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WINEPブログ内で「 科学 」を含む記事

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2019-04-18 18:09 | カテゴリ:未分類

      訓練中のステルス戦闘機(F35A)が墜落して、まだ機体と操縦士が発見されていない。重要なボイスレコーダーも発見されていない。軍用機の練習中の墜落事故としてはアフターケアーができない、決してあってはならない異常事態ではないだろうか?

    

      ところでこの戦闘機の1機の値段が116億円ということである。現在までに、15機が購入されており、12機が待機中であり、向こう何年間かで全部で105機の購入が予定されているとか。トランプ政権の恫喝に屈しての事であろう。

    

      この戦闘機の総購入金額は単純計算で 116億円x105機=1兆2180億円 となる。アメリカから購入する飛行機の予算はいつも不透明で毎年バブル化していくので、おそらくこの予算では済まないだろう(と、悔しいことに、マスコミに何度もあおられているうちに、小生も含めて国民は「防衛予算」に関しては、いつもこういう思考回路に慣れさせられている)。

    

      このように総金額を知ると、「本当に日本の教育や科学技術予算は大丈夫かね」と、腹の底から怒りがこみあげてくる。

      

      日本のすべてのノーベル賞学者達が口を酸っぱくして、若手研究者の養成や長期的な基礎研究への国家予算の投資を呼び掛けているが、現政権は、いまだに馬耳東風であるとしか小生には思えない。実際少なくとも自然科学系の研究者の実感では、中国の躍進は本物で、すべての科学技術分野で、日本が後塵を拝することになるのも今や時間の問題である。政治家はそれが全く分かっていない。自民党議員ばかりでなく、「一番でなきゃいけないんですか?」という国会議員に代表されるように野党議員も五十歩百歩であろう。総じて熾烈な学問の世界での争いを経験してきたうえでの理系出自の国会議員があまりのも少ないからである。

   

      翻って、4年生の国立大学生一人を卒業させるまでに国家が投資する金額は約500万円ということである。実は入学金や授業料約250万円などの自己負担金を差し引くと国立大学生の卒業までの「人材養成費」としては実質わずかに150万円ぐらいしか国からは投入されていない。

   

      ステルス戦闘機105機を購入する代わりに、その分を、国立大学の入学金と授業料免除などで実質的に250万円を国が無償で提供するとなると、単純計算で48万7200人の学生を自己負担ゼロにできる金額である。

   

      戦争のための予算と、未来の人材育成のための予算と、どちらが肝心か、未来のある若い人なら誰しも後者に賛成するだろう。悲惨な戦争体験や戦後の食糧難を体験していない、思考が擦り切れた観念論者のみが戦闘機の方を支持するだろう。

 

      以上のような議論は、これまでも飽きるほどなされてきた。ステレオタイプの議論だと言われようと、小生は何度でも言いたい。いや何度でも言わなければならないと、人生終末期の最近は強く感じている。未来の人材育成と基礎科学振興にしか日本の未来はないと。

 

 

(森敏)

付記:本日、尊敬する農芸化学の大先輩である森謙治東大名誉教授【学士院会員】の訃報を聞いた。にわかには信じがたい。

 

 

 

 

2019-02-11 07:33 | カテゴリ:未分類
以下はこのブログでたびたび繰り返して紹介している単純なお話です。 
   


昨年の今頃、上野の国立科学博物館の館内を散策していたら、スギの受粉について図1のような
   
非常にわかりやすい絵が展示されていた。
    
何かの折に役に立つかもしれないと思って
    
2017年秋に福島浪江町の山林からから採取してきて実験室に保存していた、
    
受粉して種子がはいっていたカラカラに乾いたスギの雌果 (図2) を、
    
たたいて種子を取り出して、殻(図3)と種子 (図4) と、とげとげの葉に
     
分けて放射能を測定してみた。
     
種子が一番放射能が高かった(表1)。
      
次世代である種子に確実に放射性セシウムが転流してきていることがわかる。

    
      
 
スギの受粉jpeg
 
 
 図1.スギの受粉の機構。  雄花から花粉が飛んで雌性花序の中の胚珠の先端の受粉滴にその花粉が付く

 
 
 
スライド2 
 図2.受粉が終わった雌性花序(種子を含んでいる)
 
 
 
 
スライド4 
図3.スギの雌性花序の種子を落とした残りの殻を集めたもの

 


   


 スライド3 

図4.スギの種子を集めたもの

    

 
表1.スギの雌果の放射能(ただし表中雌性花序は図3に示す殻だけのこと)


スライド1 
 
    
(森敏)
2019-01-17 11:59 | カテゴリ:未分類
 
 
 
 
 

卒業生への祝辞

 

卒業生の皆さん,本日はご卒業おめでとうございます。

また,本日お集まりのご父兄の皆様には,お子さま方のご卒業まことにおめでとうございます。
 

さて,学生諸君には,今日(きょう)の卒業の喜びと感謝の言葉を,まず最初に,母親や父親に報告することを私は強くお勧めいたしたいと思います。それは,いうまでもなく,諸君の今日(きょう)があるのは,諸君自身の生まれてこの方の、日ごろの努力のたまものであることはもちろんでありますが,一方では,20余年間にわたって諸君をとりまく豊かな人間環境と生活環境を支えてきてくれた,家族や親族の方々のご支援の結果であるからであります。この事を決して忘れてはなりません。本日は,まず第一に,その感謝の念をはっきりと「言葉」で,とりわけ諸君のご両親に表現することを実行していただきたいと希望いたします。

 

 さて,この,人間として当たり前のことを諸君にお伝えいたしましたので,私はもう引き下がってもいいのではないかと思いますが,それでは時間が持たないようですので,例年の専攻長が行っているように,少しは気の利いたことを更につけ加えて,訓辞としなければならないようであります。

 

そこで,本日は,私が日頃から,ゼミや,食事の時に,くだを巻いて主張していますことの,それこそほんの一端を簡単にご紹介させていただきます。

 

それは非常に単純なことで,実は熟達した研究者の世界では極めて陳腐なことでありますが,実行するとなると,なかなか難しいことであります。

そのひとつは,

 

「流行を作れ」ということであります。

 

もう一つは

 

「流行におぼれるな」

 

ということであります。この二つの言葉の意味を研究というものを中心に簡単にかみ砕いて,ご紹介させていただきます。

 

どこの世界でも同じですが,研究者の世界では,とりわけオリジナリティー(独創性)が要求されます。云うまでもなく,オリジナリティーというのは,「その人で無ければ生み出され得なかった発想」であります。言葉を換えて云えば,つまり,「余人をもって代え難い発想」ということであります。

まだ誰もが重要と思っていない自然現象に挑み,現象を発見し,その研究を萌芽の段階で重要研究課題であると確信して起ち挙げる,ということは実はなかなか至難の技であります。この初期の研究段階は,たとえて云えば,大腸菌の増殖過程でいえば,まだラグフェイズの段階であります。この段階での研究論文は学会誌に投稿してもまず,すぐには,受理されません。なぜなら学会の学説の定説に凝り固まっているのが学会誌の普通のレフェリーの頭でありますから,考えてもみなかったデーターを突き付けられると,大部分のレフェリーは,まず最初に,動揺し,疑い,否定して,研究をつぶしにかかろうとするからであります。したがって,このときに研究者がなすべきことは,この定説や学説に凝り固まった,レフェリーの頭を変えるために,自分の発明や発見が事実であることを,いろんな角度から証拠固めをして,レフェリーの無理難題に答えることであります。そのためには,非常な時間と忍耐力を要求されるわけです。場合によっては,研究がまだ仮説の段階であることも多いものですから,決定的証明が出来ずに,その間,研究費が全く得られない事態にたち至る可能性もなきにしもあらずであります。
  

つまり,ある分野の学問を起ち挙げる,すなわち「流行を作る」と云うことは,非常に強靭な意志を有する,なかなか容易ではない作業なのであります。

 

これに対して,すでに誰かが重要であることを指摘し,誰の目にも明らかな流行(はやり)の研究を行うことは,さほどの独創性を要求されない場合が多いのです。このような研究ではすでに,研究の方向性が確立しており,一見,きれいな定説に合った研究成果が生まれやすいので,研究論文も雑誌に投稿すれば受理されやすいのです。研究結果の効率的生産からみますと,大腸菌の増殖過程のアナロジーで云えば,ログフェイズ,すなわち対数増殖期の段階であります。このような研究は,次々と予想どおりのデーターが出るので楽しいし,誰よりも先に研究結果が出れば大変うれしいものですから,こういう研究に研究者はだれでものめりこみがちです。ときには,おぼれて,そこから抜け出れなくなったりいたします。こういう段階ではプライオリティー(先駆性)争いが活発におこなわれているわけです。つまり予想されるデーターを誰が最初に発表するかという点で,世界中の研究者が熾烈な争いを展開しているわけです。このようにしてその方面の研究水準が押し上げられていくのがいわゆる通常科学の進み方であります。
   

しかし私に云わせれば,いくら詳細にこのような研究を行っても,そのような研究の真の勝者は最後の一人か二人であります。また,その研究を最初に起ち挙げた人の名こそが永久に残ることになります。
   

すなわち流行に乗ることは比較的易しいのですが,研究者としては時としてこの道に入ることは安易な選択であります。極端に云えば,一種の堕落であります。

 

諸君,私の云っていることをご理解いただけたでしょうか?

卒論研究を真剣に行った諸君には,少しは理解していただけたかもしれません。しかし,多分本当に理解していただけるのは,諸君がこれから社会に出られたり,大学院に進まれて,第一線の研究や商品開発を世界との競争の中で行ううちに,おのずとひしひしと身にしみて感じることになるであろうと私は思っております。

 

その意味におきまして,いま私が,

 

流行におぼれるな,流行をつくれ

 

ということを諸君に呼びかけるのは,時期尚早かもしれません。しかし諸君の大部分の方がこれから研究者の道や商品開発の道に入っていく門出のいま,私としてはそのことを,あえて云っておきたいと思います。

 

なぜなら我々の先達である農芸化学の研究者たちは,すべからく生産現場の現象の発見から,世界に冠たる大きな学問の世界の流行を築いていったからであります。

 

簡単でありますが,これをもって私の祝辞とさせていただきます。

 

ご清聴ありがとうございました。
 
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(森敏)
付記:そろそろ大学の学生や大学院の卒業式が近づいてきました。以上は小生が21年前(1998年)に東大の農芸化学科の専攻長をしていた時に、学部の卒業生とその父兄を前に話した、卒業生への祝辞です。色褪せていないと思います。

2019-01-04 16:48 | カテゴリ:未分類

大学の大先輩から「森さんボヘミアンラプソディーという映画見た?」と聞かれたときは、「気になってはいるけど、最近の映画は “はずれ” が多くてどうしようかと逡巡してます。それに映画館で1時間以上も座っているのは苦痛なもんで。。。。」と答えておいた。

 

だが、新聞の映画広告の欄を見ると、東京の多くの映画館では、意外にこの映画は珍しくもロングランを続けているようなので、とうとう年末に見に行くことにした。観た後、この映画は “あたり” だと思った。

  

唐突な感想のようだが、この映画で小生は「ファシズム」を強く連想した。ファシズムといってもヒットラー時代のクラシックな意味での「大衆扇動」ではなく、非常にエレガントでエモーショナルな "深層心理操作" の恐怖を感じた。

   

映画ではロックバンド「クイーン」のリードボーカルのフレデイ・マーキュリーが主人公であるが、作曲、曲目の編成、曲に合わせた舞台動作の振り付けなど、ありとあらゆる1970年代当時のロック演奏の技法開発の舞台裏が紹介されている。今では数万人の聴衆が参加する野外や室内演奏会は日本でも普通のようだが、これは恐ろしいことだと、真に背筋が寒くなった。

 

というのも、この映画を見ながら小生自身が、演奏に引きずり込まれて、思わず筋肉が躍動し涙腺が緩んできたからである。映画でさえそうなんだから、演奏会現場にいる人間は、フレデイーの一挙手一頭足によって人間心理の深層を揺さぶられているのだろう。参加している聴衆全員が、フレデイーによって心理操作されて、何かを手にもって左右に振って、泣いたり、笑ったり、絶叫したりする光景は、現場ではもっともっと迫力があるのだろうと理解できた。

 

このボヘミアンラプソディ―の場数を稼いで洗練されていく演奏会のあと、この演奏曲目の部位やその時の反響(大衆の喜怒哀楽の表情など)を、あらゆる芸能分野のプロヂューサーが詳細に分析して、後世の舞台環境の創作に反映していったことは容易に想像できる。

 

40歳以上の知人がいい年をしてさるコンサートの追っかけをして、結婚もしないでいることが理解できなかったのだが、少し理解できたような気がする。

 

「共鳴」とか「共感」とか「絆」という言葉が無条件(アプリオリ)に “善” として語られることが多いが、これらの言葉も今や危険を内包している。

 

人間はよほど精神を鍛えても決して精神的に自立できないのだということを確信した。時代を潜り抜けてきた年寄りが正常な常識を抱いているというのもAIの発達した時代には、怪しい自我自賛になりつつある。我々はたやすく心理操作されうる対象であることを、肝に銘じなければならないと思ったことである。

 

心理学や精神分析学や脳科学の驚異的な発展途上の現代社会では、われわれの日々の感性を深く揺さぶるフェイクニュースに惑わされないでいることも、実に実に至難の業である。
  
      
(森敏)
追記1:今年に入ってからも映画「ボヘミアン・ラプソディー」は上映されており、日本の映画公興市場の記録を塗り替えつつあるらしい。なにが人々を引き付けるのだろうか?

英ロックバンド「クイーン」の軌跡を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」の日本での興行収入が100億円を超えたと、配給元の20世紀フォックスが23日発表した。洋画では20174月公開の「美女と野獣」以来。

 封切りは昨年119日。リピーターが多く、今月22日までで観客動員727万人、国内興収1004000万円に達し、昨年公開の洋画、邦画を通じて1位となった。全世界での興収は79600万ドル(872億円)。

 映画はクイーンのボーカル、故フレディ・マーキュリーさんの波乱に満ちた半生を、「伝説のチャンピオン」「キラー・クイーン」など数々の名曲と共に描いている。(123日共同)


 


追記2.アカデミー賞選考を直前にして、#Metoo運動の一つなんだろう、この映画を作成した監督が何人かの女性からセクハラで告発されている。こういうニュースも、フェイクかどうか、報道からだけでは全く分からない。(2019.1.29.)
 
追記3. この映画で主役フレデイ・マーキュリーを演じてアカデミー主演男優賞を獲得したラミ・マレックは受賞スピーチで、自分の親がエジプト移民で自身がアメリカ人としては第一世代だと主張し、やんわりとトランプ大統領による移民政策に抵抗している。
 『ボヘミアン・ラプソディ』は主演男優賞のほか、音響編集賞、録音賞、編集賞にも輝き、今年のアカデミー賞で最多となる4部門受賞を果たした。何しろ世界で1000億円以上の興行収入を上げているという作品だから当然だろう。監督賞は、#Metoo運動をおもんばかって排除されたようだ。(2月28日)

https://www.cinematoday.jp/news/N0107053



 


2018-11-02 21:18 | カテゴリ:未分類

以下、さる学会中での昼食での雑談の一部です。

  

MS:なんだかあちこちとんがった世の中になって、人々のこころに余裕がなくなってきたように思うがどうかね。

 

MK:この世の中、知能指数(I Q: intelligent quotient)の高いと称する人間がやることが、日本ばかりでなく世界を破滅に向かわせているのではないか?

 

MS:そうだね。人物評価の基準に使われる I Q って、ごくごく人間の一側面しか見ていない。国が破滅に向かわないためには、ほかの適切な人物評価の基準が必要だよね。

 

MK:I Q の対極に E Q ってのが提唱されているよ。これは emotional quotient の略だ。感性とか情緒とか、心とか、もやもやとしたわけのわからないものをはかる基準だ。

 

MS: それはいいね! E Q E emotional よりも elegant の方が僕にはぴったりくる。美意識とか、審美眼とでもいおうか。プラトンやダビンチやゲーテは極めて古典的な意味で古くから I Q E Q を統一的に体現した人物とみなされてきたといえるんじゃないか?

 

MK:科学論文の評価もギシギシと論理的に組み上げたデジタル情報の集積した起承転結のメリハリのついた論文を評価する一方、また違った基準の評価が必要になっていると近頃は強く思うね。「それは美しいか?」だ。

 

MS:研究者にとっては、まず対象を研究すること自体が「面白い」というところから出発しているのだろうけれど、面白いという心の深層には、美しさの法則性を見つけたいという、欲求があるんじゃないだろうか? 天・地・人は美しいはずだ、という期待があるんではないか。この点では科学も芸術も基準は同じなのではないか。

 

MK: 話がいきなり飛ぶけれど、 I Q E Q のほかに、Q が付く言葉から 阿Q って言葉を連想したよ。魯迅の「阿Q正伝」からだ。主人公の 阿Qの 認識の構造パターンは、自分がいくら揶揄(やゆ)されていても、いくら貶(おとしめ)められていても、そうとは考えずに、常に自分は正しく、いつも自分が褒(ほ)められているのだ、と、感情のベクトル変換をする人物なんだ。最後は市中引き回しの刑をうけ、銃殺処刑されるのだが。こういう自己中の人物が一番付き合いにくいよね。頑迷固陋(がんめいころう)の老人は自意識過剰でそうならないように自戒すべきだ。

 

MS: いや若者こそがそうならないように警戒すべきなんだ。オリンピックとかで、やたらに「ニッポン、ニッポン」と元気な日本をあおる若者には辟易するね。

 

MK: 日本国家予算の負債が1000兆円と年関予算の10倍という全くの大赤字で、どこにも余裕がないはずなのになのに、外交で世界中に金をばらまいたり、要らない高額の戦闘機や迎撃ミサイルを買ったり、なんなんだろうねこの国は。しかもそれを未来を担う若者が批判しない。

 

MS: いや君、今気が付いたんだが、おたがい、若者を批判し始めたら、老害の始まりだよ。紀元前のエジプトの粘土板ロゼッタストーンにもそういう文章が書かれていたというじゃないか。お互い年取ったね!

  
 
 
追記:この記事ののちに、なんと、ノーベル賞選考委員会の委員長が下記の記事にあるように授賞者「本庶佑」の研究を「美しい研究」という表現で評価している。さすがに彼女は真のサイエンスがなんたるかがわかる本物だね。

本庶さんの研究は「基礎研究の美しい事例」 ノーベル賞の選考委員長が語る

「がん治療において新たな分野を切り開いた」

本庶さんの研究は「基礎研究の美しい事例」 選考委員長

 ノーベル医学生理学賞選考委員長で、スウェーデン・カロリンスカ医科大教授のアンナ・ベデルさん(56)が7日、朝日新聞の単独取材に応じた。10日(日本時間11日未明)に授賞式を控える京都大の本庶佑(ほんじょたすく)特別教授(76)の研究について「がん治療において新たな分野を切り開いた」と語った。

 ベデルさんの専門は遺伝医学。2013年から正式な選考委員となり、16年から委員長を務めている。

 ベデルさんは「がんを直接攻撃するのではなく、免疫の力を『解き放つ』という新しい治療法。従来とは概念がまったく違う」と指摘。「結果はドラマチック。厳しい病状だったが、この治療法で生き延びた患者もいる」「まだ日が浅い分野ではあるが、臨床試験では明白なエビデンス(科学的根拠)が出ている」と話した。

 本庶さんと米国のジェームズ・アリソンさんが共同受賞する業績は、がん治療に関する研究。医学生理学賞が、がん治療を対象とするのは約50年ぶりだ。

 共同受賞については「二つの研究はまったく独立していた」と説明。アリソンさんは、免疫にかかわる分子を治療に使う、というアイデアを生み出した。一方、本庶さんは別の分子を発見し、その役割を解明しようと挑んだ結果、新たな治療にたどり着いた。「(本庶さんの研究は)基礎研究が予想していなかった臨床医療でのインパクトにつながるという美しい事例だ」と評価した。

 ベデルさんが委員長を務めた3年間で、2016年に東京工業大栄誉教授の大隅良典さん、今年は本庶さんが選ばれた。「日本には多くのすばらしい研究者がいる。長期にわたって基礎研究を支援してきたことが大きい」と話した。(ストックホルム=合田禄)

(朝日新聞デジタル 20181210 0515分)

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