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2019-05-22 06:27 | カテゴリ:未分類

  50年以上前の話である。
  
  統計学の名著であるスネデイガー、コクランの「統計的方法」の翻訳者である奥野忠一先生は、確か、当時は農水省の統計調査関連の部署におられたが、東大農学部の学生に対しても統計学の講師として出向いてきてくれて、主として実験計画法とその有意差検定法について、様々な事例を使って丁寧に統計学の初歩的な授業をしてくれた。(先生はのちに東大工学部の教授に転出されたと記憶している)

 

  先生の授業の中で、今でも印象に残っている言葉は、

「日本の統計は世界に冠たる信頼性のおけるものである」

というものであった。それは自分たちが日本の統計学を牛耳っているからである、という自負からくるものであったのではないかと今にして思う。

 

  爾来今日に至るまで、小生はその奥野先生の言葉を信じて、農林統計などは、活用させてもらっている。
各種作物(イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシなどなど)の国内総生産量や反当り収量の変遷、
各種肥料(窒素、リン酸、カリ、微量要素)の国内総生産量や反当り施用量の変遷、
各種農薬(除草剤、有機塩素剤、有機りん剤)の国内総生産量や反当り施用量の変遷などなど、
である。それらの統計データは、今から考えてみても、当時の日本の農業の変遷の実態をよくとらえて説明できていたと思う。

 

  ところが、である。最近の裁量労働制などの国会審議に伴って明るみに出てきたのが、厚労省による、データの改ざん(フェイク)である。安倍内閣の意向に沿った厚労省によるデータのねつ造や改ざんとしか思えない行為は、日本の統計の信頼性を根底から覆すものである。この問題は労働問題にはてっきり素人の小生にはあまりに複雑すぎて、口出しはできないものではあるのだが。
   
  しかし、この官公庁の役人によるデータの改ざんや、意識的なデータの間引きや、積極的な未採集、などは、日本のすべての官公庁に今や、蔓延しているのではないか? 下手をすると今日の農林統計なども融解が始まっているのではないか? と思わせるものがある。

 

  末端役人で調査データを収集させられる身になって考えてみると、余りに上層部からの内閣に対する忖度(そんたく)的な締め付けがきびしいと、

「どうせまじめにデータを収集しても、時の内閣によって、データがつまみ食いされてフェイクされるんなら、いい加減なデータをねつぞうしておこうぜ! 調査には、時間も、人手も、お金もかかるんだから、そんなことやめて、鉛筆をなめて数値を内閣の方針に合わせて迅速に適当に作る方が安上がりだし」

 

という、気持ちになりかねないだろう。こんな風に末端役人の行政意欲がとろけてしまうと、内閣府(行政機関)の政策基盤となるべき、信頼性の高い経年データが残されて行かないので、国による将来に向けての各省庁の政策を大きく誤らせる結果を招来することになるだろう。いや、すでにそうなっているような気がする。

 

  「忖度統計データ」をフェイクすることほど国策を誤らせる行為はないだろう。国がとろけるだろう。今でも安倍内閣の支持率が高いということは、そういうフェイクデータによる幻覚に国民が徐々に慣らされつつあるからかもしれない。

  近年頻繁に時宜に即してタイミングよく流されるNHKや内閣府による各種世論調査、各新聞社や調査機関による世論調査など、どこまで信用ができるのか、強く疑ってかかる必要がある。このような調査は母集団を如何様にも操作できるので、調査結果の発表自体が今後の世論の動向を左右しかねないからである。

 

  昔、25年前に「高度術社会のパースペクテイブ」(竹内啓研究代表: 数理統計学の権威. 現在学士院会員)という文科省の総合研究プロジェクトがあった。小生も総括班に参画させていただいていた。このプロジェクトには日本のいろいろな分野の統計学の専門家が参集していた。先日この中のメンバー3人に話を聞くと、今日のように、日本の調査統計がとろけ始めたのは、文科省などの統計研究分野に研究費が来なくなったのが大きい。それと同時に統計学研究者たちが、統計の重要性を、長らく社会に発信してこなかったから、国民が統計データは正しく収集されていることが当たり前、と考えてしまったからではないか? 研究者の中では行政によるフェイク統計の時代が来るなんて誰も考えていなかっただろう」ということである。

 

  公害問題が沸騰していた1970年代は増山元三郎、高橋晧正などの統計学者が真相究明に大活躍をした。

 

  今回を機に統計データの信頼性回復の手法について、統計学者の間で、真剣な議論を巻き起こしてもらいたいと切に思う。最終的には、そのソフトに掛ければその統計手法がインチキであるということが一目瞭然で判明するというシステムソフトを開発してほしい。これは愚かな統計学に無知な夢だろうか?

 
  
     
   
(森敏)
 
追記1:「統計でウソをつく方法」(ダレル・ハフ著 高木秀玄訳 BLUE BACKS刊)という有名な本がある。
この本にはテレビなどで印象操作されたデータやグラフにごまかされないための、基本的な知識が書かれている。ためになる本だと思う。
 
追記2: 以下転載記事です。
   

もうこれで「幕引き」なのか 統計不正審議で残る疑問 

朝日新聞2109年5月22日11時30分

 

 国の基幹統計である厚生労働省の「毎月勤労統計」で明らかになった不正問題。不正は他の統計にも波及し、国の統計への信頼を揺らがせる事態になった。開会中の国会では野党の追及が続いているが、政府側の答弁は従来の内容をなぞり、不正の背景はわからないままだ。6月26日の国会会期末に向け、このまま問題は「幕引き」となってしまうのか。

 21日の参院厚労委員会。毎月勤労統計の不正問題をめぐる集中審議は、野党側が追及したものの、政府側の答弁に新たな内容はなかった。国会会期末に向け、統計不正の集中審議は予定されておらず、与党は問題を幕引きとする考えだ。

 賃金動向などを調べる基幹統計の一つ、毎月勤労統計は、従業員500人以上の事業所は全て調べるルールだ。だが、厚労省は2004年に東京都分を抽出調査とする不正を開始。18年1月からは不正データを本来の調査結果に近づけるデータ補正もひそかに実施していた。

 だが、これらの不正がどういう経緯で始まり、なぜ途中で補正されたかの解明は不十分なままだ。

 根本匠厚労相が「第三者委員会」と位置づけた特別監察委員会の報告書は、担当職員らが不正を知りながら外部に伝えなかったことを「うそをついた」としながら、「意図的に隠してはいない」と組織的隠蔽(いんぺい)は否定。不正の詳しい動機なども読み取れない。

 この問題では、賃金データを上ぶれさせた18年1月の調査手法変更に首相官邸の意向が影響したかどうかも大きな論点となった。政府側は「影響はなかった」と主張したが、監察委は「検証の対象外」として調べなかった。

 野党は厚労省から補助金をもらう外郭団体の理事長が監察委のトップだったことから、「客観性に問題がある」などと批判する。

 21日の集中審議でも、立憲民主党の石橋通宏氏が報告書を念頭に「どうみても組織的な隠蔽なのに、監察委がそう認定しなかった。国民は信用していない」と批判した。これに対し、監察委の荒井史男委員長代理(元名古屋高裁長官)は「批判があることは承知しているが、監察委が客観的に調査した結果だ」と譲らなかった。

 この日の審議を通じ、厚労省が所管する一般統計の72調査のうち8割強の62調査で結果の数値の誤りや手続きの問題があったことも判明した。根本厚労相は「重く受け止めて、再発防止の対策を前に進めていきたい」と述べた。

 国民民主党の川合孝典氏は「(統計不正は)現場がやったと切り捨て、本来責任をとるべき人間が責任を取ろうとしない。そんな姿勢で再発防止はできない」と根本氏らを批判。野党からは「夏の参院選でも統計問題を争点にしないといけない」との声も上がる。

 国の統計に対する国民の信頼は揺らいだままだが、与党側は「すでに沈静化した問題で、新しい話も出ない」(自民党議員)との姿勢だ。与党のある幹部は「複雑で理解が難しいテーマは参院選の争点にはならない」と言い切る。(村上晃一)

 

追記3:本屋で漫画本を探しにいって、目的の本がなかったので、新書版の背表紙に目を移していたら、なんと、

「統計は暴走する」佐々木弾著 中公新書ラクレ刊 
という本があった。初版が2017年9月ということである。
著者は東京大学社会科学研究所教授という事である。
この本のことは全く知らなかったのだが、
わかりやすく 統計の魔術 が紹介されている。
サブタイトルは以下のようになっています。

統計以前の問題
統計はだます 詐欺・偽装編
統計は盗む 窃盗・横領編
統計は虐待する 中傷・虐待編
統計は殺す 殺人・環境破壊編
統計の暴走を許さないために

実に時宜にかなう刊行物ですね!
統計のインチキさを見抜く思想が満載されています。
嬉しいことに、この本の中には統計の数値や図表が一枚もなく、実に丁寧にわかりやすく書かれています。
これを読むと数学に弱い小生でも一皮むけて賢くなったように思いました。
2019-04-25 22:16 | カテゴリ:未分類

最近2つの葬儀に参加した。

 

  去る3月に89歳で肺炎で亡くなった、義兄 中平立(なかひらのぼる)元カナダ大使 の身内のみの葬儀のときに真言宗の僧侶がつけた戒名は

  護国院慈橋立和居士

というものであった。実名の立(のぼる)を取り込んだ「立和」は「りゅうわ」と発音してくださいとのことであった。「りつわ」と発音するよりもはるかに響きが良い。
その意味は、のぼる兄が生前外交官として世界各国の大使を務め日本国との連携を慈悲のこころで橋渡しをし、平な国際環境を立ち上げることに貢献したという意味を讃えてつけたのだそうである。

   令和(れいわ)ではなかったが「和」の文字が戒名に入っていたことは、元号「令和」制定の前で、全くの偶然だったが、覚えやすくてなかなかよい戒名だと思う。


  

  一方、話は変わるが、去る416日に84歳で心筋梗塞で森謙治東大名誉教授(学士院会員)が逝去された。その葬儀に関して、東大農学生命科学研究科・農学部広報課からの通知には
斎場:文京区日本基督教団西方町教会

喪主:森桂子(もりけいこ)殿(

 とあった。ここでの「御令室」の令は新元号の「令和」(れいわ)の場合と同じく(れい)とよみ「麗(うるわ)しい」奥方様(おくがたさま)という敬語であろう。
  弔辞を読まれた別府輝彦東大名誉教授(学士院会員)のあいさつでは、桂子夫人は森謙治先生のすべての学術論文の英文草稿のタイプ打ちを裏で支えてこられたという話であった。森謙治先生の論文は20年以上前の東大退官講演を拝聴して記憶しているのだが、当時でも600編以上にのぼっていて驚嘆した。その後も死の直前まで論文執筆をつづけておられて 
Tetrahedron Letters誌に投稿されたばかりであったということであるから、奥様のご貢献は並大抵のものではなかったと思われる。最近のご専門は多様なフェロモンの有機合成化学であった。
  ご夫妻はクリスチャンであり、文京区西方町のご自宅から歩いて東大正門前の本郷ルーテル教会に出かけて日曜礼拝を毎週欠かさずしておられたご様子で、小生は通勤の行き帰りに、お二人に時々遭遇していた。最近の先生は、とみにゆっくりになられた奥様の歩くペースに合わせて、奥様の後ろをゆっくりゆっくりと歩かれていた。歩きながらもきっと有機合成反応を思索されていたのだと思う。
     
昨今、何かと気になる「令」「和」の文字ではある。

 

 

(森敏)

付記: 中平立氏は初代の日朝交渉全権大使であった。エースとして送り込まれて、やる気満々だったようだが、会談の途中から 金賢姫(キム・ヒョンヒ)・元死刑囚の 日本語教育係「李恩恵(リ・ウネ)」だったとされる 田口八重子さん(不明当時22) の問題が突然出てきて、会談は7回目で決裂した。のぼる兄には、このことが死ぬまで心残りであったようだ。その後の日朝外交交渉の経過の詳細は以下を参照ください。



http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/1238/1.html
2019-04-18 18:09 | カテゴリ:未分類

      訓練中のステルス戦闘機(F35A)が墜落して、まだ機体と操縦士が発見されていない。重要なボイスレコーダーも発見されていない。新軍用機の性能チェック練習中の墜落事故としては原因究明ができない、決してあってはならない異常事態ではないだろうか?

    

      ところでアメリカから購入するこの戦闘機の1機の値段が116億円ということである。現在までに、15機が購入されており、12機が待機中であり、向こう何年間かで全部で105機の購入が予定されているとか。トランプ政権の恫喝に屈しての事であろう。

    

      この戦闘機の総購入金額は単純計算で 116億円x105機=1兆2180億円 となる。アメリカから購入する飛行機の予算はいつも不透明で毎年バブル化していくので、おそらくこの予算では済まないだろう(と、悔しいことに、マスコミに何度もあおられているうちに、小生も含めて国民は「防衛予算」に関しては、いつもこういう思考回路に慣れさせられている)。

    

      このように総金額を知ると、「本当に日本の教育や科学技術予算は大丈夫かね」と、腹の底から怒りがこみあげてくる。

      

      日本のすべてのノーベル賞学者達が口を酸っぱくして、若手研究者の養成や長期的な基礎研究への国家予算の投資を呼び掛けているが、現政権は、いまだに馬耳東風であるとしか小生には思えない。実際少なくとも自然科学系の研究者の実感では、中国の躍進は本物で、すべての科学技術分野で、日本が後塵を拝することになるのも今や時間の問題である。政治家はそれが全く分かっていない。自民党議員ばかりでなく、「一番でなきゃいけないんですか?」という国会議員に代表されるように野党議員も五十歩百歩であろう。総じて熾烈な学問の世界での争いを経験してきたうえでの理系出自の国会議員があまりのも少ないからである。

   

      翻って、4年生の国立大学生一人を卒業させるまでに国家が投資する金額は約500万円ということである。実は入学金や授業料約250万円などの自己負担金を差し引くと国立大学生の卒業までの「人材養成費」としては実質わずかに150万円ぐらいしか国からは投入されていない。

   

      ステルス戦闘機105機を購入する代わりに、その分を、国立大学の入学金と授業料免除などで実質的に250万円を国が無償で提供するとなると、単純計算で48万7200人の学生を自己負担ゼロにできる金額である。

   

      戦争のための予算と、未来の人材育成のための予算と、どちらが肝心か、未来のある若い人なら誰しも後者に賛成するだろう。悲惨な戦争体験や戦後の食糧難を体験していない、思考が擦り切れた観念論者のみが戦闘機の方を支持するだろう。

 

      以上のような議論は、これまでも飽きるほどなされてきた。ステレオタイプの議論だと言われようと、小生は何度でも言いたい。いや何度でも言わなければならないと、人生終末期の最近は強く感じている。未来の人材育成と基礎科学振興にしか日本の未来はないと。

 

 

(森敏)

付記:本日、尊敬する農芸化学の大先輩である森謙治東大名誉教授【学士院会員】の訃報を聞いた。にわかには信じがたい。
    
追記:その後、2019年5月10日の朝6時25分のNHKニュースでは、アナウンサーが何の弁明もなく、さりげなく、このステルス戦闘機(F35A)の購入予定機数を147機!と解説していた。まことにサブリミナルな姑息で汚らしい「NHKと防衛省との連係プレー」である。

 

 

 

 

2019-02-11 07:33 | カテゴリ:未分類
以下はこのブログでたびたび繰り返して紹介している単純なお話です。 
   


昨年の今頃、上野の国立科学博物館の館内を散策していたら、スギの受粉について図1のような
   
非常にわかりやすい絵が展示されていた。
    
何かの折に役に立つかもしれないと思って
    
2017年秋に福島浪江町の山林からから採取してきて実験室に保存していた、
    
受粉して種子がはいっていたカラカラに乾いたスギの雌果 (図2) を、
    
たたいて種子を取り出して、殻(図3)と種子 (図4) と、とげとげの葉に
     
分けて放射能を測定してみた。
     
種子が一番放射能が高かった(表1)。
      
次世代である種子に確実に放射性セシウムが転流してきていることがわかる。

    
      
 
スギの受粉jpeg
 
 
 図1.スギの受粉の機構。  雄花から花粉が飛んで雌性花序の中の胚珠の先端の受粉滴にその花粉が付く

 
 
 
スライド2 
 図2.受粉が終わった雌性花序(種子を含んでいる)
 
 
 
 
スライド4 
図3.スギの雌性花序の種子を落とした残りの殻を集めたもの

 


   


 スライド3 

図4.スギの種子を集めたもの

    

 
表1.スギの雌果の放射能(ただし表中雌性花序は図3に示す殻だけのこと)


スライド1 
 
    
(森敏)
2019-01-17 11:59 | カテゴリ:未分類
 
 
 
 
 

卒業生への祝辞

 

卒業生の皆さん,本日はご卒業おめでとうございます。

また,本日お集まりのご父兄の皆様には,お子さま方のご卒業まことにおめでとうございます。
 

さて,学生諸君には,今日(きょう)の卒業の喜びと感謝の言葉を,まず最初に,母親や父親に報告することを私は強くお勧めいたしたいと思います。それは,いうまでもなく,諸君の今日(きょう)があるのは,諸君自身の生まれてこの方の、日ごろの努力のたまものであることはもちろんでありますが,一方では,20余年間にわたって諸君をとりまく豊かな人間環境と生活環境を支えてきてくれた,家族や親族の方々のご支援の結果であるからであります。この事を決して忘れてはなりません。本日は,まず第一に,その感謝の念をはっきりと「言葉」で,とりわけ諸君のご両親に表現することを実行していただきたいと希望いたします。

 

 さて,この,人間として当たり前のことを諸君にお伝えいたしましたので,私はもう引き下がってもいいのではないかと思いますが,それでは時間が持たないようですので,例年の専攻長が行っているように,少しは気の利いたことを更につけ加えて,訓辞としなければならないようであります。

 

そこで,本日は,私が日頃から,ゼミや,食事の時に,くだを巻いて主張していますことの,それこそほんの一端を簡単にご紹介させていただきます。

 

それは非常に単純なことで,実は熟達した研究者の世界では極めて陳腐なことでありますが,実行するとなると,なかなか難しいことであります。

そのひとつは,

 

「流行を作れ」ということであります。

 

もう一つは

 

「流行におぼれるな」

 

ということであります。この二つの言葉の意味を研究というものを中心に簡単にかみ砕いて,ご紹介させていただきます。

 

どこの世界でも同じですが,研究者の世界では,とりわけオリジナリティー(独創性)が要求されます。云うまでもなく,オリジナリティーというのは,「その人で無ければ生み出され得なかった発想」であります。言葉を換えて云えば,つまり,「余人をもって代え難い発想」ということであります。

まだ誰もが重要と思っていない自然現象に挑み,現象を発見し,その研究を萌芽の段階で重要研究課題であると確信して起ち挙げる,ということは実はなかなか至難の技であります。この初期の研究段階は,たとえて云えば,大腸菌の増殖過程でいえば,まだラグフェイズの段階であります。この段階での研究論文は学会誌に投稿してもまず,すぐには,受理されません。なぜなら学会の学説の定説に凝り固まっているのが学会誌の普通のレフェリーの頭でありますから,考えてもみなかったデーターを突き付けられると,大部分のレフェリーは,まず最初に,動揺し,疑い,否定して,研究をつぶしにかかろうとするからであります。したがって,このときに研究者がなすべきことは,この定説や学説に凝り固まった,レフェリーの頭を変えるために,自分の発明や発見が事実であることを,いろんな角度から証拠固めをして,レフェリーの無理難題に答えることであります。そのためには,非常な時間と忍耐力を要求されるわけです。場合によっては,研究がまだ仮説の段階であることも多いものですから,決定的証明が出来ずに,その間,研究費が全く得られない事態にたち至る可能性もなきにしもあらずであります。
  

つまり,ある分野の学問を起ち挙げる,すなわち「流行を作る」と云うことは,非常に強靭な意志を有する,なかなか容易ではない作業なのであります。

 

これに対して,すでに誰かが重要であることを指摘し,誰の目にも明らかな流行(はやり)の研究を行うことは,さほどの独創性を要求されない場合が多いのです。このような研究ではすでに,研究の方向性が確立しており,一見,きれいな定説に合った研究成果が生まれやすいので,研究論文も雑誌に投稿すれば受理されやすいのです。研究結果の効率的生産からみますと,大腸菌の増殖過程のアナロジーで云えば,ログフェイズ,すなわち対数増殖期の段階であります。このような研究は,次々と予想どおりのデーターが出るので楽しいし,誰よりも先に研究結果が出れば大変うれしいものですから,こういう研究に研究者はだれでものめりこみがちです。ときには,おぼれて,そこから抜け出れなくなったりいたします。こういう段階ではプライオリティー(先駆性)争いが活発におこなわれているわけです。つまり予想されるデーターを誰が最初に発表するかという点で,世界中の研究者が熾烈な争いを展開しているわけです。このようにしてその方面の研究水準が押し上げられていくのがいわゆる通常科学の進み方であります。
   

しかし私に云わせれば,いくら詳細にこのような研究を行っても,そのような研究の真の勝者は最後の一人か二人であります。また,その研究を最初に起ち挙げた人の名こそが永久に残ることになります。
   

すなわち流行に乗ることは比較的易しいのですが,研究者としては時としてこの道に入ることは安易な選択であります。極端に云えば,一種の堕落であります。

 

諸君,私の云っていることをご理解いただけたでしょうか?

卒論研究を真剣に行った諸君には,少しは理解していただけたかもしれません。しかし,多分本当に理解していただけるのは,諸君がこれから社会に出られたり,大学院に進まれて,第一線の研究や商品開発を世界との競争の中で行ううちに,おのずとひしひしと身にしみて感じることになるであろうと私は思っております。

 

その意味におきまして,いま私が,

 

流行におぼれるな,流行をつくれ

 

ということを諸君に呼びかけるのは,時期尚早かもしれません。しかし諸君の大部分の方がこれから研究者の道や商品開発の道に入っていく門出のいま,私としてはそのことを,あえて云っておきたいと思います。

 

なぜなら我々の先達である農芸化学の研究者たちは,すべからく生産現場の現象の発見から,世界に冠たる大きな学問の世界の流行を築いていったからであります。

 

簡単でありますが,これをもって私の祝辞とさせていただきます。

 

ご清聴ありがとうございました。
 
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(森敏)
付記:そろそろ大学の学生や大学院の卒業式が近づいてきました。以上は小生が21年前(1998年)に東大の農芸化学科の専攻長をしていた時に、学部の卒業生とその父兄を前に話した、卒業生への祝辞です。色褪せていないと思います。

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