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2019-05-22 06:27 | カテゴリ:未分類

  50年以上前の話である。
  
  統計学の名著であるスネデイガー、コクランの「統計的方法」の翻訳者である奥野忠一先生は、確か、当時は農水省の統計調査関連の部署におられたが、東大農学部の学生に対しても統計学の講師として出向いてきてくれて、主として実験計画法とその有意差検定法について、様々な事例を使って丁寧に統計学の初歩的な授業をしてくれた。(先生はのちに東大工学部の教授に転出されたと記憶している)

 

  先生の授業の中で、今でも印象に残っている言葉は、

「日本の統計は世界に冠たる信頼性のおけるものである」

というものであった。それは自分たちが日本の統計学を牛耳っているからである、という自負からくるものであったのではないかと今にして思う。

 

  爾来今日に至るまで、小生はその奥野先生の言葉を信じて、農林統計などは、活用させてもらっている。
各種作物(イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシなどなど)の国内総生産量や反当り収量の変遷、
各種肥料(窒素、リン酸、カリ、微量要素)の国内総生産量や反当り施用量の変遷、
各種農薬(除草剤、有機塩素剤、有機りん剤)の国内総生産量や反当り施用量の変遷などなど、
である。それらの統計データは、今から考えてみても、当時の日本の農業の変遷の実態をよくとらえて説明できていたと思う。

 

  ところが、である。最近の裁量労働制などの国会審議に伴って明るみに出てきたのが、厚労省による、データの改ざん(フェイク)である。安倍内閣の意向に沿った厚労省によるデータのねつ造や改ざんとしか思えない行為は、日本の統計の信頼性を根底から覆すものである。この問題は労働問題にはてっきり素人の小生にはあまりに複雑すぎて、口出しはできないものではあるのだが。
   
  しかし、この官公庁の役人によるデータの改ざんや、意識的なデータの間引きや、積極的な未採集、などは、日本のすべての官公庁に今や、蔓延しているのではないか? 下手をすると今日の農林統計なども融解が始まっているのではないか? と思わせるものがある。

 

  末端役人で調査データを収集させられる身になって考えてみると、余りに上層部からの内閣に対する忖度(そんたく)的な締め付けがきびしいと、

「どうせまじめにデータを収集しても、時の内閣によって、データがつまみ食いされてフェイクされるんなら、いい加減なデータをねつぞうしておこうぜ! 調査には、時間も、人手も、お金もかかるんだから、そんなことやめて、鉛筆をなめて数値を内閣の方針に合わせて迅速に適当に作る方が安上がりだし」

 

という、気持ちになりかねないだろう。こんな風に末端役人の行政意欲がとろけてしまうと、内閣府(行政機関)の政策基盤となるべき、信頼性の高い経年データが残されて行かないので、国による将来に向けての各省庁の政策を大きく誤らせる結果を招来することになるだろう。いや、すでにそうなっているような気がする。

 

  「忖度統計データ」をフェイクすることほど国策を誤らせる行為はないだろう。国がとろけるだろう。今でも安倍内閣の支持率が高いということは、そういうフェイクデータによる幻覚に国民が徐々に慣らされつつあるからかもしれない。

  近年頻繁に時宜に即してタイミングよく流されるNHKや内閣府による各種世論調査、各新聞社や調査機関による世論調査など、どこまで信用ができるのか、強く疑ってかかる必要がある。このような調査は母集団を如何様にも操作できるので、調査結果の発表自体が今後の世論の動向を左右しかねないからである。

 

  昔、25年前に「高度術社会のパースペクテイブ」(竹内啓研究代表: 数理統計学の権威. 現在学士院会員)という文科省の総合研究プロジェクトがあった。小生も総括班に参画させていただいていた。このプロジェクトには日本のいろいろな分野の統計学の専門家が参集していた。先日この中のメンバー3人に話を聞くと、今日のように、日本の調査統計がとろけ始めたのは、文科省などの統計研究分野に研究費が来なくなったのが大きい。それと同時に統計学研究者たちが、統計の重要性を、長らく社会に発信してこなかったから、国民が統計データは正しく収集されていることが当たり前、と考えてしまったからではないか? 研究者の中では行政によるフェイク統計の時代が来るなんて誰も考えていなかっただろう」ということである。

 

  公害問題が沸騰していた1970年代は増山元三郎、高橋晧正などの統計学者が真相究明に大活躍をした。

 

  今回を機に統計データの信頼性回復の手法について、統計学者の間で、真剣な議論を巻き起こしてもらいたいと切に思う。最終的には、そのソフトに掛ければその統計手法がインチキであるということが一目瞭然で判明するというシステムソフトを開発してほしい。これは愚かな統計学に無知な夢だろうか?

 
  
     
   
(森敏)
 
追記1:「統計でウソをつく方法」(ダレル・ハフ著 高木秀玄訳 BLUE BACKS刊)という有名な本がある。
この本にはテレビなどで印象操作されたデータやグラフにごまかされないための、基本的な知識が書かれている。ためになる本だと思う。
 
追記2: 以下転載記事です。
   

もうこれで「幕引き」なのか 統計不正審議で残る疑問 

朝日新聞2109年5月22日11時30分

 

 国の基幹統計である厚生労働省の「毎月勤労統計」で明らかになった不正問題。不正は他の統計にも波及し、国の統計への信頼を揺らがせる事態になった。開会中の国会では野党の追及が続いているが、政府側の答弁は従来の内容をなぞり、不正の背景はわからないままだ。6月26日の国会会期末に向け、このまま問題は「幕引き」となってしまうのか。

 21日の参院厚労委員会。毎月勤労統計の不正問題をめぐる集中審議は、野党側が追及したものの、政府側の答弁に新たな内容はなかった。国会会期末に向け、統計不正の集中審議は予定されておらず、与党は問題を幕引きとする考えだ。

 賃金動向などを調べる基幹統計の一つ、毎月勤労統計は、従業員500人以上の事業所は全て調べるルールだ。だが、厚労省は2004年に東京都分を抽出調査とする不正を開始。18年1月からは不正データを本来の調査結果に近づけるデータ補正もひそかに実施していた。

 だが、これらの不正がどういう経緯で始まり、なぜ途中で補正されたかの解明は不十分なままだ。

 根本匠厚労相が「第三者委員会」と位置づけた特別監察委員会の報告書は、担当職員らが不正を知りながら外部に伝えなかったことを「うそをついた」としながら、「意図的に隠してはいない」と組織的隠蔽(いんぺい)は否定。不正の詳しい動機なども読み取れない。

 この問題では、賃金データを上ぶれさせた18年1月の調査手法変更に首相官邸の意向が影響したかどうかも大きな論点となった。政府側は「影響はなかった」と主張したが、監察委は「検証の対象外」として調べなかった。

 野党は厚労省から補助金をもらう外郭団体の理事長が監察委のトップだったことから、「客観性に問題がある」などと批判する。

 21日の集中審議でも、立憲民主党の石橋通宏氏が報告書を念頭に「どうみても組織的な隠蔽なのに、監察委がそう認定しなかった。国民は信用していない」と批判した。これに対し、監察委の荒井史男委員長代理(元名古屋高裁長官)は「批判があることは承知しているが、監察委が客観的に調査した結果だ」と譲らなかった。

 この日の審議を通じ、厚労省が所管する一般統計の72調査のうち8割強の62調査で結果の数値の誤りや手続きの問題があったことも判明した。根本厚労相は「重く受け止めて、再発防止の対策を前に進めていきたい」と述べた。

 国民民主党の川合孝典氏は「(統計不正は)現場がやったと切り捨て、本来責任をとるべき人間が責任を取ろうとしない。そんな姿勢で再発防止はできない」と根本氏らを批判。野党からは「夏の参院選でも統計問題を争点にしないといけない」との声も上がる。

 国の統計に対する国民の信頼は揺らいだままだが、与党側は「すでに沈静化した問題で、新しい話も出ない」(自民党議員)との姿勢だ。与党のある幹部は「複雑で理解が難しいテーマは参院選の争点にはならない」と言い切る。(村上晃一)

 

追記3:本屋で漫画本を探しにいって、目的の本がなかったので、新書版の背表紙に目を移していたら、なんと、

「統計は暴走する」佐々木弾著 中公新書ラクレ刊 
という本があった。初版が2017年9月ということである。
著者は東京大学社会科学研究所教授という事である。
この本のことは全く知らなかったのだが、
わかりやすく 統計の魔術 が紹介されている。
サブタイトルは以下のようになっています。

統計以前の問題
統計はだます 詐欺・偽装編
統計は盗む 窃盗・横領編
統計は虐待する 中傷・虐待編
統計は殺す 殺人・環境破壊編
統計の暴走を許さないために

実に時宜にかなう刊行物ですね!
統計のインチキさを見抜く思想が満載されています。
嬉しいことに、この本の中には統計の数値や図表が一枚もなく、実に丁寧にわかりやすく書かれています。
これを読むと数学に弱い小生でも一皮むけて賢くなったように思いました。
2019-01-17 11:59 | カテゴリ:未分類
 
 
 
 
 

卒業生への祝辞

 

卒業生の皆さん,本日はご卒業おめでとうございます。

また,本日お集まりのご父兄の皆様には,お子さま方のご卒業まことにおめでとうございます。
 

さて,学生諸君には,今日(きょう)の卒業の喜びと感謝の言葉を,まず最初に,母親や父親に報告することを私は強くお勧めいたしたいと思います。それは,いうまでもなく,諸君の今日(きょう)があるのは,諸君自身の生まれてこの方の、日ごろの努力のたまものであることはもちろんでありますが,一方では,20余年間にわたって諸君をとりまく豊かな人間環境と生活環境を支えてきてくれた,家族や親族の方々のご支援の結果であるからであります。この事を決して忘れてはなりません。本日は,まず第一に,その感謝の念をはっきりと「言葉」で,とりわけ諸君のご両親に表現することを実行していただきたいと希望いたします。

 

 さて,この,人間として当たり前のことを諸君にお伝えいたしましたので,私はもう引き下がってもいいのではないかと思いますが,それでは時間が持たないようですので,例年の専攻長が行っているように,少しは気の利いたことを更につけ加えて,訓辞としなければならないようであります。

 

そこで,本日は,私が日頃から,ゼミや,食事の時に,くだを巻いて主張していますことの,それこそほんの一端を簡単にご紹介させていただきます。

 

それは非常に単純なことで,実は熟達した研究者の世界では極めて陳腐なことでありますが,実行するとなると,なかなか難しいことであります。

そのひとつは,

 

「流行を作れ」ということであります。

 

もう一つは

 

「流行におぼれるな」

 

ということであります。この二つの言葉の意味を研究というものを中心に簡単にかみ砕いて,ご紹介させていただきます。

 

どこの世界でも同じですが,研究者の世界では,とりわけオリジナリティー(独創性)が要求されます。云うまでもなく,オリジナリティーというのは,「その人で無ければ生み出され得なかった発想」であります。言葉を換えて云えば,つまり,「余人をもって代え難い発想」ということであります。

まだ誰もが重要と思っていない自然現象に挑み,現象を発見し,その研究を萌芽の段階で重要研究課題であると確信して起ち挙げる,ということは実はなかなか至難の技であります。この初期の研究段階は,たとえて云えば,大腸菌の増殖過程でいえば,まだラグフェイズの段階であります。この段階での研究論文は学会誌に投稿してもまず,すぐには,受理されません。なぜなら学会の学説の定説に凝り固まっているのが学会誌の普通のレフェリーの頭でありますから,考えてもみなかったデーターを突き付けられると,大部分のレフェリーは,まず最初に,動揺し,疑い,否定して,研究をつぶしにかかろうとするからであります。したがって,このときに研究者がなすべきことは,この定説や学説に凝り固まった,レフェリーの頭を変えるために,自分の発明や発見が事実であることを,いろんな角度から証拠固めをして,レフェリーの無理難題に答えることであります。そのためには,非常な時間と忍耐力を要求されるわけです。場合によっては,研究がまだ仮説の段階であることも多いものですから,決定的証明が出来ずに,その間,研究費が全く得られない事態にたち至る可能性もなきにしもあらずであります。
  

つまり,ある分野の学問を起ち挙げる,すなわち「流行を作る」と云うことは,非常に強靭な意志を有する,なかなか容易ではない作業なのであります。

 

これに対して,すでに誰かが重要であることを指摘し,誰の目にも明らかな流行(はやり)の研究を行うことは,さほどの独創性を要求されない場合が多いのです。このような研究ではすでに,研究の方向性が確立しており,一見,きれいな定説に合った研究成果が生まれやすいので,研究論文も雑誌に投稿すれば受理されやすいのです。研究結果の効率的生産からみますと,大腸菌の増殖過程のアナロジーで云えば,ログフェイズ,すなわち対数増殖期の段階であります。このような研究は,次々と予想どおりのデーターが出るので楽しいし,誰よりも先に研究結果が出れば大変うれしいものですから,こういう研究に研究者はだれでものめりこみがちです。ときには,おぼれて,そこから抜け出れなくなったりいたします。こういう段階ではプライオリティー(先駆性)争いが活発におこなわれているわけです。つまり予想されるデーターを誰が最初に発表するかという点で,世界中の研究者が熾烈な争いを展開しているわけです。このようにしてその方面の研究水準が押し上げられていくのがいわゆる通常科学の進み方であります。
   

しかし私に云わせれば,いくら詳細にこのような研究を行っても,そのような研究の真の勝者は最後の一人か二人であります。また,その研究を最初に起ち挙げた人の名こそが永久に残ることになります。
   

すなわち流行に乗ることは比較的易しいのですが,研究者としては時としてこの道に入ることは安易な選択であります。極端に云えば,一種の堕落であります。

 

諸君,私の云っていることをご理解いただけたでしょうか?

卒論研究を真剣に行った諸君には,少しは理解していただけたかもしれません。しかし,多分本当に理解していただけるのは,諸君がこれから社会に出られたり,大学院に進まれて,第一線の研究や商品開発を世界との競争の中で行ううちに,おのずとひしひしと身にしみて感じることになるであろうと私は思っております。

 

その意味におきまして,いま私が,

 

流行におぼれるな,流行をつくれ

 

ということを諸君に呼びかけるのは,時期尚早かもしれません。しかし諸君の大部分の方がこれから研究者の道や商品開発の道に入っていく門出のいま,私としてはそのことを,あえて云っておきたいと思います。

 

なぜなら我々の先達である農芸化学の研究者たちは,すべからく生産現場の現象の発見から,世界に冠たる大きな学問の世界の流行を築いていったからであります。

 

簡単でありますが,これをもって私の祝辞とさせていただきます。

 

ご清聴ありがとうございました。
 
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(森敏)
付記:そろそろ大学の学生や大学院の卒業式が近づいてきました。以上は小生が21年前(1998年)に東大の農芸化学科の専攻長をしていた時に、学部の卒業生とその父兄を前に話した、卒業生への祝辞です。色褪せていないと思います。

2019-01-04 16:48 | カテゴリ:未分類

大学の大先輩から「森さんボヘミアンラプソディーという映画見た?」と聞かれたときは、「気になってはいるけど、最近の映画は “はずれ” が多くてどうしようかと逡巡してます。それに映画館で1時間以上も座っているのは苦痛なもんで。。。。」と答えておいた。

 

だが、新聞の映画広告の欄を見ると、東京の多くの映画館では、意外にこの映画は珍しくもロングランを続けているようなので、とうとう年末に見に行くことにした。観た後、この映画は “あたり” だと思った。

  

唐突な感想のようだが、この映画で小生は「ファシズム」を強く連想した。ファシズムといってもヒットラー時代のクラシックな意味での「大衆扇動」ではなく、非常にエレガントでエモーショナルな "深層心理操作" の恐怖を感じた。

   

映画ではロックバンド「クイーン」のリードボーカルのフレデイ・マーキュリーが主人公であるが、作曲、曲目の編成、曲に合わせた舞台動作の振り付けなど、ありとあらゆる1970年代当時のロック演奏の技法開発の舞台裏が紹介されている。今では数万人の聴衆が参加する野外や室内演奏会は日本でも普通のようだが、これは恐ろしいことだと、真に背筋が寒くなった。

 

というのも、この映画を見ながら小生自身が、演奏に引きずり込まれて、思わず筋肉が躍動し涙腺が緩んできたからである。映画でさえそうなんだから、演奏会現場にいる人間は、フレデイーの一挙手一頭足によって人間心理の深層を揺さぶられているのだろう。参加している聴衆全員が、フレデイーによって心理操作されて、何かを手にもって左右に振って、泣いたり、笑ったり、絶叫したりする光景は、現場ではもっともっと迫力があるのだろうと理解できた。

 

このボヘミアンラプソディ―の場数を稼いで洗練されていく演奏会のあと、この演奏曲目の部位やその時の反響(大衆の喜怒哀楽の表情など)を、あらゆる芸能分野のプロヂューサーが詳細に分析して、後世の舞台環境の創作に反映していったことは容易に想像できる。

 

40歳以上の知人がいい年をしてさるコンサートの追っかけをして、結婚もしないでいることが理解できなかったのだが、少し理解できたような気がする。

 

「共鳴」とか「共感」とか「絆」という言葉が無条件(アプリオリ)に “善” として語られることが多いが、これらの言葉も今や危険を内包している。

 

人間はよほど精神を鍛えても決して精神的に自立できないのだということを確信した。時代を潜り抜けてきた年寄りが正常な常識を抱いているというのもAIの発達した時代には、怪しい自我自賛になりつつある。我々はたやすく心理操作されうる対象であることを、肝に銘じなければならないと思ったことである。

 

心理学や精神分析学や脳科学の驚異的な発展途上の現代社会では、われわれの日々の感性を深く揺さぶるフェイクニュースに惑わされないでいることも、実に実に至難の業である。
  
      
(森敏)
追記1:今年に入ってからも映画「ボヘミアン・ラプソディー」は上映されており、日本の映画公興市場の記録を塗り替えつつあるらしい。なにが人々を引き付けるのだろうか?

英ロックバンド「クイーン」の軌跡を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」の日本での興行収入が100億円を超えたと、配給元の20世紀フォックスが23日発表した。洋画では20174月公開の「美女と野獣」以来。

 封切りは昨年119日。リピーターが多く、今月22日までで観客動員727万人、国内興収1004000万円に達し、昨年公開の洋画、邦画を通じて1位となった。全世界での興収は79600万ドル(872億円)。

 映画はクイーンのボーカル、故フレディ・マーキュリーさんの波乱に満ちた半生を、「伝説のチャンピオン」「キラー・クイーン」など数々の名曲と共に描いている。(123日共同)


 


追記2.アカデミー賞選考を直前にして、#Metoo運動の一つなんだろう、この映画を作成した監督が何人かの女性からセクハラで告発されている。こういうニュースも、フェイクかどうか、報道からだけでは全く分からない。(2019.1.29.)
 
追記3. この映画で主役フレデイ・マーキュリーを演じてアカデミー主演男優賞を獲得したラミ・マレックは受賞スピーチで、自分の親がエジプト移民で自身がアメリカ人としては第一世代だと主張し、やんわりとトランプ大統領による移民政策に抵抗している。
 『ボヘミアン・ラプソディ』は主演男優賞のほか、音響編集賞、録音賞、編集賞にも輝き、今年のアカデミー賞で最多となる4部門受賞を果たした。何しろ世界で1000億円以上の興行収入を上げているという作品だから当然だろう。監督賞は、#Metoo運動をおもんばかって排除されたようだ。(2月28日)

https://www.cinematoday.jp/news/N0107053



 


2018-10-12 14:55 | カテゴリ:未分類
コウノトリはぐくむお米jpeg 
コウノトリ育むお米 有機米

Organic Healthy+Beauty +Ecology の表示

 

 


     

千葉の「幕張メッセ」で農業EXPOが本日までおこなわれている。(1010-12日)

「国際ガーデンEXPO,

「農業資材EXPO,

「次世代農業EXPO,

「6次産業化EXPO,

「道工具作業用品EXPO

に加えて、今年は大々的にブースを広げて

「日本の食品輸出EXPO」(ここだけで主催者によれば600社10000商品とのこと)が併設して開催されていた。

 

すぐには実用化を必ずしも期待されていない大学の研究紹介と異なり、すでに商品化されていたり、これからの商品としての可能性を探る試供品が、多数展示されていた。多くは中小企業の人たちの取り組みで、実に真剣な熱気が感じられた。小生はこのイベントに毎年参加して勉強させてもらっているので、今年も新しい企画や商品だけに興味を絞って、各所の展示ブースに立ち寄ったのだが、どのブースでも、うっかり立ち寄ると、熱心な説明員の売り込みに応答して多少の議論をしなければならないので、たえず気圧され気味であった。
 
  あまりにもブースの数が多すぎて、とても回り切れなくて、2日間だけでドット疲れた。ただし、「日本の食品輸出EXPO」の展示では、600もあるほほ半数のブースで、試食や試飲が出来たので、生来食い意地の張った小生にとってはとても楽しかったのだが。ここの商品は輸出狙いなので英語や中国語でのラベルが多く、会場はアジア系外国人バイヤーでごった返していた。

    

ところで、小生の一番の興味はどこかの業者が「米パン」を学校給食に採用する取り組みがないかであった。先日見たばかりのテレビでは、お茶碗に盛った “白いご飯”と並べて“小麦粉パン”を学校給食で児童に出してみると、およそ7割が、パンを選んだということであった。その理由として、ご飯は残すと先生に叱られる、食器を洗う手間がわずらわしい、などなど。それにくらべてパンなら完食できる、というような児童の感想が紹介されていた。

 

そこで子供たちにお米をどんどん食べてもらうためには、どうすればいいのだろうか? と考えた。「米パン」や「米あんパン」や「サンドイッチ米パン」を提供することが考えられる。そこで展示会場で大企業の小麦の製粉メーカーや、米粉メーカーや、米パンメーカーに、いろんな角度から質問を投げかけてみると、おおよそ以下のことが分かった。

 

 10年ほど前から学校給食にお米を取り入れることは文科省で薦められて普及しているが、使用量は頭打ちかむしろ低下傾向にある。「米パン」はもちもち感があることと、冷えると固くなるので、給食の時間のタイミングに合わせるのがむつかしい。日本ではパンのイメージが大略 “ふわふわ感” があるべきだと子供たちの頭に刷り込まれているようなので、冷えた「米パン」は、「これはパンではない」、という違和感があるのではないか。「米パン」にすると、現時点では国産のお米の原価が小麦の2倍である、。「米あんパン」などにすると子供達は食べるかもしれないが、さらに値段がかさむ。一食300円弱の学校給食で決められている値段ではほかの栄養成分のおかずなどに影響が出るので、とてもむつかしいだろう。

 

などと供給側は「米パン」で学校給食に食い込むのは実に消極的で、製品化する前にほぼ断念を強いられているようである。できない理由ばかり聞かされた。

    

それでも、米麺(べいめん)を細切りにしてサラダで提供したり、月に一食は地産地消農産物を採用すべきであるという自治体の規則で、辛くも週にいっぺんは米飯にしているところもある。というぐあいであった。

 

義務教育での「食育」は単に「栄養と健康」に関する知識ばかりでなく、当たり前のことだが、食べ物の生産と環境問題が切っても切れない関係にあることも教えるきっかけにすべきものである。お米の生産現場である水田の多面的機能(洪水時の貯水機能、景観保持機能、生物多様性の保持機能などなど)を環境問題として、しっかり教育すべきなのである。日本ではお米の生産は国土保全に必須である。だから子供のときからお米をおいしく、おなか一杯に食べてもらうことが必要である。

 

少子化の日本の次世代への教育投資は、今や喫緊の課題である。子供の健康な体を作り、環境問題に貢献する「お米食」はもっと強く推し進めるべきだと思う。それが限界にきているのなら、子供達が食べやすい「米パン食」 さらには「サンドイッチ米パン食」 などを学校給食用に開発すべきであろう。多少とも費用が掛かっても、次世代の育成と環境保全のためには実に安い投資だと思う。

   

正確な記憶でないのだが、今回文科省は学校の地震に危険なブロック塀除去対策に60億円、夏の高温の教室のクーラー対策に800億円を補正予算で計上したと、たしかテレビで報じられていた。

    

文部科学省の調査(2014年5月1日現在)で全国平均の学校給食費の個人負担の月額は、公立小学校高学年で4277円(1食あたり246円)、中学校4882円(同286円)ということである。これにあと毎食50円ぐらい国が負担すれば「サンドイッチ米パン」をつくることはさほど困難ではないだろうか? これだとおかずを米と共に摂取するので、一挙両得ではないだろうか? 
      
 
というようなことをつらつら帰りの東京駅まで40分ばかりかかる京葉線の鈍行のなかで夢見心地で考えていた。  


 (森敏)
 
追記:その後、2018年11月28日の朝日新聞朝刊に以下の小さな記事が写真入りで掲載されている。
口コミでも広がって売れるといいですね!

    
米粉のもっちりコッペパン
敷島製パンは、新潟県産米の米粉を使用したコッペパン「こめこ入りっぺ」を、12月1日から発売する。もっちりとした触感のパンに、北海道産あずきを使った粒あんと、道産練乳入りのクリームをはさんだ。想定価格は税込み110円。関東、中部、関西、中国地区のスーパーなどで扱う。

2018-08-22 15:29 | カテゴリ:未分類

  県立金足農業高校の高校野球の準優勝は実に立派だった。

  

  秋田県では、スポーツでは他にも女子バドミントンのナガ・マツペアが活躍している。

  

  女子フィギャースケートのロシアのザギトワ選手やロシアのプーチン大統領には秋田犬が寄贈されたことも耳に新しい。それよりはるか前から有名な秋田犬は「忠犬ハチ公」であり、渋谷ばかりでなく、東大農学部正門を入ってすぐ横には上野英三郎教授とじゃれているハチ公の銅像がある(すぐ近くの農学部展示館にはこのハチ公の内臓がフィラリアに侵されている内臓標本がそのまま保存されている。一見の価値ありです。)

  

  秋田県ではぎばさ(海藻)とか金農パンケーキなどをこれから販路拡大したいとのこと(東京新聞)

 

  実はいささか専門的になるが、昨年秋田県立大学の植物栄養学研究室が「放射性セシウムを吸収しないイネ」の開発に成功したことは、大学の研究者があまりにも謙虚であるためか、あまり話題になっていない。しかし、これは世界に誇るべき秋田県の快挙である。秋田県立大学は金足農業高校と同様、秋田県が財政的なスポンサーであるからである。あまり声を大にして言いたくないことだが、もしも今後の日本、韓国、中国などの稲作国で原子炉爆発を起こして放射性セシウムで土壌汚染したら、このお米の品種をカリ肥料の施用と共に翌年から使えばよいからである。この品種はほとんど放射性セシウムを玄米種子に移行させないからである。以下に紹介しておいた。

 

http://www.winep.jp/news/204.html

 

  一方で、北朝鮮からの核ミサイル迎撃に向けてと称してイージスアショアを秋田県(と山口県)に防衛省が設置するという事が既定の事実のように来年度の防衛予算(2基で約2700億円)に計上されようとしている。このアメリカの軍需産業に支払う金額は、秋田県の全農業が生み出す農業生産額が1745億円であるのにくらべて、膨大な税金の浪費と言わざるを得ない。秋田県にとって、今年がいいことずくめの話ばかりではないのが、残念である。

     

(森敏)
追記1:高校野球の決勝戦までの連投で、最後の決勝戦途中で、急激に腰を痛めたという吉田投手は、秋田の郷里に凱旋して、テレビのインタビューで
「今、何が一番したいですか?」と問われて
「うちに帰って自分の布団でぐっすり寝たいです!」と答えていた。
肩を痛めたと思ったら、腰でよかったですね。腰の休養には自分の布団が一番なんですね。
同じ日にアメリカで活躍するダルビッシュ投手は完全に肩を痛めて今季は再起が絶望的とか。吉田君には、プロ野球に行って、力みすぎて、消耗品のように使われれて、早々に捨てられるような人生を歩むことのないように祈りたいものです。生真面目で責任感が強すぎるのが心配ですね。心ある地元ファンの誰もがそう思っているのではないでしょうか。
 
追記2:金足農業高校は秋田県立大学と高大連携を推進しており、数名が毎年秋田県立大学に進学しているんだそうです。
 
追記3.金足農業高校の甲子園での活躍に対して秋田県立大学でも「奉加帳」が回され相当の寄付金が集められたんだそうです。決勝戦ではいてもたってもおられず午後からわざわざ休暇を取ってスーパーハイビジョンテレビの会場での応援に旗を持って駆け付けた人も多かったとか。まさに吉田君の活躍は秋田県全県民を巻き込んだフィーバーだったんですね。
 
追記4.以下の記事や実際のテレビでの彼の投球を見ていると、素人の小生でも、「ちょっと危ういな」という気持ちを持った。プロで通じるか心配になってきた。やはり常時150km以上/hの直球を投げることができなければ、チェンジアップの技巧のみではプロには通じないだろう。もっともっと体つくりにプロのコーチの指導を受けないと、自己流のがむしゃらでは、球速の成長が伸び悩んで、本人も早々に肩を痛める壁にぶつかるのではないか。(9月1日 記)

以下本日の記事です

  

 野球の第12回U18(18歳以下)アジア選手権(宮崎市、9月3日開幕)に出場する高校日本代表チームは8月31日、KIRISHIMAサンマリンスタジアム宮崎(宮崎市)で宮崎県高校選抜と壮行試合をし、4―2で勝利した。

 2点リードの九回、吉田輝星(金足農)にやっと出番が巡ってきた。代表初登板。「投げたい」という気持ちがあふれ出た。ベンチからマウンドへ全力で駆けた。「しようとは思っていなかったんですが、気づいたら全力でした」。高ぶる右腕を、宮崎の1万6千人の観衆が大歓声で迎えた。

 甲子園以来となる実戦。そこで見せたような冷静な力配分は必要なかった。初球からトップギア。「体が動きすぎて、ボールが行きすぎて、気持ちもあがっていました」:::::
 

追記5:後で知ったのだが、ルポライター広尾晃氏による
  
金足農「投手の玉砕」を賞賛する甲子園の病
   
という記事が載った。
    
高校野球で活躍した投手が、肩を酷使して、
    
松坂大輔以外は必ずしもプロで活躍できていない事実を述べて説得力がある。
 
必読だろう。
      
https://toyokeizai.net/articles/-/234656?page=4

 
追記6:ついに新潟高野連が投手の球数制限導入に踏み切った。この流れは必然的に全国高野連まで遡及するだろう。
    
   

新潟高野連が投手の球数制限導入 来春、全国の公式戦で初

20181222 1932

 

 新潟県高野連が来年の春季新潟大会で投手の球数制限を導入することが22日、分かった。故障予防や選手の出場機会増などが目的で、投球数が100球に達した投手はそれ以降の回では投球できない。各都道府県高野連が管轄する公式戦で初めての取り組み。

 高校野球界では投球過多による酷使が問題視されてきた。日本高野連は選手の負担軽減などを目的として、延長十三回開始のタイブレークを今春の選抜大会から実施。新潟県高野連による球数制限導入は、さらに踏み込んだ対策となる。新潟県高野連の理事会と評議員会で既に承認され、今後は決定事項として日本高野連に伝える。

(共同)

 
追記7.以下プロ野球選手自身からの警鐘です。
    

 プロ野球DeNAの筒香嘉智外野手(27)が25日、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見を開き「勝つことが第一に優先され、子供の将来がつぶれてしまっている」とスポーツ界の指導者の意識改革を訴えた。

 野球界では勝利至上主義が子供たちのけがにつながっていると批判。多くの大会がトーナメントで行われることを問題視し「連投、連投で肘や肩の故障が小中学生に増えている。メンバーが固定され、試合に出られない子供もいる」と話し、改善策としてリーグ戦の導入や球数制限の実施を掲げた。

 高校野球についても「昨年も球数の問題が出た。本当に子供たちのためになっているのか」と厳しく指摘。「新聞社が主催しているので、現状が良くないと思っている方がたくさんいても、なかなか思いを伝え切れていない」と問題提起した。

2019.1.25 21:39スポーツ野球

 

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