿流派の楷書(「顔法」というらしい)の特徴の一つとして、筆使いの書き始めのふくらみが、かいこ(蚕)の頭に似ているので「蚕頭」という手法があって、もう一つの特徴として、例えば「之」という字のしんにゅうの下に伸びる払いのところで、ツバメの尾のように二股に割れるように伸ばす「燕尾」という筆法があるのだそうである。そのように見ていくと、なんと、之 人 入 大 及 夫 尺 丈 文 八 父 とすべてみごとに燕尾である。知らなかったなー。いったいどういう筆使いなんだろう?(本文最初の図1です。パワーポイントで苦労して作図してみました。筆ペンで試みてみたが絶対にうまくいかない。)

   

  素人目にもわかりやすかったのは、当代の顔真卿もその力量を高く評価していた「懐素」という僧侶の書いた自叙帖(726年)というのがあった。これは酒に酔って自由奔放に書いた草書(?)のものだそうで、まさに文字が実にまろやかに踊り狂っている芸術品である。ここまで簡略化するかね!という代物であるが、楷書に翻訳しているものと比較して見ると、なるほどね! と感嘆するものである。いつかこのブログでも紹介したことがある川口雪蓬の書と同じく、読んでいると自分も酔っぱらっているかの如く体が躍動する感じがしたのだ。

  

  というわけで、今まで全く興味をひかなかった書の歴史が少しは理解できたので、今後は「日展」も「書」のコーナーをパスしないで鑑賞したいと思った。実に遅まきながら。

 
  
(森敏)
 
付記:顔真卿の年譜の最後は、
 
785年 77歳で龍興寺で首を絞められて殺された

とある。

顔真卿は主君には絶対服従の生来頑固で融通が利かない忠臣であったのだが、権謀術数の宮廷内での策謀に弱かったようである。だが、
逆に、それ故に「願法」という美しい「楷書体」を創作し得たのだ、と勝手に解釈した。
2018-12-19 10:15 | カテゴリ:未分類
スライド4 
 図1.黒金剛 というピーナッツ
 
 
 
スライド1 
 
 図2.中の種子は2粒から4粒に分布している。種子の皮はすぐはがれる。

 

 
 
スライド2
 
図3.種皮は濃い紫色  
 
 
 
 
スライド3  
図4.水抽出で鮮やかな赤ブドウ酒色 
 

    

 

  台湾産の「黒金剛」というピーナッツをおみやげにもらった。網目が顕著な硬い莢を割ってみると、なんと「種」が真っ黒である(図1、図2)。といってもこれは焙煎しているので、力いっぱい莢を開けると、必然的になかの種子の皮が部分的にすぐ剥げる。

          

  最近、小生はリンゴを皮ごと食べている(それのほうが剥いて食べるよりも格段においしいし、消化器の掃除にもいいのではないかと思っている)。なので、このピーナッツ種子を、種皮をむいたものと剥いていないもので、味を比較検討してみた。心なしか、種皮ごと食べるほうがえぐ味が入っておいしい気がした(普段は外国からの輸入品には時として皮に強力な発がん物質であるアフラトキシンが含まれているというので、絶対に種皮ごとは食べないのだが)。

       

  この「黒金剛」の黒い皮があまりに鮮やかだったので、それらを集めて、3角フラスコに入れて水道水で室温に置いたら、すぐに深紫の色素が抽出されてきた。一日冷蔵庫に置いたら、かなり色が濃くなっていた(図3)。濃い赤葡萄酒の色とそっくりである。焙煎しているので種子の液胞が破壊されて、その中にあったはずの色素が、水抽出されてきたものと思われる。

               

  そこであらためてこのピーナッツが封印されていた袋の表示を見たら、漢字と、日本語と、英語で書かれていた。中国語は読めないので、以下の英語と日本語を示します。
 

The ground nut is also coined as peanut. The peanut epidermis is dark black with natural pigment, which can be dissolved in water. Its pods are more reticulated. After being baked, taste of which is delicate, commonly called “black King Kong”. This dark black peanut---rich in proteins and vitamin E---is highly nutritious.

      

ピーナッツはまた長生き豆という別称がある。元々は黒種ピーナッツ。その表皮は真黒って天然メラニンです。黒種ピーナッツの殻は網紋が深くて、炒めてからとても美味しいよ。この名は“黒金剛”である。黒金剛は豊富なたんぱく質、とビタミンEを含み、高栄養成分な食品です。

        

  両者の内容は正確には一致してないことがわかる。正直言って、この日本語文はまともな日本語の使いかたではない。たぶん日本人によるチェックを受けていないと思われる。日本に輸出するつもりがないものなのだろう。この種皮の黒い色素がメラニンということはあり得ない。メラニンは水やすべての有機溶媒に溶けないからである。私見ではこれは、アントシアニンの類で、赤葡萄酒の成分と類似のものと思われる。そうだとすれば、皮ごと食べるのがいいはずである。アントシアニンは抗酸化力が強い活性酸素種(ラジカル)・スカベンジャー(消去剤)であるからである。
   

   その後、上野の「アメ横」で黒金剛を探したのだが、どこにもなかった。この豆は高級品で通販では入手できるということである。黒豆、黒米、がんくいなど、黒色正体は案外同じものかもしれない。
   
     
(森敏)         

 


 




 
2018-12-07 11:33 | カテゴリ:未分類

上野の国立博物館の東洋館の一室で中国の斉白石という画家の展示会が開催されている。ありがたいことに70歳以上は無料である。途中から作品の入れ替えがあるということなので期間をおいて2回見学した。掛け軸では、花・木・野菜や池に住む水中生物の実に闊達な農村風景画があった。日本で有名な仙厓和尚の漫画的なユーモラスな筆の人物のタッチの作品がいくつかあった。それでそういう絵ばかり描くのかなと思って順路に沿ってみていったら、ガラス箱の展示に何種類かの昆虫の細密画があった。小生がいつも気にしているジョロウグモも描かれていたので興味を持って覗き込んだ。

   

小さな昆虫のいずれも実物大!での超細密描写なので超絶技巧だ。いったいどんな筆と墨で、こんな細密画が書けるのか想像を絶する。昆虫は全部日本でもおなじみの農村の生き物たちだ。それを原寸大に(!)実に精密に描いている。赤トンボの翅やセミの翅の骨組みなど驚異的な透明感だ。日本人にも白米にお経を百文字書く人物もいるということだから、何も珍しいことではないのかもしれないが、小生には実に珍しくてまじまじと見入ってしまった。

  

写真を撮ってもよさそうだったので、ショーケースのガラスにカメラをくっつけて鑑賞しながら一つずつ部分拡大写真を撮っていたら、係員が来て、ガラスにカメラを置かないでください、と注意された。

 

帰りに1階の出口の土産物店を子細に眺めていたら、なんと斉白石の細密画だけを集めたB4版ぐらいの大きさのハードカバーの写真集がビニールで厳封されて販売されていた。だから中身が見られなかったのだが、超細密画を特別にとらえる鑑賞眼もあるのだなと、なんとなく納得した。

  

以下に示すのは小生が撮影した斉白石の昆虫の超細密画の画像です。著作権侵害にはならないでしょう。

     

斉白石は1864年(明治維新前!)に生まれて、1957年に死亡している。その間1930年に中国では内戦が始まり19494月に中国共産党が樹立している。斉白石は毛沢東や周恩来に高く評価されていたらしいが、幸いなことに約10年続いて1976年に終了した文化大革命の文化芸術に対する中国全土的な紅衛兵による破壊活動を経験していない。真にハッピーだったなあ、と思ったことである。93年も生きているので膨大な作品があるはずだけれど、それが全部無事に文化大革命を経過して破壊や廃棄されずに保存されているとはとても思えないのだが。
     

南画なぞとはちょっと異なった、強くは自己主張しない中国を感じた。

    
 
  スライド1 
 晩年の斉白石

   

   
 スライド6 
  

 スライド7 
 
スライド8 
  
スライド9 
     

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 スライド11


     
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スライド3 
  
 
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(森敏)
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