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2020-05-09 12:26 | カテゴリ:未分類

 

久しぶりに面白い本を読んだ。面白すぎて、一字一句染み入るように読んだ。

 

御徒町の臨時の古本屋を気まぐれにのぞいていたら、なんと「寺田寅彦」というハードカバーの本が見つかった。急いで手に取ると、平成2(1990)発行だが全くの新品で、定価2500円のものが300円と気の毒なぐらい安値で売られていた。300頁の力作である。

 

本の腰巻きには「物理学者でありながら詩人の感性を持った名エッセイスト寺田寅彦の静謐な生涯」とある。

 

本には小さく [60年に及ぶ研究成果を問う] という副題がつけられており、著者紹介欄によれば著者の太田文平氏は、日立製作所、日本大学経済学部、名古屋商科大学を1989年に退任後この本の作成に注力したということであるが、長年にわたる、緻密な資料収集や存命していた多方面の寺田寅彦との関係者へのインタビューを重ねて、このかゆいところに手が届くような「寺田寅彦」伝を上梓したようである。著者は1916年生まれで1999年に亡くなられている。この間寺田寅彦との接点は皆無ということである。

 

ちなみに寺田寅彦は明治11年(1878年)に生まれ、昭和11年(1936年)に亡くなっている。つまり著者が20歳になるまでの間に寅彦は生きていたのだが互いに会うチャンスは、全くなかったわけである。というよりは、著者は1938年名古屋高商(現名古屋大学経済学部)卒なので、それまでに強く寅彦との接触を意識することがなかったはずなのである。だがこの著者は、寅彦の日記に即して、時系列的に実に綿密な考証をしている。

 

大学に入ってから知ったことであるが、寺田寅彦の幼少時の高知の住所は、江ノ口川べりで、小生が幼少時に住んでいた高知市旭駅前町から歩いて20分もしない距離である。また、これも偶然であるのだが、小生が25歳での新婚当初の住まいは、曙町の寺田寅彦の長男である寺田東一という表札がかかった家の四つ角を介した斜め向かいの邸宅の小さな離れの借家であった。ここの家主は「スポック育児書」の紹介者で有名な東大医学部小児科の高津忠夫教授であった。曙町には学者や文化人連中が多かったように思う。

   

現在、江ノ口川の移設された寺田寅彦の実家の門前に、高知県出身の植物学者牧野富太郎の書として掲げられている「天災は忘れられたるところに来る」という言葉は、寅彦のどの書物にも書かれていないが、こういうたぐいのことを寅彦はしばしば口では言っていたということである。寅彦と富太郎が大学構内ででも直接会ったという記録はないようであるが。

 

寺彦の後輩の物理学者である有馬朗人氏は詩人でも有名であるが、その彼が言うには、「つくづくと、寅彦は50年生まれるのが早すぎたがゆえに、様々な分野を開拓しながらも、その成果が世界水準にまで育たなかった。そして掘り下げ方が浅いことも多く、寺田物理学を趣味的と思わせてしまったのであろう。しかし今日生きていれば、地震学、海洋学、さらには公害問題においても、その有り余る才能を発揮できたであろう。フラクタルとかファジー理論とか、寺田寅彦の学風にうってつけである」(寺田寅彦の復権)。

 

小生の東大物理学科出身の知人にも、寺田寅彦の物理学を「お茶の間物理学」と揶揄する人もいる。

 

寺田以降、世界の物理学の本流は量子論や量子天文学に向かっているようだが、小生には自然現象の観察(素朴実在論)から抽象化、本質論へと理論構築していく寅彦やその弟子の中谷宇吉郎の発想は今でも非常に魅力的である。生物学者にとってはまだ量子論は少し距離があるニュートン力学の世界だからだと思う。天文学者が「命の起源を探るために」と称して小惑星イトカワに人工衛星を飛ばしている。成果が不明なので、今度は「宇宙の起源を目指して」と称して新しい人工衛星を飛ばしたがっている。だが、小生はあまり感動しない。もっと身近な地球の物理現象例えば地震・津波・温暖化対策などでやることがいっぱいあるだろう!と言いたくなる。

 

さて、寅彦の死後75年たって起った東日本大震災と連動して起った福島第一原発事故に対して、寺田寅彦が生きていたら、なんとうめいたであろうか? この本を読みながらつくづくと考えたことである。

 

以下これまでにwinepブログでも寺田寅彦については触れてきた。

   寺田寅彦邸に6基もの灯籠(とうろう)がある理由についての考察
    

(森敏)
  


付記:上記の文章は昨年末に書いたものである。
    
今日の中共コロナ(COVID-19)問題に対して、
   
もし寺田寅彦が生きていたらどう社会発言するだろうか? 
     
得意の統計学を繰り広げて、日本政府の拙劣な 
     
PCR検査数や、抗体検査数や、抗原検査数について、
        
痛烈な批判をするに違いない。
   
「わたしや、あなたの周りを、うろうろしている誰が
   
COVID-19に感染しているかが、
        
さっぱりわからないのに、
       
どうしてロックダウンを解除できるんですか?」
と。


 

 

2020-04-05 15:05 | カテゴリ:未分類

在日米大使館・米国民に帰国準備呼びかけ・新型コロナウイルス

2010/4/4 8:17
  

日本にあるアメリカ大使館は、ここ数日、日本で新型コロナウイルスの感染者数が増えていることを受け、無期限で日本に滞在するつもりがなく、帰国を希望するアメリカ国民は、今すぐ準備するよう呼びかけました。

これは3日、日本にあるアメリカ大使館がウェブサイトに掲載したものです。

この中でアメリカ大使館は、「日本政府が広範囲に検査を行わないと判断しているため、どれだけ感染が広まっているか正確に把握することが難しい」としています。

そのうえで、「今のところ、日本の医療システムは信頼できるが、感染が広がると、数週間後、機能するか予測が難しい」として、基礎疾患のあるアメリカ国民が以前のように治療を受けることができるか分からないと指摘しています。

さらに、日本とアメリカを結ぶ航空便の運航が今後、より少なくなるおそれもあるとして、無期限で日本に滞在するつもりがなく、帰国を希望する場合は、今すぐ準備するよう呼びかけています

    

  
(森敏)
付記: 日本政府の社会への、潜在的なCOVID-19ウイルス感染者などに関する定量的発信が、全く不明確なので、アメリカ政府は、在日アメリカ人に対して帰国を「要請」し始めた。これは次には日本の感染者数が近日中にオーバーシュート(パンデミック)になれば、いずれ強制的な「指示」に変わるだろう。

このアメリカ政府の在日アメリカ人に対する保護のやり方は、9年前に東電福島第一原発事故の時に、アメリカ軍が直ちに軍用機で福島上空から日本全土にわたって広範囲に放射能汚染状況をサーベイして、在日アメリカ人にただちに帰国を指示した状況に酷似してきた。この時はアメリカ人は日本人よりも早く帰国避難した、と記憶する。

外国から見たら、もたもたしている日本政府の感染状況や治療状況に関する情報発信に大いなる不安感を抱いていることが明白である。なにしろわれわれ国民にも潜在的感染者数の実情が全く不明で、知らされていないんだから。統計学者に言わせれば、全く話にならないほど拙劣な調査だということである。

2020-03-11 03:07 | カテゴリ:未分類
  本日は原発事故後9年目である。

 昨年の11月に双葉町の原発から1km地点の山頂のヤツデをその頂点から手折ってきた。(図2)
  
  ヤツデの頂点は太い枝の上にあり、ここでは大小の葉が密集してあるので、オートラジオグラフがとりづらいので、何枚かの葉は取り除いて、新葉と旧葉を一枚ずつと、花器を残してBASで撮像した(図1)

  太い枝が平らにならないで、IPープレートに密着していないので、その近辺はオーとラジオグラフの像がぼけている(図3、図4)

  
  部位別放射能の測定では、新旧の葉の葉柄の部分と、生殖器である花器の部分が値が高い。(表1)
    
  これまでも、ヤツデの実生の放射能を何回か測定した経験があるが、いずれも、葉の放射能濃度は最も高くて<数千ベクレル/kg乾物重>であった。 

  しかし今回のヤツデは、原発事故で木が直接被曝したり、ヤツデが生えている土壌が、多分一度も除染していないと思われる被曝した付近の木々の8年半たった落葉有機物層のままなので、そこから依然として、植物に吸収されやすい可溶性の放射能が雨水で溶けだして、根から吸収されて、植物全体に移行していると思われる。とりわけ新鮮な生殖成長組織である花器に移行していることがわかる。






スライド4 

図1.ヤツデの木の頂点を採取した。左上のもじゃもじゃは花器




スライド3 

図2 採取した後のヤツデの木の頂点切断面






スライド1 



図3 ヤツデの木のオートラジオグラフ 花器の強い汚染が印象的である。

  

スライド2 

図4  図3のネガテイブ画像




表1 ヤツデの部位別放射能濃度
ヤツデの放射能1 



(森敏)
2020-02-01 15:11 | カテゴリ:未分類
以下転載です

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NHK News Web

林業再生へ 森林除染の研究発表

1月1日22時08分


https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/20200131/6050008789.html


原発事故後の林業再生に向けた放射性物質を取り除く森林の除染について研究発表が行われ、専門家は、放射性セシウムは森林の内部を循環していて、効果的な除染のためには、樹木や土にどう分布しているか把握することが重要だと指摘しました。

この発表会は、福島大学環境放射能研究所が二本松市で開き、県内の林業関係者などおよそ60人が参加しました。
 
チェルノブイリ原発事故のあと、ウクライナで研究してきた福島大学のヴァシル・ヨシェンコ特任教授は「放射性セシウムは樹木と土の間を循環して、なかなか減っていかない。効率的に取り除くためには、樹木や周辺の土にどう分布しているか、把握することが重要だ」と指摘しました。
 
そのうえで、どの季節に、どのような除染を行うのが効率的か、研究を進めていることを紹介していました。
 
環境省の担当者も出席し、林業関係者からは今後の森林除染の見通しや帰還困難区域での除染などについて、盛んに質問したり、意見を述べたりしていました。
 
ふくしま中央森林組合の水野郁夫組合長は、「沿岸部では広い範囲で林業を再開できていない。森林の除染には多額の費用がかかるので、政府が乗り出すのか、気になります」と話していました。
 
2019-11-15 16:23 | カテゴリ:未分類

福島県双葉郡双葉町細谷 の道路から150段ぐらい上がると山頂に羽山神社というのがあり、そこから南西を眺望すると、1.3kmぐらい先に東電第一原発の原子炉の5号機や6号機があるはずである。しかし、現在すでにいろいろの建物が建設されてきているので、この角度からは2つの原子炉は隠れて見えない(図1)。
スライド2 
図1.東電福島第一原発敷地を羽山神社から南西に眺めると。。。。。

   

さかのぼって、東電の平成27年の資料の図面によるとこの地域に「雑固体廃棄物焼却設備」が<建設中>と記されていた。が、その後、東電の2019年1月31日の資料の図面では、この「雑固体廃棄物焼却設備」は完成したようである。
  

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2019/2-3.pdf

  

それが図1の左の煙突が立っている全面が白色で覆われている建物と思われる(この写真では煙突はぼけて見えるが実際は2本が重なって立っている)。この東電の資料の図面には、敷地内のこの新規建造物の周辺には毎日の除染作業員から出た膨大な「使用済み保護衣服」や敷地内の森林伐採汚染雑木などの置き場があちこちに散在して、結構な敷地面積を占めているように描かれている。なので、ここではこれら原発敷地内で生じた「放射能汚染雑固体」を東電はいよいよ焼却による減容化処理に踏み切るのかもしれない。煙が出ていないので実際の焼却はまだ可動していないようだが。(どこかで東電は敷地内での減容処理に関する発信をしているのかもしれないが、小生はニュースでは確認していない)

     

この建物以外に図1では中央右側にしっかりした高い煙突のある建物が急ピッチで建設中である。これは東電の2019年1月31日の資料の図面では全く示されていないが、何かの放射能汚染物質の焼却場であると思われる。木の枝に隠れて見えにくいのだが、高い煙突がそびえている。11月9日の段階では建物の白い壁の面積がほぼ完成に近くおおわれており、2週間前に眺めた10月27日の時点から比べて急ピッチで進捗していた。

  この2つの建物群を見ながら過去8年間の減容化の動きについていろいろなことを思い出した。

  

過去にさかのぼれば、このような焼却による減容化施設はすでに平成26年度から環境省によって飯館村蕨平(わらびだいら)で住民の苦渋の選択により施設が稼働実施されている。(しかし小生はこれまで、この施設の現場を外からでも見学してはいない)

https://www.vill.iitate.fukushima.jp/uploaded/attachment/2083.pdf

飯舘村蕨平地区における可燃性廃棄物減容化事業について
   
スライド1 

図2.減容化施設か?   
     

今回も、偶然発見したのだが、11月9日に郡山から浪江町に至る道路の途中に図2のような施設があり、煙突から白色の水蒸気様の煙が立ち上っていた。この施設は一見して、真っ白な壁で囲われた閉鎖系であるので、単なるごみ焼却場ではなく放射能の汚染物を処理する焼却場ではないかと思われる。車で急いでいたのでよく確認できなかったのだが、建物の看板に「安達地方広域行政統合」などの文字と6社のロゴが示されていたので、コングロマリットであると思われた。大中小の土建業者などが相応に利権を分け合ってこの工場は建設されて可動しているものと思われる。

 

     

実は、小生は以下のブログで述べているように、原発事故暴発の年である2011年の9月の段階で、放射能汚染土壌などの減容化を頻繁に提案した。その後、あまりにも行政の動きがちんたらしていたし、基本的には除染技術の実践は住民の説得と土建屋さんの談合のテーマなので、途中で、この件には関わらないことにした。関わりようがなかったといった方が正しい。

  

第2回除染学会で、小生が、会場で「ダイオキシン処理施設や高温ロータリーキルンなどによる焼却による減容化をなぜ進めないのか?」と質問した時に、ある通産官僚のOBが小生に囁いてくれた言葉が忘れられない。

   

「大手各社が足並みを揃えて、除染技術を確立しなければ、どこか一社が突出したら各社が膨大な除染予算の利権にありつけないからだよ」。


    

減容化に関して、以下のWINEPブログをご参考ください。

  

2014/06/30 : 意外に早く「放射能汚染土壌の減容化技術」は達成するかもしれない

2012/08/29 : 再論:ロータリーキルンによる放射性セシウム汚染土壌の減容化について

2012/03/24 : 環境省による減容化実験の公募採択課題について

2012/02/22 : 今度こそ本物であってほしい

2012/01/20 : 「灰は危険」とばかり言わずにそこから「教訓」を導き出すべきだ

2012/01/03 : 大成建設はやる気らしい

2011/09/19 : 農水省の「ふるさとへの帰還に向けた取組」は剥離表土の出口が問題

2011/09/03 : 提案17:放射性セシウム濃厚汚染表土は汚染現場で焼却処理すべきである

        

現在上記に紹介したように少なくとも草木の減容化技術はほぼ実証試験で確立して、減容化事業は、詳しく報道はされていないが、放射能の強度汚染地域で、住民が帰還できていない地域では、避難住民がやむなく受容できる事業として、あちこちで行われているものと思われる。

 


(森敏)
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