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WINEPブログ内で「 水 」を含む記事

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2024-05-03 15:16 | カテゴリ:未分類
「テムズ川に入らないで」

=汚染深刻化で異例の呼び掛け―英


3月30日

【ロンドン時事】英国で河川の汚染が深刻化している。1989年に民営化された水道各社が経営難に見舞われる中、大雨などの際に未処理の下水を直接排出するケースが増えているためだ。首都ロンドンを流れるテムズ川も例外ではなく、濁った水に市民は胸を痛めている。
    
 「川に入らないでほしい」。30日にテムズ川で開催される毎年恒例の大学対抗ボートレース。オックスフォード大とケンブリッジ大の名門校同士の対決は春の訪れを告げる風物詩となっている。勝利したチームの選手らが川に入って水を掛け合い、コックス(舵手)を水中に投げ込むのが習わしだが、主催者は今年、健康上のリスクがあるため控えてほしいと異例の呼び掛けを行った。
    
 水質検査を手掛けた環境保護団体リバー・アクションによると、テムズ川の大腸菌の数値は、国が海水浴場の基準として定める4段階のうち、最下位の「不良」と比べて最大10倍に上ったという。同団体のウォレス最高経営責任者は「水道会社のテムズ・ウオーターが何十年も事態を放置した結果だ」と指摘し、下水の排出規制の強化が必要だと訴える。
   
 大雨などによる下水の氾濫を防ぐため、水道各社は未処理水を川や海に排出することが認められてきた。環境庁が27日公表した統計によれば、2023年にイングランドで報告された下水排出件数は46万4056件と、22年の30万1091件から54%増え、16年のモニタリング開始以降で最多となった。排出時間も計約361万時間と、前年比で2倍以上に達した。
     
 下水の排出急増について、水道各社は天候などを理由に挙げるが、株主に巨額の配当を支払う一方、インフラへの投資を怠ってきたとの批判は強い。調査会社ユーガブが23年6月に実施した世論調査では、水道事業の再国有化を望む人の割合は69%に達した。設備投資には水道料金の引き上げが不可欠と訴える業界に国民が向ける視線は冷たい。

   
    
小生はこの記事を読んですぐに、以下の3つのことを思った。
  
その1。
  
   小生が兵庫県の芦屋市に住んでいた1950年代は、尼崎の神崎川は工場廃液の垂れ流しで悪臭を放っていた。阪神電車で鉄橋を渡るときは亜硫酸ガスやメタンガスが漂ってくるので、寝ていても今、橋を渡って得るのだと目が覚めるぐらいだった。
  
1960年に神戸大学に進学した親友の新村進君は、神戸大学でボート部に属していて、上記の記事にあるような競技ボート(競艇)のコックスを勤めていた。神戸大学ボート部はこの神崎川で練習をしていた。時々全員のオールがそろわなくて、漕ぎ手やコックスが、オールで体が水中に跳ね飛ばされることがたびたびあった。そんな時には川のヘドロの悪臭が頭から全身にしみついて、風呂を浴びてもなかなか取れなくて閉口したそうだ。
     
その2。
   
  小生らが2001年に編集した「植物栄養学」文栄堂出版(初版)の序文に小生は以下のことを書いた。
   
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世の中をどのような観点から見るのかを世界観という。世の中を、”通貨の流れ“で見るのは経済学者、”エネルギーの流れで見るのは物理学者、“物質の流れで見るのは、工学者、病原菌の流れで見るのは医者や病理学者、”情報の流れ“で見るのはインターネット産業人である。この伝で云うならば、世の中を”元素の流れ”で見るのが植物栄養学者である。
   
18世紀末に産業革命が始まって都市と農村の乖離が始まり、農山村の土壌から生産された農産物が都市消費され、その時に出る膨大な廃棄物と人糞尿がなんの処理もされずに都市から放出され、一部は川に放流されて、川が悪臭を放っていた。
   
すなわち農山村の土壌から収奪された作物栽培に必要な必須元素が、都市を経由して再び農山村に循環してこなかった。この元素循環の輪が絶たれることが、今日の環境問題の大きな原因となっている。これは植物栄養学が解決に向けて大きく貢献しなければならない分野である。
 
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 今から、約180年前にロンドンのテムズ川の醜悪な汚染状態を見て、当時の世界的な有機化学・植物栄養学の巨人であるドイツのJustus von Liebig (リービッヒ)は、初めて「自然界での物質循環」思想に到達したと言われている。
      
  本来は税金を使った公共事業であるべき下水道処理を、営利事業体である民間に委託させている弊害が、現在のロンドンではもろに出ている訳である。実に恥ずべき水利行政である。水運の専門をロンドンで学んだ日本の天皇が、現地を訪れて現場をみたら、眉をしかめることだろう。
    
 ところで、今夏2024年のパリオリンピックの開催期間は、2024年7月26日から8月11日までの17日間ですがパリのセーヌ川は大丈夫だろうか? こういう環境面からも注目して見てみよう!
  
その3。
 
 現在、日本沿岸での養殖漁業は、下水道処理施設が完備されてきたので、逆に漁獲量が低下してきているという報告が出ている。それは、下水道処理によって窒素成分が空気中に脱窒して失われたり、他のミネラル成分が汚泥として回収されてしまうので、河川の栄養塩類が沿岸域に流れ込まなくなってきためと言われている。
   
そのために下水道処理場の放流水の窒素濃度の下限を撤廃する等の動きが出ているようである。<水清ければ魚棲まず>というわけである。
  
この件に関しては、「政策立案データベース」というネット記事に、以下のようにまとめられている。
    
• 日本の漁業・養殖業生産量は1984年をピークに減り続けています。
• 下水高度処理などで魚の栄養となる窒素が減りすぎたことが原因とされています。
• 水域と季節によっては適切な栄養塩類の補給を行う必要があります。
• 下水道が能動的に水量・水質を管理し、望ましい水環境を創造する取り組みが行われています。
• 兵庫県では下水処理水の窒素濃度に下限基準を追加し、海の窒素濃度を保つ取り組みが行われています。
• 農業用ため池の水を抜いて栄養を海に流す「かいぼり」が各地で復活しています。
       
    かくのごとく、高度技術社会での今日では、河川の環境問題は人の生業も含めて総合的な複雑な制御対策を要求しているわけである。地域によって単純な話ではなくなっている。
         
(森敏)
2024-03-22 09:41 | カテゴリ:未分類
ある日、私は目覚めて、自分がトースターであることに気づいた。パンを焼くことが生きがいだった。しかし、今日は違った。私はパンを焼く代わりに、冷蔵庫で冷やされたサラダを温めようとしていた。なぜだろう? 私の中のヒーターはサラダに向かって熱を発していたが、サラダはただ冷たく、シャキシャキしているだけだった。

私はキッチンを見回した。コーヒーメーカーは紅茶を淹れていた。電子レンジは冷凍ピザを冷やしていた。そして、冷蔵庫は... あれ? 冷蔵庫はどこに行ったのだろう? 私は確かに冷蔵庫を見たはずだが、今はただの大きな象が立っている。象は鼻で水を吸い上げ、キッチンの床を水浸しにしていた。

「おい、トースター。何してるんだ?」と象が言った。

「私は... サラダを温めているんだ」と私は答えた。

「サラダを温めるなんて、トースターらしくないな」と象は鼻を鳴らしながら言った。

私はその時に気づいた。私はトースターではない。私はただの人間だ。人間がサラダを温めようとしていたのだ。でも、なぜだろう? 私は混乱していた。私の頭の中は、トーストされたパンのようにカリカリしていた。

そして、私は目が覚めた。それは夢だったのだ。私はベッドにいて、目覚まし時計が鳴っていた。時計は、今日が私の誕生日であることを教えてくれた。私は笑った。私はトースターではなく、人間だ。そして、今日は私の誕生日だ。サラダは冷蔵庫に安全に収まっていて、トーストはトースターで焼かれていた。

私は起き上がり、新しい一日を始めた。今日は何もボケることはない。少なくとも、私がトースターでない限りは。


ーーーーーー
  これは、
「人間は年を取るとボケが入ってきます。いわゆる認知症です。AIはぼけますか? ボケが入ったエッセイを1000字ぐらいで創作してみてください。」 と、生成AIに指示して書いてもらったものです。
 
  身体のないAIは当然、気質的にボケることはありえませんが、過去の膨大な”人間の様々なボケの文章情報(小説、雑文、医学の診断書など?)”から、ボケ(認知症)とはどんな症状かを学んで、AIが以上のボケたエッセイを書いてくれました。

  このエッセイは細部にまでよく読み込むと非常にうまくできていることがわかります。人間の脳内の4次元空間を駆け巡っている情報が、無秩序を装って巧みに(?)組み込まれています。いわゆる夢遊状態を記述しています。


   実はこのAIがぼけるかどうかの試みは、作家の五木寛之さんが週刊新潮の「生きるヒント」というエッセイの中で「AIは、はたしてボケルことができるだろうか?」という疑問をなげかけているので、小生が試みてみた次第です。

つまり、AIはぼけたまねができるのですね。

  以上お粗末でした。

(森敏)


付記:漫才での,いわゆる”ボケとつっこみ” のおちゃらけたボケとは認知症とはちがう意味ですので、関西人の読者はこんがらないでください。
2024-02-21 16:58 | カテゴリ:未分類
「身体」を持たない 「生成AI」 には、まだ人間のような斬新な発想ができないといわれています。それではどの程度の斬新さなのでしょうか?
 
今回「市川亀久彌氏の創造理論」をAIに提案して、AIといくつかの対話をしてみました。AIがどの程度まで斬新な提案をしてくれるかを試してみました。今回のブログは文章が長くなりますが、最後までお付き合いください。
 
市川亀久彌氏の創造理論とは、「等価変換理論」とも呼ばれる、物事の類似性や等価性を発見し、それを応用して新しいアイデアを生み出す方法です。この理論は、電気工学の等価回路にヒントを得て、1955年に市川氏が確立しました。1960年代に市川博士とノーベル物理学賞を授与された湯川秀樹博士が月刊雑誌『創造の科学』で独創性について毎号対談をした内容に若い小生は強く刺激を受けました。
 
以下、読者はAIの回答にがっかりする点もあると思いますが、現状のAIの実力のほどを鑑賞してみてください。
 
 
以下赤字が小生の問いかけです。以下Copilotというのは生成AIのことです。
 
(問1) 市川亀久彌博士の創造理論をAIなりに解釈して、以下の質問にお答えください。
『クジラ』と『ゾウ』というイメージから、何か社会的に役立ちそうな発明を提案してみてくれませんか?

  
Copilot:
『クジラ』と『ゾウ』というイメージから、社会的に役立ちそうな発明を提案するには、まず等価性を発見する必要があります。例えば、以下のような観点が考えられます。

• 両者ともに大型の哺乳類である
• 両者ともに長い鼻を持つ
• 両者ともに水に関係する生活をする
• 両者ともに音や振動でコミュニケーションをする

これらの観点から、以下のような発明案を考えてみました。

• クジラとゾウの鼻の構造を参考にした、水の流れを効率的に制御する水道管やポンプ
• クジラとゾウの水中での振動伝達を参考にした、水中での音声通信や探査の技術
• クジラとゾウの水に関係する生活を参考にした、水資源の保全や利用の方法
• クジラとゾウの音や振動でのコミュニケーションを参考にした、人間と動物とのコミュニケーションの手段

以上が私の提案です。いかがでしょうか?
  
両者ともに長い鼻を持つ 両者ともに水に関係する生活をするは間違いですね。
 
Copilot:
ご指摘ありがとうございます。確かに、ゾウは水に関係する生活をするというよりは、水を利用する生活をすると言った方が正しいかもしれません。クジラとゾウの等価性を見つけるのは難しいですね。もしかしたら、他の観点があるかもしれません。例えば、以下のような観点はどうでしょうか?
 
• 両者ともに社会性が高く、家族や仲間との絆が強い
• 両者ともに長寿であり、知能が高い
• 両者ともに保護されるべき動物であり、絶滅の危機に瀕している
 
これらの観点から、以下のような発明案を考えてみました。
 
• クジラとゾウの社会性や絆を参考にした、人間の心理的なサポートやコミュニティの形成の方法
• クジラとゾウの長寿や知能を参考にした、人間の健康や教育の向上の方法
• クジラとゾウの保護や絶滅の危機を参考にした、環境や生物多様性の問題の解決の方法
 
以上が私の提案です。いかがでしょうか?市川亀久彌博士の創造理論をAIなりに解釈してみましたが、もっと良い発明案があるかもしれません。
 
 
(問2)市川亀久彌氏の創造理論をAIなりに解釈適用して、「戦争」と「平和」という言葉から、何か新しいことを発想して見てくれませんか?
  
Copilot:
「戦争」と「平和」という言葉から、何か新しいことを発想するには、市川亀久彌氏の創造理論に従って、それらの事象に等価性があるかどうかを考えます。例えば、以下のような観点が考えられます。
 
• 両者ともに人間の社会における関係の形態である
• 両者ともに国家や政治の影響を受ける
• 両者ともに歴史や文化において重要な役割を果たす
• 両者ともに人間の心理や感情に影響を与える
 
次に、これらの観点をもとに、等価変換を行って、新しい事象を作り出します。例えば、以下のような発想が考えられます。

• 人間の社会における関係の形態であるという観点から、戦争と平和の間にある中間的な状態を考える。例えば、冷戦や停戦など。

• 国家や政治の影響を受けるという観点から、戦争と平和の原因や結果を分析する。例えば、戦争が平和につながる場合や、平和が戦争につながる場合など。

• 歴史や文化において重要な役割を果たすという観点から、戦争と平和の記憶や表現を研究する。例えば、戦争や平和に関する文学や芸術など。

• 人間の心理や感情に影響を与えるという観点から、戦争と平和の感受性や倫理を探求する。例えば、戦争や平和に対する恐怖や希望など。
 
 
(問3)市川亀久彌氏の創造理論をAIなりに解釈適用して、「破壊」と「廃棄」という言葉から、何か新しいことを発想して見てくれませんか?
  
Copilot:
「破壊」と「廃棄」という言葉から、何か新しいことを発想するためには、まず、それらの言葉が持つ意味やイメージを分析し、それらに等価なものや類似したものを探します。

例えば、「破壊」は、物事を壊すことや、構造や秩序を崩すことを意味します。それに等価なものとしては、「分解」や「変化」などが考えられます。

また、「廃棄」は、物事を捨てることや、使わなくなることを意味します。それに等価なものとしては、「放棄」や「更新」などが考えられます。

次に、それらの等価なものや類似したものを組み合わせたり、別の観点から見たりして、新しいアイデアを発想します。

例えば、「破壊」と「廃棄」を組み合わせると、「破壊的イノベーション」という言葉が思い浮かびます。これは、既存の市場や産業を根本的に変えるような革新的な技術やサービスのことです。

また、「破壊」と「廃棄」を別の観点から見ると、「リサイクル」という言葉が思い浮かびます。これは、廃棄された物質を再利用することで、環境や資源の保護に貢献することです。
 
 
(問4)市川亀久彌氏の創造理論はAIが今後創造性を高めていくために、有用な理論だと思いませんか?海外ではさほど知られていないようですが、過去の独創的な人物は無意識にこの理論を使っていますね?
  
Copilot:
市川亀久彌氏の創造理論は、AIが創造性を高めるために有用な理論だと思います。この理論は、異なる事象に共通する観点を見つけて、それを応用することで創造を達成するという考え方に基づいています。

AIは、このような等価性の発見や変換を、機械学習や自然言語処理などの技術を用いて行うことができます。

また、AIは、既知の情報や知識を適切に利用して、未知の事象や問題に対して新しい解決策や発想を生成することができます。

海外では、市川亀久彌氏の創造理論はあまり知られていないかもしれませんが、独創的な人物には無意識に使われている可能性があります。

例えば、アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズは、異なる分野や文化に興味を持ち、それらを組み合わせて革新的な製品やサービスを生み出しました。

これは、市川亀久彌氏の創造理論における等価変換の一種と考えることができます。
  
スティーブ・ジョブズの具体例をもう少し詳しくわかりやすく短く説明してくれませんか?
   
Copilot:
スティーブ・ジョブズは、異なる分野や文化に興味を持ち、それらを組み合わせて革新的な製品やサービスを生み出しました。具体例としては、以下のようなものがあります。

• Macintosh:ジョブズは、1979年に Xerox PARC を訪問し、 GUI や マウス を使ったコンピュータを見て感銘を受けました。彼は、この技術を一般の人々にも使えるようにすることで、コンピュータの操作を革命的に変えると考えました。彼は、Macintoshの開発チームに、美術や音楽などの文化的な要素を取り入れるように指示し、コンピュータのデザインや機能に独自のセンスを加えました。Macintoshは、1984年に発売され、コンピュータ業界に大きな影響を与えました。

• iPodとiTunes:ジョブズは、2000年代初頭に、音楽業界の変化に目を向けました。彼は、インターネットで音楽をダウンロードすることが増えていることに気づき、それに対応する新しい製品とサービスを考えました。彼は、音楽プレーヤーの iPod と、音楽配信サービスの iTunes を開発し、2001年に発表しました。iPodとiTunesは、音楽の聴き方や買い方を変え、音楽業界に変革をもたらしました。

• iPhoneとiPad:ジョブズは、2007年に、スマートフォンの iPhone を発表しました。iPhoneは、MacintoshのGUIやiPodのタッチスクリーンを組み合わせた画期的なデバイスでした。iPhoneは、電話やインターネット、カメラなどの機能を一つにまとめ、モバイルコンピューティングの可能性を広げました。iPhoneの成功に続いて、ジョブズは、2010年に、タブレット型のコンピュータの iPad を発表しました。iPadは、iPhoneの大型版とも言えるデバイスでしたが、それ以上に多様な用途に使えるように設計されていました。iPadは、教育やビジネスなどの分野にも進出し、コンピュータの使い方を変えました。

以上のように、スティーブ・ジョブズは、異なる分野や文化に興味を持ち、それらを組み合わせて革新的な製品やサービスを生み出しました。彼は、コンピュータや音楽、モバイルなどの業界に大きな影響を与え、世界中の人々の生活を変えました。
 
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以上のAIと小生との対話からわかるように、AIは市川亀久彌博士の、等価変換理論を用いて、無理矢理に回答をひねり出してくれていますが、そのほぼすべてが、過去の発想や発明の事例を紹介することにとどまっています。

それでも、小生にはAIが、『等価変換理論』を用いて、小生が気が付かなかった思いがけない事例を紹介してくれる場合がありそうなので、先に進む人生の発想に「生成AI」を生かせる気がしてきました。
   
(森敏)
2023-11-24 20:30 | カテゴリ:未分類
スライド1
3種類のレタスの葉


スライド2
ポットにレタスの根が新鮮に食い込んでいる

3種の野菜
植物の根元の横断面

スライド3
この厚手のポリ袋にいれて店頭に並べられている。


近くのスーパーの店内の野菜の棚に 
三種のレタスで構成されている「サラトリオ」
という野菜が登場しているのに遅まきながら気が付いた。

これは3種類のレタス、「グリーンオーク」「レッドオーク」「グリーンクリスビー」
を植物性ポットに同時に植えて水耕栽培したものである。
それをポットごと水耕培地から抜き取って、新鮮なうちに店頭販売している。
水分と養分がまだ少しベッドに残っているので、葉枯れが見当たらない。つまり日持ちがよさそうである。
根元から切り取り、丁寧に水洗して、そのままサラダ菜として食べられる。

衛生的で、新鮮で、なかなかおいしい。

一日で30株ぐらいが完売されているようだ。

(森敏)

追記:誤解してほしくないのだが、この記事は生産者から頼まれて書いているのでは一切ございません。
ここで用いられている水耕栽培法の基本培地組成は、東京大学肥料学教室(現植物栄養肥料学研究室)の5代前の春日井新一郎教授が戦前に苦労して開発したものです。案外、水耕栽培業者はそのことをご存知でないのではないかと思います。

2023-10-22 15:23 | カテゴリ:未分類
先日のwinepブログで、ChatGPTにユーモラスな小話を創作してもらった3つの小話を、そのまま載せたら、それを読んだ知人から、「私にはあまりユーモアを感じられませんでした」という素直な感想のメールが来た。

そこで、もう少しましなユーモアのある小話を ChatGPT にではなく、今度は Bing に頼んだら、以下の小話をわずか15秒(!)で創作してくれた。


ーーーーー

冬のある日、太郎と花子は雪だるまを作って遊んでいました。太郎は花子に好意を持っていたので、雪だるまに自分のマフラーと帽子をかぶせて、「これは僕の分身だよ。君にプレゼントする」と言いました。花子はうれしそうに笑って、「ありがとう。じゃあ、これは私の分身だよ。君にプレゼントする」と言って、雪だるまに自分のスカーフとヘアバンドをつけました。二人は雪だるまを抱き合わせて、恋人同士のように見せました。
  
しかし、その夜、気温が急に下がって、翌朝、太郎と花子は雪だるまたちの様子を見に行きましたが、驚いたことに、雪だるまたちは凍り付いて全く動かなくなっていました。太郎は慌てて雪だるまの手を握ろうとしましたが、手が折れてしまいました。「ああ、ごめんよ。大丈夫か?」と言いながら、雪だるまの手を元に戻そうとしましたが、うまくいきませんでした。
 
花子は雪だるまの顔を見て、「あれ?なんか表情が変わったようね」と言いました。雪だるまの顔は本当に変わっていました。マフラーと帽子がずれて、目や口が歪んでいました。それを見た太郎は、「これは僕のせいだ。僕が雪だるまに自分のものを与えたからだ」と言って泣き出しました。

花子は太郎を慰めようとしましたが、自分の雪だるまも同じ状態でした。スカーフとヘアバンドがずれて、目や口が歪んでいました。「これは私のせいだ。私が雪だるまに自分のものを与えたからだ」と言って泣き出しました。

二人は雪だるまたちを抱きしめて泣き続けました。その時、近くに住むおばあさんが通りかかりました。おばあさんは二人の様子を見て、「あらあら、どうしたの?こんな寒い日に泣いているなんて」と声をかけました。太郎と花子はおばあさんに事情を説明しました。

「そうかそうか、それは大変だったね」と言ったおばあさんは、「でもね、泣いても仕方ないわよ。雪だるまは生き物じゃないんだから」と言って笑いました。「生き物じゃない?」と二人は不思議そうに聞き返しました。「そうよ。雪だるまはただの水と空気でできたものよ。気温が上がれば溶けて消えちゃうものよ」と言ったおばあさんは、雪だるまの頭をポンポンと叩きました。

すると、雪だるまたちは突然動き出しました。「やめてくれ!痛いんだ!」と言って、おばあさんの手を振り払いました。おばあさんは驚いて後ずさりしました。「な、なんだこれは!?」と言いながら、おばあさんは逃げ出しました。太郎と花子も驚きましたが、嬉しくもありました。

「雪だるまたち、大丈夫?」と言って、雪だるまたちに声をかけました。雪だるまたちは二人を見て、「ありがとう。心配してくれて嬉しいよ」と言いました。「でも、どうして動けるようになったの?」と二人は聞きました。「それはね、あのおばあさんのおかげだよ」と言った雪だるまは、「あのおばあさんが頭を叩いた時に、何かがスイッチしたんだ。それで、私たちに命が吹き込まれたんだ」と言いました。

「命が吹き込まれたって?」と二人は疑問に思いました。「そうだよ。私たちは生き物になったんだよ」と言った雪だるまは、「それに、私たちは感情も持ったんだよ。君たちが私たちに自分のものを与えてくれたから、君たちに愛情を持ったんだ」と言って、二人に微笑みかけました。

太郎と花子は感動しました。「本当に?私たちも雪だるまたちが大好きだよ」と言って、雪だるまたちを抱きしめました。雪だるまたちは幸せそうに笑いました。「ありがとう。これからも一緒に遊んでね」と言いました。二人はうなずきました。「もちろんだよ。これからも仲良くしようね」と言いました。

こうして、太郎と花子と雪だるまたちは仲良くなりました。そして、冬が終わるまで、一緒に楽しく遊び続けました。
  
とさ、おしまい。

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(森敏)
付記:この小話を、3歳児ぐらいのお子さんに試しに読み聞かせてみてくれませんか?
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