2016-05-28 10:52 | カテゴリ:未分類

飯舘村でタンポポを観察しながら車を転がしていると、住宅前のもと畑地にタンポポの綿毛の群落がありました、車を降りて、畑の片隅から慎重に一株ずつ調べていると、遠くで農作業していた住民の女性が我々に気がついて歩いてきて話しかけてきました。






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図1.道路側は昨年タンポポ種子をまいたという 奇形タンポポの群生地で、奇形タンポポを接写撮影中。 すぐ後ろ側は今年タンポポ種子をまく予定というナズナの群生地




 
スライド1 
図2.図1の場所から採取した40本の奇形タンポポの花茎。左下の二つは正常なタンポポの花茎。
  
 
jpeg nimaibashi kikeitanpopo       
 

  
図3.16頭ばかりが合体した奇形タンポポ。綿毛種子が飛びつつある。(加賀谷雅道氏撮影)       

    
       

奥さん『何やってますか?』
 
小生「タンポポを調査しています」
 
『タンポポのなにしらべてんだ?』
 
「タンポポに奇形がないかです」
 
『奇形って? そんならこちらにいっぱいあるべ』
 
「エー? ほんとですか?」

『こっちこっち。 ほらコレ奇形だべ?』
 
「そ、そうです。。。まさにこれです」
 
『んだらいっぱいあるよそこらへんに、よく見たら?』
 
「::::んうーん!! なるほど! ここらへんはほとんど全株が奇形ですね!!
 
ところで奥さん、まず、不思議なんですがここの畑はどうしてタンポポがこんなに全面に咲いているんでしょうかね?」
 
『んだべか、去年私がタンポポのたねを撒いたんよ。』
 
「たねを撒いたって?? その種子って、どこから手に入れられたんでしょうか?」
 
『そこの隣の高い方の畑に去年タンポポが異常なくらいいっぱい咲いたんだ。一方、ここはおと年除染したんだども、帰還できなくて、荒れ地にしたままだったんで草ぼうぼうになったんだ。みっともないんで去年草刈りして、タンポポでも植えて道行く人にでも楽しんでもらうべーってんで、ここにタンポポのたね撒いたんだ』
 
「そのタンポポの種子に奇形のタンポポからとった種子もありましたか?」
 
『奇形のタンポポも幾らかあったよ。それも一緒にたくさん種子採ったんだ。それらを全部撒いたんだ。野菜と違うけん春に種とったらすぐ後に撒かないと、野外では翌年花つけねーべ? そんで去年たね採ったらすぐ撒いたんだ。そんだら、いくらか発芽してこんなに咲いたんだ。奇形もたくさん出てるんだわ。ところで放射線の影響じゃないんだよね?こんな奇形ときどきあるもんね』 
 
「うーん、そこはまだよくわからないいんですよ」
 
『近所のヒトから、タンポポなんか育ててどうすんだ? と冷やかされてるんだども、 雑草はやすよりも目に楽しいというヒトもいるんだから』
  
と屈託がありませんでした。週一回の頻度で避難所から帰って来ているとのことです。
 
『若い人や孫は帰って来ない。墓参りに春にかえってくるときに、タンポポが咲いてりゃ孫も喜ぶんだべ』
   
と楽しそうでした。この女性はすでに今年のたんぽぽからかなりの数の種子を採取しており、来年に向けて、そろそろすぐとなりのナズナが占有している除染済みの更地を、草刈り除草して種子をまくつもりだということでした。この奥さん、実に偉大な実験家です。 
  
          
(森敏)

2016-05-20 14:01 | カテゴリ:未分類

給食のタケノコご飯から基準超のセシウム 宇都宮の小学校

 宇都宮市は11日、市内の小学校で10日に提供した学校給食のタケノコご飯のタケノコから、基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出されたと発表した。

 市によると、10日の給食で同校児童531人が食べたタケノコごはんを簡易検査したところ、基準を超える放射性セシウムが疑われたため、栃木県林業センターで精密測定。その結果、最高で234ベクレルを検出した。

 県環境森林部がタケノコの出荷者に事情を聴いたところ、出荷制限がかかっていない宇都宮市産に、出荷制限区域のタケノコが交じっていた可能性があるという。(産経新聞 2016:5:11
  

              

以上のように栃木県宇都宮市の学校給食に使われたタケノコから規準越えのタケノコが検出された。栃木県が全県でタケノコを全量検査して出荷しているということは聞いていないので、おそらくこれは氷山の一角だろう。5年経って福島県以外の栃木、群馬、茨城、千葉などの行政や住民は山菜料理に無警戒になりつつあるようで、今後もこういう事件が頻発するだろう。山菜や椎茸など行政や流通業者で食品の放射能の長期モニタリング体制を敷いていないところでは、販売網をすり抜けて、却って人々の口に放射能が取り込まれる可能性が出てきたといえよう。2011年の東電福島第一原発事故当時は放射能汚染に神経質になっていたので人々は山菜はあまり口にしなくなっていたからである。人々の警戒心がゆるんできたのである。
  

  市販の農家が栽培する栽培作物はセシウムイオンと拮抗するカリウムイオンの施肥が農協などで指導されているところでは、可食部の放射性セシウム含量が低く抑えられる可能性が高いが、山菜には養殖物を含めて積極的に施肥基準値を定めたカリウムが施肥されているとは思えない。なので、どうしてもタケノコの可食部の放射能は事故年(2011年)から比べて一定程度急速に低下しているとしても、その後は極めてゆっくりと低下しているものと思われる。タケノコ林の中で放射性セシオウムの循環が始まっていると考えられる。
     

  ところで小生たちはすでにタケノコの分析結果を2014年に論文で報告している(付記1)、オートラジオグラフも以前にこのWINEPブログで紹介している(付記2)。そのブログで紹介したときは論文に投稿する前であったのでブログでは詳しいことは述べられなかった。なので、ここであらためて少し論文の内容などを紹介しておきたい。(詳しいことは付記の論文をご覧ください)。
     
スライド2 
図1.マダケ(真竹)のオートラジオグラフ (上の写真が原図、下がオートラジオグラフ)。
両者でタケノコの像の位置が少し入れ替わっていますが、はしご状(ラダー)があるのは薄く縦切りにした断面です。今のびつつあるタケノコの先端部分が非常に濃い(放射性セシウム濃度が高い)ことがわかります。(測定値は図3に示してあります)

 
  
スライド3
  
 図2.マダケの皮をはいだ可食部のみを薄く5枚に縦切りにしたモノのオートラジオグラフ。先端部が濃く写っていることがわかります。上の写真のように新鮮な時にIP-プレートにセットしたのですが、感光中にだんだん乾いてくるので、下のオートグラフの像は上の写真と比べて位置が少し動いているとともに少ししぼんで見えます。 
  
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図3.上はマダケの可食部を上部(TOP25番目が最先端)から順番に節位ごとに輪切りにして、測定した放射性セシウム(134Cs + 137Cs)の濃度。それぞれの節位に対応するタケノコの皮の部分も測定しています。下は同じ部位の天然の非放射性セシウム(133Cs)濃度。可食部の放射性セシウムは先端部分の柔らかいところが非常に高いことがわかります。(133Csが皮の先端部で異常に高い理由はいまだにわかりません)。
 
スライド1 
図4.上の写真は竹藪のなかの各所の竹の皮を薄くカッターナイフで削ったモノ。下はそのオートラジオグラフ。竹の表皮の表面側に沈着したフォールアウトははがれ落ちていないで固着したままであることがわかる。5年たってこの竹が枯れたりしたら、除去しなければ、虫に食われて生物の食物連鎖(林内循環)に入っていく。
    

(森敏)

付記1.

Hiromi Nakanishi, Houdo Tanaka, Kouki Takeda, Keitaro Tanoi, Atsushi Hirose, Seiji Nagasaka, Takashi Yamakawa & Satoshi Mori (2014) Radioactive cesium distribution in bamboo [Phyllostachys reticulata (Rupr) K. Koch] shoots after the TEPCO Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant disaster, Soil Science and Plant Nutrition, 60:6,801-808,

(無料でダウンロードできます)
   

付記2.

 

 

 

 

 


2016-05-15 14:14 | カテゴリ:未分類

  先日のBS1「原発事故5年目の記録」前編「被爆の森」で 小生たちが「浪江町」で採取したスギの樹皮の「放射能汚染像」が放映された。そのとき放射能汚染していない対照区に使った杉の皮は映像では「福岡」と書かれていた。

  


スライド4 
図1.左3本は浪江町津島地区の杉の皮:左から1番目が皮の裏側、2,3番目が皮の表側。

右3本は九州大学農場の杉の皮:左から1番目と2番目が表側。3番目が裏側。放映では「福岡」と表示されたモノ。


  
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図2.のオートラジオグラフ。九大の杉の皮は裏も表もまったく写っていないことがわかる。

 
スライド2 

図3.杉の葉。 左が浪江町津島地区の杉の葉(採取後時間がたっているので枯れている)。右が九州大学圃場の杉の葉(入手直後のモノ)。 
 
 
スライド1 
 
 図4. 図3のオートラジオグラフ。津島のモノは外部被爆と内部被爆(葉の先端の新芽に転流)。九大の杉の葉もなにも写っていないことがわかる。

       

この杉の皮(図1)は実際には九州大学の農場の防風林のスギである。この九州大学農場に勤務している安彦友美助教に提供をお願いしたところ、3カ所の別々の防風林からスギの樹皮とスギの葉を上司の許可を得て採取して大量に宅急便で送って頂いたモノである。

    

放射能汚染していない対照区の放射線像を撮るのはよほどのことがないかぎり、我々研究者にとっては時間と労力の無駄になるので、撮りたくなかったが、NHKのデイレクター氏が「視聴者を納得させるために必要です」というので、スギの樹皮とすぎの葉を九州大学のモノを対照区として浪江町のものと一緒にカセットにセットして感光させた。(小生にとっては以前に京都の南禅寺のスギを対照区として撮像していたので、何も像がでないことはわかっていた)

 

図2にみるように、案の定、何も対照区では放射線像は出なかった。疑い深い研究者は、スギには放射性カリ(K-40)が若干でも含まれているはずだから、感度を上げれば像が出るはずだ、と思っているだろう。しかし今回の浪江町の放射能汚染したスギの樹皮は総放射性セシウム量が131643ベクレル/kg であり、葉の方は180979ベクレル/kgもあるものなので、IP-プレートでの感光時間がわずか3日間のものである。だから対照区では全く感光しなかったのである。

   

  我々の放射線像の撮像に関して、日頃から多くのかたにお世話になっているのだが、その方たちへの謝辞がBS1放映の最後に流される一連の謝辞欄(エンドロール)には掲載されていなかった。以下のかたがたにお世話になった。ここでNHKに代わって御礼申しあげます。

加賀谷雅道(写真家)、安彦友美(九州大学農学部助教)、広瀬農、小林奈通子(東大農学部RI施設助教)、中西啓仁(東大農学部講師)、田野井慶太朗(東大農学部准教授)

 

 
(森敏)

付記1.よく言われているように、もともと福島第一原発由来の放射性セシウムによってこういう高濃度汚染しているものでは、元来生物にとって摂取が不可避の天然のK-40による内部被爆の影響を考えることにはあまり意味がない。

付記2.放映されなかった内容でも、NHKのために、我々にとってはすでに遙か昔に実験を終えた当たり前のことを、再現してみせるということもいくつかやっております。NHKはデータの偽造をおそれてか、自分でサンプリングしたり、自分で立ち会って得た実験映像しか放映には採用しないようです。これはきわめて正しい報道姿勢ですが、研究者にとっては無駄な繰り返しごとになるので少々疲れましたね。

 

 


2016-05-11 12:04 | カテゴリ:未分類

         御宿かわせみ (平岩弓枝原作 G2=脚本・演出 16時開演の部(2幕もの))を観劇した。映画を最近は多少見ているが、舞台モノは数年ぶりだった。まず案内された座席に座ってみて「あ!これは大変だ」と思った。歌舞伎座と同じで座席の幅が体にぴったりで身動きできない。そのうえ前の座席との距離が10センチもないので足のあれこれの屈伸運動ができない。脚の貧乏揺すりしかできない。足が痙攣しないか心配だ。エコノミー症候群にならなければいいのだが。その上に小生の座席は16こ連結した座席の真ん中あたりであるので、途中でトイレに行くのがやっかいだ。だから開幕直前にトイレにいって途中での飲水は控えることにした。

 

途中で30分間の幕間の休憩時間には同列の座席の観客が食事に出かけたのか少なくなったので、小生もトイレタイムをとった。廊下によろけ出ると1カ所の長いソファーに女性客がずらりと並んでしきりに脚をさすったりもんだりしていた。もう一カ所の長いソファーには一人の老人がしきりにていねいに足を上から下までをもんでいた。そこで小生も隣に何食わぬ顔で座って、丁寧に足腰の柔軟体操をやった(この際、人の目なんか気にしちゃおれない。恥は健康に替えられない)。幕間では弁当と小さな紙パックのリンゴジュースだけを摂取した。

 

  小生の座席は値段の高い「かぶりつき」ではなかったので、湿気で曇りがちの老眼では舞台の役者さんの顔がおぼろげで微妙な表現が声とオーバーアクションによってしか理解できなかった。でもなんといっても美男(中村橋之助)美女(高島礼子、紺野美沙子、浅海ひかるなど)の着物姿がきれいでしたね。わずか実質2時間でしたが、少し浮き世を忘れて、テンポの緩い江戸情緒に浸れました。それにしても、幕を下ろさないでの「回り舞台」で次の場面に移れる舞台技術は大したものだとこの年になって遅まきながら感嘆しました。

 

翌日早朝に右膝下の痙攣で目が覚めた。柔軟体操をして、また寝たのだが、1時間後にまた痙攣で目がさめた。ここ1ヶ月ぐらいは極力野菜を調理して筋肉の弛緩剤であるといわれているカリウムを積極的に摂取していたためか、発症がなかったのだが、また再発し始めた。高温と多湿は知らないうちに汗をかくのでKイオンやNaイオンが体から抜けており、けいれんが起こりやすいと思われる。その上尿が濃縮されて持病の腎臓結石も誘発しやすい。なので、今後の2-3ヶ月は実に要注意である。

 

  という具合に、最近は自らの身体の老化過程を積極的に監視している。それをしないでいると、老人はころりとあの世にいくことになりかねない。このようにいつも体調管理で心がざわめいているのは精神衛生上非常によくない。と思いながらも、しかし、熊本地震で長期の避難生活に追い込まれて、持病を持ちながらも未だに頻発する余震にさいなまれているご高齢の方たちは、小生よりも遙かに身体状況が深刻だろうと実にご同情申し上げる。今後も実に不遜な言い方になるが、福島第一原発による避難の場合と同じく、高齢者の避難死(脳血管障害による突然死)が確実にふえるだろう。そうならないように行政もご本人自身も先手をどんどん打つべきかと。

         

(森敏)

2016-05-04 18:08 | カテゴリ:未分類

天気がいいので、3つの展示館をはしごした。

 

最初に新聞社から「ただ券」が手に入ったので、白金にある東京都庭園美術館『メデイチ家の至宝 ルネサンスジュエリーと名画』(4/22から7/5まで。入場料1600円?)に出かけた。ルネサンス期のイタリアで権勢を誇ったメジチ家の宝石の数々を展示してあり、専門家がみれば息を飲むものが大部分だったのだろうが、老眼の小生にはガラス箱の中に入れられている飾り物の宝石の細工が子細に観察できなくて、すごく残念だった。暗い中での凝視は目がとても疲れるので途中であきらめてしまった。外科医が用いる至近距離用のルーペを持ってきている男性がいて、いたく感心した。見学される方は是非30センチぐらい離れてもよく消えるルーペを持参されるとよいと思います。お気の毒に高齢のご婦人たちが大勢で「よくみえないわねー」と苦労しっぱなしで見ておられました。

 

  最後に土産物店があったのでイタリアの香水を片っ端から嗅いで回った。なんと小生には全部が香しく感じられた。疲れていたので一気に気分がすっきりした。そのときはあまり気がのらなかったのだが、10mL1本1000―3000円ぐらいの香水だったので買ってきた方がよかったかもしれないと今頃になって後悔している。

 

次に、気になっていた東京駅北口の東京ステーションギャラリーで開かれている『川端康成コレクション 伝統とモダニズム』(4/23-6/19まで。入場料1000円))にでかけた。川端康成所蔵の100点以上のオリジナルな絵画、墨絵、墨書、焼き物、彫刻などが展示されていた。絵画はほとんど全部小生がこれまで見たことがないモノだったので非常に興味深かった。特に東山魁夷の若いときの絵画14点は彼の若いときにはこんな絵も描いていたんだ!となぜか安堵した。川端康成は出版社を通じて、自分の小説本の装丁や新聞小説の挿画を著名な画家に頼むことから、原作や習作を寄贈してもらったモノのようである。書画骨董以外に、日本の各小説家との書簡が展示されていたのは興味深かった。現物が広げてあった手紙や葉書は老眼鏡で近づいて読めたので、全部読んだ。非常におもしろかった。それにしても、川端康成は作家から来た手紙すべてを丁寧に保管していたのだろうか。封書も手紙もあまり古びておらず恐るべき収集家だと思った。

 

以下についてはすでにどこかで読んだことがあるのだが、かつて太宰治が川端康成に「芥川賞」に推薦してもらいたい由の切々たる3メートルぐらいの勧進帳(和紙の巻物)が展示されていた。結局太宰治は芥川賞をもらわずに玉川上水に女性と入水自殺をする。しかし、後になってこんな実物の巻物が川端康成によって世の中に開示されるなんて、「負け犬を打つてどぶに付き落とす」川端という男は、よほど太宰が嫌いだったんですね。

 

川端康成の年譜を見ると、川端はノーベル文学賞をもらったあと睡眠薬中毒になったりして、72歳でガス自殺しているけれども、もう書く小説ネタがなくなったんではないかと思いました。ヒトの感情の機微などがもう、全部わかっちゃったんでしょうね。しかしあらためて小生はすでにその年を越えてしまっているのに愕然としましたね。研究したいことはいっぱいありますが、資金もなく、体力も続かなくなってきました。「素朴実在論」を地でいくわれわれ農芸化学者は自然現象の発見とその本質の解明というネタには事欠きません。人間のことは何歳になってもさっぱりわかりませんが。

 

つぎに、東京駅の南口を出てすぐ左の日本郵便の高層ビル「KITTE」のなかにある博物館(月曜日休館。無料)に出かけました。これは東大の博物館と郵便局が連携した社会貢献博物館だということです。なかなかすばらしい博物館です(まだ2、3階に二カ所あるうちの2階のワンフロアしかみないうちに締切閉館時間が来てしまったので感想が不十分ですが)。2階の館内は一見雑然としていますが、キュレーターがあちこち気を利かして、見る人におもしろおかしく感じるように展示していることが歴然です。「のみ」や「しらみ」の強拡大写生図、ワニの剥製が高い壁に貼り付けてあったり、古色蒼然たる書籍が高い天井まで届く書庫にぎっしりと詰められていたり、高いところに鳥の剥製があちこち止まっていたり。様々な人物の銅像があちこちおいていたり。。。。そのあいだを巨大な動物の骨格標本から2-3ミリの小さなムシの標本、世界中の岩石の標本などがうねうねと展示されています。「別に系統立てて見て頂かなくて、興味のあるところを見てください」という展示の仕方には非常に共感を覚えた。勉強させようという展示の仕方でないのがよい。

 

一隅に加藤弘之東大初代総長(かれは旧帝国6大学で構成する日本学士会の創設者でもある)の顔の銅像がさりげなくあったのにはおどろきました。朝倉文夫制作ということです。本当に間近に目を合わせてみてみた。実に迫力満点の像だと思った。かつては東大の法学部かどこかにあったのだろうが、小生の在職中はその所在を知らなかった。いま初めて見た。昔、このWINEPブログでも紹介したのだが、加藤弘之は兵庫県出石郡の出身で、小生は10年ほど前にその生家を中学時代の恩師広井大先生の案内で訪ねたことがある。そのときでもこの家は出石高校かどこかの家庭科の実習に使われているということで、よく手入れがされていた。 展示場にはほかに小生が知らない教授の銅像などが数点あった。大学構内で収蔵しきれない銅像はこちらで全部注釈付きで開示したらどうかと思ったことである。書物でしか知らない昔の著名な教授の実像と正面から対峙してみるのもなかなかの一興である。

    

特別室には今をときめくノーベル物理学賞を得た梶田隆章教授の展示コーナーがあった。ノーベル賞の賞状とメダルのレプリカが飾ってあった。壮大な展示物とともに『ニュートリノは極小の素粒子の世界と極大の宇宙を結ぶ架け橋』という梶田教授の言葉が載っているパンフレットが無料で配られています。

    

東京駅で列車待ちの時間があったら是非このKITTE博物館にお寄りください。現代の流行のあちこちのコンピューターグラフィックの「バーチャルな画像なんかくそ食らえ」という迫力を、地球上に存在してきた実物が深く物語ってくれます。見学者はきっと何かわくわくした知的好奇心を喚起されると思います。小生にとってあらためて詳しくは知らなかったことばかりでした。今後も頻繁に訪れるリピーターになりそうです。何しろタダですから。


    
(森敏)
付記1:本日学術会議の帰路に再度 KITTE に立ち寄ってみた。3階の展示室をみたが、こちらはあまりにも古色蒼然としており、照明が暗いので、印象が低かった。もっと手を入れて楽しく見える工夫をしたほうがいいい。

付記2:この博物館の運営は Intermediatheque という組織が行っているということである。
開館時間は11:30-18:00(木金は20:00まで)