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2021-03-26 14:54 | カテゴリ:未分類
 
原発インフォでミック2

上掲の本が震災の10年目の2021311日に出版された。

「被曝インフォデミック」西尾正道著(寿郎社 刊)

目次

第一章   棄民政策を続ける原子力ムラの事故後の対応

第二章   放射線治療医として

第三章   閾値(しきいち)とICRPの数値の欺瞞性

第四章   原発事故による放射線被曝を考える

第五章   隠蔽され続ける内部被曝の恐ろしさ

第六章   長寿命放射性元素体内取り込み症候群について

第七章   トリチウムの健康被害について

 

  著者は放射線治療医として、本の腰巻の表表紙側に以下のように述べている。
   

原発事故10年をへても放射線による健康被害は軽視・無視され続けている

政府の言うトリチウムの安全性、モニタリングポストの数値、被ばく線量の単位シーベルトを信じてはならない―― <内部被曝>も利用したがんの放射線治療に従事してきた医師による警告の書。

 

  さらに本の腰巻の裏表紙側には
   

 ICRP(国際放射線防護委員会)は、研究機関でもなく、調査機関でもない。実際は単なる民間のNPO団体なのである。民間の組織は目的をもって活動するが、ICRPの目的は原子力政策の推進であり、国際的な「原子力ムラ」の一部なのである。米国の意向に沿って原子力政策を推進する立場で核兵器の規制などを行っているIAEA(国際原子力機関)やUNSCEAR(国際放射線影響科学委員会)などと手を組み、原子力政策を推進するうえで支障のない内容で報告書を出しているのである。報告書作成に当たっては、各国の御用学者が会議に招聘され、都合の良い論文だけを採用して報告書は作られる。ICRP自体が調査したり、研究したりすることはない。このため、ICRPは多くの医学論文で低線量被ばくによる健康被害が報告されても、一切反論できず、無視する姿勢となっている。

  本のあとがきでは

::::::::私は、この10年間の流れを見てきて、人生を閉じる前に、より多くの方々にこの”不都合な真実“ を知っていただきたいと思い、本書を書き残すことにした。:::::::

  

ーーーーー   
  とある。遺言である。
  なお、インフォデミックというのはWHOの造語で「偽情報の拡散」を意味するということだそうである。













2021-03-11 04:29 | カテゴリ:未分類
 
      10年前の本日(2011年3月11日)からの5日間は、東電福島第一原発の原子炉の1,2,3,4号基が、連鎖的にメルトダウンして水素爆発し、日本中を放射能汚染させた、歴史的大惨事であった。福島県人は今も35730人が県外に避難している。帰りたくても帰れない。


  

   
放射線像

本の表紙:放射能汚染した靴底の下敷きの放射能汚染像
    

       

  この本は森敏と加賀谷雅道が、過去10年間福島に通って、放射能を可視化した「放射線像」の写真集です。
  
  この本に掲載されている、日用品や、動植物をサンプリングした当時の放射能汚染現場(飯舘村、浪江町、双葉町)の様相などは、その詳細を、二人の対談で解説しました。それを以下のYouTubeでこの半年間発信して来ました。

https://www.youtube.com/channel/UCoxOKSbRGkZSNR7no2-7U9g


       
  この「放射線像」は環境にやさしく、省エネを目指して、あえて本屋さんを通さない、独特なネット販売方式をしています.
   本と同時に、加賀谷雅道が創意工夫して開発した放射能汚染した日用品の3次元立体画像を、コンピューター上で回転操作したり、豊富な画像が伸縮自在の、アーカイブアプリ「放射線像」も販売しています。
  

   放射線像/Autoradiograph|公式サイト/Official website

   

  
 今後も継続して調査研究ができる資金が得られるので、ご購入いただければとても嬉しいです。
  
      
   

      森敏・加賀谷雅道 拝
  




2021-03-03 06:47 | カテゴリ:未分類



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和菓子屋にて。 どうやら岩槻人形らしい。

 
 
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ビジネスホテルにて  

 
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  和菓子屋にて   
 
 スライド4
エステサロンにて


今日は「ひな祭り」である。以下雑感です。

 

  昨日のあさイチのテレビ番組で、何で作ったか不明な不細工なひな人形が背景に据えられていた。そこで、あらためて、こけしは木でできているが、博多人形は粘土でできているらしい。では岩槻の人形は? と思った。

 

  そこで思い出したのだが、たしか、埼玉県「岩槻(いわつき)」は、ひな人形の産地であったはずだ。

 

(後で調べてみたら、岩槻は日光街道沿いで東照宮製作にかかわった大工が居付いた街で、桐の製剤過程で出る木屑(くず)を集めて人形の頭部を製作する産地だということである。全国の人形の頭部の6080%を占めているという。「人形の頭は、桐塑(とうそ)という粘土を型に詰め、乾燥させてベースを作ります。桐塑は、桐粉(きりこ)に正麩糊(しょうふのり)を混ぜたものです。木目込人形(きめこみにんぎょう)の胴体作りでも使われます

とある。)
岩槻人形(いわつきにんぎょう)の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN(コウゲイジャパン) 

   

  ここ数年江戸川沿いのタンポポの奇形調査を行っている。北千住駅から東武線の急行に乗り、途中で春日部駅から普通に乗り換えて南桜井駅にこの5年間で何度も昇降を繰り返した。ここから江戸川べりの調査地点まで歩いて行くのである。この駅のショウウインドウには地域の名産が飾られており、おなじみの“岩槻の人形”も置かれていた。

    

  30年以上前になるがドイツに短期滞在した。ドイツに行く前に、シュツトガルト近郊のホーエンハイム大学のマーシュナー教授の奥さんと、旧東ドイツ領であったライプニッツのガテスレーベン遺伝学研究所のショルツ教授の奥さんに、何かお土産をと考えた。浅草の問屋街で考えに考えて、岩槻の人形屋さん製作の60センチ超の日本人形の羽子板を2枚購入して、大型のラゲージに詰め込んで出張した。

    

  実に予期しなかったのだが、残念なことに、マーシュナー教授は奥さんをなくしていたので、困惑して羽子板を受け取ってくれた。きっと別居していた娘のペトラ嬢に渡してくれたものと思う。彼女は今、西オーストラリア大学の教授だということだ。

    

  一方、ガテスレーベン遺伝学研究所では小生は講演を頼まれていたのだが、ホーヘンハイム大学に滞在中に急性の激甚な尿管結石症になって入院してしまい、その講演を断らざるを得なくなった。退院後ショルツ教授には郵送で羽子板を送った。届いたかどうか確かめていない。

    

  上記の写真は文京区本郷通りの店の「内裏(だいり)ひな人形」である。和菓子屋とホテルと美容室のショウウインドウの写真である。よく見ると、男女が左右どちらであるべきかは決まっていないようである。

 

  とかなんとか、昨日は街の整形外科で電気マッサージを受けながら、つらつらと考えていた。

  


(森敏)
付記:3.11が近づいてきました。
以下に、「放射線像」をYouTubeで継続して鋭意発信しております。ぜひご覧ください。



 

 


2021-02-23 13:56 | カテゴリ:未分類





おてら1

図1.東京都文京区白山神社周辺の寺社の地図。 本記事の「蓮華寺」は、一番右下の二寺の左側。この地図は本郷通りの三宅石材店の門柱に刻まれている。
 
  


スライド1 
図2. 森戸家の墓
  
   

森戸辰雄も葉k 
図3. 図2の拡大図
   
   

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図4.森戸辰男の戒名「碩徳院育英日辰居士」と右側が奥方の戒名と思われる。
   

スライド3 

図5.墓石背面に記された森戸辰男のサイン
  
         
   

中共コロナのせいで、室内での座り仕事ばかりしていて、体調が極めて不良なので、午後3時ごろから散歩に出かけた。
   
  本郷三丁目の「かねやす」までは江戸のうち、と読まれているぐらいで、そこから南や北には、本郷通り、白山通り、春日通り に沿って、半径5キロ圏内には約80ぐらいの寺社が存在している(1)京都市内に次ぐぐらいのお寺の密集度ではないだろうか。
  
  最近は、寺社が敷地を幼稚園にしたり、切り売りしたりして、墓地の建立の余地が無くなってきたためか、「陵苑」と称して敷地内マンション形式で数百基も入る回転式の屋内お墓が増えてきた。そういうところには、あかの他人が入れないが、解放系の墓地は今でも、午後4時ごろまでは、関係者以外でも比較的出入りが自由である。
    
  小生は大学院生のころは東大植物園の近くの白山御殿町に下宿していたので、久しぶりに白山通り周辺を、杖を突きながら、休み休みうろうろしてみた。そうしたら、なんと、「蓮華寺」というお寺の入り口の看板に、森戸辰男(学者・広島大学総長・元文部大臣)と広沢虎造(浪曲師)のお墓がある、と書かれていた。 
     

興味が湧いたので、急峻な階段を上がって、広い墓地をくまなく探していたら、森戸家の墓なるものが2つあった。子細に吟味してみたら、この墓地では珍しい横長の墓石の方に(2、図3)、その背面に、<昭和三十九年九月 森戸辰男建之> というサインが刻まれていた(図5)。また、墓の後ろに立てられた木片には 碩徳院育英日辰居士 という戒名が書かれていたので(4)、間違いなく森戸辰男の墓と同定できた。花も植木もない実に簡素なたたずまいであった。

     
家に帰ってWikipedia で調べてみると、森戸辰男は18881223日生まれで、1984528日に96歳の長寿で没しているので、このお墓を1960(小生が大学に入った年)72歳の時に立てた後も、20年間も生きていたことになる。生前のその用意の良さ、というか、墓の建之以来自身が長生きしたことには、自分でも驚いたのではないだろうか。 

     

経済学者であった森戸辰男は戦前は無政府主義者クロポトキンの研究者として、東京大学の国粋主義の法学者たちによって内部告発されて、官憲に逮捕留置されて失職したが(有名な「森戸辰男事件」として、小生が学んだ昔の現代史の教科書には載っていた)、戦後は復職して、広島大学初代総長や文部大臣など文教関連の戦後民主主義体制の創建を主導した。小生の若いころは、「家永裁判」で国側の証人に出たりしたときは、「反動」だとか呼ばれていた。文化功労者や勲一等を授賞している。戒名(図4)の「::育英::」という文字には、彼が日本の戦後教育の再建に貢献した意味が込められているのだと思ったことである。

    

波乱万丈で、現在では右翼からも、左翼からも批判があるだろうが、森戸辰男氏は世間の批判をものともせず、主観的には常に前向きな建設的な人生を貫徹したのではないだろうか。
 
  お寺巡りもたまにはいい。森鴎外も、時代小説の取材のために、谷中方面の寺巡りを相当詳しくやっていたようだ。

   
     
(森敏)

 付記:以下に、「放射線像」の YouTubeを継続発信しております。ご笑覧ください。

2021-01-25 16:37 | カテゴリ:未分類

 

    以下、先ほど、日経新聞が電子版で報じている。重要な情報なので、その一部を無断掲載した。

 

博士課程学生に生活費240万円 政府、7800人に支援

2021/1/25 11:00 日本経済新聞 電子版

 

政府は2021年度、博士課程に進学する学生の生活費を支援する新たな制度を設ける。大学を通じて1人当たり年240万円を支給する。7800人が対象になる。生活面から博士課程への進学を後押しし、日本の国際的な競争力の維持に欠かせない専門人材の育成につなげる。
 
各大学が学生を選び、国から大学に支援金を出す仕組みを整える。大学側が責任を持って対象者を選定するよう4分の1から3分の1程度は大学側にも負担を求める。
 
政府は博士課程への進学が国際競争力の維持に欠かせないとみる生活費を支援する博士課程の学生の一部には、研究費の支援も計画する。1人当たり年平均50万円ほどを見込む。制度を適用する大学は今後選ぶ。
 
人工知能(AI)や量子技術といった成長分野などに力をいれたり、就職支援を充実させたりする場合などを想定する。240万円は生活費を賄える額として設定した。政府は博士課程学生の生活を支えるために年180万~240万円が必要だと見積もる。18年度の日本学生支援機構(JASSO)の学生 調査で博士課程の生活費は平均230万円程度だった。
 
初年度の関連経費は230億円程度の予定だ。20年度第3次補正予算案に200億円、21年度 予算案には30億円をそれぞれ計上した。政府は大学の研究開発を後押しする10兆円規模の基金を官学で創設し、22年に運 用を始めると見込む。運用益が出始めれば支援金の原資に充てる。それまで政府が必要な予算を措置する方針だ。
 
博士課程の学生は日本全体でおよそ74000人いる。現在も支援策としてJASSO の奨学金などがあるが、生活費を満たす水準の枠は7500人にとどまる。政府は支援の拡大に力を注ぐ。年度内に21年度から5年間の科学技術政策の方針となる新たな科学技術イノベーション基本計画を決める。素案に生活費相当額の支給を受ける博士課程学生の比率を3割に高める目標を盛り込んだ。従来の計画は2割を目標値にしていた。今回の措置で達成する見込みがついたため、より高い目標を掲げて支援に力を入れる姿勢を打ち出す。
 
博士課程への進学を巡っては、経済面で行き詰まる可能性への不安感が根強いとみられる。 科学技術政策研究所(現在の科学技術・学術政策研究所)は08年に理系修士学生への調査を実施した。博士課程への進学検討に関し「一番重要」な項目の上位に「経済的支援の拡 充」(23.6%)や「民間の雇用」(21.6%)があがった。 博士課程への進学の後押しは日本の国際競争力を維持する観点からも重要だ。博士課程で専門分野の知見を深める学生が少なくなれば、先端分野などの研究を支える担い手も減るためだ。
 
日本は00年に修士課程の修了者の16.7%が博士課程に進んでいたが、18年には9.3%まで 落ち込んだ。国際比較でも00年度の人口100万人あたり博士号取得者数は日本が127人、米国が141人、韓国が131人でほぼ同水準だった。ところが15年度は米国は259人、韓国は256人と増加したのに対し、日本が118人にとどまった。
      
   
 (森敏)

 付記:以下に、「放射線像」の YouTubeを継続発信しております。ご笑覧ください。

 https://www.youtube.com/channel/UCoxOKSbRGkZSNR7no2-7U9g

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