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2019-08-18 16:20 | カテゴリ:未分類

福島原発による放射性セシウム汚染対策関連の発表題目
(氏名は長くなるのでfirst,second・・・・  last authorのみを示している)の紹介

日本土壌肥料学会 於:静岡大学にて開催予定 (2019年9月3~5日).

 
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土壌―水稲系での放射性セシウムの移行を規定する物理化学的および時間的要因

吉川省子・井倉将人・江口定夫

 

放射性セシウム対策実施水田におけるカリウム収支

錦織達啓・久保田富次郎・宮津進

 

森林生態系における安定セシウムの分布と循環

伊藤優子・小林政広・今矢明宏

 

福島県内農耕地土壌におけるセシウム133固定ポテンシャルと粘土鉱物組成

加藤 拓・今野裕也・・・・・前田良之

 

有機物除去に伴う放射性セシウム吸着能の変化

中尾淳・田代有希・・・・矢内純太

 

白花ルーピンのカリウム欠乏下における不可給態カリウムおよびセシウムの可給化機構

藤本久恵・高雄惇英・・・・・渡部敏裕

 

ラジオアイソトープを用いた植物体内の元素動態のイメージング

鈴井伸郎・河地有木・・・・松本幹雄

 

塩化ナトリウム施用下でのキノアによるセシウム吸収について

磯部勝孝・肥後昌男

 

水稲におけるセシウム体内輸送へのOsHAK5の関与の可能性

頼泰樹・古川純・・・・・服部浩之

 

Contribution of SKOR gene to Cs and K absorption and translocation in plants

菅野里美・Ludovic Martin・・・・Nathalie LEONHARDT

 

K減肥水田土壌での放射性Csの玄米への移行抑制に必要な非交換態K量の検討

黒川耕平・中尾淳‥‥‥矢内純太

 

牧草中放射性セシウム濃度の経時変化と土壌の放射性セシウム存在画分からの移行推定

山田大吾・塚田祥文・・・栂村恭子

 

土壌から牧草とイネへの放射性セシウムの移行実験と移行モデルの評価

植松慎一郎・・・・・・Erik Smolders

 

イネ玄米中の放射性セシウム含量品種間差をもたらす原因遺伝子

大津(大鎌)直子・福原いずみ・・・横山正

 

ダイズの放射性セシウム吸収に関与する異伝因子の探索 その1:QTL-seq解析による大豆の放射性セシウム吸収に関与する遺伝子領域の解明

宇田真悟・山田哲也・・・・横山正

 

福島県内の水田におけるカリ収支とカリ集積量

藤村恵人・若林正吉・・・・・遠藤わか菜

 

福島県内の農地における放射性物質に関する研究(第46報) 中山間地域における除染後水田での均平対策後の牛糞堆肥による地力回復効果

松岡宏明・斎藤正明・・・信濃卓郎

 

試験水田における灌漑水・間隙水中137Cs濃度と変動要因

塚田祥文・斎藤隆

 

除染後圃場での堆肥施用がダイズ生育と放射性セシウムの移行に及ぼす影響

久保堅司・木田義信・・・・・信濃卓郎

 

放射能による樹皮汚染の立体可視化の手法について

森敏・加賀谷雅道・・・・中西啓仁

 

福島県内の農地における放射性物質に関する研究(第47報) 

低カリウム条件下における飼料用米・品種系統のCs-137移行リスク評価手法の開発

斎藤隆・菅野拓郎・・・・横山正

 

土壌還元が水稲の放射性セシウム移行に及ぼす影響

若林正吉・藤村恵人・・・・太田健

 

セシウム吸着シートを用いた畑地土壌における溶存態放射性セシウム量の変動把握

井倉正人・吉川省子・杉山恵

 

溶存有機物による風化花崗岩土壌中のセシウムの移動促進効果

辰野宇大・濱本昌一郎・・西村拓

 

天水田における作土中137Csの滞留半減時間の推定

原田直樹・鈴木一輝・・・吉川夏樹

 

ダイズ子実の放射性セシウム濃度を効果的に低減させるために必要な時間の検討(1)

関口哲生・木方展治・井倉将人

 

土壌表層へ附加された底泥からイネへの放射性Cs移行

安瀬大和・松原達也・・・・・鈴木一樹

 

灌漑水田由来放射性Csの水田土壌表層への蓄積

星野大空・荒井俊紀・・・・原田直樹

 

異なる耕起法による更新を行った除染後採草地の土壌中放射性セシウムの濃度分布について

渋谷岳・伊吹俊彦・新藤和政

 

ドローン空撮を用いた除染後水田における土壌炭素・窒素濃度の面的予測の試み

戸上和樹・永田修

 

蛍光版を利用したオートラジオグラフィー技術で植物体内の元素動態を見る

栗田圭輔・鈴井信郎・・・・・・酒井卓郎

 

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(森敏)
付記:
  以上のように、今年は31課題の放射能汚染関連の研究発表がある。大学の研究者や現場の農業技術者は、福島農業の復興のために、2011年に発生した福島原発事故のしりぬぐいを8年間にわたって延々とさせられているわけである。実に地道な研究活動というべきであろう。
 
  しかし、原発事故という人類にとって未曽有の負の遺産を逆手にとって、これを契機にして、新しい自然現象の発見や新規技術開発をおこない、次世代人類生存のための学問も新しく発展していくべきなのである。そうでなければいつまで経っても被災者心理は救われないだろう。

  過去に遡れば、古河鉱業(足尾銅山)による渡良瀬川流域の銅による鉱毒汚染、神岡鉱山による神通川流域カドミウム汚染(イタイイタイ病)、窒素水俣工場による水俣湾の水銀汚染(水俣病)などなど、鉱毒、公害、による人体・環境汚染は、皮肉なことに、それを修復回復させるための医学・生物学・環境科学などを遅々とではあるが発展させてきたのである。

2019-08-13 10:46 | カテゴリ:未分類

「群青」江川友治先生の生涯 
「群青」(続編)江川友治先生の生涯
  

(明治大学農学部江川研究室OB会編集。著者江川友治。協力者江川浩子。前者は 2015年5月23日発行、後者は2018年7月14日発行)

 

という、2つの冊子体(全部で44頁)の寄贈を受けた。

 

この本に記されている、江川友治さんの経歴を略記すると、江川さんは1941年3月に東大農芸化学科生物化学専攻を卒業して、当時西ヶ原にあった農業技術研究所の三井進午技師の部屋に配属された。この年12月8日に日本は真珠湾攻撃によって太平洋戦争に突入した。翌17年4月江川さんに「赤紙」(召集令状)が来て、福知山連隊、中国保定、武昌、鹿児島の知覧・万世特攻隊基地、東京の立川、大阪府の貝塚飛行場と転戦・移動し、昭和20年8月敗戦で復員し元の三井研究室に復職した。その後農水省内で知る人ぞ知るで赫各たる研究業績と行政手腕を発揮していった。退職後明治大学に再就職されたようである。2012年逝去。

 

この冊子の中には江川先生のうめきのような憂国の反戦思想が詠まれているので、8月15日の敗戦記念日を迎えるにあたって、以下にその一部を無断引用させていただいた。

 

  

戦争は遠き昔のことなれど忘れ得べきや雨の塹壕

 

物忘れ激しくなりし老いの日に忘れ得べきや惨の戦場

 

銃抱きて雨の塹壕に眠りたる中国河北省保定を思う

 

自死したるあまた兵らを見捨てたる中国戦場湘桂難路

 

なぐられて殴り返さん術もなくただ耐えしのみ兵たりし日は

 

「赤紙」も「召集令状」も死語となり憲法九条すがる思いに

 

改憲は命かけて阻むべし惨の戦争を知りたるわれら

 

 

冊子の最後には、江川先生の言葉としてこう記されている。

 

::::

さて、軍部の独走による戦争をなぜ食い止められなかったのか、という問題ですが、これが問題です。その原因は長い歴史的なものがあると思いますが、その中心となることは、学問、言論、思想の自由が完全に圧殺され、軍政府による一方的な情報だけが国民に伝えられたということではないかと思います。

  

   


(森敏)
付記1:ここに登場する三井進午技師は、のちに東大農芸化学科肥料学研究室教授となって赴任した小生の指導教官でもある。
 
 生死の境の戦場を潜り抜けて、復員してきた江川さんの、その当時の精神は無頼の徒で怖いもの知らずであっただろう。労働組合を結成して、西ヶ原の農業試験場では意気軒高にふるまっていたのではないかと想像される。研究姿勢にはめちゃくちゃ厳しかったが、思想的には温厚であった三井進午技師は、研究室の同じ大学の農芸化学科の後輩の江川さんにはいささか手を焼いていたのではないかと想像した。
 
付記2:明治大学農学部江川研究室OB会編集の皆様、無断引用をお許しください。
   
追記1:江川先生のように、戦争を知る世代が高齢で逝去して行く中、今日改憲ムードが深く静かに潜行している。しかしそんななかでも、以下のように、若手政治家から明確な「改憲笑止」勢力が台頭してきたことは本当に心強い。

「安倍晋三首相が狙う憲法改正に関しては「現行憲法も守っていないのに(首相が)改憲を言い出すのは非常に危険だ。寝言は寝てから言ってほしい」。(山本太郎 時事通信へのインタビュー8月11日)
 
追記2: 上記「群青」には、昭和19年(1944年)に江川さんが陸軍少尉になって立川宿舎に一時滞在時に
   
「軍服姿で一時、わが懐かしの三井研究室に突然訪問したら、三井技師が昼間からヘルメットをかぶったまま机に向かっているのを異様に感じた」
  
という記述がある。この年から日本本土への米軍による空襲の本格化が始まったのである。小生はこの記述を読んで、感慨深いものがあった。三井先生はその後、東大肥料学研究室の教授に迎えられ、小生は1963年に卒論生として先生の指導を仰ぐことになった。東大広しと言えども、当時は研究費がなくて、東大ではおそらく三井教授室にだけクーラーが設置されていた。今年のように猛暑の夏には、その教授室で三井先生はすやすやと午睡を取っておられた。今から思うと、三井先生は戦時中の農業技術研究所での研究室の緊迫した雰囲気から大いに解放されて、熟睡されていたのだろう。我々は「ただいま動物実験中」と教授室の扉にひやかしの紙を張り付けたりしていたのだが。

2019-07-31 17:59 | カテゴリ:未分類
以下、ノーコメントで転載します。

  






プレゼンテーション1

 

原発技術は破綻 必ず事故は起こる 米規制元委員長警告
  

二〇一一年の東京電力福島第一原発事故当時に米原子力規制委員会(NRC)の委員長だったグレゴリー・ヤツコ氏(48)が、本紙のインタビューに応じ、経済性や安全性を理由に「原発は破綻した科学技術だ」と主張した。「原発に頼る限り事故は必ず起きる」と述べ、発電コストが下がり続けている風力や太陽光といった再生可能エネルギーの開発に全力を注ぐべきだと訴えた。

 米国は世界随一の原発大国で、NRCは原発の安全規制や許認可を担う連邦政府の独立機関。ヤツコ氏は〇五~一二年に委員を務め福島事故では委員長として事態収拾に向けて日本側と対応を協議し、現場にも足を運んだほか、米国で安全対策の強化に尽力した。

 福島の事故後、NRCとして地震や火災、水害といった災害に対する原発の弱点を洗い出したが、原子力業界の妨害などで「ごくわずかな改善」しか実現できなかったと回想。業界という「圧倒的な存在」が規制当局や政官界にまで幅を利かせる構図が必要な安全対策を阻み、経済性が落ち込んだ原発を延命させる一因になっていると指摘する。

 福島事故を経てもなお原発に固執する日本のエネルギー政策に対し「次の事故のリスクを認識、理解する必要がある。起きるかどうかではなく、いつ起きるかだ」と警鐘を鳴らした。

 (ニューヨーク支局・赤川肇、写真も。2019。7。31 東京新聞)

2019-06-23 07:04 | カテゴリ:未分類

牡蠣(カキ)の生産漁民であり、かつ現在活発な文筆家(つまり漁民作家)である畠山重篤さんが、新刊「牡蠣の森と生きる」を刊行された(図1。中央公論新社)。今回は記者にインタビューされて読売新聞に連載された畠山さんの半生記である。写真入りで、いつものようにひじょうに読みやすい。


 
スライド1 
図1.

 

舞根(もうね)湾の漁民はチリ津波や3.11津波でいかだが流出破壊されたり、家が消滅したりして地獄の苦しみを味わうが、自然の再生力に助けられて、復興を果たしていく。畠山さんはそのノリ、ホタテ、牡蠣の生産基盤である舞根(もうね)湾再生の原動力は気仙沼湾にそそぐ大川上流の室根山に漁民たちが30年間前から、全国のボランテイアの支援をえて延々と育林し続けたおかげであると、信じて疑わない。

 

畠山さんの信念は、図2に示す「森が消えれば海も死ぬ」(講談社BLUE BACKS)という本の中で掲げている松永勝彦教授による『フルボ酸・鉄』説にもとづいている。広葉樹林の落ち葉が腐ってフルボ酸が生成され、雨によって森林から川に流れ込む過程で鉄を強固に抱え込み(キレート化し)、それが湾に流入して、植物プランクトンの餌になるので、その後の食物連鎖の中で、ホタテや牡蠣が増殖する。つまりPHの高い海の中でも安定を保てる(すぐには沈殿しない)可溶性の鉄が安定的に供給され続けることが沿岸漁業の主要な制限因子である、という学説である。



スライド2

 図2.
  

読者は畠山さんの体系的な(公理系的な)長期にわたる実践活動とその成果を深々と理解することになるだろう。

    
 
      
 
(森敏) 

追記1:最近東京農業大学のグループにより、マングローブの生える汽水域の鉄溶解性のカテコール系フェノール性物質としてルチン類とグアイアコール類が同定された。
高感度のメタボローム解析技術が容易に使えるようになったので、これまで「フルボ酸」という一般名でくくられていた物質のなかの鉄溶解力の高い物質の同定ががさらに進むものと期待される。

この論文は以下のwinepホームページでも紹介しておいた。


http://www.winep.jp/news/306.html 
2019-04-18 18:09 | カテゴリ:未分類

      訓練中のステルス戦闘機(F35A)が墜落して、まだ機体と操縦士が発見されていない。重要なボイスレコーダーも発見されていない。新軍用機の性能チェック練習中の墜落事故としては原因究明ができない、決してあってはならない異常事態ではないだろうか?

    

      ところでアメリカから購入するこの戦闘機の1機の値段が116億円ということである。現在までに、15機が購入されており、12機が待機中であり、向こう何年間かで全部で105機の購入が予定されているとか。トランプ政権の恫喝に屈しての事であろう。

    

      この戦闘機の総購入金額は単純計算で 116億円x105機=1兆2180億円 となる。アメリカから購入する飛行機の予算はいつも不透明で毎年バブル化していくので、おそらくこの予算では済まないだろう(と、悔しいことに、マスコミに何度もあおられているうちに、小生も含めて国民は「防衛予算」に関しては、いつもこういう思考回路に慣れさせられている)。

    

      このように総金額を知ると、「本当に日本の教育や科学技術予算は大丈夫かね」と、腹の底から怒りがこみあげてくる。

      

      日本のすべてのノーベル賞学者達が口を酸っぱくして、若手研究者の養成や長期的な基礎研究への国家予算の投資を呼び掛けているが、現政権は、いまだに馬耳東風であるとしか小生には思えない。実際少なくとも自然科学系の研究者の実感では、中国の躍進は本物で、すべての科学技術分野で、日本が後塵を拝することになるのも今や時間の問題である。政治家はそれが全く分かっていない。自民党議員ばかりでなく、「一番でなきゃいけないんですか?」という国会議員に代表されるように野党議員も五十歩百歩であろう。総じて熾烈な学問の世界での争いを経験してきたうえでの理系出自の国会議員があまりのも少ないからである。

   

      翻って、4年生の国立大学生一人を卒業させるまでに国家が投資する金額は約500万円ということである。実は入学金や授業料約250万円などの自己負担金を差し引くと国立大学生の卒業までの「人材養成費」としては実質わずかに150万円ぐらいしか国からは投入されていない。

   

      ステルス戦闘機105機を購入する代わりに、その分を、国立大学の入学金と授業料免除などで実質的に250万円を国が無償で提供するとなると、単純計算で48万7200人の学生を自己負担ゼロにできる金額である。

   

      戦争のための予算と、未来の人材育成のための予算と、どちらが肝心か、未来のある若い人なら誰しも後者に賛成するだろう。悲惨な戦争体験や戦後の食糧難を体験していない、思考が擦り切れた観念論者のみが戦闘機の方を支持するだろう。

 

      以上のような議論は、これまでも飽きるほどなされてきた。ステレオタイプの議論だと言われようと、小生は何度でも言いたい。いや何度でも言わなければならないと、人生終末期の最近は強く感じている。未来の人材育成と基礎科学振興にしか日本の未来はないと。

 

 

(森敏)

付記:本日、尊敬する農芸化学の大先輩である森謙治東大名誉教授【学士院会員】の訃報を聞いた。にわかには信じがたい。
    
追記:その後、2019年5月10日の朝6時25分のNHKニュースでは、アナウンサーが何の弁明もなく、さりげなく、このステルス戦闘機(F35A)の購入予定機数を147機!と解説していた。まことにサブリミナルな姑息で汚らしい「NHKと防衛省との連係プレー」である。

 

 

 

 

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